日記・コラム・つぶやき

November 16, 2009

5兆円を生み出すためにがんばっているが(501)

 親の所得によって子どもの将来に大きな影響が出ているのが日本の現実である。ああだこうだ言ったとしてもいわゆる「学歴」が子どもの将来の仕事とりわけ就職に大きな意味をもっているのは事実である。まだまだ「学歴社会」なのである。まだまだというよりますますと言った方がいいかもしれない。

 最近起きている凶悪事件といわれるものの背景にこの学歴社会からスポイルされ、挫折していった姿が見えることからもそのことは言える。

 学歴の核となる著名大学に入学するために著名高校に進学することは重要な要件である。それはさらに中学、小学校、幼稚園に下がってくる。そこに膨大な教育費が関わってくる。さらにそれら幹となる体系以外に傍系をなす予備校、塾などが関わってくる。東京の区の中には公立学校に塾が直接入っている例もある。

 これら傍系の教育機関は就職の際の履歴書には記載されない。だが直系の教育機関の履歴を支えているのが現実なのである。そして、家庭での教育費はこちら傍系の方がより多いのである。

 日本の1世帯の平均収入は450万円だそうだ。子どもが一人が私立高校に通い、予備校にも通うとしたらおそらく100万を超し200万に近い資金が必要になるだろう。私立大学に通うともなればそれだけで200万弱だそうである。家庭での教育費の占める割合は200万~400万の収入の家庭では50%を超すそうである。

 子どもの将来は親の収入によって決定されるのである。この子どもには何の責任もない差別を「子ども手当」という方法で解消、あるいは縮小しようとする政策は一定の評価に値すると言える。小泉政権以来拡大してきた格差をこういう形で是正しなければならないのは喫緊の課題である。ただ本質的解決とはとても言えないことも事実である。

 ワーキングプアという言葉に象徴されるように、働いても働いても貧困から抜け出すことが出来ない社会構造を変えていかなければならない。そのためにどういう施策を考えているかを提示する必要がある。生活を安定させ不要な教育費を出費する必要がない教育行政の立て直しも重要である。教育のあらゆる場面に競争原理を持ち込んだ政策は失敗だった。一番被害を受けたのは国民そのものであった。

 「子ども手当」の5兆円の財源を生み出すために奮闘しているが、そういう形でしか平等化出来ない仕組みそのものを改革する方向を示して欲しいものである。

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ジュビロ磐田のゴンが戦力外通告を受けたという。ジュビロといえばゴン、ゴンといえばジュビロだっただけに残念でならない。それにしても42歳で現役というのはすごいものだ。最後までジュビロの顔であって欲しかったが彼は現役であり続けたいと他チームに移る意思のようだ。それもいいだろう。それがJ2であろうとも輝きは失せない。

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 先日、箱根の長安寺に行ってきた。五百羅漢は数々見たがここのものは実に個性的である。紅葉した木々の下に自由気ままという様子で置かれている。一体一体も全身で感情表現している。これなど全くのけぞっていた。

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November 15, 2009

とうとうというか、やっとというか、500号です

 ついに、ついに500号に達しました。

 別に500号を目的にしていたわけではないのですから、「ついに」も何もあったものではないのですが、演劇の公演回数が何百回とか、野球のヒットが何千本とかの意味が分かるような気がしますね。手慰みのような気持ちで始めたこのブログもこうなると「意地でも」続けることがなんだか目的化するような気持ちがしてきます。

 何度も言うように中身は全くありません。歳と共に進む脳の劣化を少しでも遅らせようとする涙ぐましい努力なのです。この「涙ぐましい」だってそうです。キーボードで入力していて、はてnamidagumas(h)iiでよかったかな、と停止するのです。知っているはずの言葉であってもしばらく遣っていなかったものは不安になってしまいます。

 このブログに偶然いらした方にお願いがあります。中身はありませんが、他のページもちょっとでいいですからのぞいてみてください。少なくても時間つぶし、暇つぶしにはなります。精神衛生には効果がないかもしれませんし、逆にストレスがたまるかもしれません。でも、それについての責任を私は一切もちません。人の考えはそれぞれ違うものです。

 誓って言いますが、エログロは一切ありません。本ブログの大元「ココログ」以外の広告もありません。ご安心ください。タイトルに惹かれ、特別の期待を持っていらした方には「意に沿わなく申し訳ありません」というほかありません。時々写真が貼ってあり、クリックすると拡大表示されます。主として花の写真です。少し慣れましたのでこれからはたくさん貼っていく予定です。

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 予算の仕分け作業が話題になっています。我々には個々の事業について詳しい内容を知っているわけではないので、「仕分け人」に任せるしかありませんが、無駄というか、予算を付けることが目的となっているようなものはとっとと切り捨てていくことが大切でしょう。

 でもここで議論されている事業は全予算のほんの一部分でしかありませんし、もともと予算として計上すること自体がおかしいものばかりのようです。要するに出来レース、パフォーマンスでしかないとも言われています。俎上に上らなかったものや特別会計などはどうなるのでしょう。

 さらに逆説的に言えば、国家予算というものの中にはとりあえずの期間は「無駄」になるものもあっていいと思うのです。例えば「基礎科学」の研究費のようなものです。一般企業が財政的に余裕があるうちはそういうものにも投資していくでしょうが、現在のような状況になると真っ先に切り捨てられます。

 卑近で基礎科学とは離れた例かもしれませんが、トヨタやホンダがF1、三菱やスバルがラリーから撤退しました。宣伝のためもあったでしょうが日本の自動車産業、とりわけその技術へのフィードバックによる貢献は大きかったのではないでしょうか。自動車産業の景気衰退だけでなく、エコカーへその重点が移りつつ現状もあるでしょうが、F1やラリーなどの一種の無駄は決して無駄ではなかったと思います。日本の自動車への信頼度を高める効果もあったはずです。

 ノーベル賞が全てとは言いませんが、科学技術の分野で日本の受賞者は極めて少数です。日本の科学技術全体の水準から見ても少なすぎます。私は国家的に「基礎科学」の裾野を広げてこなかったことが一因と考えています。これは将来的に国力を弱めることにつながっていくでしょう。でもこういうことに資金を注ぐことは近視眼的に見れば「無駄」に見えるのです。

 今回スーパーコンピューターの開発費が削られるようですが、歴史的にみても日本のコンピューター産業は本来世界のトップを走っていたはずです。ところが「身売り」にも等しい政策を日本が採ったため、通信・情報産業は世界的に遅れる結果になっているようです。おそらくOSも基本ソフトもパテントはほとんど米国が握っていて、日本はどうしようもないはずです。

 日本の大学進学率は世界的に見て高いものではなく、とりわけ理系の充実度は低いものです。「基礎科学」はすぐに現金に変えられるものではないですから、企業の研究には馴染まないところがあります。こういう一見無駄に思えるところにどれだけお金をつぎ込むことが出来るかがそれこそ政府の見識でしょう。

 日本とアメリカは総人口比では数倍程度ですが、理系の研究費や研究者の数は数十倍になるのではないでしょうか。それが単に国家予算との問題だとは単純に思っているわけではありませんが。日本では最高学府と位置づけられる東大だって、世界的評価の中ではかなり低いところにあります。

 官僚の天下り先や本人に多額の税金が垂れ流しされていることは今や公然の事実となっています。「仕分け」がこれにメスを入れる役割を果たす面があることは確かでしょう。でもそれが「子ども手当」とか「高速道路無料化」だけのためだとしたら、少しさびしい感じがします。

 民主党は日本が10年後、20年後、さらにその先どういう国になっていくのか、そのため予算をどのように組んでいくのかの長期の青写真を国民に示す必要があるでしょう。

 さらに仕分け人なる人々の政治的位置が不透明な気がしますがいかがでしょうか。

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November 14, 2009

499号

 実はこの記事は499番目の記事である。記念すべき500号の前夜祭である。めでたい号なので嬉しかった話を書こうと思う。

 一昨日、昨日と40年ぶりに大学時代のサークルの方たちと再会した。同じ学年の人たちとは会う機会もあったが、数学年が一堂に会すことは40年間なかったのである。

 私が大学に入学してサークルに入会した時の4年生、3年生、2年生の方たちである。男の人たちには夜下宿に押しかけたりしてずいぶんたくさんのことを教えてもらった。皆さんそれぞれに個性的で独特の雰囲気を持っていて私の人生に多くのものを与えてくれた。何とかここまで生きてこれたのもこの人たちのおかげである。

 40年というのはとてつもなく長い時間である。今年を終戦の年1945年に置き換えたとすれば40年前というのは1905年ということになる。明治40年頃になってしまう。

 そんな長い時間なのに不思議なのである。近況報告や雑談の様子は話す内容はもちろん違うが話し方や論法、手つきや表情は当時の部会や雑談の様子と全く同じなのだ。40年という時の経過など全くないかのようである。数刻の後には当時のように私の1年に対して4年、3年、2年になってしまった。ある意味、とても心地よいものである。その後、卒業と入学が何回かあって私も4年になり、卒業して行くのだがこの皆さんとの1年が何より楽しかった。ただただ夢中になっていればいい1年だったからかもしれないが。

 中でも私を心地よくさせてくれたのが、2年生の女性たちである。よく知っているのは6名。そのうち3名が顔を見せてくれていた。元気がよく、時に理屈っぽく、ツッコミはとりわけ厳しく、皆さん笑い顔がすてきで、私が落ち込んでいると容赦のない優しさの欠片ものない言葉が飛んできた、そんな皆さんである。この皆さんの言うことには一も二もなく喜んで従っていた。

 その中にあと一人、どうしてもお会いしたい方がいたのだが残念ながら外国旅行中ということで欠席であった。私のそのサークル入部を決定づけた人である。それだけが残念であった。

 時間は長かったが気分として短いあっという間の語らいの後、再会を約して散会となった。生きる楽しみが一つ増えた。

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November 11, 2009

楽しさの中の寂しさ

 歳をとってくると突然ふっと昔のことを思い出したり、懐かしくなったりする。しかもリタイアして以来時間だけはたっぷりあるから余計にそういうことが増えてしまう。

 田舎の高校を出て大学に入って、サークル活動に参加し始めるとそこで話されていることに正直カルチャーショックを受けたものである。高校の時は女の子と話すことも少なかったし、男同士で話すことといえば女の子のこととか車のこととか映画の話とか読んだ小説のこととかで、政治とか思想とか労働運動とかは別世界のことであった。

 大学に入ったとたんそんなものがどっと大波となって押し寄せてきた。今と違って学生運動真っ盛りの時代である。話の内容を理解するだけでヘトヘトになってしまった。特に上の学年の女性たちには驚いた。歳は1つ2つしか違わないのに、まるでやること言うことが親と子くらい違うように感じられた。まぶしいばかりの輝きを放っていたのである。

 10月のある日、そんな中のある女性のことを何の脈絡もなく突然思いだした。もういいおばあちゃんになっているだろうな、なんてその姿を想像し、そしてもう決して会うことはないだろうと軽いため息をついたのである。

 すると、その翌日葉書が届いた。そのサークルの数学年一緒に同窓会をやるというのだ。およそ40年ぶりの集まりである。ああいうのが「虫の知らせ」というのだろうか。遣い方を間違えている(普通、いいことにはあまり遣わないだろうから)かも知らないが、そんな感覚である。(私は自身予知能力があると思い込んでいるきらいはあるが)

 還暦を過ぎるとこういう会が増えてくる。嬉しく楽しいのであるが、わずかに出席を躊躇する感情があることも確かである。そういう会が終わった後がなんとも寂しいのである。会いたいという気持ちに比べればその感情が占める度合いは小さなものだが、出席することで「会えるのはこれが最後」を自ら決定づけるような気がして寂しくなってしまうのである。

 我が連れ合いも同じサークルだったが年度が違い年下なので誘いは来なかった。幹事役は私が1年の時4年だった方だから仕方がない。私の学年がその中のもっとも下のようだ。さんざん迷惑をかけた人たちである。はじめから終わりまで頭を下げっぱなしになりそうだ。ちょっと躊躇していたら、連れ合いに「最後かもしれないよ」と言われてしまった。そうなんだよ・・・・・。

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 ということで明日・明後日旧交ををあたためてきます。 

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November 10, 2009

どう出るか

 オバマ大統領は中国を訪問するついでに日本に一日だけ立ち寄るそうだ。日本がアメリカを思うほどにはアメリカは日本を思っていないようだ。東西冷戦時代はとっくに終わっているし、中国は危機に瀕しているアメリカ経済を国債を大量に買うということで支えている。かの国だってアメリカの承認と援助が欲しいのでいろいろ画策しているのである。

 もう米軍基地の必要性はほとんどないのだ。そんな中、なぜ居続けるかといえば、居心地がいいからである。至れり尽くせりのおもてなしをする政府がいたからである。民主党は未だ切れ味はよくないが、居候は居候らしくしろと言おうとしているように見られる。

 さて民主党はどう出るか、ちょっと期待している。

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 TBSの夕方のニュースを観ていたところ、次々にニュース速報が入ってきた。

 一つは、千葉のイギリス人女性殺害容疑者、身柄拘束のニュースである。警察のミスで犯人を取り逃がしたという経緯もあり、懸賞金もかけて追ってきていた。まずはよかったと言える。

 もう一つは森重久弥さん逝去のニュース。彼の映画もずいぶん観たが、私が一番好きだったのは、ラジオで加藤道子とやっていた『日曜名作座』。じっくりと日本語を楽しめた。最近は全く見る機会はなくなっていたが日本を代表する役者であったことは確かである。

 島根の女子大生の事件はその異常さに驚いている。

 日本は安全な国などともう思わない方がいい。男も女も周りを危険が渦巻いている。

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November 09, 2009

沖縄の基地

 予想より早く帰宅したので書くことにします。

 私は飛行機が苦手なので沖縄も外国も行ったことがありません。一度沖縄の基地の実情をこの目で確かめて見たいのですがそういうわけで出来ていません。

 沖縄では米軍の直接の出撃基地である嘉手納基地が有名ですが、普天間基地は事件事故が相次ぎ次第にクローズアップされてきました。

 そこで普天間基地の移転問題が現実的な課題となってきているのですが、実態を知る方法はないかと思案していて、google-mapに気づきました。

 沖縄に焦点を当て、航空写真に切り替えて、沖縄本島を南西から北東に視点を移していきます。大きな飛行場が三つ確認出来ます。一番はじめは那覇空港です。民間機が発着できる唯一の空港ですが純粋に民間空港ではありません。自衛隊と共用です。すぐ脇に自衛隊基地があります。

 次に宜野湾市にある普天間の飛行場です。米海兵隊の基地です。滑走路の規模は那覇空港と同じくらいでしょうか。海兵隊関連と思われる施設が滑走路の周辺に見られます。基地の周りには宜野湾の市街がぎっしり凝縮したように取り巻いています。飛行場には輸送機やヘリコプターが点在しています。

 そこから北の方角に嘉手納町があり、その大部分を占めるように米空軍の嘉手納基地があります。戦闘機らしい姿の航空機が何機か確認出来ます。広さは普天間や那覇の2倍以上はあるでしょう。

 これらを見ると「基地の中に沖縄がある」という言葉が実感できます。那覇・嘉手納はそれでも海に面したところに位置しています。ところが普天間は街のど真ん中です。沖縄県民、宜野湾市民の願いがこれだけでも納得出来ます。

 実はもう沖縄に基地など必要ないのですが、それでも一気に0にすることは難しいのかもしれません。そんな意味で岡田外相の嘉手納に吸収する案は過渡的な方向として考える価値があると思います。少なくとも普天間をなくすことが出来ます。

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November 08, 2009

三角乗り

 朝方のラジオ番組「ラジオ深夜便」の最後のコーナー「こころの時代」に月一回五木寛之が出演して、自身の歴史と歌の歴史を重ね合わせながら語っている。そして、11月からは1回目からの再放送が始まった。このラジオ深夜便は年配者のファンが多く、そういう人たちと話しているとよく話題になる。ただ、前日の深夜11時から朝5時までの長時間番組で1時間ごとにその内容が変わるので聴いているところは微妙に違っている。私もなかなか寝付けない時、あるいは早く目が覚めた時などその時々聴くことになるので内容はバラバラである。

 今朝はその第一回目の再放送で、五木寛之が生まれた昭和7年の頃のこと、父親のこと、生まれてすぐ渡った朝鮮半島での子ども時代のことなどを語っていた。「アリラン」とか「トラジ」などの朝鮮民謡も流れた。そういえば私の母親が歌うのを聴いたことがあるなと思い出した。母は五木寛之より10歳ほど年上ということになるはずだがこの頃の人たちはみんな知っていたらしい。

 そんなことなど考えていたら、思考は私の子ども時代に飛んでいった。そう言ったかどうか定かではないが私たちの子ども時代、子ども用の自転車など存在しなかったから(あったかもしれないが見たことはない)、乗るのは専ら大人用の自転車である。その時の乗り方を「三角乗り」と言った。

 小学校高学年になれば大人用自転車のペダルに足が届くようになるが、それまではサドルに腰掛けたのではペダルを踏むことは出来ない。どうするかというと、腰掛けないでフレームを跨いで漕ぐのである。座ることはなく立ち続けである。それも出来ない時はどうするかというと、三角のフレームに片足を通してペダルを踏むのである。

 こんな乗り方でみんな自転車を楽しんでいたのである。今思い出すと当時の子どもたちはみんな器用だったなあと思う。舗装もしてない凸凹の農道みたいな道を列を組んで走り回っていたのだ。こんなことを思い出すと昔の映画を観ているような感覚を覚える。

 「三角」と言えば「三角ベースボール」というのもよくやった。これは今でもやられているようだが、「三角乗り」は最近見ることはない。

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 明日は富士山周辺へちょっとお出かけ。休刊の予定。 

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November 07, 2009

どうしてこんな世の中になったのか

 と、タイトルでうたっても私にその原因が分かるわけではない。それにしてもひどい時代になったものである。昨日からニュース、情報系の番組をテレビで見ていると、「35歳の女」というフレーズがよく聞かれた。いつ「34歳の女」が「35歳の女」になったのかと思っている聞いていると、違う事件だった。

 その他にも、「逃走中の容疑者の整形」とか「女子大生の行方不明」とか「横浜市街地での発砲」とかおぞましい事件のニュースで埋め尽くされている。テレビがセンセーショナルに報道しすぎる面もあるが、それにしてもひどい時代である。

 それでも殺人などの凶悪事件の絶対数は戦後減り続けているらしい。戦後のしばらくの間東京は相当恐ろしいところだったようだ。私の子どもの頃悪いことをしたり、親の言うことを聞かないと叱られたのだが、それにはいくつかのパターンがあった。

 説教されるくらいは序の口で、「飯抜きにする」、「物置に閉じ込められる」、「仏壇の前でご先祖様に謝る」等々がどこの家でもやられていたことだった。中でも一番恐怖に思えたのは「東京にやる(放り出す)」というものであった。これを言われるとそんなことはあり得ないと分かっていても実に怖い思いがしたものである。きっと東京では怖いことがいっぱいあったのだろう。

 それにしても最近の事件を見るとあまりにも命が軽いように思える。以前にも「永山事件」とか「大久保事件」とかの忌まわしい事件もあったが、これらに倍することが次から次へと起こっているのである。そして、あまりにも多いので次の事件が起こるとマスコミも大衆も忘れていってしまう。

 こういう風潮をなくしていく、変えていくにはどうしたらいいかは私は分からない。でも決してこのままでいいわけはない。

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 石破さんは沖縄の米軍基地は必要だと力説していた。そんなに必要で大切なものだったら是非石破さんの選挙区に誘致したら如何だろうか。「太田総理」の番組を観てそんなことを思った。彼の選挙区は幸いにもかの国に極めて近い。選挙区で石破さんは絶対の支持を受けているのだから、石破さんの提案は楽々受け入れられるだろう。

 それからこんなことも言った。軍備はバランスが大切、そして自分の方が少し強いのが丁度いいバランスだと。この人は平和主義を一つの柱とする日本の政府の大臣を何度も勤めた人だ。これこそが軍拡の論理であることが少しも分かっていない。こんなこと小学生だって分かっている。喧嘩する時、棒や石を使うとすれば必ず相手より強い攻撃力のあるものを選ぶだろう。お互いにだ。戦争をする時相手より弱い武器しかないのに、弱い部分を精神主義で補えると錯覚して戦争に突入したのはどこの国だ。そして負けたことは歴史が証明している。

 アメリカと中国が今敵対関係にあると言えるかは分からない。何しろアメリカの債権を一手に引き受けている国が中国なんだから。今日のアメリカ経済は中国に支えられているのである。日本もアメリカも最大の貿易国は中国だ。今度上海にそれこそアメリカと言える「ディズニーランド」だって出来るという。

 アメリカで過去に「キューバ危機」というのがあった。当時のソ連がアメリカの庭とも言えるカリブ海の島国キューバにミサイルを持ち込もうとしたのを核使用も辞さない体制で防いだのだ。アメリカの恐怖は如何ばかりだったか。敵対関係にあることを前提と考えれば国名に見られるように『中華人民共和国』にとっては東シナ海は自分の庭なのである。沖縄は丁度キューバみたいなものだ。恐怖を感じるのはアメリカだろうか、中国だろうか。台湾の動きに過剰に反応する中国の様子を見れば簡単に想像できるはずだ。

 日本の政治家は世界の動きについて行けないでいるのではないか。ここ十年ほど読み違いばかりしているように思うのだが。「国連」の「常任理事国」のことだってそうだろう。 

 米軍基地で働いている人の雇用のことが話題になるが、あれだけの好立地と広さがあるのだから産業を起こせば何倍もの雇用が生まれることも考えた方がいい。

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 凶悪事件の報道ももちろん大事だが、今は国会開会中、国民にとって極めて大事なことが議論されている。新型インフルエンザも大変なことになりつつある。国民の多数の命が奪われている。防げるはずのものが防げなかったらこれは人災である。

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November 06, 2009

本当に変わるのか

 自民党からの分離集団である民主党では国政の根本的改革はやはり無理のようだ。支持団体が雪崩を打って民主党に流れているということを先日書いたが乗り換えが簡単にできるということはたいして違わないからである。

 あれほど官僚支配からの脱却を叫びながら、日本郵便株式会社も人事院も事務次官経験者がトップになるということらしい。猛烈な出世競争の中官僚の最高位まで行った人たちだから「力」があることは確かだろう。だがその「力」の中身は定かでない。

 これで「天下り」や「わたり」は公認されたといっていい。この人事は「天下り」でないと国会での追及に対して民主党は抗弁しているが、納得出来る説明になっていない。これから「天下り」が起こっても、そうでない、と言い逃れしていく道筋を付けてしまったのである。

 民主党は「マニフェスト」に誓ってこういう曖昧なことをしてはいけなかったのである。変わったなあと国民がすっきり感じる政策こそが大切だったのである。まあ、これを追求する側が50年間官僚組織に「おんぶにだっこ」の状態で来、「天下り」批判の高まりの中転けてしまった自民党では迫力に欠けるのであるが。

 だいじなことは「マニフェスト」に違反しているかどうかではなくて、「天下り」や「わたり」が日本の国家財政を危機に追い込んでいる元凶の一つであることを明確にしていくことである。残念ながら自民党にはそれが出来ない。

 冗談のように言うが、もし高級官僚が定年後あるいは退職後新たな国や地方公共団体、あるいは公的な団体に再就職する時は是非無給で働いてもらいたい。それまで働いている間に十分な給与を得ているはずである。老後の生活は大丈夫である。かっこういいではないか。国への恩返しである。

 もし、賃金を少しでもというなら一般公務員が嘱託で働く時の水準にしようではないか。大卒の新採より低いよ。

 民主党は天下り」や「わたり」について展望や方針を一つも示していない。なし崩し的に旧来の形に戻しつつある。

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 沖縄(やその他の日本国内)の米軍基地は「アメリカ」のためのものである。もし日本のためのものだったら、雇い主の日本の言うことを聞くはずである。日本は土地を貸して「あげて」いるのである。とりあえずは「岡田外相」を応援する。岡田さんや菅さんが中心にいたら日本の政治はもっと変わったかもしれない。

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 松井がMVPだそうだ。私はワールドシリーズもニューヨーク・ヤンキースも松井もファンではないし、応援しているわけでもないが、たいしたものである。怪我などいろいろあったし、シーズン中には放出の噂も流れてきた。そういう中の活躍である。もう一度、「たいしたものだ」。耐えて耐えて獲得した栄誉である。 

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November 04, 2009

支持団体が乗り換え

 自民党の支持団体だった医師会やJAなどが雪崩を打って民主党に流れているんだそうだ。ある情報番組で神奈川と静岡の参院補選での自民、民主の各候補の事務所の様子が写されていたが、確かに自民党の候補者の事務所には推薦状のようなものは少なかった。

 これで民主党にとっては二種類の紙切れが確保されるのだから気持ちいいだろうが、実はこの現象は両刃の剣なのである。

 自民党はこれら支持団体のご機嫌を伺うために身動きできなくなっていたのであり、その間隙を突いてそれらと利害関係のない人たちの票を集めて勝ったのが今回の選挙だったのである。

 営利を目的とした企業などが作った団体が政治活動に関与するにあたって全くの金銭抜きなんてあり得ない。何らかの見返りを期待するのは当然である。そうやって公共事業を持ってきたり、有利な法律を作らせてきたのである。

 民主党はそれら団体からの陳情を一本化して受け付ける窓口を作るのだそうだ。それにあたるのは小沢幹事長だそうだ。窓口を作るというのは受け付けるということだろう。

 さあ、二種類の紙切れと引き替えに持ってくる陳情を公正公平に受け付けることが出来るだろうか。民主党は自民党を反面教師としてその失敗を繰り返さないように必死である。新人研修などその典型である。

 続々乗り換えしてくる諸団体にがんじがらめにならないでかわしていく術を果たして民主党は持っているだろうか。またそのつもりそのものがあるのだろうか。

 まだ政権を取って50日だが、はじめ持っていた潔さが影を潜め、曖昧さが目立ってきた。さなぎが成虫に変態しようとしているのだろうけれど、どんな成虫となるのだろう。 

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November 02, 2009

冷たい雨が降っています

 昨日とはうって変わって今日は冷たい雨が降っています。こういう気候の急変が一番堪えます。

 昨日はモデルさんをよんでの撮影会がありました。私は人を撮影するのが苦手なんです。しかも、ファインダー越しにこちらを見られるとつい恥ずかしくなってカメラをずらしてしまいます。でも強く誘われたこともあり、勇気を振り絞って参加しました。やはり正面からの撮影は駄目でほとんど横顔という結果になってしまいました。

 まあ、それでも何でもしてみることはいいことです。いい経験になりました。

 『忍者武芸帳』の2,3巻が届きました。マンガ本として極めて高価なものですがそれだけの価値が私としてはあると思っています。NHKが大河ドラマでやったらおもしろそうですが、歯牙にもかけないでしょう。

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 日本シリーズは日本ハムがダルビッシュと稲葉の活躍もあって1-1となりました。ダルビッシュは偽装かなと思っていましたが、そうでもなかったようですね。

 私はトップに君臨しているものには基本的に嫌悪感を感じるたちなので、つい日本ハムに肩入れしてしまいます。日本ハムのあの畳み掛ける攻撃は1,2戦ともすごかったですね。第1戦は追い詰めるまではいきませんでしたが、第2戦は見事でした。

 稲葉について書いてある文を週刊誌で読みましたが、なかなかすごい選手のようですね。練習量が桁違いだそうです。そんな選手が中心にいるチームはやはり強いです。

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 雨ということで今日は一日ボケーッとして過ごしてしまいました。10月は毎週撮影で飛び回っていました。11月もそれに近いものになりそうです。このところカメラにどっぷり浸かっています。

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November 01, 2009

平均10

 このブログの最初の記事は2006,11,06です。丁度3年前です。日数にすると約1100日強ということになりますか。記事数は500直前ですから最近はほぼ連日ですが、ずいぶん隙間があることになります。

 なぜこんなことを書くかというと毎日のアクセス数の平均が10になったからです。ここ数ヶ月は平均30くらいですが、時に100を超えることもあります。たいしたことを書いているわけではないのにずいぶん訪問いただいています。

 そんなわけで、最近は内容がちょっとおとなしくなってきているような気持ちが自分ではしているんですが、慎重になっているのでしょう。副題のように相当メチャクチャなことを書こうとしていたのですが。

 今日は36年前あのトイレットペーパー騒ぎが起こった日だそうです。当時はもちろんこんなブログなど存在していませんでした。パソコンなんてものすらありませんでした。情報はテレビと新聞、ラジオだけでした。根拠のない噂が新聞で取り上げられたことによって日本中に危機感が広がったのです。

 今はインターネットが新たな情報源として現れました。携帯やパソコンで世界中がつながっている時代です。これが根拠のない噂の広がりを抑制する力として働けばいいのですが、どうもその逆の働きをしているようです。しかも個別的・攻撃的になってきているようです。

 アクセス数が増えたということは毛ほど、砂粒ほどまでもいかないとしても私は影響力を行使していることになります。身も心も引き締めていきたいと考えています。

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 今日はおかしな天気の一日でしたね。普通なら木枯らしが吹いてもいい頃なのに、東京は25℃を超す「夏日」だったそうです。出かけたんですが、上着が邪魔でした。一方、北海道は10cm以上の雪だそうです。日本も広いものです。

 でもそれも今日まで。明日からはカレンダー通りになるそうです。

 

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October 31, 2009

秋も深まってきました

 今日は10月の晦日ですか。早いですね、時の経つのは。仕事をしているときはスケジュールを見て季節の移り変わりを知り、感じていたのですが、スケジュールがあるのかないのか分からないような生活では、「えっ!もうこんな時期?」とびっくりすることが多くなってきました。

 歳を取ると時間の経つのが速い、と聞いていましたが、これは本当です。あの世への道は全くの下り坂です。ひた走っている感じです。やりたいことはやれる時、思い立った時にやっておかなければ結局やれません。やったからどうだ、ということでもありますが。

 今日は「ハロウィーン」だとか。外国版「勤労感謝の日」みたいなものでしょうか。最近こういう外国生まれの行事に夢中になる人が増えましたね。私はこういうことになると愛国主義者になってしまうので、全く無視です。生活・宗教・民俗などのバックボーンがないのに浮かれるなんておかしな話です。そういうのを昔から「かぶれ」と言います。

 結婚式では十字架の前で「誓い」の言葉を言いますが、信者でもない人間が誓ったってそんな「誓い」誰が信じるでしょう。「欺瞞」でしかありません。とは言っても、招かれれば二人を思いっきり祝福しますけど。このあたりは私もずいぶんいい加減です。

 日本の仏教を葬式仏教と批判する人がいますが、仏教が葬式に収斂していったのには十分理由があると思います。「死」を考えることは「生」を考えることであり、「生」はすなわち「生き方」ですからね。

 先日観た映画『沈まぬ太陽』の主題だって「どう生きるか」の一点でしょう。それを「矜持」と表現していましたね。南田洋子さんや円楽さんのようにマスコミを通して報道される死もあるでしょうが、大方はひっそりと死に、静かに葬式が執り行われていきます。でもその人たちにも一人の人間としての生き方があったのです。その意味に上下はありません。

 己の「死」を真面目に考えなくてはならない歳になってきて、やっと真面目に「どう生きるか」を考えるようになりましたよ。それまでは「生きる」ことに夢中でしたから。

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October 28, 2009

船底で生存

 驚きました。まるで映画『ポセイドン・アドベンチャー』のようです。転覆し、台風のまっただ中、3日間船底に閉じ込められ生き抜いた3人は全くすごいと思います。

 詳細は分かりませんが、何よりあの小さな船に3人の3日分の酸素が確保されていたことは全くの幸運としか言いようがありません。生きる意志があればこういう幸運を巡ってくるんだと思いました。

 こういう例は今までなかったそうですが、捜索をあきらめないで続けることの意味も改めて思い知らされました。本当に時間との闘いだったんですね。

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 臨時国会の代表質問が始まった。

 私は先の選挙で民主党が勝ったのは「マニフェスト」の全ての内容を国民が支持したからではなく、自民党にアキアキしたからだと言ってきた。そのことに民主党も気づきはじめたようで少しずつ修正をしているが、今度の「日本郵便」の経営陣の人事はどう考えても不可思議である。

 「郵政民営化」にも疑問があったが、その選挙で得た議席を背景とした自民党の独裁ぶりはまさにひどいものであった。だが、少なくとも「郵政民営化」は国民が支持したものである。そして、政党として「郵政民営化」反対を前面に押し立てて選挙に臨んだ国民新党は議席を減らしている。

 民主党は「郵政見直し」をマニフェストでうたっているが、その中身について国会で何ら議論がされない前に、実質的に改変していくことは如何なものだろうか。

 マスコミ各社に是非マニフェストの一つ一つについて「世論調査」をして欲しいものだ。そして、その結果についておおいに議論を起こしてもらいたいものだ。「高速無料化」だって多くの国民が疑問を持っていることはすでに証明されている。

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October 26, 2009

神奈川・静岡で民主党

 神奈川・静岡の参議院補選で民主党が勝った。自民党はすでに民主党に対抗する力を失ったようだ。もともと自民党と民主党は支持基盤がほぼ同じであり、多くの自民党支持者が担ぐ神輿を変えただけである。政党が支持者の要求を反映していくものとすれば、今後民主党の政策は自民党の政策に次第に近づいていくだろう。

 民主党の中心にいる人たちの多くはかって自民党に籍をおいていたのであり、政治姿勢にさほどの違いがあるわけではない。自民党がその長い政治支配の過程で蓄積のしてきた負の遺産、官僚支配とか金権体質とかの一部は政権交代によってしか解消されないかもしれないが政治の世界が大きく転換されることはないであろう。

 コンクリートから人へというキャッチフレーズは心地よいが、来年度予算が水ぶくれしている様子を見れば福祉関係の部分が追加されているだけで転換が行われているとはとても思えない。国債の大量発行などはかえって国民の負の遺産を拡大していくだけのものでしかないだろう。

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 某アイドルスターの初公判をテレビが異常な取り上げ方をしている。この人など私にとっては取るに足りない芸能人であり、薬物の汚染では過去にもっと大物スターもいた。その大物スターの場合は、笑い話程度にしかマスコミは扱わなかった。

 このアイドルスターはマスコミが扱うには丁度「大物度」がよかったのであろう。このあたりにテレビマスコミのジャーナリズムとしての程度が見え隠れしている。さすが一般紙はそこまで加熱していない。そろそろ視聴者の下劣な興味を無理矢理掘り起こし、煽り立てるのを止めて欲しいものだ。

 視聴率第一主義のテレビには最早ジャーナリズムを名乗って欲しくない。

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 台風20号が迷走を繰り返したあと日本に接近し、今夜から明日にかけ関東の南の海上を通過しそうである。一昨日、昨日と東京を離れていて情報音痴になっていた。台風20号はとっくに消滅していたものと思っていた。大きな台風ではないが注意にこしたことはない。

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 素人の提言だが、高速道路の渋滞時、渋滞予想時には追い越し車線走行は注意! 私が見た範囲だが追突事故はほとんど追い越し車線で起きている。

 追い越し車線を走る車は少しでも前に行こうとしている車が多い。そのため年中車線を変更している車も多い。焦っている、キョロキョロしている。走行車線走行車と追い越し車線走行車のドライバーには明らかな違いがある。追突事故発生の要因が明らかに高いのである。

 一旦事故が起きるとたちまち10km~20kmの渋滞になってしまう。私とて全く事故を起こさないと言えるわけではないが、避けられる手立ては出来るだけ尽くしていこうと考えている。

                              (13:00)

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October 21, 2009

「郵政民営化」見直し?

