音楽

October 18, 2009

加藤和彦を悼む

 休刊予定だったが時間が出来たので。

 元フォーク・クルセダーズの加藤和彦が自殺したという。享年62歳。私と同じ歳である。なぜ? と問いかけてみたいが答えはないだろう。

 『帰ってきたヨッパライ』は日本の音楽界に一大センセーションを起こした。当時毎日のように、いや一日に何回もラジオから聞こえてきた。『あの愛をもう一度』などとともいわゆるフォークを日本音楽の一構成部分の位置にまで高めた功績は極めて大きい。

 その後、『イムジン河』放送禁止になり、そのコード進行を逆にして『悲しくてやりきれない』を作ったというエピソードはあまりにも有名である。

 テレビのインタビューなどを見聞きしてもフォーク界のインテリジェンスを代表しているような雰囲気が漂っていた。フォークル後においても彼が日本の音楽界に果たした役割には計り知れないものがあるだろう。

 最近は坂崎幸之助とコンサートを開いたりして表立った活動も見えていたのに、彼の知性と音楽性がとても自殺と結びつかない。燃え尽きてしまったということか。

 同時代を生き、生きる勇気を与え続けてくれた人たちが表舞台から次々に消えていったしまう。ほんとうに『悲しくてやりきれない』ことだ。

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July 11, 2009

「走れ歌謡曲」

 「音楽」というカテゴリーもおかしいと思うが「ラジオ」がないのでタイトルからそれにした。

 夜寝られなかったり、朝早く目が覚めた時はよくラジオを聞く。ほとんどがNHKの「ラジオ深夜便」を聞いている。これは最近書いたと思うが、時代が昭和から平成に変わる時「重大発表」に備えて始めたものらしい。深夜放送は民放でずっと続けられていたがどれも若者向けで還暦を過ぎた人向けでなかったので、年配者が飛びついた。そしてその必要がなくなっても続けられることになったのである。

 だから初期の内はプラグラムらしきものもなく、結構ゲリラ的な内容で「今日は何があるんだ」というような気持ちで聞いていた。だが最近はもうNHKラジオの看板番組でちょっとマンネリ化しているようにも思う。

 そこでダイヤルを回していたら「走れ歌謡曲」なんて言葉が聞こえてきた。「ええっ!、まだやってる!」というわけでこの頃、深夜便の「日本の歌」がつまらないとき、文化放送「走れ歌謡曲」にいってしまう。これもずいぶん昔からある番組だ。

 なんでこんな番組のことを書こうとしたかということだが、そのMCというかパーソナリティーというか、進行を勤めている女性たちの話す日本語が気に入ったのである。全然調べていないので聴いたところでの感じに過ぎないが、年齢はおそらく30代中心のように思う。

 その人たちが2時間(3時から5時まで)、中には録音部分もあるようだし、題名のように音楽も流れるが、しゃべり続けている。その内容はインタビューも交通情報も詩の朗読も曲紹介もメッセージ紹介も次々こなしていく。多分強力な放送作家がついているに違いないが、そのいずれでも美しい日本語で話すのである。

 まず皆さんどの女性も自立してしっかりと自分をお持ちである。敬語の使い方が見事。相手に合わせてキチンと遣い分けが出来ている。言葉の輪郭が明瞭で内容が正確に理解出来る。テンポ・抑揚が素晴らしく表情がラジオでありながら伝わってくる。

 話の内容からいわゆる紅白にでるまでに至っていない女性演歌歌手のようなようにも思うが、最近のテレビのくだらなさ手抜きのひどさに辟易している私としてはこれまた再発見であった。はまりかけている。少し探索の手をいれてみたいと考えている。

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 明日は都議選である。東京都民に国政を左右する判断を求められているようなところもある選挙の様相になってきた。都民も大変である。

 それはそれとして、首相のサミットのでも様子といい、ある知事の様子といい、すでに祭りの後のような姿がテレビの画面を通して流れて来た。

 ただ国民はもどかしさにイライラしてくるだけである。 

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May 22, 2009

「酸模の咲く頃」

 突然思い出した歌がある。とても調子のいい歌で学校帰りに大声で歌ったものだ。そこに描かれた景色がとても身近だったからでもある。

 ところが一番は思い出すのだが2番を全く思い出せない。題も思い出せない。早速調べてみた。こういうのを調べるのにインターネットはとてもいい。2番はないのかもしれない。音楽教科書にあった歌である。

