2016年のオリンピックはリオデジャネイロに決定した。私には、どこで開催されようと7年後なんてほとんど見る可能性はないわけだからどうでもいいことだが、ついIOC総会の中継を観てしまった。
大方の予想通り開催都市はリオデジャネイロになった。落選した都市に投票した委員が次の投票でははほとんどリオに入れたことを見ても、内定状態にあったことが分かる。ただ下馬評では1,2位を争っていたシカゴが1回目で落ちたのは意外だった。オバマの神通力は通じなかったようだ。なんとなく、IOCの性格が見えるといったら勘ぐり過ぎか。大統領が応援に駆けつけたとしても国としての経済的後ろ盾が出来ていないという矛盾が響いたのであろう。
リオデジャネイロの開催というのはオリンピック精神が世界にあまねく広がるという点ではよかったのではないか。いまやブラジルは押しも押されぬ経済大国である。2014年にはサッカーのワールドカップも行われるのだ。きっとすばらしいオリンピックになるだろう。
日本人にとって悩ましいのはブラジルが地球の反対側だということだ。ブラジルのいい時間は日本にとっては悪い時間、睡眠に充てる時間である。日本選手が活躍すれば活躍するだけ睡眠不足の国民が生まれ、経済活動に支障が生じてくる、ということになる(「風が吹けば桶屋が儲かる」的こじつけ)。
日本は国民、とりわけ都民の絶対的支持がなかった。北京オリンピックの国を挙げての総掛かりの大会を見せられた後、あれを東京でやるのかよ、といった気持ちがあったのかもしれないし、経済がこんな状態でとてもオリンピックどころじゃないよ、というようなさめた気分もあったのかもしれない。
4カ国の決定を待つ市民の様子を見ても、時間的な制約があったにせよ、日本、東京は官製的で盛り上がりがないようだった。私の周りでも本気でオリンピック開催を望んでいる人ほとんどいなかった。開催決定祝賀会場に詰めていたのも多くが都職員だったと新聞が伝えていた。前のオリンピックは日本が発展する1段目、2段目のロケットで国家的行事、東京都だけのものではなかったが、今回は知事と知事周辺だけが盛り上がっているようだった。「笛吹けど踊らず」の招致活動だったといえる。
鳩山氏も他の都市が元首級を出席させるということで仕方なく出かけたように見えた。もともと民主党はオリンピック開催への熱は低かった。知事はなんでも自分の思い通りにいくなどと考え違いしていなければいいのだが。
環境問題という視点で言えば、まだ世界は「オリンピックくらいそんなこと忘れて楽しく騒ごうよ」という感覚なのだろう。ブラジルは世界最大の二酸化炭素浄化装置のアマゾンを抱え、一方その破壊も急速に進んでいる国である。皮肉と言えば皮肉である。
次の開催都市ロンドンはあの経済危機の影響もあって準備が遅れているらしいがいかにも英国らしいピリッとした大会になるだろう。またそれを期待したい。2016オリンピックのリオデジャネイロは「カーニバル」しか浮かんでこない。毎年カーニバルで散財し、サッカーワールドカップで散財し、オリンピックで散財するのか。大変なことである。
それにしてもこの招致運動というのは異常に思われる。相当な金額の公費が遣われているのだろう。元首級の人が出ていって演説するなどおかしな話だ。テレビ中継の中で落選したら面子丸つぶれだし、場合によってはその国民を冒涜することになるだろう。
今回最終選考に残ったのは、アジア1、ヨーロッパ1、南北アメリカ2である。国の経済力などの問題もあろうから、世界の国を大きく三つに分け、持ち回りするなんてことも考えられる。ロシア(旧ソ連邦)を含むヨーロッパ、南北アメリカ、アジア・アフリカ・オセアニアの三つである。それぞれの地域でIOC委員が決めることだけでも選考が楽になるだろうし、偏りがなくなる。
案外そんな風になるかもしれない。先のことだろうけど。でもその前にしなければならないことは、まだ色濃く残る貴族趣味を一掃すること。あのにおいはどうしても好きになれない。
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昨日午後、TBSで『花祭』というドラマをやっていた。市川森一が脚本を書いている。中部日本放送、地方局(といってもかなり大きいが)の制作である。
愛知県奥三河地方から静岡県北遠地方のさらに北部、設楽・東栄・豊根から佐久間・水窪のあたりには数百年続くこのような行事がたくさん残っている。そして南信地方も含め一つの文化圏を形成しているようにも感じられる。このあたりはよく車で通過するのだが、ただ通過するだけだからそれらを直に見たことはないが、道路脇などの様子に独特な雰囲気を感じることがある。このドラマの舞台になった東栄町布川というところも先日通ったばかりだ。
名古屋を東京とすれば、ちょうど秩父地方のような関係かもしれない。全国的には秩父のように有名ではないが民俗学的には極めて奥が深いところといってよい。一時期民俗芸能に興味を持っていたことがあり、調査をしようと考えたこともあったが、最早体力的にも時間的にも無理である。
(このあたりは、昔は今以上に主要な交通路であった。武田と織田・徳川の戦さでも武装した騎馬、雑兵が行き来したはずである。)
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