 「郵政民営化」を見直すのだそうだ。「かんぽの宿」売却問題以来テレビによく出てくる社長も辞任。次期社長はもと大蔵事務次官。あれ? 小沢氏と仲良しだそうだが、官僚とは一線を画すことを党是とする民主党はこれをどう説明するのか。面子にかけて意地でもこういう人事はしてほしくなかった。

 彼は細川政権の時、小沢氏らと「国民福祉税」という名の「消費税」導入を画策し、それ以来小沢氏と親密になったらしい。官房長官は民主党の方針との整合性を尋ねられ、明確な回答が出来なかったようである。

 こんな様子を見ていると、300議席を背景に小泉・安部・福田・麻生と好き勝手をやり自壊していった自民党政権と同じ道を民主党が歩み始めたように思える。閣僚間でも齟齬が見え始めているようだ。内閣全体の意思が見えなくなってきている。」

 さて、民主党政権が考える「民営化見直し」が如何なものかまだよく分からないが、JALの問題にしろ、沖縄の基地移転の問題にしろ、明確なものが伝わってこない。政権が変わったのだからもっと大胆な政策変更があっていいと思うのだが。

 結局政権交代といっても期待したほどでもないな、という感じがする。中堅の党員の気合いだけが空回りしているようだ。

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October 20, 2009

国債発行額50兆円を超す

 国債発行額が50兆円を超すらしい。すでに800兆円を超す借金を抱えているのにさらにそれを大幅に増やすわけだ。毎年の返済額だけでも20~30兆円だそうである。例えは悪いかもしれないけど、サラ金の借金返済をサラ金で借りてしているのと同じと言える。こうした場合最早再起の可能性はほとんどなく、自己破産しかないことは多くの例が示している。国も破産するのか。

 破産しないまでも、こういうことを繰り返していけば将来の日本国民の負担が増していくことは明らかである。人間が元気でいられるのはそこに希望があるからである。果たしてこういう財政状態で国民に希望が見えるであろうか。こういう国にした責任は自民党であることはいうまでもない。もう自民党には解決できないと判断した国民は政治を民主党に任せたのである。

 今年はリーマンショックによる不景気や政権交代で前政権の負の遺産を受け継いだから特別で、来年以降はそういうことはないという保証があるというならともかく、そういう見通しは全くないのである。少子高齢化の中では福祉予算は増えることはあっても減ることはないのである。

 ANNの調査によれば「高速道路無料化」はすこぶる評判が悪い。インタビューの中で「このツケを将来の人たちに払わせることはできない」というのがあったが、確かにそうである。無料化→税金で補填→税金の不足分を国債発行で穴埋め→将来増税をして借金返済 という図式になるのだから常識的に判断すれば当然の帰結である。ただいつまでも高速道路作り続ける愚はそろそろ止めるべきだ。それだけでも高速料金は減額できる。

 「子ども手当」は必要であろう。ただ、とりあえずは社民党の主張するように、本当に必要とする家庭にということも考慮することも必要であろう。日本の貧困率が極めて高いということは格差が広がっているということである。援助の必要な家庭とそうでない家庭に二分されているということである。有り余るほど予算があるならともかくぎりぎりの遣り繰りなのである。

 軍事費・防衛予算にも手を付ける必要がある。危機を煽っている人がいるが日本がそんな危機状態にあるとは思えない。日本が心から愛せない国になる方がもっと危険である。あの「思いやり予算」など以ての外である。いまこそ9条の精神に立ち返るいい機会だ。

 なんども書いてきたようにマニフェストを厳守することを国民は求めていない。将来にわたって安心できる国づくりをして欲しいのである。自民党にはそれが出来ないと国民は判断して見放したのである。「高速道路無料化」反対のように民主党は支持しても個々の政策には異を唱える人は多いのである。

 「天下り」にも十分な対処がされていない。「八ツ場ダム」も税金を投げ捨てるように使ってきたことが報道されている。その中に「天下り」で甘い蜜を吸ってきたという人が多いということも伝わってきている。「天下り」を許さないことより、「天下り」をさせても何の得にもならないようにすることが肝心だ。こちらは予算を切るだけだからいとも簡単に実施できる。

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 貧困率→「年収が全国民の年収の中央値の半分に満たない国民の割合」
 本日政府が発表した数字は15.7%(およそ6人に1人が貧困層)
 中央値は平均値より低く出る。この貧困率は生活の豊かさを示すというより(国によって中央値は変わっていく)、経済的格差を示す指標となる。OECD加盟国(の中で日本は30カ国中4位(高い方が悪いのだからこれは大変なこと)。国民の間の経済格差が激しくなっていて、調査の度に悪化している。教育への国庫からの低さもこの程度。世界の国の中で日本の子どもはひどい状態にあるのだ。「子ども手当」はその点で意義があることは明白。
もし中央値付近に国民それぞれの可処分所得が分布していれば、貧困率が0%になることも理屈の上では成り立つ。そういう社会では社会福祉(生活保護費など)のコストが低くなるので、国の財政上でもメリットがある。
 所得格差、経済的格差をなくすということは誰にとってもいいことなのだ。

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 今日は写真雑誌の発行日だ。本屋に行ってきた。どの雑誌もEOS7Dの特集。私はCANONでないのでちらっと覗いて買わずに帰った。それにしてよくも次から次へと新機種が出るものだ。私の狙い目は仮想「D700x」。でるかでないか1年後には分かるだろう。

 先日東名を走っていて驚いた。昔子どもの間でブームになったスーパーカーのその中でもスターであった「ランボルギーニ」が十数台、20台位か、列をなし、排気音を響かせて私の車を追い抜いていった。何のための走行かは知らないが、優雅な人たちがいるものだと私はひたすら感心して眺めていた。 

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October 16, 2009

穏やか日です

 昨日、今日と「小春日和」のような両日でした。昨日は全天雲なし状態で空は「天高く」の言葉通り。「PLがいらないね」などと話していましたが、今日も薄曇りとはいえ風もなく穏やかな一日でした。

 数日睡眠不足が続いていましたが、昨夜はその分取り返すようにたっぷり寝てしまいました。

 睡眠不足もあったのでしょう、昨日撮影の時、カメラを三脚から取り外そうとしましたら、手が滑ってしまい落としそうになってしまいました。慌てて抱えて受け止めようとしましたら、カメラが顔面を直撃してしまいました。私は眼鏡を使用していますから、顔面直撃は眼鏡直撃です。何しろカメラ1200g、レンズ1500g、あわせて3kg近くの重さですから大変です。

 幸いカメラも無事でしたし、眼鏡のガラスも無事でしたが、眼鏡のフレームは押しつけられた状態になり開いてしまいました。通常に正面を見ている限り耳と鼻で支えていますから大丈夫でしたが、下を見るとずり落ちてしまいます。

 今日やった行動の一つは眼鏡屋でそれを直してもらうことでした。眼鏡をしたまま寝てしまったりすることもよくありますので、始終直してもらっています。ついでに洗浄もしてもらえますので、とてもすっきりします。以前は自分でペンチを使いやっていましたが、無料なので最近は店でやってもらうことにしています。

 次は本屋により『砂の器』を買ってきました。同じ本を2度買うのもバカげていますが、40年ぶりに読みたくなったのですから仕方ありません。藤沢周平の小説は捨てないでおいてありますが、ほとんどの小説本は読み終わると捨てています。だいたいが新書か文庫です。さすがハードカバーはもったいなくて捨てられません。

 北海道の書店の事故や静岡の地震の話を聞くと「蔵書(?)」をどうしようかという心配も出てきてしまいます。最近は2度読みたくなりそうな本はハードカバー、捨てちゃうだろうなというような本は文庫でと買うとき一応の目安はありますが、そう都合よくいくことも少ないです。

 その後は写真プリント。最近のプリンタは20年前最初に購入したプリンタと比べて性能は数百倍、数千倍になっているにも関わらず、価格は数分の1、10数分の1です。すごい進歩です。でもインク代がとてもじゃないが馬鹿にならない。特に写真は紙全体にインクを塗りたくっているわけですから、とんでもない量のインクを消費します。A3ノビでプリントするときなどついモニタに表示されるインクの減り具合が気になってしまいます。

 さて、明日明後日はお出かけです。休刊になります。

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October 15, 2009

睡眠不足につき

 今日はまた4時半起きで撮影。北関東の紅葉を撮りに行ってきました。

 いわゆる紅葉になる落葉樹林、特にブナ林がちょうど見頃になったときは見事なものですね。仕事をしていたときはこの時期そんな自然を見る余裕はありませんでしたし、小さい頃は植林したスギ・ヒノキの森しか見ることが出来ませんでしたので還暦を過ぎたいまはじめて見ることができ、幸せでした。

 全山紅葉などと言いますが、なかなかそういうようには行かないようです。山の頂上付近はすでに葉も落ちているというのに、ふもと付近はまだ青々しています。ちょうどいい見頃はほんと一瞬しかないとも言えます。それが次々と移りゆくのがいいのでしょうね。

 春のサクラをはじめとする花々、秋の紅葉、写真を「真面目」に撮るようになって、長い人生を経たというのに日々がずいぶん新鮮です。今年は写真に夢中ですが、以前から行きたいと思っていた秋の奈良に来年はチャレンジしたいと思っています。

 帰ってきて、テレビを観ています。今年の秋はずいぶんテレビ局がドラマに力を入れています。何度目かの松本清張・山崎豊子ブームのようです。「お笑い」や「クイズ」に飽きがきたのかもしれませんね。私のテレビは依然「アナログ」で見えるまでいろいろ手続きが必要な骨董品というより、ポンコツ品ですが、新しい最新式を入れるとますますテレビから離れなくなりそうなので、全く映らなくなるまで使い続けるつもりです。

 さて、早起きしたり、山をうろついたりしましたので、眠さと疲れが襲ってきています。今日はここで・・・・・・。

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October 14, 2009

新人議員研修会

 これも笑止千万のこと。

 民主党が今度の総選挙で初当選した「新人」議員の研修会を開催し、欠席議員に小沢幹事長が「いけません」を連発して苦言。

 新入社員が入ってきたら、新入社員研修を行うのは当たり前だろう。高校や大学でその道について勉強してきたといえ、入ってきたばかりでは半人前だ。これから会社の顔になって仕事をしていく上で学ばなくてはならないことは山ほどある。よって賃金にも大きな差がある。仕事によっては本採用になっていない場合もあるだろうし、本人側から辞めるということもあるだろう。

 じゃあ議員はどうかといえばはじめから当選10回議員と同等である。当選して始めて登院した日から一人一人の議員は対等である。こんな研修の様子をテレビで見せつけられ、幹事長の苦虫を潰したような顔を見せつけられたら、国民の立場からすれば、私の選んだ議員はまだ半人前か、ということになってしまう。歳費をはじめとして交通費など皆同じである。

 小沢という人は何か勘違いしているんじゃないかと思う。そりゃあ多くの新人議員はマスコミの言うとおり、小沢の政治力・選挙力によって当選し至った面もあるだろう。だが、その人たちを選んだのは、自民党政治に辟易していた国民である。国民にとっては自分たちの代表である。

 その人たちが苦虫を潰した小沢という人にあごで使われている様子を見て、国民はどう考えるだろう。その人たちは小沢という人にぺこぺこしているその姿を選んでくれた国民にどう説明するのだろう。

 もちろん、党員としても議員としても未熟なところは多くあることは確かである。でもそれは内部の問題である。マスコミに公開するようなものではない。

 民主党が改革しようとしていることは並大抵なことではない。だが、それを国民は歓迎しながらも、熱狂的に支持しているわけではない。冷ややかにも見ているのである。

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 日本がトーゴに5-0。

 力に差がありすぎ。これではワールドカップの練習にならない。もっと厳しくなくては。ただ今日の前半は現在日本のベストメンバーに近い。岡崎はよくやる。

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October 13, 2009

なんと無駄なことをしてきたことか

 実際のところ、何が真実か分からないところが多いというのが私の本音だし、新聞、テレビなどで識者による徹底討論などをしていくことが、国民に納得してもらう点でも有効だろうと思っている。

 だがそれにしてもこれまでの自民党政治が一部の利権のためにいかに無駄なことをしてきたか、次々に明らかになってきている。もちろん個々のことについてはそういう事例を見てきたが、これだけまとめて出されると驚く他はない。

 例えばダム工事。民主党は48カ所のダム工事を凍結(中止を決定したわけではない)させるそうだが、ダムの建設には計画から長い年月が経過していて初期の目的からは意義を失ったものが多いらしい。すでにそのことは分かっていながら、公共工事はいったん始めると止めることが出来ないという習いで進めてきた工事が多いようだ。

 今度の政権がそれを打ち破って中止、凍結という方向もあるということを示したことは大きい。「八ツ場ダム」の地元は小渕元総理の地元で現在もその娘の小渕優子議員が選挙運動などしないで当選できる選挙区である。国交省官僚もダム建設関係に多数天下りしているという情報もある。

 八ツ場ダムの工事はその後の手当も含めて今後何千億円もの費用がかかるのだそうだ。関係筋の計算によると止める損失より、続ける損失の方が大きいらしい。

 多くのダム建設計画時は日本が高度成長し始めたり、しているときのものである。すでに日本はそんな時代は終わっている。いまさら八ツ場ダムが出来ても治水・利水には何の意味もないそうだ。民主党にとって八ツ場ダム問題はまさに決戦場である。

 将来の日本国民が背負う800兆円もの借金の中にこれら無駄な支出が何%、何十%含まれていることだろう。

 省庁がそれぞれどれだけ予算を獲得できるかに血道を上げてきた行政から、どれだけ少ない予算で必要な仕事が出来るかに視点を移した行政に転換するとしたらこれは大きな政権交代の成果である。

 今の民主党の矢継ぎ早の改革が一定の成果を上げたら、4年後の自民党の復権などあり得ないだろう。とても自民党ができる技ではない。

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 神代植物公園では秋のバラ展が開かれています。人が多く写真を撮るのも大変です。三脚も使用制限されています。(縮小機能がうまく働いていないようです。)

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October 12, 2009

連休に思う

 東京オリンピックを記念した「体育の日」が第2月曜日に変わって何年経つのだろう。「成人の日」「海の日」「敬老の日」「体育の日」、おそらくはじめはその日に意味があったのだろうが、これでは単なる休日拡大策でしかない。何のための祝日か。

 まあ他の祝日にしたって決して未来志向とは言えないものばかりだから、あれこれ文句を言ったって仕方ない。日本の現在の祝日はあまり軍国的でないのが良いと言える。廃止していいと考えられるものもいくつかあることも確かであるが。

 ちょうど紅葉、紅葉狩りシーズンということもあって、紅葉の名所はすごい人出のようである。数カ所そういうところを回ったが、遠目はともかく近くに寄ってみたり、撮影した写真をみると葉がずいぶん傷ついている。あの風台風18号の所為かとも考えられるが詳しいことは分からない。

 飯能の奥、名栗川沿いに紅葉で有名なお寺がある。昨年出かけてみたがすでにピークは終わっていた。今年は忘れないようにしなければ。

 365連休中の私にとってのメリットは休日を避けて出かけることが出来ることである。ただ残念なことは問題があるとはいえ休日ETC割引がないことである。高速料金無料化になればどうでもいいことであるが、それまでは是非映画館のような「高速シニア割引」を採用してほしいものである。そうすれば高齢ドライバーは平日に気楽に出かけることができる。

 年金生活で懐は寂しいが、暇だけは有り余っている。高齢者が平日に出かけることが出来れば、休日の渋滞は今ほどでなくなるだろう。誰もが幸せになれるのである。平日は旅館・ホテルなども少しは安いし、ゆっくり出来る。いいことだらけである。

 ドライブできるのも退職後せいぜい10年。日本の今を築いてきた人たちである。そのくらいのボーナスもいいだろう。

 でもシニアとそうでない人を判別する方法については私はまだ考えていない。車から信号を出すことは可能だろうが運転者がそうとは限らないだろうし・・・・・・。

 こんな馬鹿なことを考えて一日が終わっていく休日であった。

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October 11, 2009

もらう前に

 オバマ大統領が「ノーベル平和賞」を受賞することになった。オバマ氏の「核廃絶のアピール」がその理由らしい。全体としての方向性においてはおおいに評価したい。だが、まだ言っただけである。言っただけでもらえる賞にどれだけの価値があるというのか。オバマ大統領がもらう賞が真に価値あるものにするため是非やって欲しいことがある。それをすれば、必ずや「笑顔」で授賞式に臨めるであろう。

 米国の広島、長崎への原爆投下は第二次世界大戦を終結させるためのものでなく、その後に予想される東西対決へ向けてどこに東西の境界線を引くかという流れの中で米国の戦略として行われたものである。当時、日本政府が白旗をどう掲げるかを模索していたことは歴史を見れば明白であり、原爆投下に関わりなく日本の敗戦は時間の問題であった。

 原爆は一般市民を対象としたジェノサイドであり、軍隊同士が戦うという近代戦争の倫理を逸脱したものである。ナチスがおこなったユダヤ人虐殺、日本軍がおこなったアジア諸国の非戦闘員などへの虐殺は敗戦国ということで指弾されたが、この原爆投下は戦闘行為とはとても言えない人道に反する虐殺行為である。

 日本人は他国民におこなった非人道的(戦争それ自体が非人道的であることは言うまでもないことだが)行為への贖罪の意味もあってか、激しい感情をもって原爆投下に抗議してこなかったが、ナチスや日本軍がおこなった行為と同等のものである。国権の発動たる戦争などでなく、無差別殺戮行為なのである。

  オバマ大統領は授賞式までに広島・長崎を訪問し、資料館でしっかり学習し、両市の慰霊碑の前で64年前、自国が行った行為を反省し、数十万の死者と患者に謝罪しなくてはならない。原爆を投下した国の大統領としてまず最初にすべきことである。

 次に大統領がすべきことは自国の核を廃棄することである。世界最大の核保有国が他国の核保有を非難しても誰が聞こう。広島・長崎後も朝鮮半島や中東で核使用の意図が噂されたことがある。現在核保有国は確認されていない国も含めて10カ国くらいである。その中で大量殺戮を目的として使用の実績がある国は米国だけである。日本は唯一の被爆国であり、米国は唯一の使用国である。前科のある国は米国だけである。核の脅威を世界に与え続けている最大の国が米国なのである。

 「隗より始めよ」。オバマ大統領は授賞式までに自国核削減目標を世界に向けて明らかにしなければならない。当面少なくとも半減とその日程を明確にする必要がある。半減したとしてもまだ世界を何回も破滅させる量は残っているだろうが、少なくともそのくらいはしなければ実効あるアピールをしたと言えないだろう。

 オバマ大統領のアピールを平和な世界を心から熱望する一人として支持する。だが、彼が真にそのために戦争好きの自国民の意識改革をして核廃絶の道に「チェンジ」して行くか、行けるかには疑念を持っている。それが払拭できるかどうかは上記のことにかかっている。

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 TBSの『Jin-仁-』というドラマ、設定は奇想天外だが、きちんと力を入れて作られていておもしろい。TBSは今期ずいぶん番組制作に力を入れているようだ。

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October 10, 2009

お疲れ状態です

 昨日は撮影で4時半起き5時半出発、奥日光を一回り、紅葉を過ぎたところもあり、まだのところもあり、さすが標高差1000mです。今日は係で夕方まで仕事(?)、お疲れ状態です。

 サッカーはスコットランドに2-0で勝利。先日の香港戦は公式戦だったのですが、あまりにも戦力差がありすぎ、岡崎の大活躍があったにせよ、あれこれいう価値なしですが、今日はよくやったと言えます。

 前半はいつもの日本チームと同じテンポのイライラする試合運びでしたが、後半森本らと交代した後、俄然攻めにスピードが出てきました。

 今日はオバマの「平和賞」について書こうと思ったのですが、頭が回転しません。頭の休養が必要です。

 来週、再来週とお出かけ予定が目白押しです。何しろ絶好の撮影対象の一つ「紅葉」ですから。でもなかなかいい写真にはなりません。日本中で携帯カメラを含めると数千万人が撮影対象にしているのですから。

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October 07, 2009

あれれれれ!

 一昨日から昨日にかけて、ちょっと不思議なことが。急にアクセス数が増えたのである。今までもある日突然アクセス数が増えたことが何度かあった。その原因については分かっている。だいたいはテレビの番組や映画について感想を書いたときである。タイトルや出演俳優で検索した方がいてそれに偶然当たったのだ。

 でも今回はそういう内容のことは書いていないはずだと不思議に思っていた。ふっと横を見たら、ココログニュースに「楽天球団、躍進の要因は?」とある。ココログニュースは「ココログ」を利用してブログを作成している中からテーマに沿った記事の引用をして各ブログにリンクをはってある。確か楽天のCS進出について書いたはずだ。

 ビンゴ! そこに「危険な戯れ」があった。

 この「危険な戯れ」をはじめた当初の動機は「小泉郵政改革」に疑問を感じたことと、当時藤沢周平に夢中になっていて、特にその女性の描き方に魅力と好感を持ったことにある。しばらく続けたが慣れないことや忙しくなってブログに関わっていることが出来なくなってきた。それに歳のためもあり、体調も思わしくなく仕事から帰るとグタッとして寝るくらいしか出来なくなったこともある。それまでにで書いたものはすでに削除して存在していない。それでも何となく完全にやめることが出来ず、ブログだけ残し飛び飛びにだが続けていた。

 去年再々開して今度はほとんど毎日続けている。最早タイトルとは関係なく「私の日記帳」である。続けることが第一義のようなものである。これによってメリハリのない生活にリズムを取り戻すためでもある。また、常に社会に目を向け新鮮な気持ちでいよう、脳を活性化しようという意図もある。前にも書いたが私が「生きている証」である。

 日記だといっても「公開」しているわけだから、私の全てを書いているわけではない。観た映画全て、読んだ本全ての感想を書いているわけではないし、腹の立つこと全てに怒りを表しているのでもない。(厳密に行っている分けでないから例外も多いが、映画は時代物・社会性のあるもの、本は自然・科学の啓蒙書、推理小説など、それから地球温暖化、自然災害などがメインである。ドライブ・写真などの趣味も対象となる。)

 だからといって、全く無視されるのもさびしい。別に多くの方にアクセスして欲しいとも思っていない。ほどほどで良いのである。全く読む方がいないでは続ける気持ちは萎えてしまうだろうから、読まれているということが続けるためには私には必要なのである。緊張感が必要なのである。

 ココログニュースにリンクが張られるということは以上のことから本意ではない。私のブログに引っ張ってこようとしていることになるからである。ご覧のようにこのブログは「トラックバック」を受け付けていない(その設定をするまでのものは礼儀として1年間残してあるが、そろそろ消しても良いのではないかと考えている。)し、このブログを運営している「ココログ」以外の広告もない。それがその証明である。そうなることを予想してなかったので対策をとっていなかったことは失敗であった。リンク不可、引用不可のような設定をしなくてはなるまい。
 
 もう終わったことは仕方がない。幸か不幸か滅茶苦茶アクセス数が増えたわけでもない。ちょっとの変化だけで大波が襲ったわけでもない。一度「写真」の挿入を試みた。ただ私のパソコンシステムや設置方法では面倒なのでなかなか続けられない。試し試しやっていくうちに、このブログのようにいずれ軌道に乗るだろう。

 この前数えたのだが、長い記事は原稿用紙7,8枚にあたる。記事数はもうすぐ500になる。自分のことながらおおいに感動している。

 これからもマイペースだが続けていく。よろしくお願いしたい。

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 台風18号は極めて危険なコースを移動している。やや衰えているが、昨日遅くの状況では日本直撃はほぼ間違いない。対策も必要だろう。昔のように板を張り付けるなどということはいまの建物は必要ないし、できない。ただ、窓を1カ所開けておくとそこから入った風が屋根を持ち上げることがあるそうだ。全てをしっかり閉じよう。

 こういう強い台風が地球温暖化で今後増えるのだそうだ。それが「スーパー台風」。『デイ・アフター・トゥモロー』に詳しい。

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 昨夜9時からの『誰かが嘘をついている』はとてもいいドラマだった。実際の冤罪事件ではもっと悲惨な家庭崩壊が起きている。ドラマで描かれた家族は典型的な家族ではないだろう。でもこんな家族の支えがなくては冤罪を晴らすことが出来ないかもしれない。そこを描きたかったのだろう。筋立て、解決の仕方は安易だもの。

 痴漢事件の捜査や裁判には問題が多いようだ。

 水谷豊はいつもと違う押さえた演技で好演、宮崎美子はクイズだけではないというところを見せた。娘役は『母べい』に出ていた子? 最近の私は若い娘(こ)の顔の判別が困難になっている。彼女は顔の演技が達者である。 

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October 03, 2009

フロアマットでアクセルが戻らない

 米国で日本を代表する車メーカーが380万台のリコールをするらしい。この不景気の折、せっかくハイブリッド車で息を吹き返したと思ったのに、経営への影響も大きいだろう。世界トップを争う企業だけあってその数も桁違いだ。

 新聞での図によるとアクセルペダルにフロアマットが被さり、アクセルが効きっぱなしになるようだ。すでに5人が死亡しているという。アクセルを踏み続けるということは、その自動車が出せる最高速度で走り続けるわけだから、大変なことに違いない。

 私などはだらしない人間だから、フロアマットがずれて気付かないこともある。そんな時、アクセルの方より、ブレーキペダルの下に畳まれると、ブレーキが効かなくなるなと心配していたが、アクセルが戻らないなどとは全く想像していなかった。

 リコール対象車は全て米国生産のもののようだが、日本と製造過程に違いでもあるのだろうか。それとも設計上の違いでもあるのか、また日本生産のものも同様なのか気になる。構造的にはどの会社の車も大差ないであろう。

 ただ記事で見る限り、運転時にきちんと点検しておけばこの問題に関しては大丈夫そうである。最近、日常の暮らしの中でうっかりということが増えてきて、運転をいつやめようかと考えることもあるので十分注意していこう。

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 その記事の中でおやっと思ったことがある。強制的にエンジンを停止するという話である。私の車のようにキーで始動する車はキーを戻せば停止し、最近の車のようなボタン式のものは3秒押し続けるのだそうだ。

 アクセルが戻らなくなり、高速走行中に強制的にエンジンを停止させたら、車はどんな動きをするか想像もつかないし試してみる気もないが、大変な惨劇が待っているだろうことは予想される。

 一度運転者が気を失い制御できなくなった車と衝突しそうになり、紙一重で事故をまぬがれた体験がある。私がそうなったらサイドブレーキを引くように同乗することの多いカミさんには話しているが、本当に最善の方法は何だろう。教習所で教わっていないと思う。知りたいものだ。 

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October 02, 2009

本格的秋を迎えて

 サモア沖のM7.3、スマトラ沖のM7.6と大地震が相次いで発生した。M7を超せば大きな被害は免れない。特にスマトラでは数千人が建物などの下敷きになって、救出を待っている状態だそうだ。日本からも警察、消防から救出隊が出発したそうだ。

 8月には日本で地震が相次いだが、このところ、地震速報がよく出されている。どちらもプレート自身が自分の重みで落下することによる地震だそうだ。太平洋にあるプレートそれぞれで活動が盛んになっているなどということはないのだろうか。

 太平洋上では二つの台風が生まれ来週には日本に近づきそうである。進路予報のコースを見ると秋の台風の典型的な動きのようである。

 9月は巨大台風が襲う月と何となく思い込んでいたが今年は無事すぎた。ということは10月に来るということか。昨夜の段階での4日の予想中心気圧は17号が920hpa、18号が930hpaである。どちらも強さは「猛烈な」台風である。

 沖縄は9月全日が「真夏日」だったそうである。暑いのである。台風が衰える可能性は低いということだ。来週はどうも雨にたたられそうである。

 実は10月に3回ほど「紅葉撮影」に出かける計画がすでにある。個人的にも昨年失敗したところに再チャレンジする予定もある。ニュースでは今年の紅葉は10日ほど早いらしい。ちょうどいい時期と晴天に当たればいいのだが。

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 今日、日本時間では明日、オリンピック開催地が決まるらしい。どうせ私には関係ない(もうこの世にいない確率極めて100%に近い)話だからどこで開催されようとどうでもいいのだが、正直ああいう騒がしいのはもう結構だという気持ちの方が強い。それにあの知事の傲慢で独裁的なやり方はもともと好きでないのだ。

 候補の各国・各都市の応援に元首級が乗り込んでの応援らしい。日本からは鳩山首相も登場するらしい。忙しいな。今日は予算再点検の締め切り日だ。

 マスコミの低俗な煽りに乗って韓流だ、幸夫人だ、法子だ、あれだ、これだの大騒ぎすることは卒業し、そろそろ日本人も大人になっていい時期にきていると思うのだが。価値観が広がっているとよくいわれるが、そういうのはごくわずかの部分だけであって、どちらかというとすごく画一的になっているのが本当だろう。 

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 1日付の天下りの一部が禁止された。結構なことだ。これで金儲け第一主義の官僚は少なくなり、本当に国民のことを考える官僚が増える、ということになればいいのだが。

 よく「公務員」と一緒くたにされるが、一般公務員は定年後公的機関で嘱託として働いてもほんとに雀の涙くらいの賃金しか貰えないのだ。びっくりするくらい安いよ。

 問題は「キャリア公務員」なのである。よく民主党は「公務員の組合」を抱えているからというが、その人たちはほとんど「ノンキャリア」だから関係ないのである。ただ、ただ賃金が下げられるとなると難しいだろうな。安定感はあってももともと低いんだから。

 

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September 29, 2009

谷垣氏、自民党副総裁に 誰に向いていくか

 過去数年間、お祭り騒ぎを繰り返してきた自民党総裁選、今回はずいぶん地味なものだった。マスコミの報道も寂しいものだった。与党と野党の違いを一番感じたのが彼ら自民党の国会議員ではないだろうか。2大政党制を標榜するなら、もっと取り上げ、周りからの「ツッコミ」などあっていいと思うのだが、マスコミも寄らば大樹の陰といったところか。

 谷垣氏が第一回投票で過半数を獲得して新総裁になった。河野氏は破れかぶれとも思われる主張をして地方票の獲得を目指し、その点で一定の成果を得たが、国会議員からの支持はほとんど得られなかった。党員と議員の間に意識の差があるともいえるが、要は保守政党、急激な変化は肌に合わないのであろう。

 民主党の政権が発足してまだ半月にもならないが、首相の国連出席での外交デビューとか各大臣の精力的な動きなどあって、政治の世界も変わったなあと一種爽快感を感じている人も多いように思う。特に前原国交相の動きが目立つ。

 その中で、次々と前政権の旧悪、負の遺産ともいえるものが明らかになってきている。そして、それは「利権」という「キーワード」でひとくくりに出来るようである。(前原国交相の動きが目立つのも国交省がそれだけ組織が巨大で利権が絡むことも多いからだろう。)

 八ツ場ダム、川辺川ダムと利権や天下りの問題も取りざたされているし、JALの経営破綻の背景の無理矢理進めた地方空港の建設、ほとんどの地方空港が派手なうたい文句で開港したがほとんど赤字である。(私は全く違う視点でこの地方空港の乱立の事情を見ているが。) あらゆるところに存在する「天下り」問題などなど、前政権がそのまま続いていたらどうなっていただろうと驚くばかりである。

 民主党政権が明日にもポシャって自民党政権に戻ったとしてもこれら問題を日本は抱えている、そこから出発しなくてはならないということを明らかにしたことで、それだけでも、ここ何ヶ月かの政治大変動は意義があったといえる。ただあまりに傷は深く、前途の多難さはいかばかりか。

 谷垣氏は就任の挨拶で「国民の立場に立つという原点にかえって」というようなことを言っていたが、この言葉はとりもなおさず自民党政権が「国民の立場に立っていなかった」ということの証左であり、戦後数十年の政治が誰を向いて行われていたかを露呈してしまったわけだ。とはいっても、旧来の自民党政治を引き継ぐということでは3人の候補者のうち一番強く主張し、立場的にもそのまっただ中にいたのだからどこまで変えることが出来るだろうかと思う。

 民主党も「国民の目線」で政治をすることを第一義に掲げている。さまざまなしがらみの中、どこまでそれを貫くことが出来るか、我々庶民はいつまでもそうあってほしいと「次の選挙」までは願うしか方法はない。

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September 25, 2009

「八ツ場ダム」問題の考察(おおげさですね)

 民主党の前原国交相が23日、八ツ場ダムの現地に乗り込んだが、住民の会談拒否にあった。前原氏といえば民主党の代表を短期間であるが務めたほどの実力者。一つの顔である。また、民主党の中でもタカ派として、また、論客としても知られている。民主党の中では小沢幹事長の対極に位置しているらしい。

 マニフェストに記載されているとはいえ、それを金科玉条のごとく振り回すのはどうかと思うが、郵政民営化と同様、形の上では国民が決めたことになっている。「公約なんてどうでもいい」とほざいた元首相に比べたら、それを前提にものごとを進めていく方法は筋が通っている。

 旧い形を変えて新しい形にすれば当然そこに齟齬が生まれる。郵政民営化によっても困る人がたくさん生まれた。旧い形のまま進んで行くことが出来ない現在、困る人は常に出続ける。要は、それが許容できる範囲のことか、補償が納得できる質と量であるかということである。

 一度その工事の様子を見るといい。象徴的に4本の橋脚と一部橋桁がTの字となって並ぶ姿が映像・画像として映し出されるが、実はそんなものではない。周辺の大改造が行われているのである。ダム本体の工事の前に数千億円の巨費がすでに投じられているのである。

 この八ツ場ダムは治水・利水の両面から計画されたもののようである。治水はカスリーン台風のような洪水を防ぐため、利水は将来の水不足に備えてということである。ところがこの治水・利水ともいまに至ってはなんの役にも立たないのだそうだ。

 カスリーン台風並の台風がもう一度襲ったら、このダムでは持ちこたえられないのだそうだ。そして都市の水不足はすでに解消されていてこれ以上必要ないらしい。事実今年の夏の東京近辺に台風などほとんど来なかったが、水不足の話は一度も聞くことがなかった。水需要は減少傾向にあるらしい。

 要するに八ツ場ダムは必要のないダムなのだ。

 私の育ったところにも巨大なダムがいくつかある。電力と水の需要に応えるためだ。何度か見学にも行った。そこで感じたものは恐怖感である。それは人間が作ったもの、未来永劫存在し続けることはない。いつかは壊れる。ダム湖には膨大な水とともに、流れてきた大量の土砂が蓄積されている。ダムが決壊したらこれらがどんな災害を生み出すかという恐怖である。そこまで行かなくても、台風などで緊急放水が行われ、それだけで水害も起きている過去を私は見ている。

 必要のないものを作る必要はないのである。

 いま八ツ場ダムは住民と前原国交相の対決のように報道されているが、現地をみるとそういうことばかりではなさそうである。

 ここの選挙区は極めて強固な小渕ファミリーの地盤なのである。これだけ大荒れにあれた総選挙でも無風なのだ。あの勢いのあった民主党が候補者を立てることすら出来なかったのである。隣町の元町長は現衆議院議員の縁戚でもある。小渕代議士がいつも楽々当選し、若くして大臣になったことをみてもその力の強さを知ることができる。

 当該地区の住民の生活や感情に十分配慮してことを進めていくことは大事である。だがこの問題の本質はそこにあるとは思えない。

 (現地のダム反対派は発言すら出来ない状況のようである。マスコミはもっと裏側まで調査して明らかにしなければいけない。どちらになったとしてもすでに何千億の血税が使われているのだから。)

 前原国交相は敵の本丸に開城を要求して乗り込んだのである。大変な役を仰せつかったものだ。高速無料化も子ども手当も年金もおおごとの課題だが、もしかしたら、この八ツ場ダム問題が天王山かもしれない。

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September 21, 2009

『忘れな草をあなたに』

 「寄せ書き」というのがあるが、私はこれがどうも苦手である。それを書く機会は多かったがいつも最後ちょこちょこと書いて誤魔化してしまう。結局表現力がないくせに格好良くしようと考えるからだろう。そして・・・・。

 今朝、ラジオ深夜便を聴いていたら、倍賞智恵子が出演してインタビューを受けていた。「女優の戦後」とかいう番組だが、その中で『忘れな草をあなたに』が流れた。いつ聴いてもきれいな透き通る声である。しかも日本語の発声が実に美しい。今の若い歌手の日本語は何を言っているかさえ分からない。わざと歪めているようで寂しい思いがしてくる。言葉は文化の中核をなすもので、自分から貶めることはないと思うのであるが。

 実はこの「忘れな草」というのが「寄せ書き」が書けない原因の一つなのである。トラウマということであろうか。

 むかしむかしのことだがその時の様子はしっかり覚えている。小学校の卒業間近、先生が和紙に毛筆で寄せ書きをし、それを写真を撮って配布しようと提案した。1年から習字は習っていたので書くこと自体は苦にならなかったが言葉が分からない。

 中学校はそのままの顔ぶれにちょっと加わる程度であるから卒業そのものにあまり意義を感じなかったとともに、別れなんて思いは全くなかったから、皆適当なありきたりの言葉を書いていた。私も同様である。

 クラスに一人何でも出来る女の子がいた。運動はどんなものも学校選抜の選手になるし、音楽も得意、勉強も出来る。そんな女の子である。いつも100人の子どものトップグループにいた子である。マドンナ、いまで言うアイドルである。その子がおわりに近く、さっときれいな整った字で書いたのである。

 『忘れな草 ○○○○』

 「忘れな草」がどんな植物か、どんな意味か全く分からなかったが、本当にシャレていると思った。よくそんな言葉を見つけてくるもんだと呆れてしまうほどだ(『忘れな草をあなたに』の歌がヒットするずっと前のことである)。私の書いた言葉のなんとみすぼらしいこと。

 その後、「忘れな草」という言葉を聞くとこのことを思い出す。そして、私の書いた言葉は記憶の澱の中に封印し、忘れることにした。今では思い出すことも出来ない。その程度の言葉でもあったのだ。

 それ以来、「寄せ書き」がくると、「私は書けない」となってしまった。

 その子は中学校を卒業すると私と違う高校に行った。てっきり大学に行くと思っていたが高校を出て銀行に勤めたそうだ。その後の消息は知らない。中学校の同窓会にたった1回しか出ていない私だから、卒業以来顔を合わせたこともない。おだやかなすてきなおばあさんになっていることだろう。

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 「忘れな草」の花言葉は「真実の愛」「私を忘れないで下さい」である。

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 今日は「敬老の日」である。日本の65歳以上の高齢者の割合は男が20%、女が25%だそうである。なるほどそれで道ですれ違う女性が高齢者ばかりなのも納得できる。女性はほんとうにタフだ。しみじみ思う。

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September 20, 2009

逆じゃないのかな?