 歌はこういうものだ。

 土手のすかんぼ ジャワ更紗
 昼は螢が ねんねする
 僕ら小学6年生
 今日も通って またもどる
 すかんぽ すかんぽ 川のふち
 夏が来た来た ドレミファソ

 これが教科書に載っていた歌で私が覚えていたもの

 ところが、この原詩は次のようなものであった。

 土手のすかんぼ ジャワ更紗
 昼は螢が ねんねする
 僕ら小学尋常科
 今朝も通って またもどる
 すかんぽ すかんぽ 川のふち
 夏が来た来た ドレミファソ

 題は「酸模の咲く頃」 北原白秋作詞  山田耕筰作曲 の唱歌である。

 でも題は「酸模の咲く頃」じゃあなかったよなあ。こんな宝塚みたいなシャレた題ではなかったように思う。

 スカンポはスイバのこと。「ジャワ更紗」というものが何なのか、説明はあったと思うのだがどうもイメージができないのは理解困難でずっと謎であった。でもその響きの心地よいこと。

 今の小学生は全く知らないだろうな。 

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 国会論議、最後に立った元郵政族のA氏。野党の批判に終始。困った人だ。政府にしか反論権がない国会論議で野党を批判するなど常識の欠片もない。

 わけの分からない建物を建て、その埋め合わせを消費税でしようとしているのが今回の補正予算。その本質さえ見えない国会議員である。今の衆議院は民意を反映していない。

 有権者はもっと賢くなる必要がある。

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 「マスク」はウイルスの防御にあまり有効ではないそうだ。ただ、感染した人が着用してウイルスの飛散を防ぐのにはかなり有効だということである。でも私は人混みの中に行く時は着用する。米国人はしないようだね。でもアメリカ帰りの人から次々感染者が出ているのをみるとなんだか発表されている以上に出ているような気もする。

 ウイルスは服や髪の毛にも付いて2~8時間生存するらしい。その間に髪や服に手をやり、さらにその手で口や鼻に触ると感染する。ようするに、感染を防ぐために一番有効なことは「手洗い」ということだ。それに「うがい」。

 あの「トイレットペーパー騒動」が形を変えて再発しているみたいだ。日本人はホントに扇動されやすい国民だ。

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 4年前扇動されて投票した結果が、今の政治だ。その時、争点にもならなかったことが次々決定されていっている。正直そちらの方が怖い。

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March 08, 2009

目隠し

 本日未明NHK「ラジオ深夜便」は作詞家星野哲朗特集であった。その中に島倉千代子の歌う「思い出さん今日は」があった。昭和30年代初めの頃の歌だから、私の母親たちくらいの年代に大変な支持のあった歌手であり、曲であった。

 その歌詞の最初は「目隠しした手を 優しくつねり あたしの名前を 呼んだのね」である。この曲は彼との昔を切なく悲しく思い出している内容だが、その思い出の最初が「目隠し」というわけだ。ベンチに座っている彼の後ろから「誰だ?」と言いながら目隠ししたのだろう。そんなの誰かくらいは分かりきったことだが、戯れているのである。二人が親しくなって心を許した時、初めてできることであり、一番楽しい時である。それ以前でもそれ以後でもない微妙な時である。作詞の星野哲朗はいい場面を見つけたものである。

 そして、1番の最後を「あの指あの手 あの声」を悲しく思い出してたまらないと締めくくる。星野哲朗は生涯で4000曲の作詞をしたそうだが見事なものである。

 そんなことを考えていたら、他に「目隠し」を持ってきたものがあったな、と思い出した。

 それは、松本隆作詞、太田裕美が歌う「たんぽぽ」である。その中で目隠しは「いつかあなたに後ろから 目隠しされた公園よ 振り向いてもだれもいない風の音」と歌われる。今度目隠しするのは彼の方である。風の音で彼が近づいたように感じたのにそこには彼はいないという失恋の寂しさを風の音と重ねて心の中でつぶやいている。こういう歌詞を書く時の松本隆はすごい。

 そんな男女の心の揺れを描く時「目隠し」という戯れはおもしろい素材だと改めて認識した次第。

 そうだったら、「目隠し」は歌詞の中に相当使われているだろうと歌詞検索サイトで調べてみた。公称57,000曲の中157曲がヒットした。その中に「小さい秋見つけた」の「目隠し鬼さん・・・」のように使われることもあるので、上記の例ばかりではないが、それにしてもなるほど多いものである。

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