 NHKの土曜ドラマ『再生の町』は大阪の財政が破綻しつつある架空の町「なみはや市」が再生しようとする話である。

 再生の主体となるのは官吏・地方公務員である。言い換えれば「官僚」である。その公務員が政治家である市長・議会に闘いを挑んでいくのである。

 今度の総選挙で政権を取った民主党は「政治主導」というキャッチフレーズで押している。『再生の町』と規模は違うが全く逆の構図のように見える。TBSで今日最終回を迎える『官僚たちの夏』も見ていないので中身には触れないが、官僚たちの仕事を描いたもののようである。

 こう見てくるとテレビ界は民主党の政治姿勢に対決しているようにも思えてくる。

 官僚の作った原稿をただ読むだけの会見や答弁を否定して自分の言葉でそれをするというのは評価できる。でもこれで官僚を否定するすることにはならない。大臣をたらい回しにし、まるで名誉職のような「神輿」にしてきた政治の非力さがもんだいなのである。

 確かに「天下り」とか「省益」ばかりを考えたり、無駄な事業のため税金を無駄遣いしてきた「官僚主導」には問題が多い。おおいに洗い直しをしてもらいたいと願う。おそらく数兆円、場合によっては十数兆円の財源を生み出すことは可能だろうと思う。

 ただ、「政治家」は長くて4年の「いのち」である。あるいは私は好きでないが「二大政党」と日本の政治機構のもとでは場合によっては数年の政治家の寿命である。(アメリカの大統領は4年の任期が保証されている。大統領が志望しても残りの任期は副大統領が引き継ぐので政策も引き継がれる。)

 官僚はいろいろ問題があっても「専門家集団」であることも確かである。この日本を100年以上に渡って支配してきたのが官僚であることも事実である。その専門家集団の持つ力をどのように生かしていくかを考えてほしいと思う。

 亀井金融大臣と藤井財務大臣の間の摩擦が報道されている。マスコミはここぞとばかり報道しているが、政治主導の不安さを感じる場面でもある。政治の中で十分調整されていず、もろに出てしまっている。連立のほころびがでてくるのはまずそこだと予想していたがやはりか・・・・・・。

 大事なことは「政治主導」でも「官僚主導」でもなく、「何に立脚して行政を行うのか」ということである。もちろん国民であることは言うまでもない。

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 エスパルスが調子いい。アントラーズがもたもたしていることが大きな要因だが優勝の可能性も見えてきた。一方ジュビロはまだ低迷している。やっと連敗から抜け出たが安心感までなかなかいかない。きちんと立て直して来年を目指してほしい。今年はJ2に落ちないことで精一杯だ。

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 先日「熊よけ鈴」について書いたが、乗鞍で熊が多数の観光客を襲ったニュースがあった。少し以前より熊と人間の距離が近づいているように思われる。このニュースのようであれば「熊よけ鈴」など役に立ちそうにもないが、10月11月は紅葉を撮りに何回か山に出かけるつもりなので気になる。

 そういえば「巾着田」で「熊よけ鈴」をつけていた人がいた。巾着田に熊はまさか現れないと思うが地続きともいえる「秩父」にはツキノワグマが住んでいる。「鈴」をつけていた人はそちらにも行くつもりだったろうか。

  

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September 19, 2009

今週は・・・

 鳩山内閣が出来たがあちこちで手違いやら摩擦やらが生じているらしい。ある意味机上で作られたマニフェストだ。現実と照らし合わせて不都合が見えてくるのも仕方あるまい。しかも大臣になった人たちの中にはどっぷりと自民党政治、戦後の日本政治に浸かってきた人たちもいる。方向性を一つにして向かっていくのは大変だ。

 だいたいが民主党が「マニフェスト、マニフェスト」というのには抵抗を感じている。こんなこと当たり前のことでかっての「公約」と何の違いもない。あたかも新しいことのように思わせているが、単なる「欧米か!」である。自慢するほどのことではないし、「聖典」のごとく崇めるものでもない。民主党が勝ったのはマニフェストの一つ一つに賛成したからでもない。

 99%国民が賛成することをあげて、その中に大問題になることを潜ませておくなんてこともできるのだ。安倍首相が「郵政民営化」で獲得した議席を使いとんでもないことをやったことを思い出せばいい。

 大事なことは「方向性」なのである。どういう国を目指しているかである。「子ども手当」がいくらになるか、その財源はどこにあるかなんてことではなく、子どもは国として徹底して守るとか、女性は社会進出することが前提でそれを妨害するものはとことん排除するとか、どんな形にせよ戦争に参加しないとか、そういうことが大事なのである。

 ところで鳩山首相は1947年生まれだそうである。そして、都立高校、東大工学部卒だそうだ。その頃といえばちょうど「東大闘争」があった頃である。彼はそれをどう見、どう行動していたかとても興味がある。家系が家系だし、政治に興味を持ったのはアメリカに行ってからだそうだからおおよそ想像がつくが興味はある。

 それにしてもいわゆる「団塊世代」から総理大臣は出ないと言われていたがやっと出たわけだ。同世代としてあまりみっともないことをやってほしくないとその点からだけでは応援している。

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 昨日の早起きがたたって今日はどっと疲れがでてしまった。昨日ここに「曼珠沙華」のことを書いたことでびっくり、アクセス数が急に増えた。かなりあのイベントは有名らしい。今日はずいぶん人出があったに違いない。

 「巾着田」はよく行った場所で数十年前の様子からよく知っている。昔は一面の「レンゲ」でそれはそれで見事なものであった。いま「曼珠沙華」のあるあたりに「お堂」のようなものがあったようにも記憶している。これは記憶違いかもしれない。

 川のそばに料理屋があってそこで川魚料理が出された。それを食べながら高麗川に目をやると「カワセミ」が同じ魚を捕って食べている風景を見ることが出来た。

 それにしてもあの様変わりには驚く。今は完全に観光地化してしまった。一時期河原に「日本版ジプシー」みたいな人たちがいたがあの人たちはどんな人たちだろうと不思議に思っていたがいつの間にかいなくなっていた。謎が残ったままである。

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September 17, 2009

鳩山内閣が登場

 昨日一日はこのニュースで追われた。ニュースで見られる範囲では新内閣はなかなかおもしろい。日本の政治風景が一変したような感じさえする。

 民主党に対比される形で自民党の報道もされるが、もう本当に過去の政党だと思える。おそらく再浮上は無理だろう。新党を造って若い人を中心に生まれ変わるしかないだろう。なにしろ彼らがやってきたことはあまりにも陳腐に見える。

 彼らが戦後一貫して政権をとってきたということが信じられない。経済が成長していたときはそれに乗っていればよかっただけだから旦那衆でよかったかもしれないが、これからは政治の質が問われてくるだろう。

 ただもしかして自壊するするようなことがあるとすれば、連合を組んだ3人の党の党首かもしれない。7人の方は安全保障以外は政策がとても似通っているようだ。

 ニュースを見ていて感じたことの一つは、メディアが全く自民党的な保守的なパターンを抜け出せないでいること。やはり日本のジャーナリズムは4,5流の政治いかである。

 だがこの感想もメディアのフィルターを通して感じたこと。すでに補正されたもので事実とは違っていることは十分承知している。これからの4年間余程の失政がない限り民主中心の政治は続くだろう。

 自民党の根っこから生まれた民主党である。内閣にもそういうものをたっぷり背負った人が何人もいる。期待半ば、不安・不信半ばといったところには変わりない。それでも不信が大部分だった過去に比べれば相当ましだ。

 後は実際どのようなことをやってくれるかを見るしかない。

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 ニュースで相変わらず「酒井法子」のことをやっている。もう芸能人でもスターでもない単なる覚醒剤におぼれた人間だ。こんなものは週刊誌やスポーツ・芸能紙にまかせて、知りたい人だけ買って読むようにしたらいい。

 「覚醒剤」などのクスリについて知らせたいならもっとやることはあるだろう。「私は芸能人じゃないから大丈夫」と考えるだけだ。なんで「酒井法子の夫の・・・」だ。マスコミの感覚が理解できるだろう?

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September 16, 2009

わがままかもしれないけど

 高速道路の無料化は北海道を皮切りに九州・四国、最後に本州という順序で進められて行くのだそうだ。あれれッ? と思った。

 私はビジネスをしているわけではないので、高速利用はほぼ100%私的利用であるが、その多くはしなくてはならないからしているものである。純然たる行楽目的は4分の1以下だろう。だから土日1000円は本当に助かっている。365連休中の私だから遊び目的だったら、遊ぶためには土日でない方が都合がいいのである。

 土日以外だと少なくとも1万円強だから、月1、2回としても今までの数十年間に高速料金として支払った金額は100万や200万円を軽く上回っているはずである。それでも受益者が負担する分は、サービスや維持で必要だと思っている。ただ道路新設にその多くが使われているのには反対である。

 一般道路でもゆったりと渋滞もなくかなりの速さで走行できる道路があるのに高速など必要があるのかとさえ思っている。それでも必要だと思うなら、費用対効果を考えてその利用者が支払う方法を考えるべきだ。

 北海道や九州の高速道路は、首都圏・中京圏・関西圏の高速だというのに年中渋滞に悩まされ続けている本州中央部の利用者の負担で造られたものである。(自慢じゃないが)私は北海道も九州も四国もその高速道路を利用したことは一度もない。

 本州でいつ無料化になるのかは明らかでないが、どうも納得できない。しかも東京およびその周辺と京阪神住民は別途料金を支払うのである。これでは踏んだり蹴ったりである。

 国民へ負担を求めるならそれは公平でなくてはならない。このマニフェストの工程はとても公平とは言えない。もしこの形で実施するなら、公平を担保するための対策を立て、説明を民社国政権はしなくてはならない。

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 さて今日は日本の政治に「新風」を吹き込む可能性のある「鳩山内閣」が誕生する日だ。話を聞いている限り期待するものは多いがどれだけ実行できるかはまだまだ未知数と言える。

 これから一番大事なのことは国民の監視である。しっかり監視していこうではないか。

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September 14, 2009

シルバーウィーク

 今週末から5連休らしく、らしくというのは365連休中の私には関係ない話でかえって行動が制限される、「シルバーウィーク」と言うのだそうだ。もちろん、春の「ゴールデンウィーク」に対してのそれのようだが、以前は11月のはじめをそう呼んでいたように思うのだが。

 最近はいくつかの祝日がカレンダーにあわせてフレキシブルに移動するので連休が多くなり、年中「ゴールデン」や「シルバー」が出現するようになった。

 私が働き始めた頃は土曜日休みもなかったからたまに祝日と日曜日が続くと正月が来たような気分になったし、振り替えもなかったから、重なってしまうと地獄に落とされたように落ち込んだものだ。

 不景気だ不景気だといってもこれで世の中成り立っているのだから、不思議なものである。

 一昨日はいつもの逆を走ろうと中央道の「飯田山本」から「浜松」に抜けようとしたのだが、途中猛烈な雨に遭い、高速を降りたときはもう5時近くなっていた。朝は混むからとずらして昼頃出発したのが失敗だった。

 「新野」を過ぎた頃には雨は小降りになっていたが、霧が出たりですでに薄暗くなっていた。これからいくつかの山越えをしなくてはならず気分は最悪である。

 途中いくつかの町や集落はあるが、ほとんどがくねくねとした一車線の山道であり、昼間だったら何ともないんだが、夜でしかも霧ときたらもう命がけの「ホラー映画」状態になってしまう。

 この道は全く夜走るものではないと思った。途中一軒家らしきものもいくつかあったが、私はとても住めない。

 富士山の西側の「鳴沢」に抜ける道も夜しかも霧が出たときにはとても走る元気はないが、この浜松に抜ける道も今後夜走るのはやめよう。もちろん一人の時の話である。

 そんなこんなで二日間を費やしてしまった。

 埼玉県日高町の「きんちゃく田」の彼岸花が見頃を迎えているそうである。「シルバーウィーク」の頃がピークらしい。ここは完全に管理された花壇と言えるものだから「野の花」といった風情はないが、一度撮影を目当てに出かけてみようと思っている。前か後になりそうだ。

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September 06, 2009

本日完全休業

 テレビを見るわけでなし、本を読むだけでなし、ちょっと新聞を読んだだけで一日が終わってしまう感じである。

 「朝日」の記事で注意をひいたものに小沢遼子の論稿がある。

 民主党が児童手当と引き替えに「配偶者控除」をカットすることは自民党の「女性は家庭にいるべき」という考え方に対決し、女性の社会的地位を高め、子どもの育つ環境を整備していく考え方だ、という話。

 なるほどなあと感じ入った。これが本日の収穫である。テレビなどではこの件を新たな不平等を起こすみたいな報道していなかった。

 もともと私の家族はずっと共働きで「配偶者控除」など縁もゆかりもなかったからたいした興味もなかった。よく専業主婦は「何百万円」の働きをしているなどと言われるが、共働き家庭だからといって「社会の中の家庭」の義務が免除されるわけでないわけだから、夫は妻の役割を妻は夫の役割を幾分か受け持っているわけである。どちらかと言えば「共働き控除」こそあっていいのである。

 別の見方をすれば専業主婦でいられるのは収入が十分保証されているからであり、控除なんてする必要なんてないのである。

 配偶者控除なんてそんなものと思っていた私が反省しなければなるまい。

 仕事をしていればなんとか生きていける環境の中で還暦を迎える歳まできてしまったので、収入や年金のことに全く無頓着であった。

 「配偶者控除」の有る無しが社会のあり方を根本的に変えるとは思いもよらなかった。

 スウェーデンなどでは女性を仕事に就かせることを第一義に考えているらしい。そのために国は何をしなければならないか、という視点から政治が組み立てられているようだ。

 ちょっと選挙期間中は無視されてきたようなイメージがあるが、ここらあたりを基点として民主党の今後の展開を見ていくのも重要かもしれない。

 今日一日はこれだけである。『天地人』を観てお休みとする。

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 昨日は人混みや集まりに出たので一日中マスクをしていた。日差しが強かったので運転するときは濃いサングラスをしていた。ミラーで自分を見たらまるで防犯カメラに写ったATMから引き出しをする犯罪者であった。

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September 05, 2009

自民党は瓦解か

 なんと間の悪いことでしょうか。朝起きたら雲一つない青空。昨日まで待てど暮らせど晴天にならずイライラしていたのに。ずっと青空を背景にひまわりを撮りたかったのに。

 せっかく晴れた今日は他の用事が予定されていて撮影はできません。「天は我を見放したか!」の心境です。

 ところで政界は大変な様相を呈していますね。特に自民党。もしかして瓦解してしまうんでないですか。でも民主党はもともと自民党の分派みたいなものですから民主党政権になったところで世の中そんなに変わるとは思えませんが。

 特に自民党若手の方は「松下政経塾」の影響を相当受けていそうですので、民主党とは友達みたいなものです。年寄りの方は自民党の「利益誘導」型の体質にどっぷりつかっていましたから、4年間民主党政権が続いたら、世の中の政治意識が全く変わっていてついて行けなくなっているでしょう。

 常に第1党として君臨していたわけですから、第2党になった今何をしていいか分からなくなってきているのです。4年後を見越して若手中心に自民党を立て直さないと自民党は崩壊しますね。

 もう一つ憂慮されることは今のまま民主党が4年間維持できるかということです。アメリカの揺さぶりもありますし、社民党との連立は早晩崩れるでしょうから、おそらく小沢氏あたりは政界再編を企図して動き出すでしょうね。

 なにしろ小沢氏の政治の理想がちっとも伝わってきません。政局遊びだけです。ねじれ国会ではかなり強引な国会対策が行われ、それが自民党を潰したのですが、彼は体制を維持し、発展させていくのは過去の例から見てどうも苦手なようです。敵が弱小化した現在何が目的になるのでしょう。

 まあ、ひと月もすればいろいろ見えてくるでしょう。大変な世の中ですから政治の果たす役割はますます大きくなってきています。同時に国民の監視も大切です。

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 東京の公立中・高校の受験目的化、予備校化を目指した改革に暗雲がたちこめてきたようです。大量の生徒の切り捨てが行われているようです。ここ十数年東京では公立学校の管理強化が嵐が吹き荒れるように進められてきました。その結果の一つとして注意してみていく必要があります。

 石原氏はもしオリンピック招致に失敗すれば都政を放り出す、という噂も流れています。都議会選挙の影響かもしれません。これまでやりたいようにやらせていたのが都議会でしたから、大変なのでしょう。

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 やはり世界のトップグループにいるチームは強い。相変わらず、体力がない、パスが遅い、プレーが遅いなどなど、世界の3番目、4番目のグループとの力の差は歴然としている。

 これではトップ4に入るなど夢のまた夢。サッカーの話。オランダ3-0日本。 

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September 04, 2009

デパートの大食堂

 「ちい散歩」で「デパートの大食堂」の話をしていた。テレビでは「三越」を取り上げていたが、私はもちろん「三越」なんて行ったことはない。地方の都市、それでも今では政令指定都市となっている県庁所在地のデパートのはなしである。

 子ども時代、私は本当に田舎で育って大きな都市に行ったことはほとんどなかったが母の姉たちはその町で商店や工場を経営していて景気がよくたまに出かけると小遣いをもらったり、いろいろ買ってもらえて訪ねるのを楽しみにしていた。

 小学校の中学年の頃、はじめてデパートの食堂に連れて行ってもらったことを覚えている。何しろ出が農家だから食べるものといえばほとんど自分の家でとれたもの、魚は行商にくる魚屋、肉なんてものは買って食べたなんて記憶はほとんどない。

 そんな子どもがデパートの最上階にある窓際の絶景の場所での食事をしたのだから記憶に残らないわけではない。食べたのは「お子様ランチ」のようなものであったように思うのであるが、味は記憶にない。何しろ緊張でいっぱいだったのだろう。

 その大食堂のことを覚えている理由はちょっとした出来事があったからである。窓の外を見ていたとき伯母が突然「火事」を発見したのだ。確かに黒い煙があがっている。まもなく視界の中央にあった消防署の火の見櫓からサイレンが鳴り響き始めた。

 そして方向が伯母たちの家の方向だったらしく慌てて帰り支度をはじめたのだった。私のデパート大食堂の初体験はそんな記憶とともにある。私の昭和の風景の一つである。

 「ちい散歩」を見ていて思い出したことである。

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 ちょっと日が差してきたので「清瀬ひまわりフェスティバル」に行ってきた。案の定この前の台風で一番面積の広いところの中央部のひまわりが大部分倒れていた。

 平日に関わらず相変わらず人出は多いが撮影は迷惑をかけずにできる状態だ。

 6日が最終日でその後は堆肥になるそうだ。一軒の農家が栽培し、フェスティバルを市や市民団体が運営しているらしい。ひまわりの摘み取りやそのひまわりの販売はしていないということだ。見学にきていたおばさんたちや係の人とのおしゃべりで分かったこと。 

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September 03, 2009

マニフェストのすべてに賛成したわけではない

 マニフェストは本来、どういう国にしていくか、どういう理念で政治を行っていくなどの基本的なことを提案していくものものでなくてはならない。細かい施策一つ一つはさほど重要でないのである。

 だいたいが政策の細かいところに至るまですべて賛成して投票するなんてことをした人はほとんどいないだろう。党員だっていろいろだろうし、議員の中だってかたや先にミサイルをぶち込めという自民党にだってなかなかいないような超タカ派の幹部を抱えながら一方で第9条堅持の社民党と連携していくことを考えているリベラルな考え方を持った人がいるという多様な人たちの集まりのとうなのだから、細かいところまで一致しているわけがない。

 郵政選挙の小泉自民党が300議席を得て、何もかも支持されたと好き勝手に政治を牛耳ってたちまち国民から見放されたように、もし民主党が同様のことをやったら民主党は1年も保たないだろう。

 今度の選挙はただ一つ「自民党政治をやめさせたかった」だけである。いろいろな調査をみればわかるように民主党のマニフェストに書かれた個々の政策には疑問に思っている人たちの方が多い。

 マニフェスト、マニフェストと言うがこれだってどこかの国のまねごとだし、しかもどの党のものも選挙前にばたばたとまとめたものばかりだ。だから選挙後1週間も経たないうちにボロが見え始めているものが多い。

 その一つの「高速道路無料化」。ETCが突然売れなくなったらしいが首都圏や東名、中央、関越、東北、常磐などの主要な高速道路の無料化はあったとしても相当先のことだ。何年もかかるだろう。

 しかも私の周りで「無料化」に賛成している人はほとんどいない。高速を利用している人は国民の10分の1だそうである。ようするに10分の9の残りの人が税金の形で高速道路代を払うのである。そういう仕組みになってしまっているのである。

 多くの高速道路利用者は多少の負担は仕方ないと思っているのではないか。あの道路を維持していくだけでも大変である。何十兆円もの道路建設にかかった費用を返済していくのだって大変なことである。自民党政治によってそういう仕組みになってしまっているのである。

 子ども手当の2万6千円にも疑問を投げかける人が多い。確かに子育てにお金がかかることは理解できる。でもこのようなばらまきによって本当に問題が解決するのか。総額5兆円である。毎年5兆円をばらまいていくだけの余力がこの国にあるのか。すでに民主党議員は国債でと言い始めている。何のことはない将来への借金にすぎない。将来の国民は高率の「消費税」を払いながら、「子ども手当」を受給されるのである。

 高級官僚の天下り禁止などそれによって私腹を肥やしている人以外は賛成している政策もある。だが民主党だからといってなにもかも賛成しているわけではないのだ。

 民主党よ! もうおごりが見えているぞ。

 

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August 31, 2009

自公政権の終焉

 衆議院議員選挙はおおかたの予想通り民主党の圧勝で終わった。現在8月31日午前0時30分。

 昨日のうちに記事を書こうとしていたのだが、自公政権の終焉と時を同じくして我が愛用のパソコンのインターネット接続が終焉を迎えたようで全くつながらない状態になり、悪戦苦闘していた。そして、まだ回復せず別のパソコンで急遽対応している状態である。

 今回の選挙は「政権交代」を真に期待していたわけでもなく、民主党の「マニフェスト」がすばらしいわけでもなく、ただ自公政権に「引導」を渡すものであった。

 結果は4年前の小泉郵政選挙と全く逆のものになった。言い換えれば次の選挙でまた全く逆のものになる可能性もおおいにあるということだ。

 300議席にあぐらをかいて民主党政権がいい加減なことを繰り返すならば最早それは日本の崩壊である。すでに日本は崩壊寸前にあることは国の借金が800兆を超える状態にあることで分かるだろう。

 国民は藁にもすがる気持ちで政権交代を選んだのだ。

 民主党政権の正念場はこれからの1年間である。たった1年間であることを肝に銘じて政権運営をしなければならないのである。

 来年は参議院選挙である。これからの1年間の政権運営に失敗したら、国民の意思は雪崩をうって自公に走るだろう。この2年間とは逆のねじれ国会となるのである。

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 この間の報道で印象に残ったコメントがあった。

 青年期にある国民への政策が薄いということについて、「中年・老年向けの施策が多いのは、投票する人が多いからだ。もっと青年は選挙に行って目を向けさせなければいけない」。

 人口比で見ても老年層は明らかに多い。こう人たちが多く投票するんだから、政治家がそこに焦点を当てるのは当然である。

 今度の選挙がどうだったかまだ分からないが、投票行動で青年期の人たちの票が大きな意味を持ってきたら、当然政策に変化が現れるだろう。

 私としては「老人を大切にする」政策に期待するがそれも若者あってのこと。国民誰もが大切にされる政治を望む。

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August 25, 2009

10000アクセス達成!

 まずは訂正から、

 昨日、村上選手の野球のことで誤りがあった。彼が野球をやっていたのは中学時代で有名高校から誘いがあったというのが正しい。ラジオで聞いていて勘違いしたまま書いてしまった。陳謝。

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 この「危険な戯れ」へのアクセス数がやっとというか、ついにというか、10000アクセスを達成した。ブログ上はまだ9000台だと思うが、それには携帯からのものが除外されている。

 ただ訪問者数はまだとてもそこに届くところまでは至っていない。実際どれだけかも分からない。訪問者数/アクセス数が小さいほどたくさんのページに興味をいただいたということでうれしいのだが。

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 名もなき年金生活者が日々感じていることを書いているだけのつまらないブログでしかないが、これは一つの目標としていたことなので大変うれしい。感謝の言葉もない。

 このブログは私の「生きていることの証」である。一時期体調を崩し、「ああ、ここが我が人生の終わりか」と覚悟したこともあったが、本格的に始めた写真趣味とこのブログでずいぶん元気になってきた。

 仕事している時痛めた膝が歳とともに悪くなってきて歩くのは最大の苦手であるが、重いカメラや三脚を担いで撮影に行くし、このブログを空けないように社会の変化にも注意をはらっている。

 ようするに体も脳も働かせているわけだ。社会のために役立つようなことではないが、それは仕事でやってきたつもりだからいいだろう。

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 一つの通過点には到達した。

 ありがとうございました。

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 昨日の高校野球決勝はとてもよかった。そしてすがすがしかった。特に敗れた「日本文理」の「やるべきことは全てやった」というような晴れ晴れとした表情がとてもよかった。背番号1が肩を並べている映像もよかった。そして9回表2アウトからの「日本文理」の勝利へ執念はすばらしかった。「野球は9回2アウトから」とはよく言ったもんだ。中継を観なかった人たちは損をしたと思う、と言いたいくらいだ。

 ああ困った。また野球に人材が流れていく。

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August 23, 2009

日曜日に思う

 来週の日曜日は天下分け目の衆議院選挙で開票の始まる夜8時以降は大騒ぎであろう。あいにく、テレビが故障で我が家の社会への眼は一部閉ざされている状態にある。

 それが、不思議な状態で電源をOFFして、特定のチャンネルに絞ってONするとしばらくして映像が出てくることがわかった。ONの状態で切り替えはできない。

 さて、報道バラエティーは相変わらず、「酒井法子」の覚醒剤事件を追っかけ回している。たいして興味のないことなので少々うんざりしている。それにして微に入り細に入りほじくり回すものだ。コメンテーターも相変わらずの人たちで同じようなコメントばかりである。3週間もあの飽きっぽいテレビがこのネタに夢中になるのは何かわけがあるのではと勘ぐってしまう。

 「酒井法子」についてこのブログの大元のココログのブログで初めてふれた時、まだ逮捕状が出ていない段階であるがコメントで逃げているのだろうという書き込みがずいぶんあったので、覚醒剤使用はもう一般的に知られていたことなのだと思っていたが、そういう一般常識化していることへの認識が報道関係にはないようである。

 いずれにしろ「酒井法子」を単にアイドルタレントぐらいにしか考えていない私にはこれらのバカ騒ぎにたいして興味がないのである。一番最初に書いたように今天下分け目ともいえる戦いの真っ最中なのである。報道する必要のあることは山ほどあるはずである。

 別に党首や幹部を呼ぶ必要はない。財政再建でも、安全保障でも、子育てでもなんでもいい、その道に詳しい関係者や学者を呼んで討論会をやってほしいのである。国の借金を減らし、なくしていくにはどういう道があるのかというようなことを選挙を離れて議論してほしいのである。

 そういう意味でテレビに出てくる専門家が日本には少なすぎる。竹中さんと金子さんでもいいからたっぷり6時間くらい議論してくれないだろうか。相当おもしろいと思うのであるが。

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 世界陸上、4×100m(この表記には疑問があるのだが)リレー、日本は4位であった。よく健闘したしたと思う。アメリカは相変わらず粗雑である。ジャマイカの強さには驚く。短距離はカリブ海、長距離はアフリカが圧倒している。こうなるともうDNAの問題である。日本の4位も正確確実なバトンパスというDNAが獲得させたともいえる。

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 清水エスパルスとジュビロ磐田の静岡ダービーは5-1でエスパルスの完勝。今の勢いそのままである。鹿島はまだはるか先を走っていて背中すら見えないが、2位の座を確保するのは現実味を帯びてきた。逆に磐田の足元はまだ安定しているとは言えない。

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 高校野球は中部同士、厳密には北陸・東海の争いになった。珍しいのではないだろうか。

 それにしても野球というスポーツはピッチャーに頼りすぎる。プロ野球でも先発は中4日、中5日という時代、連投を強いるのは異常である。中身は違ってもいいからWBCのように連投禁止の規則をつくるべきである。そうでなかったら他の高校スポーツのように代表を絞ることも考えていいだろう。ベスト16くらいから始めれば1日置きにやっても短期間で済む。県大会を含めてこの方式では試合数は変わらないが。

 連投禁止にすればより多くの投手を育成しなければならなくなり、高校野球そのもののあり方も変わってくるだろう。テレビ朝日や朝日新聞が今やっているスター選手中心の報道も変わってくるに違いない。

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August 21, 2009

ショッピング

 カメラやパソコン関係の買い物はだいたい一人で行く。特にカメラ関係のものは金額が大きく、カミさんと価値観が全く違うので絶対に一人である。

 ところが着るものは一人で行ったことはほとんどない。仕事をしている時は必要経費という面もあったし、なにしろ無頓着なのだ。

 着るものに関しては全く流行などというものに興味が湧かない。極端な言い方をすれば体をかくし、雨露をしのげればいいのである。

 だから衣服の買い物は季節の到来に備えて買いに行くのではなく、寒さ暑さに耐えかねて行くのである。もちろん高級洋品店などに行くわけでもない。いわゆる大型スーパーである。

 でも、そんな風に買いに行くとデザインなどはもう残り物で、サイズなどもなかなか合うものは少なくなっている。デザイン・色などはたいして気にしないし、突飛なものはもともと選択しないからどうでもいいが、サイズは無視出来ずそこに買い物エネルギーが集中する。

 ただそういう時には、すでにバーゲンに入っているので、値段だけは安い。

 昨日買い物行ったら、夏物が投げ売り状態であった。そんな中、長袖シャツを見たら、割引きをした上に2着以上でさらに半額の表示。カミさんと頭をひねってしまった。来週山の方に行くので一着夏用長袖がほしいと出かけたわけで一着だけでよかったのだが、一着おまけに貰ったような感じである。

 どうも、こういう販売の仕方を理解出来ない。

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 買い物ついでに、

 NikonD300の改良版D300sが今月28日に発売されるそうだ。sがついているので操作系の改良や機能の追加などがあるのだろう。でもこれには絶対手を出さない。D300で十分。

 気になるのはこの秋に発表される、あるいは発売されるというD700x。どうも撮像素子が24Mになるらしい。D3xの廉価版か。広く風景をパンフォーカスで狙った場合など、やはりもう少し素子数が多かったらと思うことがある。ただ、そういう多画素の場合、レンズの性能が大きく左右するらしい。ようするに値段が高いレンズを買う必要があるということだ。

 これからの1年くらい、D700x、D800とも言われているが、に悩まされそうだ。

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August 20, 2009

寿命

 私に合わせたいるわけではないだろうが、いろいろなものに寿命がきて困っている。カメラなんかの場合は新しもの好きで次から次へと買い換えているが、その他は使える内は使うという節約、というより買い換えが面倒というぐうたら、見方によれば博物館に匹敵するような備品に取り囲まれているのが我が家である。

 電話は黒電話だし、以前乗っていた車はこれ以上使ったら事故を起こすという理由で買い換えた。

 ただ機械ものは寿命というものが必ずやってくる。いまここで使用しているパソコンはVAIOのかなり前のものでOSはXPだが、XPに変わった直後に購入したものである。今度WINDOWSのOSは新しいのに変わるそうだから、2世代前のものになってしまう。HDDは小さくとても今の画像は取り扱えないので、それようのパソコンはあるが、インターネットやメール、ブログ用に使用して重宝している。

 ほとんど毎日かなりの時間使用しているが、なんとかもってきた。ところが、最近どうも調子が悪く、特に立ち上がりに時間がかかるようになってきた。そろそろ寿命かもしれない。

 さてそんな我が家でついに寿命を迎えたものが現れた。テレビである。テレビ好きの私だから実にながい間、しかも長時間貢献してくれた。もちろんアナログだから1年以内には買い換えなければと思っていたのだが、音声は流れても映像はダメという状態になってしまった。このところ色がおかしくなってきていたので、そろそろ危ないかなあと思っていたのだが突然画面が真っ黒になってしまった。

 BSで「フォーク大全集」というのがあって、それを観るために購入したのだから、もう10年以上、もしかしたら万を超える時間、いやもっとか、楽しませてくれたことになる。

 実は「エコポイント」が面倒そうだから、それが終わって、地デジテレビの売れ行きが落ちて、そうなると価格も下がるだろうからそのあたりの購入を考えていたのだが、予定通りにはいかないものである。

 寝室にもう一台あるので当面は困らないし、いざとなれば携帯でも見ることが出来る。いずれは購入しなければならないだろうが、ちょっとテレビ離れもいいかもしれない。

 というのも最近のテレビはつまらない。「陽炎の辻」は終わってしまったし、残るところ観たいのは「天地人」「科捜研の女」くらいなものである。高校野球も興味ないし、プロ野球、サッカーの中継も減ってしまった。最近は朝から晩まで小汚いお笑いタレントの品のない芸?と酒井法子ばかりである。

 もう投票する人と政党は決まっているし、選挙のニュースを聞いても選挙中だからへたに発言もできない。

 愛しのテレビちゃんのご冥福を祈ることにする。

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 「TSUTAYA」で「日本沈没」のテレビ版を発見した。全9巻くらいあるようだ。製作TBSのものである。2巻6回目まで観た。CGなどなかった時代のものだから、いわゆる特撮ものである。特撮は本家本元の東宝が受け持っている。今から見れば稚拙だし、物語の展開もまどろっこしいが、それなりに楽しめる。

 「日本沈没」は小松左京原作のSF小説。原作はすぐ読んだし、映画も観た。最近リメイクされた映画も観た。「日本沈没」の続刊も読んだがこれはつまらなかった。コミックでも全15巻?で出ていることを最近知った。普段足を踏み入れないコミック売り場で探したが1巻からは置いてなかった。

 このテレビ版「日本沈没」は記憶になかった。ちょうど仕事についてテレビどころではない頃である。10代後半から20代はほとんどテレビを観ていない。そして、趣味が偏っているので現在40歳くらいから下の若い俳優をほとんど知らない。松嶋菜々子と竹内結子の区別がやっとつくようになったのが数年前のこと。大河「利家とまつ」を観た時である。

 話がずれた。

 なにしろ190円で2時間強楽しめる。こういう長いのは途中で飽きてしまうのが常だからどうなるか分からないが、現在はテレビ版「日本沈没」に夢中になっている。

 人混みは避けようと思っている今日この頃だから「予定は未定」というのがふさわしいが、池袋の本屋でコミック版も探してみようと思っている。1巻目も見ないで全巻注文するには年金生活者とって勇気がいることである。

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August 15, 2009

御無沙汰しておりました

 このくらいの歳になると義理の世界というものの割合が増えてきます。そんなわけで予定より休刊期間が増えてしまいました。

 この期間ずいぶんいろいろなことがありました。特に駿河湾の地震には驚きました。朝5時7分、飛び起きました。最初窓ガラスが大きな音を立てて振動し続けていましたので、台風が直撃して、竜巻でも発生したのかと思いましたが、外の木や竹藪はそんな様子ではありません。やっと地震だと思いました。

 おそらく震度4くらいです。何一つ落下したものはありませんでしたから、その位でしょう。被害が出るのは震度5強くらいからですから震度6弱というのはかなりの被害が想像されました。

 地震対策先進県の静岡ですから、震度ほどの被害はなかったと言えますが、一人の死者が出てしまいました。本の下敷きになったとか。他人事ではないと思いました。

 少し、東海地震について「慣れ」のようなものがあったと自身反省していますが、もう一度認識し直さねばなりません。

 その他、台風とか、覚醒剤とか、ニュースに事欠かない10日間でした。そして平和について、政治についてもいいたいことがいっぱいありました。

 今日はでもお疲れ状態です。ここ数日は毎日200km以上のドライブの連続でした。体が綿のように疲れています。

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August 05, 2009

核軍縮

 日本は世界で唯一核攻撃を受けた国であり、核廃絶に向けて国民が一丸となって運動してきた。「非核三原則」は核の存在を認めている上で不十分であるが、わが国のあり方としては世界に誇っていいことだ。

 (実は原爆・水爆の実験で相当数の市民・兵士が被爆しているらしいのだが、その実態は公表されていない。私が知り得た情報で推測すると千とか万とかの単位になるようである。)

 私が広島を訪問したのはたった一回高校の修学旅行であったがあの時受けた衝撃はそれまでの十数年の人生をひっくり返すものであった。

 最近アメリカのオバマ大統領は核軍縮に前向きに取り組んでいる姿勢を見せており、そんなに簡単にことは進まないと思うが少し光が見えてきた気持ちになっている。

 ところが日本では核武装しろとか、先制攻撃しろとかの議論が罷り通っている。恐ろしいことだ。こういう議論が全く時代錯誤だということが分かっていない。

 イラクで英軍、米軍が撤退を開始し始めた途端大規模自爆テロが頻発しているように、力で抑えつけたエセ平和は力を除いたらすぐ崩れてしまうのである。軍事力でつくられた平和は平和ではないのである。

 本当に平和な世界を築きあげていくことは大変なことに違いない。民族、宗教、経済、政治体制、歴史的怨念、様々な差別、などなど対立を生み出す要素は充ち満ちている。だが、暴力=戦争による解決は対立の原因をさらに増やすだけである。

 長野県の松本、その浅間温泉にある臨済宗の神宮寺で高橋氏が「原爆忌」を行うのは、お母様が広島で原爆に遭っているからだそうである。

 明日8月6日は「原爆の日」「鎮魂の日」「平和祈念の日」である。世界中の人々がこの日のことを知り、世界の「平和祈念の日」となることを願う。

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 都合により明日から一週間程度休刊とします。 

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August 04, 2009

『鳴らなかった警戒警報』

 昨夜のテレビ朝日「報道ステーション」で『鳴らなかった警戒警報』という特集を放送していた。8月6日午前8時15分、広島に世界で初めて「原子爆弾」が投下され、14万人以上、20万人ともいわれる人々が亡くなったのだが、なぜこんなに多くの人々が犠牲になったのか、という問いかけである。

 広島は日本有数の軍港であった呉や江田島兵学校を控えた軍事上極めて重要な都市であったはずである。当然空襲に備えて警戒体制は他都市に比べて整っていたと考えられる。にも関わらず、巨大なB29を見逃し警戒警報が鳴らなかったのはなぜかという疑問から調査を始めたのであろう。

 警戒警報は一度は鳴って、その後解除されたのだそうである。そして、再度の接近を知り、警報を出そうとした時原爆は投下されたそうだ。担当者が証言している。

 当日のB29の経路を各地の目撃例から推理すると、どうもB29は山口県の方から入り、東進して旋回して原爆投下し、さらに岡山県の方から瀬戸内海へ抜けたらしいというのが仮説である。

 警戒警報が鳴るか鳴らないかによって犠牲者の数は全く違ってくるということだ。事実、偶然防空壕にいて助かった方の証言があった。外にいた残りの全ての級友を失ったそうだ。警戒警報が鳴れば多くの市民は防空壕に入るのである。

 原爆投下機「エノラゲイ」の乗務員へのインタビューがあった。彼が書いた飛行の記録には投下前後30分が空白だそうである。

 何かがあったのである。

 すでに日本の敗戦は確実であった。原爆など投下しなくても多少の期日のずれはあったにしろ敗戦を受け入れざるを得ない状況になっていた。遙か以前に太平洋の島々は陥落し、沖縄もアメリカが支配していた。武器も燃料も枯渇し、同盟国のドイツ・イタリアも敗戦を受け入れていた。

 「なぜ原爆投下をしたのか」と聞くと多くのアメリカ人は「これ以上犠牲を増やさないため」というような返答をするらしい。このことが正しいとしてもなおのことそのために広島長崎数十万の一般市民の殺されたことを説明できない。

 だがそれは正しくないのである。われわれはつい日米間の戦争の中に、つまり「日本史」の中に原爆投下を位置づけてしまうが、実は「世界史」、国際政治の中に位置づけていかなければ本質を理解出来ないことがわかった。。

 警戒警報を鳴らさないようにしたB29の奇怪な行動は多くの市民の死を招いた。このことをもっとも脅威をもって聞いたのは誰かである。

 テレビ朝日にはもっと突っ込んで取材し、2時間くらいのスペシャルを放送してほしいものだ。ちょっと抜けた時があったので告知があったかも知れないが。

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 今朝、NHKラジオ「こころの時代」に長野県松本市の神宮寺住職、高橋卓志氏が出演していた。今年中には神宮寺に行ってこようと考えている。6日には「原爆忌」がありコンサート(小室等)も開催されるそうだし、今日から9日まで、丸木夫妻の絵が展示されるそうである。

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 ある清流の写真のようですが、本当はこけ(チャツボミゴケ)がメインなのです。めずらしいこけだそうです。規定で超低画質状態に圧縮したので画像はボヤッとしたものになってしまいました(腕の未熟さの方が大きいでしょうが)。

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August 01, 2009

ハトマンダー

 「ハトマンダー」という言葉がある。おそらくある年配以上の方はそういえばというくらいには記憶しているかも知れない。1956年に当時の鳩山内閣が変則的な小選挙区制を導入して、憲法改正に必要な3分の2の議席を獲得しようとして公職選挙法を変えようとしたものである。衆議院は強行採決で通過したが参議院で廃案になった。

 「ハトマンダー」という言葉は、1812年アメリカ合衆国マサチューセッツ州の当時の知事エルブリッジ・ゲリーが自分に有利なように選挙区を変えようとしたところその形がサラマンダーに似ていたので、ゲリーとサラマンダーを合わせて「ゲリマンダー」と呼んだことに始まり、鳩山首相のこのやり方をそう揶揄したのである。

 その後、田中角栄が小選挙区制を導入しようとした時には「カクマンダー」と呼ばれることになり実施されることはなかった。得票数とかけ離れた議席を獲得する選挙法を○○マンダーと呼ぶようになったのである。小選挙区制は死票が多く、わずか1票の差でもその積み重ねで圧倒的多数の議席を獲得出来き、区割りを工夫することで自分に有利にすることに極めて有効な制度である。

 先の都議選は中選挙区制で行われたので獲得票数ほどには与野党の議席に大きな変化が現れなかったが、もしこれが区市郡を単位に小選挙区制で行われたと仮定すると自民党はわずか2区(2議席)でのみでしか議席を獲得出来ないことになる。残りはみな民主党・民主党系である。民主党は都議選で40%の得票だから、それで95%以上の議席を獲得し、自民党は25%も得票しながら、議席は5%以下ということになる。残り25%の意志の反映である他の党はもちろん議席0である。

 その結果、40%の得票を得た政党が100%の決定権を持ち、60%の意志は全く顧みられなくなってしまう。

 これが小選挙区制の怖さである。現在の自民党と民主党は根っこのところで共通するところが多いので(これは福田首相と小沢代表の間で「大連立」が画策されたことで明らかである)大きく観ればたった一つの政党が支配し続けることになると言っていい。

 国政選挙でこのような小選挙区制の問題をかろうじて補い、多くの国民の考えを反映させる命綱となっているのが、「比例代表制」である。比例代表制は大選挙区制でもあるわけだから、プラスマイナスで「中選挙区制」の良さを保っていると言ってもよい。

 ところが自民党や民主党はそのマニフェストで議員数の削減という「錦の御旗」の名の下に「比例区議員」の大幅削減を図ろうとしていることが見えてきた。ニュース等ではこの問題にほとんど触れないが、これは日本の民主主義の根幹に関わる大問題である。

 もし選挙制度を改悪し自党の議席確保に奔走するとするならばそれは「マゴマンダー」である。

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 新潟県津南町のひまわり。全国的に有名らしい。三つのひまわり畑があり、1枚目はすでにピークを過ぎ、これは2枚目。3枚目は一番広く見頃は8月中旬らしい。(画像をクリックするとモニターいっぱいに表示されるようになりました。)

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July 29, 2009

民主党マニフェスト

 民主党がマニフェストを発表し、論議をよんでいる。

 教育費・医療費・年金など国民の生活の根本に関わる点に出費していくのは当然のことだし、望ましい方向だと思う。また、無駄遣いを徹底的に洗い、なくしていくというのもいいことだ。

 ただ高速道路の無料化などはやり過ぎの感がある。しかも、地方の利用者が少ない道路からという。なんだか逆転しているのではないだろうか。

 暫定税率をなくすというのはいいことだ。全く根拠のないものだ。

 全体的に選挙目当てのバラマキという感じもしないではない。今一番考えなければならないことは10年後、20年後の人たちにつけを回さないことだ。こんな苦しいときなのだから我慢すべきは我慢しよう。

 そういう見方をすれば自民党が財源問題で批判するのは見当違いも甚だしい。一千兆円に手が届く借金を国民に押しつけているのは誰だろうか。

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 下の写真は「古代蓮の里」の「大賀ハス」。先日撮影してきたもの。相当量圧縮してある。画像アップの方法の研究中。クリックすれば少しは大きくなるはず。

 Dsc_38512

 仏教で花といえば蓮の花。泥の中から出でて花を咲かすのに花には穢れ一つないところに由来しているようだ。確かに花弁の一枚一枚が透明感があってとても美しい。しかも美しい内に散るので咲いている花が汚くないのがいい。

 花菖蒲は咲き終わってもそのまま残るので係の方が一つ一つ摘み取っていた。最近、一種の花に特化した観光目的の植物園が多いが、種類によってはその管理がとても大変だといえる。

 そういうことと関係なく、横浜の「三渓園」に行った時以来、一度は写真に撮りたいと思っていたのだが、やっとレンズを手に入れて実行に写すことができた。何しろ多くの蓮池は広く標準レンズでは一輪を撮るのは困難なのである。

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July 28, 2009

「働くことしか才能がない」

 高校総体の開会式が行われていた。私が高校生の頃こんなに賑やかに行われていたようには記憶していない。高校総体に限らず、野球、サッカー、バレーボール、駅伝など全国規模で報道される。

 中学生はまだ貧しかったから全国規模の大会など開催されることはなく、陸上で「放送陸上」というのがあって、全国で一斉に都道府県単位で大会が実施され、通信で記録が争われる程度だった。

 高校だって練習試合は県内、せいぜい隣接県と行われる程度だった。あちこち出かけるほど金銭的余裕がなかったのである。それが団塊世代の中学や高校のスポーツの現実であった。

 高校生ぐらいで世界で活躍するなんてできるわけがない。ゴルフの宮里藍や石川遼など今という時代があって生まれた人たちだ。団塊の世代やそれ以前の人たちはそういう時代に生きざるを得なかったのである。

 首相がまた次のような発言をした。

 「元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さん(青年会議所)と違って、働くことしか才能がないと思ってください。働くということに絶対の能力がある。80過ぎて遊びを覚えても遅い。遊びを覚えるなら青年会議所の間くらいだ。そのころから訓練しておかないと、60過ぎ、80過ぎて手習いなんて遅い」

 正直何を言いたいのかよく分からない発言だが、テレビでの発言の様子を見てもなんとなく不愉快になってくる。

 青年会議所という経営者の会ということだからということもあろうが、首相として国の全てを代表するという意識に欠けていると思われるのである。「元気な高齢者をいかに使うか」という言葉にそのことがよく現れている。人にたいして実に高慢なのである。

 そして、こういう世代の人はもっと働かせよと言っているようにも思える。遊んで楽をさせる必要はないとも言っているようだ。

 最近写真を撮りにあちこち出かけることが多いが、そこで見る景色は日本の消費のかなりの部分をこれら高齢者が担っているように思えるのである。私が行くところだから高齢者が多いのは当たり前だが実に元気な高齢者が多い。

 もし、高齢者が存在しなかったら日本の観光産業は完全に破綻すると思う。私はその部類に入らないが彼らは実に大胆な金の使い方をするし、やりたいことをやっている。高齢者のある部分は実に生き生き老後を楽しんでいる。

 青少年時代を貧しい中で過ごし、やっと今を掴んでいるのである。首相たるものもう少し彼らに敬意を持っていいのではないだろうか。どうも彼は自分が一番偉く賢いと思っているようである。特殊な育ち方をしてきたことを露わにしているだけである。 

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July 23, 2009

皆既日食2

 昨日東京地方は雨模様で日食は部分日食すら見えませんでした。ニュースによるとところによっては観測出来たそうですが、私にはその幸運は巡って来ませんでした。

 とは言っても部分日食程度ならそんなに珍しいことではありませんから、テレビで中継を見ることに集中しました。よくよく考えてみれば自分が住んでいるところで皆既日食を観ることができるなんて大変なことなんですね。

 世界一の人口密集地とも言えるインド・中国を通過したのですから、今回の皆既日食を自分の住んでいるところで観た人の数は相当のものでしょうけど、日本ではほんのわずかでしょう。鹿児島県では奄美大島で出来たそうですが、硫黄島に住民はいませんし、悪石島は雨でした。

 テレビでは500人くらいが船で出かけた様子が中継されていましたが、このくらいがんばらないと観られないんでしょうね。私はこういうの嫌いじゃないですが、ここまでの熱意はありません。5日間の船旅が快調にこなせる体力や体調があれば暇だけはありますから、この世の土産にということで違った思いが生まれたかもしれませんが。

 でも中継されたダイヤモンドリングとかコロナとかプロミネンスとか美しかったですね。確かに直接観てみたい気持ちは湧いてきます。ほぼ同じ平面上を動いているわけですから、一直線に並ぶことはあり得ることだと思いますが、1.5億km離れた太陽とそれと比較したらたった38万kmしか離れていない月が見かけ上ほぼ同じ大きさであるということは本当に驚くべきことですね。分かっていたことですがそのことに改めて感動しました。

 惑星の位置と大きさに法則があるようですから、もしかしてこのことにも法則があるのかもしれませんね。

 さらにすごいことは日食の出現が完全に予測されていることです。惑星と衛星という物体の円運動(楕円運動)ですから物理の計算で出来るでしょうけど、その船で国立天文台の職員によると思われる解説者が「ダイヤモンドリングです。3.2,1」とカウントしているのにはこれも驚きました。船で移動しているわけですから、場所場所によって違うと思うのですが、計算式があって瞬時に分かるんでしょうね。

 次回日本で観られる皆既日食は2035年9月2日午前9時ころだそうです。台風シーズンですね。北陸地方から北関東にかけてらしいです。もう全て分かっていると思いますから、栃木・群馬辺りに別荘を買おうと思っている人はそれも考慮した方がいいかもしれませんね。テラスから日食観測なんていいじゃないですか。不動産会社はそれをキャッチフレーズにするかもしれません。「皆既日食が観られる別荘地」だとか。

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 日食の予測は大昔から出来ていたそうですが、災害に対してはまだまだその域にとても達していません。危険地域に指定されていたそうですが、対応は十分されていませんでした。膨大な費用がかかることは分かりますが、山口県のような崖崩れ、土石流は地学現象の一つですから必ず起こります。

 明日起こるか、何百年後に起こるかということはありますが、高いところにあるものは必ず落ちるのです。それをコンクリートで止めているのが現在の対応です。でも砂防ダムに直接入ってみると怖いですよ。ほとんど土石で満杯ですし、その上を水が流れているのです。巨岩が落ちてきたら階段を転がるボールのように落ちていくだろうなと想像してしまいます。しかもコンクリートには寿命があります。ビルだって老朽化したといって建て替えられるでしょう。100年なんて絶対もたないです。決壊したらどうなるでしょう。

 私は小さい時洪水の川を堤防から見たことがあります。いま考えるとよくそんなことをしたなと寒気がしますが、川の中流ですからものすごい音で濁った水が流れていきます。その中を巨岩が流れたり、ぶつかり合う音がします。それはすごいものです。

 下流域の氾濫はじわじわ水位が上昇していく感じですが、上流、中流域での洪水はとてもそんなものではありません。石と泥が襲ってくるのです。もう逃げるしかありません。住民は経験があったのでしょう。音の変化に気づき早めに避難したようですね。

 私たちはもっと自然からの警告を聞き取る力を身につけなければなりませんね。

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July 22, 2009

暑い夏

 驚きました。20日の夜何があったのでしょう。「懇談会」や「代議士会」はもう一致団結です。変わり身の速さと言っていいのでしょう、昨日までの様子と全く違っていました。麻生氏が会を公開することにしたのも夜、手打ち式があったからでしょう。やはり政治家は違います。他の党もこの図々しさは学ぶ必要はあるでしょう。

 大丈夫です。これら図々しさは生まれながらに持っていたわけではありません。政権党にいたからこそ身についたものです。あんな子が赤ちゃん産んでちゃんと母親が務まるかなと心配していても、産めばすぐにしっかりした母親になります。その気さえあれば役割を果たすものです。

 それにしても政権を担う力は自分の党しかない、とはよく言えたものです。担えなくて3回も投げ出したのはどこの党ですか。自分のやりたいことだけやって投げ出し、「美しい国」などと言って「穢い戦争に一歩踏み出し」て選挙に負けて投げ出し、「ねじれ」に対応出来なくて投げ出し、最後は投げ出すことも出来なかったじゃないですか。

 景気対策と言っても、庶民、最下層に押し出されていった人たちの生活は日に日に悪くなっています。だからといって、「バラマキ」はやめてくださいよ。そのツケは数年後に必ず国民に回ってくるのですから。格差を一層拡大するだけです。

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 いわゆる梅雨明け前の集中豪雨が西日本を襲っている。

 私の子どもの時分は梅雨は梅雨で降り続く雨は百姓に必要なものとして歓迎されていた面もあった。私も農繁休暇で学校が休みになるから毎日田植えをさせられたから体験として覚えている。それが数十年前から様子が変わってきて7月の集中豪雨が大きな問題として話題になってきた。

 本当にメチャクチャな降り方をする。「ひまわり」などの衛星画像が見られるようになり、くさび形に日本列島に突き刺した雲がその犯人であると指摘され、なるほどと感心したことも覚えている。

 ところがこの数年の豪雨はどうもそれとも違うような気がする。「ゲリラ豪雨」という名前も生まれたが何か「人間の活動起源」のような気がするのである。

 「風が吹けば桶屋が儲かる」式の、あるいは「中国で蝶が飛ぶと・・・」式の話になってしまいかねないが、もしかして東アジアの経済活動の発展と関係があるのではないか、そんなことを想像してしまうのである。

 そこまでの話はともかく、被害に遭った特養老人ホームの方が上流の森林を切ったのが原因の人災だと訴えていたことが心の奥に暗く澱んでいる。

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July 21, 2009

400件目

 今日でこのブログの記事数が400件目になります。アクセス数はまだ9000に達していませんから、1記事に対しての平均アクセス数は20強というところです。

 極めてプライベートな内容ですし、多くの方に読んでほしいと思っているわけではないのですからこれで十分すぎると言えます。

 昨年6月末に再々開して1年余になりますが、再々開という言葉が示しているようにこのブログでさえ過去に2度挫折しています。若い頃日記を書こうと日記帳を買っても1月続いたことは一度もありませんでした。

 それが1年余、物理的に書けない日は何日かありましたが、続けることが出来たことがまず脅威であります。それはこの形式をとったからでしょう。誰かが見ているというちょっとした緊張感がいいのだろうと思います。

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 今日はこの一年話題の中心にあったエセ多数派の自公政権が事実上最後の日を迎えた記念すべき日です。3分の2がその正当性を持っていたのは、つまり国民が承服していたのは「郵政民営化」まででした。当時の首相の小泉氏は「今度の選挙は『郵政選挙』だ」と叫び続けていました。それだけの選挙でした。

 その選挙で3分の2という本人たちでさえ予想してなかった議席数を獲得した自公政権は調子に乗って国民が要求もしてなかったことをやり始めてしまいました。国民はこれではいけないと2年前の参議院選挙で政府・自公両政党に警告をしました。

 ところが自公政権はそれを無視して首相の座を福田・麻生とたらい回ししてきたわけです。最早現在の自公政権は正当性を持たない政権だったのです。

 今日の衆議院の解散をもって国民はやっとあるいは久しぶりに自分の政府を持てるのです。今度の選挙の結果が自公中心の政権であろうと民主党中心の政権であろうとあるいは全くそれらと違う政権であろうとそれは正当な方法で選出されたものである以上それに異を唱える気はありません。国民主体の考えを持ってほしいと願うのみです。

 私は2大政党論に反対です。2年前大連立が画策されたように翼賛政治の危険が内包されています。二つの政党に集約されるほど国民の意識は単純ではないです。捨てられる国民が生まれてきます。

 また、選挙後の政界再編にも反対です。中選挙区ならともかく小選挙区による選挙は政党の選挙です。議員は政党を背負って初めて存在意義があるのです。政党を捨てることは存在意義を捨てることです。投票した人への裏切りです。

 暑い夏ですが、今年は特別熱い夏になると思います。私たちも熱い眼差しを送ることにしましょう。私の母校は2回戦で敗退しました。だいたいいつもそうですから期待はしてなかったですが。 

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July 19, 2009

長期休暇突入?

 昨日、関越自動車道を利用した。大変な混雑であった。

 3連休の最初の日である。
 土日祝日の高速道路割引きがある。
 何より夏休み初日である。
 天候はよくなかったが最悪というわけではない。気温はどちらかというと低めである。
 永田町がやや落ち着いた。これは、関係なかった!

 というわけで、混雑する条件がいくつも重なった。

 特に藤岡分岐で長野道を利用する人が多かった。新潟方面はガラガラであった。おそらく関越道利用者の8割くらいが軽井沢・長野方面の利用者である。

 こんなに不景気だというのに余裕のある人はいるものである。

 私はといえば写真撮影である。自分で運転している分には常に緊張しているが、年中体のどこかを動かしているのでそれほどでないが、同乗というのはどうも苦手である。腰がおかしくなってしまった。

 それでも帰宅してゆっくり風呂に入り、たっぷり睡眠をとったので節々は痛いが何とか元に戻りそうだ。

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 ニュースによると秋田を中心に東北地方は記録的な大雨だそうである。でも、最近のニュースはこういうことをあまり伝えなくなったように思う。河川改修などが進み、壊滅的な被害が起こらなくなってきたこともあろうが、やはり関係者にとっては心配事である。家族のこと、友人のことなど離れている人間に情報を提供する意味でも災害情報は詳しく丁寧に伝えてほしいものである。

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 大雪山系の夏山遭難の様子が詳しく分かってきた。遭難者が私と同年代なので他人事でないと思っている。ガイドが3人もついていて何でこんな事故が起こるのか怪訝に感じていたのだが、どうもガイドそのものに問題があったようである。

 でも、我ら年代にも考える必要のあることも多いように思う。私はもともと体が頑丈とは思っていないので、恥はかいても無理はしないと決めているが、それでも昨日は平気だったことが今日は出来ないというようなことをいくつも経験してきている。稀に超人的な人もいるが、多くの場合、毎日脳みそを含めて体の各部分がプチプチと壊れていっているのである。高速道路を逆行するなんてこともその一つである。

 もう十分に生きてきたし、社会にも貢献してきた。いまさら特攻精神で無理を通すのではなく、ゆったりと生きていこうではないか。

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July 18, 2009

皆既日食

 22日は皆既日食だそうだ。とは言っても皆既日食が観られるのは九州の南の島の一部分らしいから、我々のように余裕がないものには縁がない話である。東京では部分日食しか観られない。部分日食というものは結構頻繁に観られるものでたいして珍しいものではない。皆既日食に価値があるのである。

 日本でこの前に皆既日食が観られたのは46年前だそうである。46年前というと私は高校生である。高校の時皆既日食を観たという記憶がない。おそらく、部分日食だったのだろう。

 でも小学校の高学年の頃、ガラスにろうそくのススをつけ、友達とのぞきあった記憶はある。その時はどうも金環食だったような気がする。

 どうもこういう曖昧な記憶はイライラしてくる。これでは話のタネにもならない。天文関係の本を探せば載っているだろうが、その筋の本はいま奥の方で眠りについている。やはり手っ取り早くネットでということになる。うまく見つかるだろうか。

(ただいま調査中)

 あった、あった。記憶は確かであった。ただし、私の住んでいたところはどちらも部分食だ。次回皆既日食を観るとしたらあと26年生きていかなくてはならない。でも北関東、中部、北陸で観られるというからこれはすごい。期日は2035年9月2日である。同年代の皆様、そこまでがんばりますか。

 ネットで見つけた日食の歴史は次の通り(一部)。

 1958年4月19日 金環食 奄美大島、トカラ列島、屋久島、種子島など
 1963年7月21日 皆既食 北海道東部

 1958年は私が11歳の時だし、部分食だったら皆既だろうが金環だろうが関係ない。でもいまだに記憶に残っているということは相当印象的なことだったのだろう。

 今回の日食を観測(見学か)するため高いお金を払って、トカラ列島や遠く中国まで出かける人が多いと聞く。でも全て天候次第というところが難しい。

 もし直接太陽の方を観る場合は「遮光板」を用意してほしい。望遠鏡を利用する場合は投影すること。子どもは何をするか分からないから、必ず保護者がついて注意するしていること。下敷きやフィルムの使用はやめた方がいい。

 私はどうしようか。虫眼鏡で焦点を結ばないようにしたら、観えるんじゃないかな。ぼやけちゃうね。凹レンズを組み合わせたら?

 因みに東京では9:55に始まり12:30に終わる。最大食は11:12で0.75らしい。

 代議士の皆さんは予定通りいけば前日に失業者になるわけだから空を見る余裕なんてないだろうけど。

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July 17, 2009

大雪山の遭難

 大雪山の遭難には驚いた。最近の山はほとんど中高年で埋め尽くされている。死亡者の多くが旅行会社のツアーらしい。

 ちょうど私くらいの年齢だから分かるのだが、この人たちの二十歳前後の頃はいわば若い人たちの登山ブームで多くの若者が山に登っていた。山関係の歌なども多いに流行したものである。その後は生活も豊かになり山はスキーをするところに変わっていった。

 人生の一区切りになって、10年ほど前から中高年の登山ブームが起こってきた。そんな中、遭難事故が多発しているらしい。

 北海道の2000mは本州で言えばおそらく南アルプス級に該当するのであろう。登山ツアーに参加した人たちは経験者が多く、ガイドも十分人数が確保されていたらしいが、自分が思う以上に中高年の体力は落ちているのである。

 同じ年齢くらいの人と話すと中に異常に自分の体力や能力を過信している人に出会うことがある。食べるのも腹八分、体力を使うのも八分目くらいでゆっくりいこうではないか。

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 最近の自民党のていたらくはいったいなんだろう。民主党に政権は任せられないと豪語しながら、自分たちがやっていることのあまりの幼稚さ。この程度で政治がやっていけるなら、高校生でもできる。

 署名しながらしていないとか、取り消すとか、何ともいい加減なものである。ニュースを見ていて情けなくなってくる。もう崩壊するしかないのだろう。

 これらドタバタ劇ばかりで日本の未来は何も見えてこない。

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July 15, 2009

エコ贔屓

 「エコカーだけにエコ贔屓」というコマーシャルメッセージが流れていた。でもエコカーというのは特別の車をいうのではなく、現在販売されている車のほとんどでエコポイントが貰えるようだ。先日点検のためにディーラーに行ったら、新発売の車を進められた。中を覗いたがずいぶん進歩していた。乗り心地も良さそうだったが、もう買うことはあるまい。その車も数十万円のエコポイントがつくそうだ。

 さてそのエコポイントだが、ほとんどの車で貰えるわけ(日産などは全ての車種で貰えるとCMで言っていたと思う)だから別にエコカーだけが貰えるというのではない。おそらく星が幾つか付く車種はエコカー扱いなんだろう。そうするとどうもこのエコポイントはエコロジーを推進するものではなさそうである。

 ようするにエコカーを贔屓しているのではなく、自動車会社を贔屓しているのである。さらに、ある状況では相当な減税が行われるそうである。国が音頭をとって「車を買え!」という大運動、キャンペーンをしているのである。

 確かに自動車産業が振るわなくなったら日本の産業全体が落ち込むことは分かる。でもこんな小手先の対応で自動車産業が立ち直るとはとても思わない。プリウスなど何ヶ月も待たなければ手に入りそうもないそうだが、だからといって従業員を増やすという話は聞こえてこない。

 エコポイントがなくなった時の落ち込みが心配なんだろう。派遣従業員は切られたままで、いまだに失業者は増え続けている。そして現在ポイントが付いても300万円近くもする車が買えるのは今時限られた層だけである。その人たちが手にするエコポイントは国債で賄われることは先日書いたが「国債」で配布されるのである。

 その「国債」という借金は何で償還されるかといえば、5%から12%に上げられる「消費税」である。数年後には12%に一気に行かないだろうが、確実に税率はアップされる。

 車を必要としない人(この人たちこそ真のエコロジー推進者である)、車を買える状況にない人、今車を買い換える必要のない人は、当然生きていくに必要なものを購入するために、自動車会社と車を買う余裕のある人たちのために何年もの間消費税を払い続けるのである。

 何と不平等な国であろう。たった(こういう言い方は失礼かもしれないが、エコポイントに比べたらたったであろう)月2万円母子加算を廃止した政府が大企業と金持ちにはこういう「エコ贔屓」を平気でするのである。所得の再配分をすることが国政の根本的な仕事であることを全く忘れている。 

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July 14, 2009

解散・総選挙

 まだ確定したわけではなさそうだが7月21日解散、8月30日総選挙ということになりそうだ。

 21日の解散までは与党内でまだ一波乱も二波乱もありそうだがこれは国民とは関係ないところでの出来事。国民はその結果を選挙で判定する仕事をすればいい。

 都議選で分かったことは小選挙区の選挙の危険性である。これは郵政選挙でも分かっていたことだが改めて認識させられた。

 日本のように政党が党議拘束という形で議員個人個人の考えを支配している中では一方に雪崩を打って流される怖さを感じる。まして小沢、福田の間で交わされた大連合構想のようなものが存在するともうこれは翼賛政治ではないかという気持ちがしてくる。

 私は定員5人くらいの中選挙区が選挙の仕方としては適切だと思う。第三の勢力というものを存在させることが出来るからだ。都議選を見てその考えを一層強くした。

 いいかどうかは別にして、総選挙までには少し時間がある。自民党・公明党がどの程度の力量があるかはここ10年くらいの政治を振り返ればいい。

 民主党は政権を取ろうとしているのだから少なくとも4年間に何をやるかを明確に提起する必要がある。大企業とどう手を切るか、官僚とどう対峙するか、天下りをどうするか、そして何よりも予算の裏付けをどうするかを明らかにする必要がある。

 自民党の政策実行力はすでに明らかである。だが民主党のそれは未知数である。自民党よりあるかもしれないがとんだ食わせものかもしれないのである。自民党と同等のやり方では説得力は持たないであろう。

 もしかしたら、東京都くらいなら民主党でもいいかもしれないが、国政はどうも・・・という国民は多いかもしれない。国政には外交、軍事など世界全体に関わる仕事も加わるからだ。

 民主党の幹部には自民党より好戦的な考えを持っている人がいる。私はその点とても不安に思っている。そういう外交や軍事の面でも新鮮な提案をしてもらいたいものである。

 この手の話はこれをもってしばらくの間離れようと思っている。あまりの暑さに体調が思わしくない。

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July 13, 2009

微妙だなあ

 今回の都議選の結果はなんと微妙なんだろう。石原与党の自民・公明は61、民主は54、共産8、ネット2、その他が2。過半数は64だからその他2が自民・公明についても63、民主についても56で過半数にならない。総選挙も近いし、もし政権交代でもあればどちらも対立を鮮明にしていくだろうから、当然都議会にも反映するだろう。

 自民・公明以外が全て民主につけばかろうじて過半数に達するが、共産は民主にも相当批判的だからそうはなるまい。ネットの主張はよく分からないが、報道を聞いている限り民主にも批判的のようだ。でも一緒に行動するかな。そうなっても最大58。過半数に届かない。

 これでは何も決まらないことになるが、都政において民主の発言力は与党自民・公明より大きくなるから、石原都政は民主に譲歩したものになっていくだろう。結局民主の考え方にそって決めていくことになるわけだ。民主の責任は重大だ。市場問題、道路問題、オリンピックなどどうなっていくだろうね。


 一方、自民党の麻生おろしはどうなっていくだろう。石原都連委員長の目はなくなったことは確かだが、切羽詰まって、厚労大臣か元女性防衛大臣あたりが出てくるんじゃないかな。あるいは元総理の返り咲きなんてこともあるかもしれないなあ。そのすげ替えが批判されているんだが。

 ようするに「政局より政策」だと口では言いながら、選挙にどうしたら勝てるかばかりに夢中になっているようすが報道されていたからいい加減にしろという都民の怒りを買ったんじゃないかな。有名知事を担ぎ出そうとしたこともマイナスに作用したと思う。

 都議会選挙は中選挙区制だからそんなに大幅な変化はないと思っていたが大変動が起きた。一人区で民主が圧勝したことも驚き。このところの首長選挙、これは一人区と同じ、で民主が全て勝っていることを考えると総選挙の小選挙区は民主の圧勝ということも考えられる。

 確かにすぐ解散なんてできないだろうなあ。私のような素人が見てもそれは自殺行為だ。なんだかスキャンダル暴露大会みたいになりそうな気もするが、国民は今貯金を切り崩しながら生活していることを肝に銘じてしっかり政策論争をやってほしいものだ。

 東京都民はずいぶん微妙な結果を選んだものだ。遅くなるという予告があったけどもう朝刊はきているかな。

                           (05:20)                     

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July 12, 2009

今日は都議選ですね

 今日は都議選ですね。結果が楽しみ、といったところです。だから、朝のうちはここまで。続きは結果が出た後で。

 『ノウイング』という映画が上映されているそうです。紹介記事のあらすじを読んだんですが、この話、すでに映画になったような気がしています。似た話は多いですから、違うのでしょうか。普通そうだとすると「リメーク版」などの注意書きがあったり、ネットに書いてあったりするんですがそれがないです。

 今日出かける予定ですから観てこようかなと思っています。昔はこの種の映画は「どうやって撮影したのか」と考えながらみる楽しみがあったんですが、最近はみなコンピューター処理ですからつまらないですね。その点、『剣岳』はすごいですね。黒沢監督も『夢』ではコンピューターを使ったはずですが、その弟子はかたくなに使わなかったようです。

 続きは夜に・・・・・・。テレビ欄を見ると報道体制は国政選挙みたいですよ。

                           (06:55)                    

 都議会は大変なことになりそうです。実質的に石原一党支配のような状況にあった都議会の一角が崩れつつあるようです。最近民主党は石原都政に批判的な態度をとることもありますが実質的には与党として支えてきました。だから、都議会が都政改革を進めるという期待は薄いのですが、これだけの票を獲得したのですからうっかりしたこともできないでしょう。

 結果は「民主一人勝ち」という結果と言えるでしょう。真に石原都政に批判的な共産、生活者ネット、社民などにも票が行ったら都議会が多重構造になってよかったのですが難しものですね。結局は自民党に対する批判がこういう結果を生んだのでしょう。

 この結果、麻生おろしに一気に走り出すでしょうしが、自民党は最早「顔」をすげ替えるだけではどうしようもない状況になっていることが分かっていないんでしょうね。

                          (21:30)
 

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July 10, 2009

本当にいいのかな

 プリウスをはじめとするハイブリッド車の売れ行きがすごいらしい。三菱では電気自動車を販売するそうである。相当の準備期間があったと思うがいよいよそういう流れか顕在化してきたといえる。ガソリン車からハイブリッド車、電気自動車と自動車のシステムは流れていくようである。

 地球温暖化が言われ、大気汚染物質をなるべく減らそうとしているわけだから、ある意味必然でもある。自動車から汚染物質が排出されることは大幅に減少するだろう。

 だが待てよ、である。電気エネルギーは自然の中には普通存在していない。人間がつくり出す必要がある。その元は何かというと、化石燃料、水力、風力、原子力などである。日本で化石燃料といえばほとんどが石油である。結局燃やす場所が違うだけではないかという気がする。効率は違うだろうけど。

 もし、今日本で走っている車が全て電気自動車になったとしたら膨大な電気の需要が生まれるだろう。(現在の電気自動車は一回の充電で百数十km走れるそうだが、ガソリン車並の走行距離に持っていくだけでも大変だろうが)

 どうもそれを担うのは原子力発電らしい。10年後には現在の40%のシェアを50%にしたいようである。総体としての電力需要が減ることは考えられないから、そのためにはまだまだ原子力発電所を新規に建設する必要がありそうだ。

 でも大丈夫だろうか。地震で運転中止になった新潟の発電所はまだ再開していないようだし、そもそもこの発電所の建設にあたっての調査で活断層を見落としていたのである。日本では活断層が縦横に走っていてそうでないところ探す方が難しい国である。

 原子力発電所は人家の少ないところに建設されることが多いが、人家が少ないところとはもともと地質や地形、気候に問題があるから住む人がいなかったところである。そんなところに原子力発電所など造って大丈夫かいな、という気がしてならないのである。

 大気汚染を心配するのか、放射能汚染を心配するのか、なんだかやるせない気持ちになってくる。

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July 09, 2009

エコポイント

 パチンコ店でガソリンを撒き、無差別放火殺人があって、模倣犯が出るんじゃないかと心配していたら、今度はハローワーク職員が襲われた。詳細は分からないが、就職で需給のバランスが狂っているのが事件発生に大きく関わっているのだろう。

 今年の夏のボーナスは軒並み減額だそうである。日本のボーナスは名称は「賞与」であるが、完全に賃金と同等のものでその一部になっており、そのため労使で1年分を決めているのである。それをカットされたら生活は成り立たない。

 少し前、転職の勧めみたいな風潮があって、転職するほど個人の能力が高いように盛んに宣伝されたが、いま一旦仕事を辞めたら、もう地獄の生活しか待っていない。再就職などとても出来ない状況である。

 そんな中、「エコポイント」なるものが盛んに言われている。全く馬鹿げた政策である。自動車や液晶テレビを買ったら何万、何十万のポイントがついて、それを円に換算していろいろなものが手に入るというわけだ。

 そのお金はどこから出るのか。自動車会社や電器会社が安くバーゲンするわけではない。国が国債を発行してお金を作るのである。これは借金だからいつか返済しなくてはならない。首相や代表が大邸宅を処分したってとても追いつく金額ではない。国民が「消費税」で埋め合わせるのである。

 つまり国民が将来支払う「消費税」を担保にして、それら会社の販売促進をしているのである。それら会社は今「法人税」を払う余裕もないから、国民がほとんど被ることになる。また、エコカーや大型液晶テレビを買う余裕のない人でも食べたり着たりはしていかなくちゃあならないから、そういう人は「消費税」を払うだけである。

 今度の補正で学校に一台ずつ「電子黒板」を導入するんだとか。一台70万円である。学校に一台入ったところで使う人はよくて数人である。各教室に一台備えないとこういうものは使わないのである。しかもパソコンもそうだが日進月歩のこれら機器はすぐ時代遅れになってしまう。ホクホク顔の会社はどこだろう。

 一方今問題になっていることに「母子加算」の廃止がある。政府は代替の制度が出来ている、と言っているが、とんでもないことようである。

 私は何か事件があったとき、それが全て社会や政治の所為だというつもりはないが、少なくともそれを起こさないようにする、減らすという働きが急激に弱まっているということは言えるように思うのである。

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July 08, 2009

やれやれ

 今週日曜日に休刊のお知らせをしたのまでは何ら異常はなかったのですが、月曜日投稿しようとしましたら、突然「ココログ」にログイン出来なくなってしまいました。その間パソコンにふれていなかったわけで原因が全く分かりませんでした。原因究明のためniftyに問い合わせまでしてしまいました。今日ハガキが届き再チャレンジです。

 やっと書くことが出来る状況になりました。ログインは出来ましたが、実に他愛ないことです。でもこれは通常ではあり得ないことでシステムの問題かもしれません。6月に方法が若干変更になったことのバグのような気もします。

 そんなことでここ数日カメラの三脚の研究をしていました。私は今のところ意識としてはネイチャー派に属していますので、三脚は必需品です。常に重さと大きさで悩んでいます。三脚はカメラを安定させるためのものですから、大きくて重いものほどいいのですが、持ち運ぶものでもありますからその点では軽く小さいものがいいのです。そしてこちらの体力、運搬方法も関連してきます。ようするに何十種類もの組み合わせが考えられるのです。

 私はもう還暦を過ぎていますし、体力もない方です。それでも山に入ったり川を歩いたりして写真を撮っています。カメラはせいぜいどんなレンズを持っていくかという選択しかできませんので、工夫の幅はあまりありません。結局三脚なのです。

 最近自由雲台よりもスリーウェイの方が好きになりましていいものを探していたのですが、これで困ったことが一つ生まれました。上下方向のパン棒がファインダーを覗く時どうも邪魔なのです。各社工夫は見られるのですが、なかなか納得出来るものが見あたりませんでした。あるにはあるのですが、400gほど重くなります。レンズ一本分です。

 悩みは尽きませんがこれも一つの楽しみですので。

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 静岡で民主党が勝ちましたが、この人、安倍内閣の教育改悪のブレーンだった人でしょう? なんだか・・・。 

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July 03, 2009

麻生首相 よくやった?

 失点続きの麻生首相だが、この点だけは評価していいと思う。あまり遣いたい言葉ではないがいわゆる「育ちの良さ」だろう。窮してもがつがつしないということだ。

 人気県知事を担ぎ出し、総務大臣にして落ち目の支持率を回復しようという幹部たちの思惑を拒否したのだという。そういう意地汚いことはしたくないということだ。

 彼(知事)は確かに月の3分の1くらいは東京に出てきて県の宣伝に相務めてきた。広告マンとしての役割をはたしてきたことが県民から認められたのだろう。支持率は8割だという。

 だが昨年中山大臣の辞任あたりから、国政に興味を持ち始め、県政への熱は冷めてきていたようである。確かに「マンゴー」「地鶏」は知れ渡ったが、「経済」「福祉」などで新機軸を打ち出してきたような話は聞いたことがない。せいぜい「道路特定財源」の廃止に反対したことくらいか。

 私はいろいろ好ましくない経歴(一般社会では、特に公務員などでは懲戒免職になるくらいの経歴)を持ちながら、大学に入学し政治を学び知事になってどんな変化を見せるか期待していたのだが、最近はタネが尽きたのかカビが生えてきているように思えてきた。

 どうも彼は本気で総務相と知事を兼任するつもりでいたらしい。結局彼の読みは外れたといっていい。この程度の読みが外れるようではとても魑魅魍魎が跋扈する永田町で生きていけまい。まして日本を牽引していくことなどできまい。それにしても知事の地位なんて軽いもんだ。多くの知事の顰蹙をっているだろう。

 「東京比例区」のトップで立候補するという話もあるそうだが、そうだったらほぼ確実に当選するだろう。比例で1議席もとれないなんてことはあり得ないだろう。だがそれによって獲得議席数が増えるかというとそれは疑問である。拒否反応も相当強いと思うからだ。

 四面楚歌という状況の首相だが、これは自身のの蒔いたタネで仕方がないだろうが、この件に関して報道通りだとすれば、私は「潔し」として拍手を送りたい。

 人気があるかないかでなく、これが「日本を救う最良の方法」であると政策を示し、国民に訴えて信を問うてほしい。国民は必死なのだ。

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 ヴァンクライバーン国際ピアノコンクールで優勝した辻井伸行さんが「クローズアップ現代」に出演していた。世の中にはすごい人がいるものだ。大音痴の私には超人としかいいようがない。

 彼についてのニュースをいくつか見たが、どうも母親が離れたようだ。ドイツに行った時もマネージャーが同行しただけのように見える。コンクール優勝までは親の責任、その後は自分の力だけで生きていくのだ、と考えているように思えた。辻井さんをここまで育てたことといい、その後の身の振り方といい本当にすごい親だと思う。

 こういうある意味余裕のある子どもの育て方のできる家庭はこの日本にはまだまだ少ないと思う。彼は自分の才能を開花させることが出来たが、そう出来ないで埋もれたままになっている才能も多いのだろう。

 そんなことも考えてしまった。

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July 02, 2009

もう、うんざり

 6月末には何か起こると希望的観測に基づいて期待していたのだが、昨日ちょっと内閣人事に異動があっただけで終わってしまった。解散があったとしても任期ぎりぎり、解散の意味はもうなくなったと言ってもいい。

 そもそも「解散」は国民に民主主義を保証する制度であり、首相の権利でも何でもない。議院内閣制の下では議会の多数派が首相と一体でありそこに齟齬が生じることの方がまれである。だから、首相への支持がなくなればすげ替えて議会はそのまま続けることが出来るのである。

 4年前の選挙で国民は元首相に踊らされて愚かにも現与党に3分の2の議席を与えてしまった。選んだ国民に問題があるのだからこの格差社会増長させた責任は国民が負わなければならない。だが国民は2年前の参院選で自らの過ちを反省し国会にリコールを突きつけた。それしか方法がないからである。

 その時本来は解散し衆議院議員選挙をやっておかなくてはならなかったのである。直近の国政選挙の国民の意志でなくなったからである。ところがそれをしなかった。これは一種の独裁政治である。20%の支持で60~70%の不支持の政治が続けられているのである。3分の2では何でも出来るのである。

 はっきりしていることは今の与党の3分2の議席数は明らかに国民の意識と乖離している。これは参議院選挙、自治体の首長・議員選挙、各種世論調査などで明瞭である。またこの議席数は「郵政民営化」について特化されたものであって他のことは争点としてすら挙げられなかった選挙の結果であり、これだけ変化(自衛隊の海外派遣、世界的金融危機など)についての国民意識を反映したものでない。また、3分の2に胡座をかいて次々と首相を変えてきながら国民の信を問うという民主主義の基本的手続きを放棄してきた。

 こういう独裁的政治状況を打破するために直ちに実施すべきだったがもうその時期はとっくに過ぎてしまった。「国民の信を問うべきだった」という民主主義の根幹をないがしろにしたというマイナス点が現与党に加わったわけだ。

 政権交代が起こったといっても、つまり、自民党が民主党に変わったといっても政治の内容にそんなに大きな変化が起こるわけではない。ただ政治に緊張感が生まれることは確かである。それにより国民の意志がより反映することになる。それを期待したいわけである。

 いま、両党は「バラマキ」によって国民の支持を得ようとしている。だがその金は彼らのポケットから出るわけではない。いずれ増税となって国民にのしかかってくるのである。そのことを国民はもう理解している。どちらもしっかりとした政策を掲げ、国民に問いかけてほしいものだ。

 おまけの話だが「高速道路1000円」「無料化」についても、私の周りでは「半額くらいでいい」という人は多い。それはどちらにしても国民全体の税負担が増えるだけの話で、極端な話、非利用者が高速道路代を払うことになるからだ。応分の費用は払おうということだ。


 でも何も決められない、決断できない首相にはうんざりだなあ。どんなに粘ったところで残り2ヶ月。ほぼ100%9月には首相をしていることはないのだから、「立つ鳥跡を濁さず」とすればいいのに。

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June 28, 2009

中央値を示せ!

 また夜型になったついでに「朝まで生テレビ」を観た。今回のテーマは「貧困」。

 NPO法人「反-貧困ネットワーク」事務局長の湯浅誠さんが出ていた。実際活動しているので話に説得力がある。中で二人(堀氏、金氏)の「評論家」の話は酷い。実態が全く分かっていない。こういう場所に出てくる人はすでに成功してひな壇に並んでいる人たちとはバックボーンが違うのだから意識をきちんとしていかないと見当外れの話になってしまう。

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 その湯浅さんが貧困層を「所得の中央値の半分以下」と規定していることが印象に残った。彼は「中央値」という言葉とりわけ強調して話していた。「平均値(アベレージ)」ではなく「中央値(メジアン)」である。

 ものの実態をより明確に表現するためには「中央値」の方が優れていることが多い。特に「所得」などの場合はそうである。「中央値」は極端な数値を排除できるからである。

 日本の世帯あたりの貯蓄額は平均1143万円(2007)ということらしいが、実際には平均以下が全世帯の3分の2を占めているらしい。おそらく中央値は700万位だろうか。こちらの方が実態により近い。

 何億、何十億という貯蓄がある人は数は少ないだろうが、平均で考えると数値を大きく引き上げる。だが隣にそんな人が住んでいても自分の家が豊かになることはないのであり、実際面での影響はないのである。

 ここの地区は平均貯蓄額や平均収入が高いから高級品の店を出して儲けようと思っても一軒だけ収入が極端に高い場合は買いに来る人ほとんどいないことになる。「中央値」の場合はそういう人の値は排除されるから実相がより確かなものになる。

 子どもの点数などもそうで点数が高い子や極端に低い子が転入したり、転出しただけで平均点の1,2点は簡単に変動する。一校や一学級の人数が少なくなった現在これはますます顕著に表れる。だからかつてあったような「明日は休んでいいよ」なんてことが起こる。

 日本には「平均神話」というようなものがあるらしい。「平均値」がダメだと言うつもりは全くない。だが「中央値」も同じかそれ以上に重要だということは知っておくべきだ。「平均」という言葉はほとんど全ての人が知っているだろうが「中央値」という言葉を知っている人は多分少数派だろう。

 外国のように近所に100億円の宝くじに当たった人が出ても自分の家の収入が増えるわけではないのである。中央値への影響はほとんどない。もっと「中央値」という言葉とその使用が拡大することを望む。「エクセル」でも簡単にでるし、並び替えをして下から(もちろん上からでも)数えるだけである。

 「平均」でものを考えないようにしよう、と言ったのは何度目だろう。でもこれは重要なことである。「平均値」の弱点を知らずに使用しているのなら「平均神話」の犠牲者でしかないが、それを知って利用している場合はその中に「詐欺的」意図が存在していると警戒して見た方がいい。

 「朝まで生テレビ」で「経済の発展なくして国民生活は向上しない」という当たり前のことを声高に主張していた二人、今の日本の現実をどう見る? 「経済力が伸びた結果、豊かな者はますます豊かに、貧しい者はますます貧しくなった」のが現実ではないか。

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 選挙が近付いて来ているが各党は「バラマキ」をしない方がいい。麻生首相の支持率が落ちたのは「定額給付金」という「バラマキ」をしたからだ、と考えた方がいい。国の借金は本当に必要なところだけでいいと考えている。細かい数字の取り扱いはともかく、今の日本人の政治感覚は職業政治家よりも進んでいる。もう撒き餌には近付かない。

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June 27, 2009

2年目に入る

 いよいよ再々開2年目である。あんまり張り切らずに続けていく。

 実は一昨日は朝4時に起床して夜9時帰宅するまで写真撮影に行ってきたのだ。自分一人ならこんなことはしないのだがそうでないので普段のいい加減な生活リズムを変更しなければならない。夜型の生活を50年近くしてきたのをこの歳になって変えるというのは大変なことあるが、こういうことをしないとますます夜型になっていってしまうのだ。

 だから一昨日までの三日間睡眠は合わせて数時間しか取っていない。夜も目が血走った状態で朝近くまで寝られず、その後爆睡に入った。また夜型になりそうだ。

 ところで政局はますます混沌としてきている。一寸先は闇という言葉が似合う状況である。そんな中ある知事が自民党を変えなくちゃあならないと叫んでいる。まさかまじめにそう思っているわけではあるまいが、もしそうだとしたら認識そのものがおかしい。変わるわけがないじゃないか。

 自民党がいま、いまの形で存在しているのはそういう形で存在してほしい力が働いているからである。じゃあ、なぜその力が今衰えてきているかというと化けの皮が剥がれたからである。その化けの皮とは最大の支持母体である大企業が儲かれば国民の生活は豊かになるという論理である。

 それが証拠にあの元首相はは自民党をぶっ壊すと言いながら自分の子をその自民党から立候補させようとしているではないか。存続を願っている明らかな証拠である。元首相がぶっ壊そうとしたのは自民党ではなく本来あるべき自民党から離れつつあった自民党であり、それを元に戻そうとしただけである。

 成長しつつあった日本ではそれも通用した。日本の外に利益を求めたからである。経済力そのものが増大していった時代はおこぼれも大きかったから国民生活も豊かになっていった。だがパイの大きさが変わらない時代になって、その論理は通用しないことがわかり、国民が離反し始めたのである。だが自民党がそれに合わせて変わったらその存在意義を失ってしまうのである。

 民主党は本質的には自民党と大差があるわけではないが、若干社会民主的な要素を加えて育って来たので国民的支持を増大させている。社民党が共闘志向にあるのもそのためである。だが中枢にある人たちは自民党分派である。そこが目立ち始めると結局は同じ道を歩き始める。

 それぞれの政党など国民にとって必ずしも必要とするものではない。必要が生まれた時存在するものである。必要がなくなったら消えればいいのである。

 6月中に何かが起こると予測していたがどうも3つに絞られてきた。①解散②首相退陣③内閣改造。私は月火のうちに①があるように思うがこれには私の希望的観測が強い。②は急に可能性が高くなった。③は何かが起こるというほどのことではないが大臣にサプライズがあれば「何か」と言ってもいいだろう。

 (何も起こらなかったら日本の政治はますます闇だ。政治どころか日本そのものが闇だ。)

 もし②だとしたら首相に元女性防衛大臣位を起用しなくてはかえって自民党には「たらい回し」という批判が高まってマイナス。だがこういう話は「政治評論家」だけが喜ぶだけで国民にとってはどうでもいいこと。「政治評論家」でなくて「政局評論家」ばかりだからだ。

 本当に国民の未来が明るいものになるには政治がどうならなければならないかを明確に示すことができる人は残念ながらテレビに出てこない。

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 マイケル・ジャクソン、ファラ・フォーセット死亡のニュースが入ってきた。情報番組はそのニュースばかりである。私には二人とも興味の対象外だったから特に感じることはないが、死はどんな栄耀栄華を極めた人にも等しく訪れるものだと改めて思った。

 諸行無常である。

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 毎年この頃になるBS2では美空ひばりの特集をやる。美空ひばりが生存中はさほど関心があったわけではなく、どちらかというとそのスキャンダルの方が目立っていて離れたところで見ていたが、没後有名演歌歌手が彼女の歌を歌うのを聞いてそのあまりの違いに驚きすごい歌手だと認識、隠れたファンになった。ある程度歳がいって演歌が好きになったこともある。歌唱力があるというの彼女みたいなことをいうんだとわかった。私が死ぬまでに彼女を超す歌手は現れまい。もちろんいまでもいい歌手はいっぱいいるが40年も50年もそして死んでからもトップに居続けるなんてことは並大抵どころの話ではない。

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June 26, 2009

前夜祭

 今日は前夜祭である。6月27日、この日はこのブログを再再開した日である。物理的に書けなかった日を除いてほぼ毎日続けて1年間書き続けてきたということである。故に今日は前夜祭。と言っても何か特別の行事やプレゼントがあるわけはないのであるが。

 最初何とか自分の考えを表現しようと始めたのが数年前、だがそんな時間がなくてすぐ中断。その内容はすでに削除して存在しない。その後安倍内閣が発足し、急激な右傾化が進められて黙っていることができなくて再開したが今度は仕事が猛烈に忙しくなり再度中断した。

 そして去年リタイアし環境の変化もあって体調を崩しだらだら日々を過ごしていたが、シャキッとしなくてはと少し周りの人に知らせて否が応でも続けなくちゃあならないように自分を追い込んで再々開したのが1年前。飽きっぽい私としてはよく頑張れたと思う。

 どのくらい書いたのか調べてみようと初期設定の「一太郎」のA4サイズにこのブログ全文を書き出してみたら400ページ強あった。いろいろなコードや空行などあるから実質の文章はその半分と見ても200ページ強である。原稿用紙では500枚位か。塵も積もれば山となる、である。

 一応は1年間というつもりだったから、今日をもって閉鎖ということにしてもいいわけだが、現在アクセス数が8000超、10000までというのもいいかなと考えたり、訪問者が数ページに亘ってアクセスしてもらっていることもあるということは単に迷って入ってきただけではないと考えたり、そしてこれが一番なのであるが、目標にしていた写真のアップができていないこと、こんなことでもう少し続けていこうとしている。

 ただ私はWeb検索やブログ書き込み、文書作成用のパソコンと写真処理用のパソコンを区別して使用している。でもこの二つのパソコンはLANなどで繋がれているわけでなく、USBメモリーでいちいちファイルを移動しなくてはならない状況であり少々面倒なのだ。

 こういう面倒くささが書くこと自体を妨げることになるかもしれないので無理して画像アップをしてこなかったのである。でも明日からは2年目、少しステップアップしていきたいと考えている。

 中身はたいしたことは十分自覚している。あくまでも自分のためなのだ。そこをご理解いただき今後ともよろしくご愛顧いただきたい。

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June 25, 2009

歴史への目

 「週刊朝日」(7/3号)の記事にこんなのがあった。

 首相の性格を知る議員はこう話す。
 「都議選前の解散は、党内では、勝てる見込みがないのに突撃する『バンザイクリフ』と言われている。(以下略)」

 『バンザイクリフ』は言うまでもなくあの1万人が追い詰められて海に『天皇陛下万歳』と叫びながら飛び込んだというサイパン島の「バンザイ岬」を言うのであろう。それ以外に見つけられない。今は観光地化しているようだが、多くの慰霊碑も建立されているという。

 国民の疑念に背を向けて靖国神社に参拝することが党是となっているような政党において、あの第二次世界大戦、太平洋戦争の悲劇を身内ではこのように茶化しているとしか思えない発言がまかり通っていることに驚きを禁じ得ない。

 しかも『バンザイクリフ』の悲劇は「勝てる見込みがないのに突撃する」なんてものではなく、米軍に追い詰められた多くの民間人、女性や子どもが逃げ場を失って海に飛び込んだものである。長く海は真っ赤に染まり死体に埋まっていたという。沖縄戦でも同様に南に追い詰められて多くの島民が殺されたり集団自決させられている。

 (私が高校生のころだと思うがテレビで米軍が撮影したフィルムを中心に「太平洋戦争史」のようなものをやっていた。その中でこの場面を米軍飛行機などから撮影したものを延々と映していた。私はこの時はじめて戦争の本質が分かったような気がした。小学校の頃は軍艦や戦闘機の模型作りに夢中になっていた一種の軍国少年だった。)

 こういう発言をする国会議員も国会議員であるが、こういう発言を看過する記者も記者、編集者も編集者である。戦後生まれが社会の中枢を圧倒的に占める時代になって歴史への鋭い感覚、無頓着さに刺すとげがなくなって来ているようだ。

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 『臨場』が最終回。倉石は少し個性を出し過ぎと思うが、それを差し引いても1時間1話完結の連続ドラマとしては見応えがあった。原作では倉石がもっと引いているがこうドラマ化するのかと一面では納得する。テレビ朝日のこの水曜9時と木曜8時のドラマは大人が観て楽しめる連ドラ時間帯だ。渡瀬にしても橋爪にしても沢口にしてももうおなじみである。顔の区別のつかないアイドル主演ではそれだけでつまずいてしまう。

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June 24, 2009

不安が高まっています

 ある程度歳を取ってくるとこれから何年生きられるかとかその間にどれくらいのお金がかかるかとか考えるようになるわけです。仕事をしていて月に一定の収入があるうちはまあ考えないわけではないですがそれほど切実な問題ではないです。生きていく上で月あるいは年にいくらかかるか、年金収入はどれだけか、ちょっと大きな買い物をするときは現役のときと違った思考があるわけです。

 世の中が今の状態で行けば子どもに金銭的な世話にならずに行けそうですが、大変動すればそれどころじゃないことも確かです。年老いて少なくとも金銭的に負担はかけさせたくありません。おそらくリタイアした人たちの共通のおもいじゃあないでしょうか。

 明日どうやって食べて行こうかという状況ではのんびりこんなブログ書いていられません。

 家計は収入支出のバランスの中で維持されていきます。このバランスが崩れそうであったなら、それは不安で不安でならないでしょう。昨年度の自殺者がおよそ32000人だそうですが、その不安の結果の一側面です。交通事故の死亡者が6000人強であることを考えるとこれは大変な数です。

 人口12万人の都市、東京近郊の市の人口はこんなものです、では毎年32人が自殺しているわけです。死亡交通事故の場合は交番前に表示されますし報道もされますが、自殺の場合は事件がらみでない場合は報道されることもありません。でも5倍の数です。

 原因としては学業不振、恋愛問題、家庭不和など様々でしょうが、それでも伝わってくる情報をみてくると、最近は失業、経済困難、経営不振など上にあげた不安というものに入れることができるものだ増えてきているようです。

 ところで今の政治はどうでしょう。庶民のこういう不安を解消する方向ではなく、一層駆り立てるようなことばかりしているような気がしてなりません。一番の大問題は歳入歳出のバランスが完全に狂っているということです。確かに今緊急な支出をしなければならないものもあるでしょう。

 それが数年後にはおそらく大増税、12%消費税となって国民に押し寄せてくるのです。貯金を切り崩したり年金だけで生活している人にとっては恐怖と言っていいくらいなことです。12%ってすごいですよ。100万円買い物したら12万円です。定額給付金の10倍です。定額給付金の支出なんて1.2ヶ月で回収です。にたにた笑って自慢気にいう「オレのツラ」をしっかり見てやりましょう。さらにこの国の将来は大丈夫かという不安さえ生んでいます。

 与党の幹部が有名県知事に出馬要請に行って真実はどうか分かりませんがテレビで観る限り「おちょくられ」て帰って行きました。明らかに知事の方が上位といった景色でした。テレビではおもしろおかしく伝えていましたが、こういうことが報道されること自体「たが」が緩んでしまっていることであるし、与党議員が腹を立てる気持ちも十分分かります。まして同情されるようになったら政権政党として最悪の事態です。

 民主主義の日本ですから政治について語ることも主張することも国民の権利であり義務でもあります。でも国民は政治の専門家ではないのですから細かいことの一つ一つ完全に理解することは出来ません。まして未来のこととなるとますますです。そんなとき「未来は明るいな」と希望を持たせるだけの信頼感を国民に与えるのは政治を仕事として選択し国民に委託された政治家の義務ではないでしょうか。

 その自負と自信がない政治家は速やかに退場すべきです。 

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June 23, 2009

危険な自転車の歩道走行

 先日幅1mほどの歩道を歩いていた。ゆるい下り坂になっている。すると後ろから音もなく近付いてきた自転車が歩道の縁石から車道に猛スピード飛び出して走り去った。私が歩いていたからよけたのであろう。ただその時私の左手上腕部を彼の服がこすっていった。彼は車道に出たが明らかに右側走行である。

 私は車を運転するので年配者が車道で突然斜行を始める場面を何度も目撃している。だから年配者の自転車を見つけたときは後続車になんと言いわれようと徐行しようとしているが、この若い人たちのマナーの悪さも本当に怖い。

 歩行者と自転車の事故は想像以上に多いようである。多くは軽微な事故であろうが中には死亡事故になってしまうものもある。先日も老人が転倒して頭部を打ち死亡したというニュースがあった。

 子どもは突然左右に動くし、年配者は腰や膝を痛めている人も多くグラッとよろめくこともある。歩道はそういう人たちも含めた歩行者の安全を最優先にした施設なのである。

 車道を走る自転車運転者の安全のために歩道走行が認められたわけだが、それは加害者になる確率が増えたのだと自覚する必要がある。

 歩道の自転車走行が許されていると言っても歩行者優先の施設である。歩行者が主であり、自転車は従である。だからいくつかの制限も加えられている。車道側を走行すること、歩行を妨げないことなどである。あくまでも歩行者優先なのである。ベルを鳴らして歩行者を退かしたり、悪罵を投げつけたり、脇を猛スピードですり抜けたりすることは絶対あってはならないことなのである。出来る限り歩行者のリズムに合わせて走行するのが望ましいのである。 

 さらに不安なことは自動車のように強制や任意の保険がないことである。いやないわけではない。私もよく自転車に乗っていたときは保険に入っていた。でも、入らなければならないものでない。おそらく入っていない人の方が多いのではないだろうか。

 歩行者優先の場所で歩行者と自転車が事故を起こせば当然その損害のほとんどは自転車運転者が負わなければならない。加害者が少年であればそれは保護責任者である親が受け持たなければならないであろう。

 これからは高齢者の割合がどんどん大きくなってくる。そして、健康志向に伴い散歩、ウォーキングをする方も増えている。朝夕群れのように動いていく姿をよく見かける。その中を自転車が縫うように走っていくのだ。

 全体の交通死亡者は年々減ってきている。これは規制や罰則が厳しくなったり、道路環境の整備が進んで来たことの結果であろう。今後はもう少し自転車対策を考える必要があろう。(今度の道交法の改正で携帯の使用が規制された。)

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 沖縄慰霊の日である。

 「ひめゆり隊」など一般島民を巻き込んでの戦闘が終わった日である。100万に満たない島民のうち20万人の島民が死んだという。中には集団自決などの悲劇が多数あったと聞く。

 若い頃「沖縄返還運動」などを知る中でいくらかであるがその真実を学ぶことができた。だが「サイパン島のバンザイ岬」で飛び降りた多数は沖縄出身者であることを知ったのは今日である。まだまだ知らないことが多い。

 きな臭いにおいが漂い始めた今日私たちはもっと過去の歴史を学ばなければならない。

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June 18, 2009

いよいよ末期?

 党首討論を見た。麻生政権もいよいよ末期状態との印象を受けた。前福田首相が小沢代表との討論で泣き言を言った場面を思い出してしまった。

 鳩山代表の押しに土俵際まで追い詰められているようだった。「国営マンガ喫茶」が安倍首相時代からのものだという首相の発言に、「なぜ補正予算なのか」は見事な投げ、これで首相は混乱をきたし、時間切れが分かっているにも関わらず突然安全保障問題を言い出す始末。最後はおたおたしていた。

 昨日の討論は明らかに鳩山代表の勝点である。もちろんテレビだけで見る範囲でしかないが首相の表情には自信の欠片もなく、何をしたらいいか分からなくなっているように見える。

 6月の末までに何かが起こる(気配がする)。すでに各社世論調査での内閣支持率は18%前後である。不支持率に至っては70%弱。与党議席数とのあまりの差。この状態では何かすればするほど反感を持たせてしまうことに気づいていないのか。

 おまけに一つ。首相はクールビズだと思っているいるのかもしらないが、シャツのボタンを外すのは一つにしよう。二つも外して若ぶっているつもりか。

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 これは末期でなく、これからの話。

 ワールドカップ最終予選。1-2でオーストラリアに負ける。

 やはり最後の詰めの弱さということかな。きちんとしたシュートなんてさせてくれるわけないのだからどんな態勢からもシュートする力をつけなくちゃあ。それとゴールに向かうスピードがのろすぎる。トラップした途端流れが止まってしまう。その間にディフェンスが整えられ入り込むことが出来ない。体格では絶対的に不利な状況にあるのだからそこで競い合っても勝てるわけがない。ディフェンスの強い相手に有効な作戦が用意されていたとは思えない。

 岡田監督のこれからに期待しよう。少なくともどこかの宰相よりも数倍以上の期待度はある。

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June 06, 2009

足利事件 臓器移植

 その後の報道を見ていて感じたことはこの前も書いたことだが、裁判所は有罪無罪についてはほとんど検察の考えに従っているようである。起訴されればもう有罪なのである。

 この足利事件についてもそうでDNAの証拠価値についてもう少し見識があったら、再検定を支持することもできただろうし、再審の請求に対しても門前払いをすることもなかっただろうと考えられる。

 裁判官が判決文以外に被告に対して宗教者のような道徳的な諭す発言が報道され話題になることがあるが、いつも不思議に思っていた。今度のことで少し分かったような気がする。結局、関心は量刑にあるのである。テレビの裁判などと違って、有罪無罪は規定なのである。罪を認め反省がないため量刑が重くなるなど一般的に言われては困るのである。

 もちろん、逃れるために否認することが多いだろうが、今度の事件はそうでないこともあると証明したし、裁判所は正義を実行するところという信頼があるから否認するのである。裁判所はしっかり反省しなければならない。見方を変えれば、裁判所は何の罪もない一国民を17年半という長きにわたって監禁状態に置いていたとも言えるのだから。

 御殿場の婦女暴行事件も多くの明確な「アリバイ」「してないという証拠」がありながら有罪という判決は覆られなかった。報道ではそうである。当然検察側の言い分があるだろうから、私は冤罪事件かどうか断定するつもりはない。ただ報道を見ている限り冷静に科学的(精緻)な判断をしているように思えないのである。

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 「臓器移植」の報道を聞いていて不思議な思いがした。疑問である。

 もともと私はもう内臓はガタガタだから、提供なんてあり得ないと思っていたし、受けることもないと思っていた。また国によっては臓器を売買しているという暗黒面もあるということも聞いたことがある。もちろん必要のある人もいるわけだからこれを話題にすることはしなかったし、そのことに意見をいう気持ちもない。

 だけど今度の国会審議の争点の一つに「臓器移植の時に限って脳死を人の死とする」というのがあることを知り、驚いた。おそらく普通は脈がなくなる、心臓が停止することが死なんだろうが、人の死が二通り存在するのである。なんだか「死」というものは曖昧なものだなあと思ってしまった。

 新聞に提供をした親族の話が載っていたが複雑な思いに駆られるだろうことは確かである。

 明日は休刊日です。 

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June 04, 2009

足利事件の菅家さん釈放される

 足利事件の菅家さんが突然釈放された。再審裁判が行われるだろうと思っていたが、この時点で刑の執行が停止され釈放されたということは、検察・裁判所が冤罪であることを認めたのである。異例のことだと思う。

 菅家さんは現在62歳だそうだ。45歳からの18年間を無実の罪で拘束され続けてきたのである。62歳といえば私とほぼ同年齢である。45歳からの自分の人生を思い出してみると、国家権力の名の下に個人の権利を奪ってきた罪は大きい。

 これはあくまで想像の域を出ないものであるが、まだ十分証拠能力が証明されていないDNA鑑定を絶対視し警察検察がそれに合わせて自白を強要し、裁判所もそれを鵜呑みにしてしまったというようなのである。

 様々なところで報告されているが、裁判官と検察官の交流が盛んに行われて、検察の言い分を裁判所を取り上げる傾向が強いのだそうだ。裁判所の中立性が保たれているのか疑問になってくる。

 つい最近報道された御殿場の事件もどうも疑問に思うものであった。裁判が本当にきちんと行われているのか信用できない思いがしてきた。三審制が機能しているのかという気もする。

 裁判員制が始まったが、重大事件にとどまらず、被告が裁判に疑問を持ったとき裁判員裁判を要求することができるような制度も必要ではないだろうか。

 もう一つ、無実が確定すれば国家賠償についての裁判も始まるだろう。これを高額にすることも一つ冤罪を防ぐ手かもしれない。ただ再審がますます開始されないという逆効果を生み出しそうな気もするが。

 裁判官は本当に大変な仕事をしているのだと思う。でもそれは国家権力を背景にしているのではなく、国民の信頼を根拠に成り立っている仕事である。だから、国民は決着をそこに委ねるのである。一切の曇りのない正義を実行してほしいと願う。

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May 31, 2009

国民1人あたり8万5千円

 今日は5月31日、であるが、この肌寒さ。しかも、土砂降りの雨。ちょっと考えられない気象である。写真展の最終日で出かけたのだが、車から降りることもできないほどの雨であった。

 さて、国民1人あたり8万5千円、これは与謝野財務大臣が言った言葉。「補正予算の国債発行は十兆円、国民1人あたり8万5千円でございます」から。

 なんだそんな程度かと考える人もいるかもしれない。確かに、現在までの国債、地方債の借金が国民1人あたり1000万円近くあることを考えると8万5千円など微々たるものかもしれない。でもそれは確実に加算され、将来の国民の手かせ足かせになっていくのである。

 それでも、この危急の時国民の将来の幸福のためになるというのならみな喜んでそれを受け入れよう。ところがその中身はかなりいい加減なのである。社民党の福島党首のエコポイント事務局についての質問に斉藤大臣がまともに答えられずしどろもどろになっている様子が中継されたが、実に適当な予算案なのである。

 そして、ある週刊誌はこの補正予算によって「7000人の天下りポスト」が生み出されるのだそうだ。一方で失業者がますます増えているいる時代、高級官僚は将来の天国が約束されるというわけだ。

 なにしろ最初に15兆円という枠があって、それに各省庁の要求をたいした検討もしないで投げ込んだだけの補正予算だからそうなるのも当たり前といえば当たり前だ。自分で何も考えていないから斉藤大臣のような答弁になる。

 なんとかこの無謀な予算執行を止めることはできないだろうか。

 

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May 30, 2009

借金を返す身になって考えたい

 補正予算が成立した。本予算成立直後に補正予算というのも奇異な感じがするのだが、衆議院優位ということで参議院で反対されたのにも関わらず成立してしまった。

 補正予算の中身はもともと「景気」をよくするため無駄遣いをするためのものであるらしい。「国立マンガ喫茶」と揶揄されるメディアセンター、道路整備などばらまき予算、選挙対策予算といわれてもいる。エコポイントなど予算が成立する前から実施されている「不思議な」現象もあった。

 そもそも「衆議院優位」の根拠はどこにあるのだろうか。それは議員の選出方法に由来する院の性格の違いによる。任期は6年、解散はないなどに見られるように直近の民意を反映することができにくく、より普遍的な視野に立った議論が期待されているのが参議院であり、衆議院は反対に解散があり、政策の方向に議論が分かれたとき「国民に直接決めてもらう」ことができるからである。これがわが国の民主主義を保証しているのである。

 だから、衆議院の選挙、総選挙というのは民主主義の根幹であり、4年の任期満了などというのは、4年の間政府、首相が一度も国民の意見を聞かなかった、サボタージュしていたということで、恥ずべきことなのである。

 先年行われた参議院選挙で国民は政府に異を唱えた、首相が3回も替わった、前回総選挙の争点であった「郵政民営化」に政府(その大臣)自身が疑問を出している(自民党から閉め出された人が大臣にまでなっている)など総選挙を実施しなければならない要件は揃っている。

 にもかかわらず、3分の2という議席に胡座をかいて、政府は民意を聞くことをしてこなかった。少なくとも前回の参議院選挙で敗退した時点で総選挙を行い、衆議院優位が正当なものであるという「お墨付き」を国民からもらう必要があった。

 いまの衆議院優位は明らかにごまかしであるといっていい。民主主義の形式は踏んでいるように見えても心を失った民主主義の仮面でしかない。誰が見ても現在の国民の意志と国会や政府の意志には看過できない乖離が存在する。

 そんな中で成立した補正予算はどうなるのだろう。少なくとも三ヶ月後までには衆議院議員の選挙がある。もし政権が交代すること、つまり補正予算に反対する側が優位に立った場合この予算はどうなるのだろう。

 細かい手続きは分からないがおそらく多くは執行は凍結、あるいは執行を取りやめるということになるだろう。そうでなくては選挙の意味がない。

 政府、麻生首相は「補正予算」の正当性を維持するためにも直ちに解散をすべきである。そうでなければ、現在の国民ばかりでなく、将来の国民に多大の負の遺産を同意無しに背負わせることになる。借金を返すのは首相ではない。国民なのである。経営者は十分貯め込んであるから平気か? 

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May 29, 2009

旧交を温める

 半年ぶりの都心へのお出かけである。

 小学校・中学校はほとんど同じメンバーで9年間。高校は一クラス56名で2、3年が同じメンバー。そんな生活を送ってきたが普段の営みの中ではその頃を語ることはほとんどない。大学時代のことはカミさんと誰がどうしたと時々話題にのぼるが高校時代までのことは全く共通するものがない。だから日常では高校時代までは欠落した時代なのである。

 そんな高校時代の友人が集まりを計画してくれるのでうれしくなって出かけることになる。いま考えるとその頃は失敗ばかりで思い出すと恥ずかしいことばかりだがこの歳になると何もかもが懐かしい思い出である。

 今日は富士登山をしたとき河口湖の花火がずっと下でかわいく開いて楽しかったという話が出た。5合目の山小屋に泊まったのだが、すし詰め状態でとても眠ることができず外に出ていたら見えた花火だが私以外にもそのことが思い出として残っていた人がいたことを知りうれしくなった。どこで見ていたのだろう。

 たわいのないことだが日常欠落している部分が一気に埋められる本当に楽しい時間である。

 実は、都内のある緑地を「散歩」する計画を何度か立てていただいたのだが、ことごとく雨になってしまっていた。そのこと自体は残念だが、こういう機会がうれしいのである。

 皆さん元気にあちこち飛び回っているようである。私も最近写真で出かける機会が増えた。ちょっと皆さんほどの体力・気力には欠けるがあんまり先にくたばらないようにしなくては思うひとときでもある。

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May 27, 2009

ヒトの幸せ

 以下、科学的なことを書こうとしているわけでない。

ホモ・サピエンス・サピエンス、つまり私たちは20万年から10万年くらい前の間に生まれたらしい。大きくヒトという種を考えた場合700万年前から400万年前というところか。それにしても他の生物に比べたらずいぶん短いものだ。

 それヒトがこの地球に君臨しているのである。しかし、そのヒトが君主として振る舞うようになって経た時間はたった数千年である。

 どんなものだって急速にピークに達したものは、急激に滅んでいくようである。それは小はウイルスのようなものから大は星のようなものまでいえることであって、生物もその中に入る。

 ヒトは生物としてもうピークに達したかどうかは分からないが、地球という中にいる生態的位置としては十分達しているように思う。

 何十年後、何百年後、何千年後、何万年後、いずれヒトは滅びるであろう。ヒトは滅びずホモ何とかとして変異していくかもしれないが、このホモ・サピエンス・サピエンスは何十万年後には存在していないことは確かだ。

 その最後がその生物学的寿命であったとしたら幸せなことである。ところがおそらくそんな幸せはあり得ないという様々な情報が流れて来ている。

 地球温暖化もその一つであるし、新型インフルエンザなどの病原体もそうだ。多くの化学物質も危険を告げている。これらに対して我々はヒトの幸せを掴むために闘い続けなくてはならない。

 そんな中とても許せないのは戦争、とりわけ核戦争である。今一部の核兵器所有国(の指導者)によって我々地球住民(その国の国民を含めて)は人質に取られているのである。ヒトが生物学的寿命を迎えるという幸せが人質に取られているのである。

 あらゆる生物は自らの種を守るために生きている。ヒトは・・・・。 

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May 26, 2009

核兵器の廃絶を

 半島が騒がしい。今度は核実験を実施した。しかも今度は長崎の原爆級のものだという。こうやって戦争や核兵器を脅しに使い国際政治の中で自国を優位な地位の持っていこうとする行為がいつまで続くのだろう。

 もし核兵器をしようしたら当然その相手国やその同盟国は報復のための核兵器使用に踏み切ることは子どもでも分かることである。そしてそれは際限なく続いていく。だから冷戦時代米ソがあれほどの核兵器を持ちながら使用することができなかった。

 今度のオバマ大統領はその核兵器廃絶に一歩踏み出したように見える。もしそれが確かだったら喜ばしいことである。ピストルを持った人間がピストルを持とうとする人間にお前は持ってはいけないと言ったって承知しないであろう。

 広島・長崎の人たちを中心に多くの平和を望む人々の献身的な努力によって、核兵器の非人間性がわずかであるが世界の人々に染み渡ってきている。だがまだ兵器を信奉し続ける人の方が圧倒的に多いようだ。世界の動きに逆行しむしろ日本では増えているようにも見える。

 兵器を使用しなくても国際問題を解決する方法はあるはずだ。それを探るのがこの地球に生きる人間の義務ではないか。核兵器を生み出す能力を持った人間である。それに頼らない知恵だって持っているはずだ。戦争、とりわけ核兵器の保有と使用は人類全体の敗北である。

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May 25, 2009

政治と利権

 韓国の前大統領の自殺には驚いた。詳しい理由は知らないが大統領まで務めた人間がその職を離れてすぐに自殺するなんて信じられないことである。これが軍事的な混乱状態だったらそういうことも考えられないこともないといえるのだが。大韓民国は民主国家だし、大学進学率はほぼ100%という高学歴社会である(日本は50%強)。

 ところが報道によるとこれまでの韓国大統領は皆本人かその家族がその職を終えた後、利権問題などで何かしら追及されているのである。大統領職の周りに如何に多くの利権が渦巻いていることか。

 あのアメリカでは大統領が替わると政府機関の一定以上の職にあった者の総入れ替えが行われるそうである。これは利権とは直接関係があるというわけではないだろうが、公的機関にあぐらをかいて私的な面がハバをきかすことを防ぐ意味で有効であると思う。

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 ジュビロ磐田は暫定だけど9位に。つかの間喜びに終わらないように、この後2回くらい続けて勝ってほしい。次は鹿島か。きついなあ。Jリーグは若い人がどんどん出てきているね。

 さて日本はどうだろうか。政権が大転換したことは戦後ほとんどなかったから、もしかしたら韓国のようなことがあったとしてもほとんど表に出てきていないかもしれない。でも私は日本ではそんなことはないと思いたい。利権はともかく「役人天国」といわれて久しい。今度の選挙でその辺りはすっきりさせてもらいたいものだ。

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 梅雨の到来を思わせる雷が轟いた。梅雨と言ったって年中雨が降り続くわけでなく、5月下旬から6月上旬は夏以上に暑い日が続くことが多い(紫外線も一年で一番強いのこの頃である)。エアコンのお世話になる日が続くということでもある。

 地震で周りよりいつも震度が高いところがあるそうだが、雷にもそれがあり、「雷の通り道」というのがあるそうだ。私のところはどうもそこにあるらしく雷が頻繁に鳴り響き、落ちることもある。電子部品は雷に弱く、ずいぶん前に洗濯機がダメになったことがある。

 雷は光った時に落ちているわけで、雷鳴を聞いたときは「あなたは生きている」という証明書をもらったようなものだから本来は喜ぶべきことだが、やはり雷鳴の方が恐怖を覚える。私にとって雷光は鑑賞対象でよく窓から稲妻を観る。いつか写真にバッチシ撮りたいものだ。さすが外、しかも広いところに行く気はしないが。

 (地震・雷・火事・親父というのは予期せず突然来るものを言っているのだと私は思っている。親父は台風のことだという説もある。)

 昨日も近くで10数回鳴ったが、そのうちの一発はとりわけ大きく、一瞬震え上がってしまった。

 今日はいい天気になるだろう。

                   (00:10) 

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May 24, 2009

新型インフルエンザ、終息へ?

 新型インフルエンザは国内では死者が出ることもなく終息に向かっているような雰囲気である。少なくとも「新型インフルエンザ騒ぎ」は終息に向かっている。

 この中で分かったことがいくつかある。その一つがマスク。メキシコからのニュースで青いマスクが目立ち、花粉症からの習慣化、厚労相の発言などが相まって、かってのトイレットペーパー騒動の再燃となったが、予防にはほとんど、100%に限りなく近く役に立たないことが分かってきた。ただ、罹っている人が拡大を防ぐためには極めて有効らしい。

 かわいそうなのは中高校の修学旅行の中止や延期。仕方ないと言えば仕方ないことだが延期はいずれ実施されるだろうが中止は本当に何とかならないだろうか。私たちの時代と違って最近はクラブ活動などで日本中、あるいは海外まで遠征する時代だから旅行そのものの価値は低くなっているとはいえ、この修学旅行だけという子もいるだろうし、その行事そのものに特別の意味があると思う。中止は避けてほしいし、そのための手立てを自治体は取ってほしいものである。

 このまま死者が出ることなく完全に終息してほしいのだが、一方このことで多くの教訓があった。マスクなどはその典型である。当然、予想される強毒性の新型インフルエンザに対応するべき検討が行われると思うが、扇動されやすいこの国の国民に配慮し、政府、マスコミの広報の仕方を深めてほしいものである。

 最初メキシコの状況が報道されたときは私がとりわけこういう問題に関心が高いだけに本当に大変なことになったと思った。それでも私個人としてはそれほど多くの人と接するわけではないし、仕事として無差別に人の前に出ることもないわけでそんなに心配していたわけでもない。でも、家族の中にはそうはいかないものもいるわけだから仙人というわけでもなく、情報には耳を傾けていた。

 WHOの日本人学者も言っているが、本当に怖いのはウイルスの変異である。一説によると、現在のウイルスの致死率は0.2%だが、恐れているウイルスは40%以上だとか。寿命が尽きるまでおだやかな日々であってほしいものである。

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 「陽炎の辻3」はいい展開になってきた。何から何まで30分に詰め込まず、焦点が明確になってきた。昨夜はついに磐音が峰打ちを止めてしまった。ううーん、といったところ。NHKはあまり斬ることはしないんだが。
 
 全体に「いい絵」が多い。でも最後の方、他の予定が入っていて観られないんだよね。

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 「検察審査会」というもののあり方が「裁判員制度」の陰に隠れてしまっていたが21日から、大きく変わったようだ。市民が裁判に主体的に参加することができるという点で大きな意味があると思う。 

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May 21, 2009

いよいよ首都圏へ

 「新型インフルエンザ」に感染した人がついに首都圏にも現れた。私の警戒警報もレベル2に格上げである。

 今のところ増加の傾向は著しいがだからといって日本の人口に対しての割合はさほど高いものではない。あんまり臆病になる必要もないであろう。ただ注意するにこしたことはない。手洗い、うがいはしっかりやろう。

 今週は月曜から今日まで外に出なければならない用事はなかったのでちょっと外出する以外は閉じこもりも可能だったが、明日からはそうもいかない。明日あたりから東京でもマスク着用が増えるだろうね。

 ニュースなどを見ていると神戸や大阪では繁華街でも人が閑散としているようだ。確かに映像ではそのように見える。タクシーや電車の売り上げもすごい減収らしい。

 現在のところ「新型インフルエンザ」の怖さは「季節性のインフルエンザ」と比較しても高いものではない。毎年インフルエンザによる死者は交通事故による死者より多いそうだ。

 ただこの「新型インフルエンザ」の怖さは弱毒性から強毒性に変異する可能性が高いというところだ。関係者はその見極めのためにがんばってほしいと心からお願いする。

 この度の対応で分かったことだが医療関係の準備がまだ十分でないということである。兵庫県ではすでにベッドが足りなくなっているらしい。再検討を期待したい。

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 今日から「裁判員制度」が開始される。朝日ではこの1ヶ月そのことの連載をしていたがやはり問題は多いようだ。

 その意見で多いのは「死刑」の判決にかかわることの畏れである。なんでそんなところから導入したのだろう。

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 交流戦2日目 第一節(?)のパ対セの成績はパの7勝4敗1分 いい出だしだ。パシフィック応援団としてはこの調子でいってほしいと願っている。それにしても日ハムは強い。もう優勝が見えてきた感じだ。

 「新型インフルエンザ」の影響でメキシコのサッカーみたいに観客無しの試合にならなければいいんだがと心配している。

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May 20, 2009

滝平二郎さん逝去

 切り絵作家の滝平二郎さんが亡くなったそうだ。

 私が学生時代、間接的にその分野と関係するサークルに属していたこともあり、彼の絵本に接した時、その斬新さ、人間への限りない愛情に惹かれ、読みふけったものだ。

 「花さき山」「八郎」「三コ」「モチモチの木」など今も生き続けている名作揃いである。児童文学作家の斉藤隆介さんの貧しき人々への愛と励ましの文学が滝平さんの研ぎ澄まされた切り絵の鋭さと淡い色遣いによるあたたかさによって一層高められていたように感じた。すばらしいコンビネーションであった。

 題材によるのかもしれないが私はそれだけではないが「東北」というものイメージする一つがを彼の絵だったように思う。「東北」という言葉で思い描くイメージは彼の切り絵の様々な場面なのである。「東北のにおいを感じる。

 私の若い頃少なからず影響を与えてくれた人々が亡くなっていく。さびしいものである。 

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 「新型インフルエンザ」の広がりは脅威である。それだけこの日本という国がチョウミツな構造な国ということだろう。いまのところ「弱毒性」ということで季節性のインフルエンザ程度ということだが、これがもし心配されている「強毒性」の「新型インフルエンザ」だとしたら想像しただけでも恐ろしいことである。

 本当に現在想定している対応で十分なのだろうかと心配になってくる。

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 プロ野球の交流戦が始まった。現在パ・セの首位を走り、日本シリーズでも相まみえる可能性の一番高い日本ハムと読売は日本ハムの圧勝であった。贔屓チームを離れパ・セの対抗となると絶対的にパを応援する私だから、これはいい結果だ。

 Jリーグのジュビロが下位に低迷して陰々滅々たる状況にある私はしばらくこちらで気分転換しよう。

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 昨日は「閉じこもり」。GT-X970でポジフィルムのデジタル化にチャレンジしていた。

 24×3カットしたことになる。最初デフォルトの設定でやっていたのだが横はほとんどカバーするのに縦がどうしても狭くなってしまう。こんなものかなあ、とあきらめかけたが折角趣味でやり始めたこととことん楽しまなくちゃあとマニュアル、ネットの解説など探し、調べ始めた。(この探し回るのも趣味の一つ。ただ、全ての場合に適用されるわけではない)

 原稿サイズというところの問題だということは初めから分かっていたのだがその数値を変更できないのである。そしてやっと見つけることができた。最後の24カットはかなり満足できるものになった。「環境設定」という所にその解決法があった。一度は見ていたのだが、数値を変更するようにはなっていなかったので見逃していた。

 ポジフィルム24カットを最高画質(35mmフィルムを48bit・6400dpiでスキャンすると約2000万画素級になるようだ)でスキャンするのに約2時間かかる。スキャナーとパソコンが故障しない限り、あるいは停電にならない限り全自動で最後まできちんとやってくれる。私は時々動いているかどうかちらっと見て確かめるだけである。聞いていたほどにはうるさくもない。

 パソコンを始めてから4台目のスキャナーだがその進歩に驚いている。必要な部分を探してスキャンするんだもの。最初の頃の周辺機器の設定は大変でまともに動くようになっただけで祝杯ものだった。

 昔モノクロ写真の暗室作業をやったこともあるが、方法は全く違うとしても、それを明るいところ、さらにカラーで出来るんだから楽しい。しかもA3ノビまでの引き伸ばしができる。  

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May 19, 2009

大変なことになってきました

 「新型インフルエンザ」は大変なことになってきました。中高校生を中心に罹患しているようですが必ずしもそう限定されたものでないようで、現時点では5歳から60歳の範囲にあるようです。そのあたりのことについての信頼できる説明はまだなくウイルスの解明が十分されていないのだといえます。

 学校が休校になれば喜ぶ子どももいるでしょうけど、県単位で実施しているので周りの目は厳しいでしょう。出歩いていると目立ってしまいますね。

 修学旅行が中止になったという話も伝わってきました。修学旅行は行事の中でも一番楽しみにしているものです。何日もかけて準備もしてきたことでしょう。おそらく日を変えて実施されるでしょうけど、その日程を決めるのは大変でしょうね。他の行事も決められているでしょうし、旅館・ホテルの予約は1年前からしているでしょうから。それにキャンセル料は誰が支払うんでしょう? 県でしょうね。しょうもないこと心配してしまいます。

 こんな中でも塾はやっているでしょうか。一番危険なところだと思いますが、大丈夫でしょうかね。いろんな学校の子が来ていますから、爆弾を抱えるようなものでしょう。

 橋下知事が厚労省に乗り込んでいきましたが、本当に都市機能が麻痺してしまいますね。銀行の一支店の閉鎖くらいは代替がききますが、交通や市場、消防などは閉鎖するわけにいきません。

 折角出歩くようになって体調もよくなってきたのに、閉じこもりに逆戻りです。

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May 18, 2009

小沢氏の大博打か?

 私はクシャミが出始めると鼻が弱いのか何回か続けざまに出るので、みんなに「またあ」というように苦笑されるのですが、昨日バスに乗ったときそれが出てしまったのです。拙いなあと思ったのですがやっぱりでした。いちいち説明する必要もないと思ったのですが、前の席に座っていた女性にあからさまないやな態度を取られてしまいました。滅多のないことですが時々出てしまうのでこれからは要注意です。もちろんハンカチで鼻・口はがっちり押さえていましたが、インフルエンザのことがありますからね。

 「鼻が悪いんですよ」とでも言っておけばよかったかなあ。その人バスを降りたら手や顔ごしごし洗うかなあ。これまでは「たいへんですね」というような様子なのに「近寄らないで」って感じですからね。

 私のクシャミは少なくとも今日までは「新型インフルエンザ」ではないです。その後は一回も出ていません。熱もありませんし、食欲もあります。あの時の女性の方安心してください。

 でも関西は大変です。もう90人です。お祭りが中止になるなど社会的影響も出始めています。いつ関東に来るでしょうか。早々に小中高校くらいは休校にした方がいいですね。見逃すと一気に広がり手がつけられない状況になります。特に塾に無理して行くと狭いところですから関東中に瞬時に拡大です。

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 鳩山民主党が動き始めましたね。報道などを見ているとどうも小沢氏が打った大博打のようです。さて、丁が出るか半が出るかですね。

 民主党が政権奪取をするかどうか微妙なところです。天のみぞ知るといったところでしょうか。

 岡田民主党になった場合、勢いで政権交代の可能性はより高いと思いますが、その後政権運営が難しくなりそうな気がします。もしかしたら細川内閣のように瓦解してしまう可能性もまた高いように思います。

 さあどう転ぶでしょうか。政権交代したら初めにやることは現政権の後始末ですね。どうするんでしょうね。補正予算はそのままですか。道路作るんですか。科学なんとかは47作るんですか。高速道路の無料化の補てんは何をもってするんですか。

 鳩山内閣の場合はその逆のような気がしますが、国民から何も変わらないじゃないかと失望も生まれるような気もします。

 さあどう転ぶでしょうか。政権交代したら初めにやることは現政権の後始末ですね。どうするんでしょうね。補正予算はそのままですか。道路作るんですか。科学なんとかは47作るんですか。高速道路の無料化の補てんは何をもってするんですか。

 国民はもう何も知らない国民ではないです。

 私は経済や生活も重要ですが、平和の問題についてもっと国民に提示してほしいと思っています。ほんのちょっと前まで自衛隊が海外出ることは大問題だったのに、「海賊対策」の名の下に海上ばかりでなく航空も陸上もどんどん派遣されようとしています。論議なしでです。

 日本だって彼の国のミサイルに核武装しろと公人が大声をあげる、それと同じことが起こらないと誰がいえるでしょう。独裁者を倒してあげたのに大統領は靴を投げつけられました。戦争での解決とはそういうものです。

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May 17, 2009

侵入していた「新型インフルエンザ」

 新型インフルエンザがついに新段階を迎えたようだ。

 暑くなってきたので一旦終息(正しくは休息状態)に向かっているのかと思っていたが、そんなにあまいものではなかったようだ。

 感染した人が日本に入る段階で防ぐのが「水際作戦」だったわけだが、心配していた通り漏れがあったようだ。兵庫県で国内で感染したとみられる感染者が見つかり、それも一人だけでなく数人に及んでいる。

 潜伏期間が1週間くらいあるそうだから、調査時に発症していなかったら見逃されるのは当然だ。もし完璧を期すとしたら、帰国あるいは来日した人を全て1週間程度空港や港で完全に隔離しておく必要があり、それは明らかに無理なことだ。昔外国ではそういう対応をしたこともあったそうだが、これだけ大量の人の行き来がある状況ではありえない。

 それでも水際作戦は単にウイルスの侵入を防ぐだけでなく、ことの重大さを知らせる意味で一定の意義はあったといえる。

 でも今は新段階に入った。新型インフルエンザのウイルスが日本のどこかではどういう形か分からないが生きていることがはっきりしたのである。

 江戸大坂間の往来に何日もかかった江戸時代ならいざ知らず現代では神戸など東京からみたら隣組である。一日に大阪東京間を移動している人は万単位である。すでに東京にも侵入していると考えた方がいい。

 マスクは必需品だし、電車などでも柱や吊り輪には極力触らない方がいいだろう。来週には「阿修羅展」に行こうとカミさんとやっと時間調整ができたのだが考え物の状態になってしまった。

 1週間分の食糧と小説とDVDと・・・・・を準備しなければならないのかな。

 もしかしたら日本中が大変なことになるかもしれない。くわばら、くわばら。

 補正予算でくだらない建物をたくさん建てるようだが、その中のほんの一部でワクチンを製造する工場くらい造れるだろう。あるいは不景気で使われなくなった工場を転用できるかもしれない。無駄に終わっても補正予算の無駄とは比較にならないほどわずかな無駄だ。急遽その態勢に入るべきだ。

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 昨日テレビで『ダ・ヴィンチ・コード』を放映していた。映画としてはこちらの方が丁寧に作ってあるし、映像的にも出来がいいように思う。好みはいろいろあるだろうが少なくとも『天使と悪魔』が宣伝しているようには上回る作品とはいえない。原作本の方はそうでもなかったが。

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 民主党の新代表に鳩山氏がなった。政権交代のためには岡田氏の方が有利のように思っていたが小沢氏の隠然たる力が成したことだろう。

 それにしても日本の政治家は演説が下手である。でも最近では小泉氏の扇動的な演説に日本中がコロッと騙されたことを考えるとそれも良し悪しということか。

 民主党さん、10行ほど前のこと提案したら・・・・・。

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 新型インフルエンザの感染者やその疑いがある人が急速に増大しているらしい。今日は日曜日か。あす月曜日の学校は大騒ぎだろう。東京の区で緊急の対応をするところも出てきている。会社や工場はどうだろうか。PC・DEPOでは入り口で店員が消毒液を持って入店者に消毒させていたがそういうところ増えるだろうな。客に対面する接客の店員などはみんなマスクだな。

      (00:10)

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May 14, 2009

官房副長官が辞任・・・・・・・・・

 いやはやでである。

 健康上の理由だそうだが、国民は誰もそうだと思っていない。

 名字を見ると昔の「財閥」の関係者かなと思ってしまうが定かではない。それはともかく「青年会議所」の会頭という経歴の持ち主だ。財界と関連があることは確かである。そしてそこで現首相と知り合ったらしい。

 この人は1月にも議員宿舎に家族でない「女性」を入れたということが報道されたが、軽い処分で済んだ。「お友達」だからと噂された。今回はもうそれで済ますことは出来なかったようだ。国会議員の特権(JRパス)の不当使用がそれだ。しかも「新型インフルエンザ」の対応に政府があたふたしていたときだ。

 官房副長官といえば官邸の№3である。そういえば、3人いる副長官のもう一人も話題になったなあ。

 でも私はくだらないことだがもう一つ問題を感じるのである。政治家の資質として、あるいは全ての指導者の資質として歴史に学ぶ、経験に学ぶということができる、ということが挙げられると思う。

 あのとき失敗したから気をつけようということである。あるいは失敗から学ぶことが出来るということである。結局彼の行動のもとになっているのは単なる個人的な私的な欲求だけなのである。

 政治家の失敗は私のような市井の目立たない個人の失敗と違って万単位の人に迷惑をかけることになる。そういう責任を持って生きていかなければならないのである。

 そういう人が政府の要職にいる、要職に採用した人がいる、そのことが問題なのである。1月の処分は執行猶予みたいなものだから辞職ではなく罷免すべきである。任命者を裏切ったのですよ。任命者は国民の信託を受けて執務しているのだから国民を裏切ったことになる。

 私は戦争と平和の「平和」が国の政治の根幹にあるべきだと思っている。先の戦争で多くの国民が死んだ。その死が私たちに教えてくれたものは「戦争」が何の解決にもならないことである。戦争という方法以外で解決していかなければならないということを教えているのである。その後の中東やアジア、アフリカなどの戦争がそれが真理であることを検証した。

 同じ過ちを繰り返す指導者がこういう国民の全てを不幸にする過ちは繰り返さないといえるだろうか。

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May 13, 2009

民主党の次期代表は誰になる?

 小沢代表の退陣に伴い、16日に新代表が決まるのだそうだ。支持、不支持に関わらずもしかしたら、重ねてもしかしたら次期首相になるかもしれないのだから関心を持たざるを得ない。

 ただ取りざたされている人は記憶に間違いがなければ皆代表経験者ばかりのようだ。やや新鮮さに欠けるといっていい。

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 この辞任に関して、「結局、政局のためにしか動いていないのでは」という意見もあるようだが、民主党が野党でいる限り当然である。

 国民の政治を何とかしてほしいという願いのもと先の参議院選挙で野党が多数を取ったが、参議院で否決しても衆議院の3分の2で可決されてしまっている。

 衆議院で多数を獲得し与党にならない限りどんなすばらしい政策であっても実を結ばないのが今の日本の政治である。さらに、現与党は修正すら受け入れないのが事実である。

 先の国会での「定額給付金」を見ればそのことは理解できるであろう。他の法案(多くの国民が期待し野党も賛成するだろう法案)と抱き合わせにして強引に通してしまった。

 与党の一翼を担っている政党が与党であることにしがみついているのもそこにある。与党であり続けるために「平和政党」という看板をすら投げ捨ている。連立与党になってからのこの十年近く日本の軍国化がどれほど進んだことか。

 野党は政局が第一である。政策はそのためにある。小沢はその点で非凡な才能を持っている。だが彼は首相の柄ではない。彼の指揮下民主党が伸びたのは事実である。参議院で民主党が多数になったことで初めて民主党の政策が日の目を見たのである。

 彼は黒幕とか参謀とか軍師とかのタイプである。あの演説の下手さ加減は限度を超えている。トップに立つ者が泥にまみれてはいけないのである。(与党の幹事長の言葉の汚さなど相当なものだ。)

 辞め時が遅いという人もいるようだが、彼は法律違反を認めていないのである。秘書が逮捕された時点で辞職したら、認めたことになってしまう。

 ただ自民党の金権体質を批判する立場の民主党の代表が金権体質では話にならない。金権体質にまみれて生きてきた彼がその汚れをきれいにしようとがんばっても染みついた汚れは落ちなかった。国民はもっと潔癖だったのである。彼はそこを見誤ったのである。今辞めたのはもしかしたら絶妙なタイミングだったかもしれない。

 今度の代表選出で民主党が「野党は政権を取ることが第一の仕事」であることを忘れたら、今度の選挙で逆転はないであろう。政権を取るためには国民に何を見せるかである。

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 今日と明日は当番です。 ????? 

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May 12, 2009

役不足?

 またまた同じような話で「年寄りの話はくどい」と言われかねないこはと自覚してはいるが・・・・・。

 自分が言葉(日本語)について詳しいわけでわけではないことは分かっているし、まして言語学者、国語学者やそれに近い仕事をしていたわけでもない。だが話していたり、本を読んでいたりしてどうしてもイライラしてきてしまうことがある。

 先日書いた「世界観」についてもそうだ。この言葉の最近の異常な使用には違和感を感じる。作者と作品があって、作品から直接知覚できることが出来るのは「世界」であり、その「世界」を創っている作者の「思想」が「世界観」である。私はそう区別しているのだが、直接関連しているので文の中でどちらを使おうとたいした問題ではないかもしれない。

 他に「全然おいしいです」という使い方。これも気になる。テレビなどを観ていると最近はほとんどこういう使い方をしている。私が受けた教育では「否定」を前ぶれする副詞としての「全然」が強調されていたので、肯定的に使われると腰砕け状態に陥ってしまう。

 それと最近よく目にするのが「役不足」。

 この言葉は芝居をするにあたって、役者と役の関係を表したものらしい。役者の持っている格や能力に対して与えられた役がそれにふさわしくない軽い役、格の低いものである時のものだ。仕事として考えれば、能力のある人が誰にでも出来るような簡単な仕事をする時に使う。

 だがこの「役不足」が全く逆の場面で現れて来るので脳みそが錯乱状態になってしまう。

 最近読んだ写真関係の本でもそれがあった。三脚の使用法に関してだが、通常の使用法を解説した後で「その三脚で役不足の場面では・・・」というように続いて、より高度で特殊な場面での解説になっていくのである。人間とその仕事の場合は一応その内容というものをある程度理解しているので、「誤用」だなと分かった上で聞いているのだが、こういう道具の使用法などの場合、その格や能力、仕事の難易度が分からない(分からないから読んでいる)ので、非常に困った状態になってしまう。

 「役不足」の対義語はおそらく「力不足」「力量不足」などであろうが、ぜひしっかり使い分けてほしいものである。

 とは言っても、「使う」「遣う」の使い分けが私はよく分かっていない。ただし「役不足」と違って意味が逆転するわけではないので「まあいいか」と思っている。

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 「役」といえば、森光子の『放浪記』が2000回の上演回数になったという。同じ芝居で同じ役を2000回は驚愕に値する。同じ仕事を長く続けるだけだったら世の中もっと長期間やっている人は山ほどいるだろうが、芸能の興行というものをそれだけ続けられたというのがすごい。歌を考えたって数年経てば「懐メロ」である。

 それもすごいと思ったがそれ以上に驚くのが「89歳」という年齢である。75歳で「後期高齢者」扱い、自動車の運転ではワッペンを貼らなければならない時代である。それを一まわり以上も上回っているのである。還暦を過ぎてあちこちに体の不調をきたしている私からすればもう「超人」と言うしかない。

 私は「商業演劇」派というより「新劇」派なので、帝国劇場とか明治座とかに自分の意志でいくことはないが、ここ何年もそれすら観に行っていないように思う。

 その新劇にもすごい人がいる。『夕鶴』の山本安英である。最後まで澄んだ美しい日本語で表現していた。公演回数は1000回を超える。また宇野重吉が最晩年トラックの仮眠室で横になりながら地方公演を続けるNHKのドキュメンタリーを観てその演劇への執念にカブトを脱いだこともある。

 新劇は地方公演が多く、サポートも弱い。その中で移動と公演を繰り返して行くのだから大変である。

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 三木たかしが亡くなった。熱烈なファンではないが嫌いではない。心の奥底まで入り込んできて内側から揺さぶりをかけてくるメロディーを作ってきた。私もCDを何枚か持っている。

 64歳か。1945年終戦の年生まれということになる。早い死である。

 戦後の何もないときに産まれたり、赤ちゃん時代を送った人たちだ。私は2歳下。この世代より前の人たちは少年時代、青年時代をこの時迎えていて、たくましく生き残ってきた人たちだから精神的にも肉体的にもしぶといが、どうも私たちの世代は何かが欠けているような気がしてならない。この部分は私自身への自戒の文である。羨望でも蔑みでもない。最近アラカン(言葉をなるべく省略しないで遣おうと思っているが、この「アラカン」は気に入っている。鞍馬天狗のことではもちろんない)の死亡記事がえらく目立つのだ。気をつけよう。

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May 11, 2009

小沢 代表辞任

 民主党の小沢代表が辞任。国民はこれをどう評価するかということだろう。

 政権交代は必要だが政治の中身はさほど変わらないだろう。木が竹に変わるというのではなく杉が檜に変わる程度である。だが政権交代によって緊張感が生まれるのはいいことだ。補正予算のデタラメさも一層明確になってくるだろうし、政官の関係にも新しいもの出てくることを期待したい。

 18:00

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返せるのか?

 まず昨日の続きから、

 昨年「後期高齢者医療制度」というものが大問題になったが、これなども「平均」が背景になっているといえる。

 高齢者は金融資産を2000万円以上持っているし、先も短い。だから取れるだけとっても大丈夫だ。そういう感覚があるのである。国会議員の多く(特に自民党)は世襲で親の財産をたっぷり受け継いでいるし、また子に受け継がせるだけの余裕を持っている者が多い。そういう人は自分たちが極めて少数派で特異な存在であるという認識に欠けているといえる。多くの高齢者はかつかつの生活をしているのである。

 平均でものを考えるとこういうことが見えてこないのである。

 さて、今度の補正予算であるが、次第にそのめちゃくちゃさが見えてきた。ハコモノの復活、天下り先への資金流入、新たな天下り先の創設、不急不要の公共事業、基金という名の役所の自由決済などなど相当酷いものである。某幹事長などは「参院で早く否決してくれ、すぐ衆院の3分の2で再可決してやる」などと喚いている。

 だが私たちが最も気になるのはその金がどこから出てくるのかといことである。

 最近消費者金融というか、サラ金というか、いわゆる個人向けの金融業の広告が盛んに「返すときのことを考えて借りよう」と言っているが、政府は国民にそのことをチャンと伝えているだろうか。国家予算もそれに充てる税金も国債という借金も全て国民の財産であり、国会議員や大臣や官僚の個人資産(ポケットマネー)ではないのだ。

 すでに日本は千兆円近い借金を抱えているのである。昨日話題にした「個人の金融資産」は1400兆円だそうだが、それを充てればまだ余るとでも考えているのか。

 補正予算に遣われるお金をどこから持ってくるのかまずそれを国民に明らかにすべきである。

 明日が明るいことが確信できたら、今の暗さは我慢できる。

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 話題を変えて

 ジュビロ磐田が調子いい。J2に落ちる心配がずいぶん薄れた。神様仏様「イ・グノ」様である。全くの救世主である。

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 ついに「新型インフルエンザ」が日本に上陸した。アラカン以上はずいぶん前に流行ったインフルエンザで免疫が出来ていて罹りにくいという話だそうだ。ただ全く安全というわけでなく持病があったりすると拙いらしい。アラカン以上は持病がある割合が高いから、結局は危険性は同じとみた方がいいだろう。

 それにしても感染者はうなぎ登りに増えている。とりあえず私は変異しないことを願っている。

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May 10, 2009

平均で物言う愚かしさ

 文科省の学力調査で「平均点」を公開する、公開しないでバカ騒ぎをしているのを「情けない」ことだと思っている私である。それは「平均」なるものはほとんど現実を反映するものでないと思っているからである。逆に本質を覆い隠すものとして機能することが多い。

 学校でやるテストは0から100の範囲の散らばりだから多少の意味を持つかもしれないが、実際現場にいるものにとって大して意味がないと考えるに違わない。また、そういう感覚をもてないとしたら、長い受験勉強で病んでいるのだ。

 一学年が100人に満たない学校や学校はたくさんある。50人以下だって現在当たり前のように存在する。そんなところでは子どものわずかの移動(転校、欠席など)で平均点は5点くらい簡単に変動する。また学年によって変動することも多い。そんな時、1点や2点の差は全く意味をなさない。

 そういうことが分かっているからかっての学力テストで児童を「欠席させる」ことが起こったのだ。


 さて、きのうNHKで再放送だが「高齢者の金融資産」を景気回復に役立てようというディベートが行われていた。金融資産とは現金、預貯金、株、債権、年金などを指している。

 その中で高齢者がどれくらい「金融資産」を持っているかという数字が出ていた。「平均2,000万から2,500万円」らしい。その数字をもとに討論が行われていたが全くかみ合わないで時間だけが過ぎていっていた。なぜかみ合わないか、それは「平均」が全く意味をなさないからである。

 金融資産は学校のテストと違い散らばりの範囲がやたらと広い。借金はマイナスの金融資産だから長者番付のトップのような特別の人は除いて常識的なところで考えても、その範囲はおそらく-数百万から+数億の散らばりを示すであろう。

 もっと分かりやすく言えば、5人の高齢者がいたとして、次のような場合いずれも平均を2,000万円となる。

 ①5人の資産がいずれも2000万円
 ②それぞれが0円、1000万円、2000万円、3000万円、4000万円
 ③4人が1000万円、1人が6000万円
 ④3人が1000万円、1人が2000万円、1人が5000万円
 ⑤4人が0円、1人が1億円

 もちろん無数に存在するが典型的な例として挙げたのである。

 いずれも平均2000万円である。おそらく現実が①だと思う人は1人もいないだろう。だけども「平均」でものを考えると①での議論になってしまうのである。だから現実的な話になると議論が全く通用しなくなってしまう。

 ただ北欧の国などは結果的に①に近づけるような政策をとっている。誰にも必要な教育費、医療費などを個々人の資産で格差が出ないようにしているのである。

 ①から⑤の中で実際はどれに近いと国民は考えるだろう。また、現実はどうだろう。それを出して議論しなければ「全く話にならない」のである。方策はそれぞれによって全く違ったものになるといえる。そうでなければ単なる空理空論でしかない。

 学力調査も金融資産ももう平均で話をするのは止めようではないか。 

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May 09, 2009

足利事件DNA再鑑定

 足利事件のDNA再鑑定で検察側、弁護側双方の鑑定者が「同一人物でない」との鑑定結果を提出した。双方がこれほど一致した結論を出すこと自体珍しいことではないだろうか。検察側の鑑定が検察の言い分をはっきり否定しているのである。

 「疑わしきは罰せず」ということが裁判の原則だと言われているが、この裁判はそうでなかったらしい。証拠とされたものが証拠といえるものでなかったということであり、裁判官はそのあやふやさを見抜けなかったということである。

 この前の痴漢冤罪事件にしろこの足利事件にしろ裁判がずいぶんいい加減に行われているように思う。痴漢冤罪事件は最後の最後で無罪が確定して何とか救われたが被告とされた人のその人生や名誉は多く失われてしまったと思う。

 ましてこの事件は確定してしまい、再審までの道のりもまだまだ遠い。そして事件そのものはすでに時効が成立し、真犯人追及もできなくなっているそうだ。これでは被害者やその家族の思いも放置されたことになる。もし犯人とされた者が犯人でないとしたら、この事件の被害者をさらに増やしてしまったことになる。

 有罪の主要な根拠が失われたのだから東京高裁は直ちに再審を開始すべきである。もし今回のDNA鑑定を新証拠として認めないとしたらDNA鑑定そのものの否定に繋がり、何千何万と行われているDNAを証拠とする裁判や判決の否定になる。

 彼は犯人から被害者に180度転換したのである。直ちに救済の道を開かなければ国民の裁判制度への信頼を失うことになる。

 いま、裁判所は多く検事側に近い判決をすると思われているようだ。裁判員制度が開始される今年、証拠がいささかの疑問を挟み得ない時のみ採用するような姿勢を徹底してほしいものである。

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May 06, 2009

『せいくらべ』

 昨日は「子どもの日」であった。渋滞を避けようと早めに出て、東名を東京を目指して走っていた。交通情報が欲しいのでラジオを聞いていた。その中で童謡の『せいくらべ』を何度も聞くことになった。

 TBSでは毒蝮三太夫がなぜ「一昨年」なのかということを話していた。彼の説では七五調にするためだということだ。「そんなバカな、字数を揃えるためにわざわざこんな言葉を言うわけがない。何か背景があるに違いない」と調べてみたくなり、帰宅後早速ネットを開いてみた。実は以前から何となく不思議なっていたことでもあったし、その訳を聞いたことがあったような気もしていたのである。

 (実は兄は死んで、それを思い出していると解釈していたのである。)

 せいくらべ
海野 厚

 柱のきずは おととしの
 五月五日の 背くらべ
 ちまき喰べ喰べ 兄さんが
 はかってくれた 背のたけ
 昨日くらべりゃ 何のこと
 やっと羽織の ひものたけ

 柱にもたれりゃ すぐ見える
 遠いお山も 背くらべ
 雲の上まで 顔だして
 てんでに背のび していても
 雪の帽子を ぬいでさえ
 一はやっぱり 富士の山

 これが『せいくらべ』の詩である。

 「おととし」については諸説あるようだが、少なくともこの詩は兄弟があって、毎年せいくらべをしていたが去年は何らかの理由でそれができなかった、ということは確かである。その理由とはどうも兄、つまり海野厚が病気になり帰省できなかったということらしい。ただ、時系列に整合性がないこともあり、そのまま詩が事実を表していると考える必要もないともいえる。

 海野厚は静岡県の人である。2番の富士山が出てくることでもそれが分かる。静岡県で作られたこの種の詩に富士山は欠かせない。今度問題を山ほど抱えながら開港する空港名も「富士山静岡空港」というらしい。

 (因みに高速で東京方面に上って行くと天竜川をわたる橋あたりで左前方に富士山が見える。余程空気が澄んで晴れ渡っている日に限るが。富士山は西では紀伊半島からも見えるそうである。2番の詩の通りである。)

 おぼろげな話ではあるが調べていくうちに思い出したことがある。彼は静岡市の「西豊田小学校」の出身である。私の母の母校である。そういえば小さい頃、「この詩を書いた人は・・・・」という話を母から聞いたことがあるように思うのである。母は海野が28才で亡くなる2年前に生まれている。西豊田小学校では何らかの顕彰が行われたのかもしれない。現在の西豊田小学校のHPにも海野のことが書かれている。(友人やいとこ、勿論叔父叔母にも西豊田出身者がいるので母からではないかもしれない)

 思わぬところで母を思い出すことになった。 

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May 02, 2009

GW後半

 GWも後半に突入。私にはあまり関係のないことですが。

 ETCの割引きのせいもあり高速道路は軒並み渋滞のようです。そして追突事故も発生しています。追突事故に遭わない方策の一つは追い越し車線を走行しないことです。渋滞の発生しそうな状況では追い越し車線を走行する車が数量的に明らかに多いそうです。しかもスピードを出したがる車が多いのです。今日テレビで放映された事故も追い越し車線でした。私が最近見たいくつかの追突事故も全て追い越し車線でした。余程めちゃくちゃなスピードを出さない限り、到着時刻はたいして変わらないのです。

 海外旅行も新型ウイルスの発生に関わらずすごいですね。景気が悪いといっても全体的にはそれほどでもないようです。結局一部の弱者により強くしわ寄せがいっているのでしょう。政府の施策はその点不十分です。

 海外旅行に出かけた人たちが6日あたりに帰国するとすると、帰国の時に例え感染していても発症していないということが考えられます。7日に通勤通学が再開し、この時発症するとしたら大変なことになりますね。しかも今日のような時にも質問用紙の回収漏れがあったのですからそれよりはるかに多くの帰国者がいる5、6日の国際空港は大変なことになるでしょう。見落としが起こる可能性大です。

 そう考えると本当に怖いのはGW後の1週間くらいと言えます。その時には私は「こもる」ことにします。

 さて私も明日渋滞がなくなる頃出かけます。義務的なことですから仕方ありません。遊びになんかでこんな時出かけるわけがありません。自由な時間はいっぱいあるのですから。私は渋滞をあまり苦にしませんので渋滞があってもどうということはありませんが。

 ということで数日間このブログもお休みです。

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May 01, 2009

陰で

 現在18:00だが帰国して空港で発熱していた女性も横浜の高校生も「新型インフルエンザ」ではなかったようだ。

 昨日、いや今朝になるが深夜の1時、舛添大臣がちょっと興奮状態で会見していたのでなにごとかと思ったがその結果がこれだった。横浜市長は厚労大臣の興奮ぶりをたしなめることになったが。この厚労大臣はよく準備しないで先走る傾向がある。

 これでまだ国内には新型インフルエンザが入っていない(公式にはという但し書き付きだが)ことになるわけで一安心といえるだろう。

 だがマスコミなどがこれ一点に大騒ぎしている時が本当はとっても怖いわけで知らぬ間に法律ができていってしまうことが多い。

 今だって自衛隊の海外派兵、武器使用を恒久化する法案が提出されているが報道は全くない。さらに補正予算の問題がある。景気浮揚策ということで様々なばらまきが行われているが、今回のは金持ち優遇という傾向が強いようだ。

 現在もバラ色、未来もバラ色ならこんな結構なことはないが、数年後には大増税が確実にあるのである。おそらく企業を保護するために法人税などの増税はないだろうから、ターゲットは消費税である。なにしろ今年だけで何十兆もの国債発行、つまり、借金をするのである。国全体で見れば800兆円の借金があるのである。

 国民一人あたり600万円から700万円の借金を返済するために将来にわたって国民が税金という形で苦しむのである。

 大雑把な見通しだが2、3年後には消費税が10%、10年後には15%になるだろう。

 未来がバラ色であることが確実なら、今の苦しみは我慢できるだろう。だが、小泉のように痛みを伴うが我慢してほしい、といいながら詰まるところ瀕死の状態に陥ってしまう結果になったのを目の当たりに見ているのだからもう誤魔化されてはいけない。


 食後の19:00。どうも米軍基地に着いた赤ん坊に「新型インフルエンザ」の疑いがあるらしい。そういうニュースが流れた。

 ・・・・・・・・・・・・・・

 追記

 「木枯し紋次郎」が復活。

 昔の中村敦夫の紋次郎の雰囲気をそのまま踏襲だ。江口洋介は格好良すぎかな。原作には近いかもしれないけど。中村敦夫の時は私の方が若かったから相対的なものとも言えるけど。それでも歩き方にもう少し風格がほしいなあ。

 若村麻由美の悪女ぶりは相変わらずいい。出てきただけで何かあるなの思ってしまう。

 一回だけか。残念。

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April 29, 2009

新型インフルエンザ

 大変です、新型インフルエンザ。ニュースのトップは全てそれです。

 ニュースを見ていると、古くは「アウトブレイク」、最近では「感染列島」の映画のような映像が流れてきます。

 今度のウイルスの型は「H1N1型」というもので、心配されていた「H5N1型」ではなく、毒性は低いものだそうです。事実、感染者は増えていますが、メキシコ以外では死者が出ていません。

 亡くなった方もいるわけですからこんなことは今言うようなことではないと思いますが、新型インフルエンザが強毒性のものでなくてよかったと思います。このインフルエンザが今後どうなっていくか分かりませんが、もし現在程度のもので終われば「H5N1型」のインフルエンザの流行に際して、対応の不備などの点検の参考としての意味は大きいと思います。

 でもこのインフルエンザの影響は文化・スポーツの面でずいぶん出ているようです。まだ報道などはあまりされていませんが、経済面での影響が顕著になってくると、ことは重大だと思います。昨年来の不況を後押しする可能性もあるのではないでしょうか。

 5月には「阿修羅展」や「ルーブル展」を観に行こうと考えていましたし、観たい映画もあります。でもなんだか出鼻をくじかれたような感じです。まだ、日本には上陸してない(よう)ですが、あの鉄仮面のようなマスクをしていく必要があるのかなあ、などとどうでもいいことに頭を悩ませています。ここ数日「冬眠」ではなく「春眠」状態になっています。

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April 28, 2009

豚インフルエンザ感染の拡大が心配

 豚インフルエンザが脅威の広がりを見せている。警戒水準もフェーズ4になった。人から人への感染が顕著になっている状態になったわけだ。感染者数は倍々で増えているし、死者はまだメキシコ国内にとどまっているが数は150人に迫っている。

 警戒水準のフェーズ3と4の境目はかなり重要で4になると政府が積極的に関与してくる。検疫体制も強化され、当該地への旅行なども制限されてくる。

 企業などでは出張などを取りやめたり、家族の帰国を進めているようだ。

 先日のブログでスペイン風邪の死者は2000万人としたが、他にあたってみるとどうも4000万人らしい。このスペイン風邪と比べる論調もみられる。

 当時に比べ人の行き来は天と地ほどの違いがあり、あっという間に世界に飛び火していくだろう。

 現在のところある程度医療が進んでいる国では死に至るまでは達していないようだが、こういうウイルスはある日突然変異するものであり、警戒するにこしたことはない。人から人へ感染する段階ですでに変異しているわけだから。

 いわゆる大型連休の最中である。もし感染した人が列車や飛行機で日本を横断するようなことがあれば短時間で日本中に広がるだろう。

 景気浮揚策には逆行するかもしれないができるだけ外出を控え、読書とDVD鑑賞などで静かに過ごすのもいいかもしれないね。

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April 27, 2009

きな臭い

 海賊退治などと称して自衛隊が海外で武器使用をすることを恒久化しようとする法制化が進んでいる。最近軍備を強化しよう、核を持とうなどとする主張も公然と行われている。彼の国のロケット(ミサイル)発射を千載一遇のチャンスと見て大喜びしている人も多いようだ。

 それによって多くの人々が亡くなったことを教訓としてどのように平和的に物事を解決しようとするのではなく、「普通に戦争ができる国」が「名誉ある地位」などと詭弁を弄す元首相も出てくる始末である。

 だいたい日本が他所の国と戦争をしてまともに勝った試しはないのである。日本は島国だから、他所と戦争をして物事を解決する仕方が身についていないのである。そしてハバをきかすのが精神論。前大戦でも「兵站」の意味も知らず戦争に突入していった。

 まともに勝ったことがないことを歴史的に見てみよう。

 「白村江の戦い」天智天皇の時代。完全な敗北。

 「元寇」初めて侵略を受けるが敵失による勝利。だがこれにより鎌倉幕府は崩壊に向かう。

 「朝鮮出兵」豊臣秀吉の時代。完全な敗北。江戸幕府への転換の主要な要因。

 「明治維新」薩長などが外国と戦争。完全な敗北。

 「日清戦争」清国の崩壊時であり、勝利。

 「日露戦争」ロシアの末期であり、勝利。

 「第一次世界大戦」ちょっとだけ参加。

 「シベリア出兵」批判を浴び撤退。

 「満州事変からの1945年ポツダム宣言受諾までの戦争」完全敗北。歴史上初めて日本が外国に占領される。
日清戦争からをひと続きと考えればこの戦争で全てが無に帰す。

 (古代において日本の統治機構に外国、特に朝鮮半島がどう関わってきたかはあえてふれない)

 要するに日本人は戦争が苦手なのである。実は世界中に住む人間は戦争が苦手なのであり、戦争で得たものはいずれ失っていくのである。戦争の勝利は一時の高揚感と満足感を得んがためのものに過ぎないとも言える。

 (侵略に抗する戦争、独立のための戦争などは意味が違う。でも多くの場合、そうでない解決、平和的解決を望んだはずだ)

 戦後日本が希求したものは全ての紛争を平和的に解決していこう、というものであった。にもかかわらず、その努力を放棄し、「いざとなったら戦争という手があるさ」と手を抜いて来てしまったのである。

 私の親類にもあの戦争で命を失ったものが数多くいる。そんなことは真っ平御免である。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

豚インフルエンザが危険な状態になってきている。

 ニュースでメキシコに旅行する人がインタビューに答えていたが、止めた方がいい。すでにアメリカ、ニュージーランドなどに広がっている。特に学校が休校になっている国や町には近付かない方がいい。鳥インフルエンザで懸念されたことが鳥ではなくて豚で起こったようである。現在フェーズ3だが4になりそうな気配である。

 メキシコでの大量の死者の原因に不明なことが多いようだが、分からないからこそより警戒を徹底させた方がいい。不思議なことにいつものインフルエンザだと老年者への感染が多いのだが今度のは若年者へのそれが多いようだ。

 かって、世界中で2千万人も死亡したインフルエンザもあったのだから。

 いずれにせよ私は「こもる」ことにする。無理かな。

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April 25, 2009

豚インフルエンザだって?

 突然「豚インフルエンザ」なんて言葉がニュースとなって流れてきた。おそらく、その言葉は聞いたことがあったんだろうけど、「鳥インフルエンザ」とか「新型インフルエンザ」とかの言葉に埋没していた。

 18:00現在すでに68人の死者が出ているそうだ。感染者はすでに1000人を超している。かなり危険な状態になっているように思われる。でもどんな症状が出て、どんな感染の仕方をするのかの情報は十分提供されているように思えない。

 感染が広がっているメキシコは我が国と極めて密接な関係にある国ではないだろうが、貿易や観光で相当縁が深い国であることも確かである。

 「豚インフルエンザ」とは果たしていかなるものだろうか。調査開始。

 豚のウイルスは本来人には感染しないものらしいが、今回は人や鳥のウイルスが豚の体内で混じり合い、新型のものに変異したものらしい。

 危険性が低いという者もいれば高いという者もいる。「新型インフルエンザ」の対策として国が行っているものでは対応できないという考えもある。

 メキシコではすべての学校が休校になっているそうだ。十分注意をしていく必要がわれわれ日本でもあるように思う。

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 追記

 ジュビロ磐田 京都サンガに勝つ。 2勝目 やっと一息つく。攻撃は形になってきた。

 さあ、連勝街道まっしぐら、     といってほしいものです。

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April 24, 2009

痛ましいね

 大阪であった事件は痛ましいとしか言いようがない。

 大岡裁判の有名な話に実の母がどちらかというのがあった。実の母とそうでない女に娘の両手を持たせ互いに引っ張らせるというものである。かわいそうだと手を放した方を大岡越前守忠相は母親だと裁決するのである。

 似たような話を短編の推理小説で読んだことがある。細かいことは忘れたが二人の女がいてどちらが親かというものである。場面は大きな犬が子どもを襲いかかろうとした時母親はどう行動するかというものである。

 一人は得物をもって犬に立ち向かい、一人は子どもに覆い被さるというものである。作者は実の母親をどちらにしたか。作者は後者を親として作品を仕上げた。

 これは話のことだし、親が子どもにどんな思いをし、どんな行動を取るかは千差万別だろうと思う。平手を食らわせたり、殴ったりすることもいいこととは思わないがあるだろうと思う。

 何十年か前まではこの日本にいまいう児童虐待など今以上にあっただろうと思う。自分の子を「売り飛ばす」ことすら行われていたのだから。

 でもいま報道されるさまざまな事件、そして、この事件などは何か違うようなニュアンスを受ける。何だろう。

 親はどんなことがあっても最後まで子どもを守り続けてほしいものである。ほとんど全ての親が当たり前のようにしていることである。

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April 22, 2009

和歌山カレー事件の判決

 裁判員制度の開始までちょうど1ヶ月前の昨日、最高裁が和歌山カレー事件の上告を棄却し被告の死刑が確定した。

 世間を驚愕させた事件であったが、その後様々な事件が発生し、正直なところ記憶の奥底にもう沈んでしまっていた事件である。

 ただ、裁判員制度の開始寸前ということもあり、考えることの多い判決である。

 「動機」が解明されていないことがその一つである。「動機なき殺人」という言葉があるが、事件である以上そこに至るまでにはなんらかの動機、心情はあるはずである。裁判というものはそれを明らかにする場ではないだろうか。解明されなくてもいいというのでは裁判制度そのものの否定のように思われるが。

 直接証拠が全くなく、状況証拠だけというのも気になる。自白優先だったころ、それによって多くの冤罪が生まれたが、その反省から直接証拠の重要性が言われたのではないか。状況証拠の多くは他人によって作られる可能性が高いと思われるが。

 しかし私はその事件や裁判について詳しく知らないので、もっといろいろの情報があるのかもしれない。上記のことはニュースを聞いて感じた疑問であり、判決に異議を申し立てようとするものではない。裁判というものについての疑問である。私も裁判員になる可能性があり、殺人事件の判決に関わることもあるわけであるから、関係のない話とするわけにはいかない。

 判決において全く納得できないところが一つある。「反省していない」とするところである。もし、その事件が冤罪であり、被告が無罪を主張していたら「反省」などあるはずがない。そんなことを「判決」の理由とすることは全く的外れのことである。「反省」や「謝罪」は犯人であることを認めた場合だけに存在する。

 あえて言えば、事実によって真実を明らかにすること「だけ」が裁判所の使命である。

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April 16, 2009

高速道路の事故

 先週末の話になるが、高速道路を200km位走行していて気づいたこと。

 日曜日で例の割引きがあり、いつもよりいくらか混んでいるように思えたが、当初予想したほどのものではなかった。走る必要のあるものは走るし、走る必要のないものはあえて走るわけではないといったところが正解かもしれない。

 私は割引きのある夜間走行をできるだけしようとしているが、その必要がなくなっただけである。だからいつもより混んでいたかどうかは本当のところ分からない。永い永い体験からの感想である。

 でもその200kmで初めての体験はあった。こんなことはいままで遭遇したことはなかった。渋滞が二カ所ほどあったがそのうち一カ所は車両の集中によるよるもので、後は事故である。事故は都合三カ所。これがまず多い。

 その三つの事故はいずれも数台による玉突き追突事故で、全て乗用車。しかも全て追い越し車線である。なんだかETC割引の副作用のような気がしないでもない。何が原因かは分からないが、そう考えてしまう。

 普段しない高速走行をして、どこまで行っても料金が変わらないから遠出をして、急いで帰ろうと先を急ぐ。こんなところがあるのではないだろうか。

 因みに休日の前日に入って休日にでたり、休日に入り休日後に出ても割引きは適用されるようである。私が説明を読み違えていない限りそうである。

 いずれにしろ景気回復にETC割引はあまり効果はないような気がする。


 そういえば景気回復のため贈与税が軽減されるそうだが、もっと消費を拡大するする方法がある。細かい点は一応置いといて、贈与税、相続税をべらぼうに高くするのである。財産を残しておいても死んだら何も残らないとしたら金持ちほどどんどん使うだろう。この効果は単位が大きいから絶大である。細かい点とは例えば農地などは例外として別途考える必要があるからである。

 今の首相からこんな発想絶対出ないだろうがね。 

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April 13, 2009

ETC土日割引きを利用した

 土日には高速料金が割引きになるという「緊急経済対策」を利用して高速道路を走ってみた。どう考えても通常の高速料金は高すぎると思っているから、ETCを付けて節約を試みているのだが、付けないでいることを考えたら、設置料金分は十分回収出来たと思っている。ただ、夜中走行など少々無理をした上でのことではあるが。

 今回の走行ではやく7000円安く済んだ。まあこのくらいの料金が適正価格だと常々思ってはいるのだが。ただ複雑な料金設定で、首都圏を抜け出すまでの料金が別途かかるので単純に1000円とはならない。細かいことはわからないが、東北自動車道を栃木くらいから入り、首都高を経由して、御殿場あたりで降りたら、結構な距離を走ったとしてもたいして恩恵にあずかることはないだろう。

 明らかに都市圏の利用者を対象としたものではなく、地方の人たちのための政策である。東京の料金所の様子をみるとETC以外のゲートをくぐる車もずいぶん多かった。近場の利用者か年に数回利用するだけの人かもしれない。毎月ある程度長距離に出かける人はETCを設置した方が絶対に有利だが、そうでない人は考えた方がいいかもしれない。

 ただ、どう考えてもおかしいのはETCを付けた車だけが優遇されていることである。省エネ対策が進んだと車とかが購入時優遇されるのは人類全体の利益に関わることだから理解できないことはないが、ETCを導入したところで国民全体の利益になるとは思えないし、徴収の職員が減るなど考えたら、雇用対策に逆行するようなものである。

 しかも割引きの埋め合わせはETCを付けないで走っているドライバーを含めた国民全体の税金で行っているのである。「法の下の平等」を謳った憲法に違反しているとさえ思っている。

 私は高速道路を無料にすればいいとは思ってはいない。利用する人が応分の負担をするのは仕方がないと思う。道路を維持するためには相当の支出が必要だと思う。だが、今の料金は高すぎる。東名などはもう十分元は取っているなのに地方に道路を造るために利用することのない人たちが支払い続けているのである。

 道路政策は矛盾だらけのように思う。抜本的な解決を提起できる政府を期待したい。 

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April 12, 2009

国道362号線

 私くらいの歳になると、それを聞いただけで思わず甘酸っぱいものがこみ上げてくる言葉だとか、歌だとか、場所だとがいくつかあるのではないだろうか。

 昨年クラス会があって、そこに出席していた元女の子、現在はおばあさん、と話す機会があり、静岡県の春野町に二十歳くらいで嫁いだということを聞いた。その子は実にキリッとしていて近付きがたい感じがし、会社などでばりばり仕事すると思っていたが、嫁いだ先が農家だというので驚いてしまった。

 驚いたのはそれだけではない、その春野町を通る国道362号線をさらに進むと隣の町が川根町である。川根町はかの川根茶のあの川根町である。春野町を超え、峠を越えると久保尾という集落にでる。久保尾だけではないが学生時代川根町近辺を10日間位サークル活動で毎年歩き回っていた。久保尾はその中で一番印象に残っていた集落である。

 だから久保尾は私にとって青春時代の忘れがたい場所なのである。24時間寝食を共にするのだから、活動時間以外は現在のこと、未来のことを話してばかりいた。もちろん、普段の活動や合宿でもそういうことはあるのだが、それらとは全く違う時間と空間であった。

 そして、一緒に活動していた友人、というより尊敬していた仲間の中の二人はもういない。一人は交通事故で、一人は仕事の中でなくなっている。二人とも年上だが、その中の一人とはアパートの隣の部屋を借りて一時期住んでいたこともある。久保尾はそんなことも思い出す場所である。

 実はその道を過去2度通っている。いつも大井川側から入っていたので分からなかったが、浜松側から寸又峡に行こうとして車で走っていて、あれここは、と見覚えある風景に驚いた。2度目はもう20年ほど前に意識して通ってみた。ゆっくり走って思い出深い場所場所を確認して走った。

 今回、クラス会での彼女の話に触発されたこともあり、時間もあったことと、最近夢中になっている写真のこともあって、もう一度通ってみたくなり、今日挑戦した。全く変わっていた。道もずいぶんよくなっていたし、茶畑の様子もずいぶん変わっていた。久保尾の茶はとても品質がいいのだそうである。

 八十八夜にはまだ日があり、新芽がでている様子はなかった。茶畑で働いている人もいなかった。そういえば春野町も春野茶の産地であるし、362号線の入り口の浜松市天竜区も天竜茶を出している。ある意味、362号線はティーロードとも言えよう。

 ちょっと遠回りしたが今日はいいドライブを体験できた。停留所の「久保尾」の文字を見た時やはりこみ上げるものがあった。以前はまた今度にしよう、などと後回しすることが多かったが、もう後回しにする時間が残っているとは思えない。今しなきゃあもうできないのである。行きたいところに行ったり、ほしいものは手に入れたりしたいと思っている。わずかな資金と体力しかないが時間はある。

 写真のこととは「テーマ探し」である。今は「花」や「自然」ばかりだが、「人と自然」とか「人と農業」みたいなものの中から自分の中心とするテーマを見つけられたらと思っている。そのロケハンも兼ねていたのである。

 

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April 10, 2009

物忘れがはげしい

 最近物忘れがはげしい。どこに置いたかを忘れてしまう。

 最初の物忘れが多いなあと思い始めたのは誰もが言うように「人の名前」である、知り合いや同僚の名前が出てこなかったり、俳優の名前をとんと忘れたりすることが目立ち始めたのが数年前。

 ここに来てものをどこに置いたかを忘れることが多くなった。

 カミさんは一日の半分捜し物をしていると言う。そこまではないが、かなりの時間そのために費やされているのは確かである。結局見つからず、余計な出費になることもある。

 若い頃は記憶力に自信があったのにと思うと情けなくなってくる。

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 マスターズで石川君がプレーをしている。いわゆる情報番組では彼ばかり追いかけている。話題性は確かにあるだろうがこういうことばかりでは何が本当なのか分からなくなってくる。スポーツではなくこれでは芸能である。

 最近報道、特にテレビの報道に疑問を感じることが多くなってきた。

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 明日は休刊である。

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April 09, 2009

本当に消費は拡大するか

 15兆円の補正予算だそうである。3年間の児童手当だとか、贈与税の減額だとか、新車購入に補助金だとかまさにバラ色である。

 先日、ある副都心を歩いていたら、一番人通りの多いところに数人のいわゆるホームレスの人が喧噪の中寝ていた。通りのど真ん中である。近くに交番があるが何も対応しないようである。いろいろ事情があるだろうが、通りを歩く着飾った若者たちの中で不思議な、異様な感じがした。こういうのってなんだろう。

 やっぱりこの国はどこかが狂っているのではないか。

 15兆円のほとんどは赤字国債である。言葉を変えれば国の借金である。この借金は誰が払うことになるのだろうか。麻生首相は大変な金持ちらしいが、10兆円を大盤振る舞いするわけではないだろうし、まさかそれほどの資産があるわけではないだろうから、結局国民がそれ相応に負担するのだろう。

 スウェーデンなどでは教育費や医療費は無料らしい。そのため25%の消費税にも文句は言わない。別に貯金して老後に備えなくてもいいからである。もちろんスウェーデンにも問題はあるだろうが報道などを見るとおおかたの国民は国の行き方に満足しているようだ。

 ところが我が国は金融破綻を起こしたアメリカの行き方を真似してきた。小泉首相のあたりからそれが極めて露骨になってきた。会社などでも給与格差は広がっているし、社員の雇用より株主への配当を優先させるようになってきた。社員の使い捨て時代なのである。

 何百万、何千万の国民が今の不安を感じながら、将来への不安を一層感じているのである。確かに景気浮揚のための施策は必要であろう。だが将来これらが国民の負担にどのように跳ね返ってくるかを明らかにすべきである。

 年金の安定的な支給の根拠がごまかしであることがあちこちで指摘されているが、本当に維持できるか誰もが不安に思っているのではないか。それを実証するように年金処理のゴタゴタは未だ続いている。

 私は公務員は必ずしも少ない方がいいとは思っていない。国の隅々まで安心できる国にしていくにはそれなりの人数は必要である。もうけを前提としないということは大事である。

 だが高級官僚には無駄が多い。天下り、わたりなどはもってのほかである。それがなければ有能な人材が集まらないと言うが彼らは十分高給取りである。しかも汗水流さず人脈をエサに高額な税金をむしり取っているなど許されるわけがない。本当に国民のことを憂う有能な人間がこんなことのするわけがない。無能の極みである。

 こういうことに何らメスを入れず、ただ国民にばらまくことに血道をあげているだけと、国民はすでに見抜いている。

 テレビ、新聞などの報道各社はもっと勉強する必要があるし、伝える責任がある。がんばってほしい。

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April 06, 2009

春ですねえ

 久しぶりのおだやかな日です。街に出てみると今日は小学校の入学式、オチビさんたちがオシャレをしたお母様たちと歩いている姿をたくさん見ました。いい日でよかったですね。しかも当初の予想では今日あたりはサクラも散っているはずだったのに突然の冷え込みで入学式に合わせたようにソメイヨシノが満開になっています。

 ソメイヨシノは学校の校庭にはつきものでおそらく全ての小学校に植えられていると思います。私が通った小学校にも10本位の見事なサクラがあって、家が学校の近くだったこともあり母などは春になると「お花見だ」と毎年喜んでいました。

 軍歌にもあるように、ある時期、国民への思想教育の一環として植えられたことも考えられますが、やはりサクラはいいものです。利用しようとする方がおかしいのです。

 毎年何らかの形でお花見をしてきましたが、今年は写真をやるようになって一層見る機会が増えましたし、丁寧に見るようになりました。

 最近はあちこちの公園などで観光目的にライトアップするようになり、サクラもえらい迷惑でしょうけど、そういうのはまだ見たことがないですね。

 梶井基次郎の「桜の樹の下には屍体が埋まっている」という話もありますが、映画でもよく夜のサクラは狂気を呼び寄せるような表現として使われますね。夜桜は少し気味悪いです。一人ではきつい状況です。

 昼のサクラがあまりにも華やかですので、夜になるとその裏側をつい思い描いてしまうのでしょう。

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 とは言っても暦の上ではあと1ヶ月で夏です。健康管理が大変です。この4月には後数回撮影会の計画が入っています。だいぶ体調がよくなり、カメラ、三脚を持っての移動に慣れてきました。できるだけ軽いものがほしいと思って手に入れた三脚でしたが、今度は頼りなさが気になってきました。三脚・一脚合わせて5基も持っていますがぴったり合うのを見つけるのは大変です。もう一つほしくなり、ネットで検討中です。レンズ沼というのがあって、つぎつぎレンズを買う底なし沼があるそうですが、私は三脚沼に填りそうです。

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April 05, 2009

挑発は無視するに限る

 挑発は無視するに限る。煽りに乗ったら煽った方の勝ち。

 挑発する側はそれによって自己の存在を高めようと知らしめようとしているのだから、知らんぷりして別の角度から攻めて行かなくちゃあ勝利はありえない。その点酷いものだ、今回の対応は。

 私はこれによってこの国がさらに軍国化していく方がずっと怖い。

 あの国は陸海空の陸しか真っ当に機能しないのだから、直接的な脅威は存在しない。この国のかっての戦争のように石油が不足していて長期的な作戦は不能なのだ。

 「窮鼠猫を噛む」というような状況に追い込む方がずっと危険で、そうならないような政治的・外交的手腕が一番重要なのだ。

 一面的な報道が目立つが、冷静な対応がどれだけできるかこそ政治的な勝利なのに、あたふたして誤報を流し続けるようなことでは情けない。

 第二次世界大戦での日本を想起してしまった。あんまり進歩していない。

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 第二次世界大戦に日本国民を駆り立てた張本人の一つがマスコミであることはすでに検証され自己批判もしているが、それを忘れたのか。極めて扇動的な報道をしている。特にテレビが酷く、あきれるほどだ。すでにジャーナリズムとしての自己否定に陥っている。

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April 04, 2009

お花見真っ盛り

 いま23時、帰宅したばかりだ。

 ニュースを見ていない。あれはどうなったかは分からない。テレビをつけても何も特集らしいことをしてないから、何もなかったのだろう。

 ちょっと騒ぎすぎだよ。別の意図が見え隠れする。最近「ノモンハン事変」に関係する本を何冊か読んだが、実にいい加減な形で戦争は始まるものだと改めて知ることになった。戦争をどう戦うかではなく、どうしたら戦争をしないで済ますことができるかに世界中が心を砕くことが重要であろう。

 ピストルを手に入れた人間は次にはそれを使いたくなることを肝に銘じておいた方がいい。

 さて、一日の「神代植物公園」はサクラがまだで閑散としていたが今日は休日で超満員状態であった。今日は山の神が同行。サクラは満開だが空は曇っていて今一つであった。野川公園のサクラが見事だ。

 明日晴れるといいな。

 ということで今日は失礼。よく歩くようになって体調はすこぶるよい。

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April 02, 2009

昨日リタイア1周年を迎えたわけだが

 細々とした用事が立て続けにあり、久しぶりに終日家の中に閉じこもって生活した。

 山の神が帰省していたので、洗濯とか食事とか面倒くさい家事もしていたのでそれなりに規則正しい生活をしていたし、撮影会などあって結構忙しかったのだ。

 そんなわけで、写真の整理やプリントを楽しんだ。

 やはり大きくプリントするといい。ボロも見えてくるが迫力も違ってくる。つまらないと思ったものでも試しに大伸ばしすると違ったものになってくるから不思議である。

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 最近テレビがますますおもしろくなくなってきている。安上がりのものしか作られていない。

 不景気でスポンサー収入ががた減りしているそうだ。金のかかる司会者を交替させたり、ドラマを減らしたり、出演者の弁当を変えたり、遠出をなくしたりとずいぶん苦労しているようだ。

 折角の機会だから、自分たちのマスコミとしての使命について再考するのもいいことだとおもうが。いわゆるお笑い芸人を使い捨てするような番組作りはもうそろそろ終わりにしてもらいたいものだ。

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 さあ、後何年生きられるか分からないが、短くてもいいから楽しんでいこうと思っている。長生きはあまりおもしろいことではなさそうだという思いが最近の報道を見ているとますます強まってしまう。

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March 31, 2009

更新する

 パソコンを最初に手にしてからもう20年以上になる。

 OSを考えてもずいぶん変わってきた。最初はNECのN-Basic、MS-DOS、Windows95、Windows98,WindowsME、Windows2000、WindowsXP、WindowsVista。その都度パソコンを購入してきた。MEはさすがに買わなかったが。

 ハードの進歩との相乗効果でOSも進歩していくのだからある意味仕方がないことだが、初めからもっとまともなOSなりソフトなどができていればこんなにもお金をかける必要はないのにと思うこともある。

 また、ソフトの開発には大勢のスタッフが必要で、その人たちを確保していくためにも常に更新していく必要があるのだという話もきいた。派遣業種にプログラマーが入っていたと思うがうなずけることだ。

 それでも、パソコンはその都度使いやすく、機能も高まっていき、元は取れたかどうかは別として一応働いている。廃棄する時も「ご苦労さん」ということができる。

 カメラなどは30年以上前のものが使われ、中古ではもっと前のものだ使用目的で販売されている。車などもそれに似たところがあり、趣味で乗り回している人もいる。

 パソコンと似た年中更新し続けなければならないものに「兵器」がある。そしてそれを生産する人、使用する人を何十万も確保し続ける必要がある。ところがパソコンは使用することで償却されていくが「兵器」は使用しないことの方が望ましいときている。

 だから、どこかの大国のように常に戦争を求めて、時には何の根拠も立証されていないのにその存在と使用の意味を納得させるために走り続けるようなことになる。

 戦争には敵が必要である。敵が存在しなければ「兵器」は必要ないし、軍隊も必要ない。軍備を維持し、拡大して行くにはどうしても「仮想敵国」が必要なってくる。

 PAC3で迎撃するのだという。誰がこの日本を攻撃すると言っているのだろう。攻撃がないのに迎撃なんてあり得ないのに。要するに落下物体処理ということだろう。しかもPAC3の射程距離は十数kmだという。明らかに防御する対象が明白でそれを防御するものでしかない。

 それを、ロケット(ミサイル)打ち上げ(発射)に失敗してどこに行くか分からない物体を「迎撃」するのだという理由で緊急配備するというのだ。

 PAC3で日本全域を防衛するにはおそらく数百基が必要だろう。しかも確実性は低く、実際役に立つかどうか分からないという。

 もしかの国が自分の国と同じように軍事費を増大させ、国民生活を疲弊させていると同じことを日本にさせようとしているのなら、このところの日本の対応は思うつぼに填っているとしか言いようがない。特にマスコミは酷い状態だ。千載一遇のチャンスと考えている人たちもいると思うが。

 もしかの国が本気で戦争を日本に仕掛けたら、即座にかの国は崩壊する。成り行きで支持している二つの隣国は直ちに手を切ることは確実である。そうでなければ世界世論の中で立場を維持できないし、損得勘定もあわない。かの国は他国の援助で生きながらえているのが現実なのだから、国を維持できない。

 何百億、何千億、何兆もの税金を無駄に使わなくとも脅威を取り除く方法はいくつもあるはずだ。それをするのが政治や外交の仕事ではないか。

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March 30, 2009

ETC限定割引は差別

 ETC限定の高速料金割引はどう考えても納得出来ない。どう考えても差別である。

 夜間割引は人件費がかからないからという説明も成り立つように思うがそれでも数台のETC装着車が通過すれば人件費分はペイできる。

 計算が面倒であるというかもしれないが、ETC車の通過時コンピュータで処理して瞬時に表示されるのだから、ETCなしでもカードを入れさえすれば簡単にできるはずである。現在だって料金所の職員がソロバンでいちいち計算しているわけではなかろう。

 ようするにETC車だけ割引きにする理由は何もないのである。

 私はそうはいうがETCを付けている。それは私の理由である。高速を頻繁につぎはぎで利用しなければならない状況が生まれて何回も支払うことが面倒になったことと、その都度かなりの金額を用意しなければならなくなったことによる。折角だから夜間割引を利用できる状況の時は利用している。それもETC装着にかなり費用がかかっているからその分くらい回収したいからである。

 だからたまにしか高速を利用しない人にとってETC装着はかなりの無駄遣いともいえる。必要のない人も、必要のない車も相当あると思われる。

 そしてあわててETCを装着しても2年後には元に戻る。ETCの機器だけが残るのである。

 さらに、乗用車だけに適用される。ETC非装着車のドライバーは税金でその分を負担することになり、実質値上げである。休日に仕事をしている人は利用できない。理髪店は月曜休日であるし、サービス業の多くは日曜日はかき入れ時である。大都市近郊の利用者のさほど長距離でないドライブにはほとんど恩恵がない。不公平のオンパレードである。

 そうするとこの割引きで得をするのは誰かということになってくる。ETCの業務を一手に取り扱っているのは国土交通省の天下り団体「財団法人 道路システム高度化推進機構(ORSE)」である。

 上記団体はえびす顔である。そして多くの国民は税金で補填され、数年後には消費税率のアップとして返ってきて青息吐息となるのである。

 高速道路料金が高すぎることを隠蔽し、こういう小手先のことで国民を愚弄しているにすぎない。

 こういう差別的な施策への批判がマスコミからほとんど伝わってこない。ミサイル迎撃装置(PAC3)の大宣伝、ETCの大宣伝で国民を攪乱しているのはマスコミ自身である。ジャーナリズムとしての矜恃はないのか。

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March 26, 2009

冬に逆戻り

 いやあ、寒い一日でしたね。せっかく花をつけ始めたサクラも躊躇してしまっているようだ。
 
 WBC狂騒曲も落ち着いてきて、本来注目すべきニュースが一部を除いて流れ始めた。一部というのはかの離婚問題である。まともなニュース番組は取り上げないが報道娯楽番組はこのニュースで明け暮れている。いい大人が自分で離婚届も提出しないで親任せなんてバカらしくてお話にもならない。こういうところで、もしかして還暦に近いんではないか思われる芸能記者がヒステリックな声を上げて追いかけている姿は滑稽そのものである。

 さて、民主党は秘書の起訴とそれに関連した代表の進退問題で混迷を深めている。あれこれいっても民主党は第二自民党として出発し、自民党と政権たらい回しを前提として存在している党だからあまり過度の期待を持つのは間違いだろう。今自民党がその活動資金の多くを企業献金で賄っているが、もし民主党が政権を取ったらその流れが変わることは間違いない。

 もし民主党がそうでないというなら、古い自民党的体質からの決別を宣言し、実行するしかない。そこまでできるかである。自民党にしても民主党にしても政権を取ることに夢中になっていて民意を把握していない。敵失だけに頼っている政治では政治不信だけが増大していくだけである。

 昔のように庶民は何も知らず政治家だけが勝手にやっていた時代はとうの昔に終わっている。国民は何もかも分かっている。選択の余地もない、選択するものがないこの状況を誰が打ち破っていくかその道筋を明らかにした党が今度の選挙の勝者である。そうでなければ、棄権だけが圧倒する選挙になるだろう。

 政治の世界も冬か!?

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March 25, 2009

冷静な目で

 WBCの優勝で今日も新聞、テレビは大騒ぎである。

 プロ野球を愛する一人として優勝そのものにケチをつける気持ちは毛頭ないし、喜ばしいことだと思っている。

 株も上昇して思わぬ効果を生み出している。まあいいことだと思う。

 ただ、新聞の隅の方に目立たない形で告げられていくつかのことに目を向けることも大切である。

 この大会はアメリカの野球組織がその客離れを防衛するためにその主催で行ったものであるということである。世界的な野球組織があってそこが主催したものではない。世界大会ではないということである。報道を見てもまともに取り組んでいたのは日本と韓国だけである。

 アメリカのプロ野球組織はいわゆる大リーグに属してしる選手を出身国別に分けて戦わせたらおもしろいだろうと興行をうったのである。だから、中米の各国はほとんど大リーグの選手だけで構成されている。投手の投球数数制限も主審がアメリカ人だけというのも全てそこに由来している。

 大リーグ所属選手のかなりが球団の意向で参加を制限されたという。もし各国の意向が最優先とされるサッカーのワールドカップのようだったら、日本代表選手のメンバーも少し変わったかもしれない。

 日本の戦った相手が9試合中5試合が韓国戦というのも異常である。運営の拙さの問題というより意図的な匂いを指摘するむきもある。

 アメリカプロ野球組織は手を抜いてもアメリカが優勝すると目論んでいただろうが、いわゆる大リーグに所属している選手が相対的に少ない日本と韓国がそれを粉砕したことはなんとも痛快なことである。

 さらに何度もいうように「侍」の連呼にも辟易する。はじめのうちは「SAMURAI」だったが最近は「侍」である。この「侍」的なものが日本の近代史、現代史の中でどのような役割を果たしてきたもう一度考えてみる必要がある。無批判に「侍」を連呼する報道関係は真にジャーナリズムとしての知見を持っているのか疑問に思わざるをえない。

 また、韓国の報道では日本の「サムライ」たちの行動への批判もあるという。美酒に酔うことに狂喜するだけでなく、勝者だからこそこういう批判に謙虚に耳を傾けることもスポーツマンとして必要ではないだろうか。「SAMURAI」を標榜するのだからなおさらである。

 そして、多くの文化人、知識人、芸術家がその「武士道」といわれるものの問題点を指摘してきたことを思い起こしてほしいものである。「侍」の連呼が日本の今後の歴史に好結果を生み出していくとはとても思えない。 

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March 22, 2009

「世界観」

 最近テレビを観ていてよく聞く言葉に「世界観」がある。つい少し前まではほとんどマスコミでは聞くことのなかった言葉だ。どうも、アニメーションの世界で遣われるようになった来たように思われるのだが定かではない。

 アニメや映画の題名を挙げて「○○の世界観」とかといった遣われ方をするようだ。別に間違いとかいうのではないが急にあちこちで遣われるようになったような気がして耳に障って仕方がない。

 今まではそういう時は「○○の世界」といって「観」はつけないでいっていたような気がするし、それでも十分通用する言い方の時遣っているのである。

 それと共にこの言葉「世界観」というのは私の場合あまり遣うべきでないとように教えられていたと記憶しているのである。要するにちょっと安易すぎるのではないか、ということである。

 そこでいつものように調べてみることにした。

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 なるほど、そうだったのか。

 どうも私の思っていたのとは違う「世界観」があったようである。とても短文では表すことができそうもないしその能力もない。

 私が知っていた「世界観」は「世界の統一的な見方」といったもので、極めて哲学的なものである。確かに「たいした中身もないのに偉そうに『世界観』などと言うな」といった注意をされたのだった。ずいぶん昔のことだ。

 それに対して最近のものは「ドラクエの世界観」といったゲームの設定などに対してのものらしい。出発点はゲームらしいのである。それが、アニメやキャラクター小説に広がっていったようである。

 Webで検索していたら、私と同じように後者は誤用であるという意見も見つけることができた。言葉の意味は時代と共に変わるものだから仕方がないが、こういう基本的な概念を表す言葉は大事にしてもらわないと脳みそが錯乱状態になってしまう。

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March 20, 2009

春分の日

 春はぼた餅、秋はおはぎ、同じものを季節によって言い分けるなんて不思議な国民です。というわけで今日はお彼岸。

 春の嵐が吹いて、明日あたりがソメイヨシノの開花日らしいです。久しぶりに休日に副都心の某所に出かけてきました。ここ一年休日の副都心詣では避けていたのですが、やはり失敗です。すごい人です。用を済ますとさっさと帰宅してしまいました。

 今日から東京湾アクアラインや本四架橋は先取り一律1000円だそうです。ETC必須で装着する人が急増、品切れだそうです。しかも補助金まで出るそうです。

 これはないでしょう。協力して以前から装備していた人はなんだか損したような気がします。装着するにあたってお金が動き、これを運用している法人に金が有り余っているらしく、それから補助金が出ているようなのです。つまり以前に装着した人が補助金を出しているのです。これは酷いです。あくまでもらしいの話です。

 もしそうだったら、昨年までに装着した人には還付してもらいたいものです。

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 民主党の小沢代表が企業・団体献金を全面廃止すると提案しています。大変結構なことです。自民党は「何を言う」とせせら笑っています。国民から何百億もの政党補助金を巻き上げて平気な顔で企業から献金も受ける、何という政治家たちでしょう。自分たちが公僕であることを分かっているのでしょうか。

 金田一春彦さんが書いた本の中にこんなことがありました。日本人はあめ玉一つでももらうと困ってしまうのだそうです。どうお返しをしたらいいかいろいろ考えざるをえなくなってしまうというのです。

 政党助成金を出している人の顔は見えません。だけど企業・団体献金をした人は政治資金規正法で名前を記録しなくてはなりませんから相手の顔が見えます。誰のために働くか自明のことでしょう。

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March 17, 2009

春日の一日

 空の下の方は黄砂の影響でしょうか、霞んでいましたが、全くの春の日、ご近所を散歩してきました。

 驚いたのはケヤキの木、もう薄黄緑になり、葉が広がり始めていました。

 ウメ、モモの季節は急ぎ去っていき、サクラの季節の到来です。ソメイヨシノ、ヤエザクラのつぼみはもうパンパンにふくれていました。

 また、ハクモクレンも見事に白無垢の花片を広げていました。

 春ですね。ちょっと歩いただけで汗まで出てきてしまいました。これは運動不足のせいばかりではないですね。

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 朝日新聞の声欄に「竹中氏批判」が載っていました。最近よくテレビに出るようになりましたが、もしかしたら、世界で最悪の経済状態に陥れた原因は小泉・竹中路線にあったかもしれないという自己批判なしに相変わらず強弁を振るっていますね。同じ慶応大学教授の金子氏の方の予測の方が圧倒的に正しかったように思います。

 おそらく郵政民営化は誤った政策と歴史は評価すると思います。少なくとも、改革の方向は間違えていました。

 アメリカで政府の援助を求めている企業の幹部に多額のボーナスが支払われるということが問題になり、オバマ大統領の怒りの声が報道されていました。

 マルクスの予測の間違いは人間がこれほど欲深く、自己中心的で反省のない動物だということを見誤ったことにあるのかもしれません。

 よく近未来小説や映画で荒廃した街、牛耳るボス、うつろな表情の市民などが登場しますが、毎日のニュースを見ているともうそんな時代が来ているようにも思います。

 春になったのですから、私たちの毎日も晴れ晴れとしたものになってほしいものです。

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March 16, 2009

お久しぶりです

 私事で出かけることになり、休刊していました。3日間休んでいたことになります。テレビ・ラジオはありましたが、新聞は読めませんでした。やはり、細かいことは新聞でなくては分かりません。

 先週末、東京発ブルートレインが廃止されるということが話題になっていました。あの深みのある藍色の列車が消えていったのですね。残る寝台特急は上野発のあの有名な高料金のものぐらいのようです。

 私も何回か利用したことがあります。あれは米子から東京行きのものだと思いますが、名古屋からの途中乗車です。記憶は確かではありませんが、3段ベットのB寝台というのだと思います。乗車券・特急券・寝台券が必要だったと思います。もう30年以上も前のことですから定かではありません。もしかしたら、いわゆるブルーとトレインとは違うかも知れません。

 若い頃は寝相が悪かったですから、3段の一番上は落ちるのではないかと不安でしたね。カーテンで仕切られているとはいえ6人の無関係の男女が一室で一夜を過ごすなんて不思議な世界です。鉄道ミステリーが盛況なのも理解できます。

 今は西村京太郎ですが、初めは松本清張の『点と線』ですか。その前にもあったかもしれませんが、一般的になった、あるいは推理小説に1ジャンルとして確立させたのは『点と線』ですね。もう夢中になって読みました。カッパノベルスの清張を読みあさりました。

 それにしても最後の「ふじ」「はやぶさ」はイベントらしいものはありませんでしたね。デコレーションもありませんでしたしね。騒いでいたのは鉄ちゃんたちですか。最近こういうイベントへの盛り上がりは異常ですね。私は野次馬根性旺盛ですから興味がありますますが、こう人が集まってしまったら、マニアとしてのおもしろみはなくなってしまうと考えるのが普通だと思うのですが。

 マニアなんて人がやらないことをやる、人より先にやる、人と違った面を探すといったところに意義があるんであって、人と一緒にゾロゾロ動くなんておもしろくもなんともないと思うんですが。要するにJRだけがしらけているといった感じでした。ベストセラーになった本を読むんでなくて、ベストセラーになる前の本を読むのがおもしろいんですよ。カメラマニアにはそういう人多いようですね。あんまりやり過ぎると鼻につくのが難点であることも確かですが。

 でもあの世に旅立つ前に、「北斗星」か「カシオペア」の最後尾に乗って北海道に行ってみたいですね。世も進歩したことですから、三途の川の渡し船が青函トンネルみたいになっていて、「カシオペア」で渡っていくとかになっているかもしれません。こうなると宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の世界ですが。

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 わが「ジュビロ磐田」が最悪の出発です。このままではJ2降格は間違いないとスポーツ紙は言っています。昨年から立て直しが十分できていないようです。失点の仕方がひどすぎます。落ち着かない1年になりそうです。 

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March 12, 2009

来週月曜日までお休みします

 先週から予定していました用事で本日より日曜日まで休載します。

 月曜日に又お会いしましょう。合間に写真撮影をしてきます。

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March 09, 2009

勘違いですよ

 政党支持率や内閣支持率で政府自民党が復活している傾向を見せている。民主党が党代表を「法律の上で問題ない」と擁護している。この点、政府自民党についても同じであるが、大きな勘違いをしている。

 自民党にしろ民主党にしろ法律(政治資金規正法)上問題がなければといいと思っているのだろうが、それは支持する支持しないの一部分にしか過ぎない。

 鳩山大臣の強引とも言える手法に一定の支持があるのは、郵政改革と大企業の結びつきに大なたを振るおうとしていることを痛快に思っているからだ。これが本当は何を意味してるかはまだよく分からないが、国民が前々から疑問に感じていたところを暴いたことは確かだ。

 今度の民主党代表の問題もそこにある。法律上問題はないとしても、一ゼネコンから一政治家に永きにわたり何億もの金が流れているということへの怒りである。「お前もか」「やっぱり」ということである。首相も国会で企業献金を評価していたが野党もこれでは政権が入れ替わっても何にも変わらないではないか、ということである。

 私は民主党は自民党の代替え機関に過ぎないと思っている。そうでなければ大連合なんて発想は出てこない。党代表は元自民党幹事長だ。どうせ同じならこんな時代だから手慣れた人たちにやってもらった方がいいと国民は考えたのだろう。

 民主党が自民党に取って代わろうとするならば、どんな形であろうと「企業からの献金」を一切受け取らないとすることを明確にすべきだ。個人にしても政党としてもである。支部なんて支部長は議員であるからほとんど違いはない。それを含めてである。企業は鉛筆一本、トイレットペーパー一つの使い方にまでコストダウンを計っている。そういう企業が見返りを期待しないで献金するわけがない。

 前に提案したが、市役所などに政党ごとのカンパ箱をおいて、政党を応援したい人はそこに一円でも数億円でもカンパしていくようにしたらいい。一万以下は無記名。それを超える場合は肩書きと氏名を公表するといったことをやってもいい。1億円入れておいたと電話するかもしれないからね。これはくだらない提案だが、企業から手を切るためにそういうことをいろいろ考えていけばいい。

 もう一度繰り返す。法律上のことではなく、金まみれになっていることが公然となったということである。

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 64年前のこの夜、東京の下町の空は真っ赤に燃えた。その下で10万の人々が焼かれた。東京大空襲である。軍需工場や軍隊を対象としたのではなく、非戦闘員に対しての大殺戮である。日本も同様のことを朝鮮半島、中国大陸、東南アジアでやったが、だからといってこの行為は許されていい訳がない。

 東京・広島・長崎の無差別殺人を反省しないかの国はベトナムやイラクなどで同じ過ちを繰り返している。かの国には全く「反省」ということはない。日本はまがりなりにも「反省」を口にしたが、ドイツほど明確でない。「反省」しない国に問い詰めることなしについていって大丈夫か。

 

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March 06, 2009

臨時休刊でした

 水曜日の午後から緊急に出かけることになり、ただいま戻ってきたところです。ドライブで疲れ切っています。来週も半分は出かけることになりそう。

 世の中、特に政治の世界はよどんでいた水が堰を切ったように流れ出す気配もなきにしもあらずといったところ。

 国民が権利を行使する機会が近づいたか、そうでないか。しっかり動きを見て行かなくては・・・・・・。

 もう遅いので、今日はおしまい。もう明日はすぐです。

                     (23:40)

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March 02, 2009

笑ってしまった

 しばらく前のことだが、サンデープロジェクトにある女性評論家が出て「憲法には国民の義務ばかり書いてあって、義務は三つしか書いてない」と口角泡を飛ばしてしゃべりまくっていて私は大笑いしてしまった。この人は重箱の隅をつつくようなことばかり言って、全体の流れを観ることができない人だが、自身それに気づいていない。いやそうやって憲法を否定しようと躍起になっているのである。

 だいたい憲法の意味が分かっていない。憲法や法律は国民に何も求めていないのである。国家・国民というところの国家の有り様を書いてあるのが憲法なのである。権利についてなぜあれほど、実はまだ足らないのであるが、きちんと列挙しているのは国家がそれらについて確実に保証していると宣言しているからなのである。

 納税・教育・勤労の三つの義務があるのは、それを国民にしてもらわないと国が成り立たないからだ。だからその義務に対しては様々な国のとるべき対応が憲法や法律で述べられている。

 納められた税金は住民・国民の代表において予算化させ、決算を報告しなければならない。これが封建領主の年貢と全く違うところである。教育へは教育費の負担、校舎を造ったり、教科書を配布したり、教員給与を支出したりなどが公の仕事としてある。勤労についても労働三権の保証やハローワークなどがそれにあたるだろう。こうやって国の果たすべきことはやるからと国民に義務を求めているのである。

 ただ国民に義務を求めるようなことは封建領主と五十歩百歩である。女史の考えなどその程度である。

 「人を殺してはいけない」などということは法律のどこにも書いてないそうである。確かに国のあり方やその仕事についてそんなことを書いてあっては大変である。一般道徳・倫理としてはそういうことはあるが、法律にはそういうことは書かない。個人に道徳、倫理に関わることに国は口を出してはいけないのである。少なくとも他に影響を及ぼさない限りは。

 法律にはそれを行った者への処罰規定だけがある。道徳や倫理について書いてあるわけではない。殺人を全面的に否定したら、国家が行う戦争や死刑も否定しなければならなくなってくる。国家の了解のもとに行われる場合は許されるのである。道徳・倫理の問題ではないのである。もしそうであるならば、当然自衛隊(田母神流に言えば軍隊)も死刑台も即座に廃棄しなければならない。正当防衛も許されない。だから、端的に言えば一般人が国家の許可なく行った殺人についての処罰規定だけがあるのである。他に与えた損害への対価が刑罰なのである。

 靖国神社に合祀されている親族がそこから除いてほしいと訴えていた裁判は靖国神社の信教の自由を理由に訴えを退けた。訴えた側の信教の自由はどう保証されるのであろうか。また、信教の自由は不信教の自由もあるはずである。除くことで誰が不利益を被るというのか。

 私は法学者でないから言葉は適切でないかもしれないが言わんとすることは分かると思う。

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 前財務・金融大臣は議員辞職はしないようである。後援会が支持しているからだそうだ。日本国民はあのような議員・大臣を選ぶ国民なのだと全世界から揶揄されているのだよ。実経済ではどうかはともかく、感情的には日本の信用をずいぶん落としたと思えるのだが。大臣を辞職したということは不行跡を認めたことであろう。大臣を辞めた程度で済む(ケリがついた)問題とでも思っているのだろうか。

 かって日本の経済は一流、政治は3流と言われたことがあったが、どちらも級外になってしまったようだ。

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February 28, 2009

田中星児

 深夜、もう未明と言っていいのかな? 目が覚めたのでラジオをつけた。この時間に聞くのは「ラジオ深夜便」である。

 「ラジオ深夜便」はさるお方が重体になったときに緊急の放送に備えて朝まで延長したのがはじまりであるが、その後も続けられNHKラジオの看板番組になっている。

 その頃から私は折に触れ聞いている。特に民放の深夜放送に世代のずれを感じる年配者に好評だ。年配者は徐々に睡眠時間が短くなっていくから、夜なかなか寝られなかったり、今日の私のように目が覚めてしまったりした時に大変価値がある。

 初めの頃は、番組編成がどうなっているか分からないような状態でいろいろなものが流されていておもしろかったが、最近はちょっとワンパターンになっている。

 その中でも3時から「にっぽんの歌こころの歌」はお気に入りで、昨夜は「佐伯孝夫特集」で吉田正と組んだ歌を特集していたし、今朝は田中星児の特集である。ということで田中星児に辿り着いた。

 田中星児のヒットしたと歌といったら「ビューティフルサンディー」くらいしか知らないし、事実そうらしいのだがNHKの「みんなの歌」もようなところでは名前を見たし、歌も聴いていた。

 ラジオを聞いていて知ったのだが、彼は私と同い年なのだ。若いなあ。それに、のど自慢全国大会で優勝もしているそうだ。

 10曲くらいの歌が流れたが実に安心して聞いていられる歌いぶりなのだ。あまりにも優等生的過ぎるのが弱点なのかもしれない。

 そしてなにより言いたいことは実に美しい日本語なのである。安物のラジオで聴いていても歌の一語一語がしっかり耳に入ってくる。

 最近の若い歌手がそこまでしなくてもというほど巻き舌にしたり、濁らせたりして歌っている日本語とはそれこそ雲泥の差なのである。日本語の詩をメロディーに素直に乗せたらこうなるであろうなといった歌いぶりなのである。

 こういう歌いぶりでは彼には爆発的ヒットというものを現代日本では望めないかもしれないが、なんだか貴重な財産のような気がして聞いていた。

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February 22, 2009

衣食足りて礼節を知る

 「衣食足りて礼節を知る」という言葉をずいぶん聞かされて育って来た。私自身は礼節などとはほど遠いところで生きてきたが、昨今のニュースに触れていて、この言葉を考えてしまった。

 最近、いやに殺人などの凶悪事件のニュースが多い。「礼節」の一番欠けているのがこの種の事件だと考える。人の命を奪うなど人間が一番やってはいけない行為であることは万人が認めることだ。報道の取り上げ方の問題で実際の事件数は減っているという見方もあり私もそう思ってきたが、最近ちょっと懐疑的だ。

 ワーキングプアという言葉が示すように、働けど働けど生活が安心できる状態にならない中、一方では天下り、渡りで巨額の給与、退職金が支払われている様子を毎日のように聞かされていれば、国民一人一人の精神がすさんでいくのは当然の帰結だろう。

 「勝ち組」「負け組」という言葉を聞くことは少なくなってきたが、収入の多寡は個人の能力だという誤った考えが刷り込まれていて、「派遣切り」が問題になり始めた時、そういう考えを展開する向きも多かった。誰か副大臣もそういうことを言って批判された後はそういうことは少なくなってきたし、問題がさらに深刻になってきていることにも起因している。

 このままの社会状況ではこの種の事件がますます増加していくのではないかという不安をぬぐいきれない。どこかが壊れているように思うのである。

 一方、凶悪な事件ではないが、「衣食足り」ても「礼節」とは縁の無さそうな報道もある。アメリカで3大自動車メーカーのトップが政府の資金援助の公聴会に自家用飛行機できてアメリカ国民の顰蹙を買ったことが伝えられた。アメリカは広いし自家用飛行機の利用が都合いいと言えばそうであろうが、国民の常識とずれていたのである。そういう世界に住んでいることが露呈したということであろう。

 日本でも似たことが起きている。前財務大臣のローマでの行動である。彼は国会で首相の横に座り、実質№2であった。その彼がこともあろうに、重要な公務に酒気帯びで出席し、いい加減な記者会見を行い、時間外に美術館に押しかけ、警報がなるような行為をしてしまったのである。運転に支障をきたすことで酒気帯び、酒酔いが厳しく取り締まられるようになってきているが、重大事故につながるから取り締まるのであって、例え取り締まられなくとも酒が人間の判断力を迷わせるのは同じである。こういう方が№2であったことに戦慄を覚える。

 日本には「ハレ」と「ケ」という考え方がある。この「ハレ」と「ケ」という考え方をきちんと行動に変えられる人が「礼節」とも言える。テレビの番組ではこれが完全に崩れているし、横綱のガッツポーズも同じことが言える。

 日本の中で壊れつつある、あるいは壊れてしまったものを取り戻す作業を進めていかないと大変なことになると思う。

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February 21, 2009

中学校の思い出

 一昨夜、何とくテレビ(音無しの部屋はかえって集中力がなくなってしまう。深夜放送世代で「ながら」がしみ透っている)をみたら、タイトルは分からないが農業高校出身のお笑い芸人という人たちが話をしていた。その農業実習の話に耳を傾けていたら、中学校時代のことを突然思い出した。もう50年近く前のことである。未来より過去の方が圧倒的に多い年齢なのでご容赦。

 いまではとても考えられないことだが、いろんな作業によくかり出された。こんなことを今したらモンスターペアレントといわれる人たちが怒鳴り込んで来るもしれない。でも体験学習ということで商店などで働くこともあるようだから、先を行っていたのかもしれないという考え方もできる。

 何しろ山の中の学校で親の職業の多くは農業、林業、大工などの職人がほとんど(意外と先生というのも多かった)だった。そんな土地だから、作業というのは農業や林業に関わるものである。ただ、その仕事が何のためのものかは説明があっただろうけど覚えていない。勉強とは関係ないことは確かであるし、成績とは全く連動していない。そんなことより学校から飛び出して自由な時間が持てることが楽しく少しも苦にならなかった。目的などどうでもよかった。

 学校の田圃というものがあって、何年生か覚えていないがかなり広い面積の稲作を田植えから稲刈り、脱穀までやった。その米は宿直の先生のご飯になっていたらしい。小使い室(用務員室)の隣に宿直室というのがあって、風呂や台所が完備していた。山の中だから食堂などあるはずもなく、にコンビニなどずいぶん後のことだから宿直する先生は自炊していたのだろう。その風呂や台所の燃料はまだ薪でそれを山に入って集めてくる作業もやった。薪や焚きつけ用の杉葉(枝打ちして落した杉の葉)が校舎の横の小屋に山と積まれていた。薪割りまでしたよ。

 小使い室と言えばここでよく若い女の先生と女の子たちがクッキーなどを作っていて、お相伴にあずかったこともあったなあ。

 椎茸栽培用のほだ木運びもやった。これは栽培農家に頼まれたものらしかった。百何十人の育ち盛り、しかも普段農業林業を手伝うことの多い少年たちがやるのだから能率がいい。いくら学校に入ったかは知らないが、生徒会の資金になっていたようだ。

 これは学校用に役立てようとしていたのかもしれないが、少し離れたところの林(学校林だと言われていた)の下草刈りもやった。下草刈り用の大きな鎌を自転車に縛り付けて走ったことを覚えている。こういう鎌はどこの家にもあった。一人マムシに噛まれたというような話も伝わってきたが、実際見たわけではない。おそらく中学生らしい作り話だろう。

 また、私の中学校には「少年消防団」というのがあって、ポンプ操法とか担架操法などというものも練習し、大人の消防団と一緒に出初め式にも参加していた。まだ軍隊調の雰囲気が残っていて、いま消防署などで見るよりきびきびしていたように身贔屓だが思う。

 こんなことを学校で当たり前のようにやっていたのは私たちあたりが最後のようで山の中にも受験戦争の波が押し寄せてきた。いなかを離れ久しぶりに帰ると、外で遊んでいる少年少女の姿を見ることがほとんどなくなった。のどかな時代であった。

 成果主義、実績主義が教育界を席巻していると聞く。教育界を含めて、世の中、余裕がなくなり堅苦しくなっているようだ。せめて義務教育の時代くらいはのんびりいけないものか。

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 昨日は雪が降るかと思ったがまた予報は空振りだった。だが、低気圧の影響で飛行機の乱気流による事故やスリップによる自動車事故が起きていた。人間が浮き上がって天井に穴があくなんてどんな状況だろう。ホラー映画は嫌いだがパニック映画はよく観る。ああいうことかと想像するが、実際5000m上空で起きているとすると当事者の恐怖は大変なものだろう。

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February 20, 2009

混迷する政治

 中川前財務大臣の行動はひどいものですね。公式の会食を中座し、お気に入りの女性記者(ネットでは実名入りで流れています)と会食(ワインを4,5人で3本だそうです)、ヨロヨロにになって記者会見、その後数時間ローマ見物だそうです。体調が悪く大量の薬を飲んでいたと本人は言っているんですが、よくそんな元気がありますね。以上のことは、インターネットで流れている情報ですがほとんど同じことがニュースで流れていますので、ほぼ確かなことでしょう。確かめようがありませんので、そういう噂があるということです。私たちは政治信条は別として、ヒラリー・クリントン国務長官の行動力を同時に見せつけられていた日本国民ですからたまりません。

 また、作家の村上春樹氏が「エルサレム賞」の受賞式での講演が世界的に大きな賞賛を浴びているというニュースもありました。比較するようなことではないかもしれませんがやはり日本人としては考えてしまいます。

 結局中川氏は辞任ということで決着したということになるようですが、国民としては現政府に委ねてしまっているところが多いわけですから、不安だけが増幅していっている状況です。中川氏は次の選挙に立候補するのでしょうか。

 モスクワでの元首相の発言も物議をかもしています。もう色あせてしまった「定額給付金」がこの混迷の原因の一つであることは間違いありませんね。いろいろな情報を総合してみると、もし党議拘束なるものがなかったとしたら、こんなに国民に不人気の政策はとっくに廃案になっていましたね。選挙の支援を受けるために、他の緊急の政策とひとまとめにして、友党のごり押しを受け入れてしまい、首相は二進も三進も行かなくなってしまったのでしょう。ゆれる首相の発言がそのことを示しています。

 党議拘束をなくし、議員一人一人の判断力に任せていくような質の高い政治ができないものでしょうか。困ったことをいろいろやってくれるアメリカですが、政党におんぶにだっこの日本と違い、議員個人個人の意思が尊重される点については評価できますね。

 自民党、民主党の力関係が衆議院、参議院で逆転している状況では例え衆議院優位であっても、法律を修正していくふところの深さを自民党が見せていけば、もっとこの困難への対応も早くできたでしょうし、こんなにも内閣の支持率低下を招かなかったでしょう。

 経済の危機が国民生活を圧迫している今日、こんな混迷状態の政治が続くとしたら、本当に日本は崩壊してしまうんではと恐れます。政策が先だと言って選挙を逃げてきてしまいましたが、実質何も進んでいない4ヶ月でした。選挙は3週間で終わります。選挙で勝った方が緊急政策を打ち出せば状況は変わっていたかも知れません。こんなにだらだらすることもなかったと思います。

 なんだか「麻生では勝てない」から、首相を変えようという話が出ているようです。選挙なしで4人目ですか。一番政局ばかりを考えているのはどこの政党でしょうか。

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February 18, 2009

麻生首相の