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June 2009

June 30, 2009

やっておきたいこと(2)読書計画

 さて、続き。

 「科学本」の担当は池内了。彼の写真が載っているがいかにも科学本を読み漁っておられるお顔である。天文学・宇宙物理学者であるが、彼自身科学啓蒙的著作も多くこのジャンルを担当するにふさわしい人選。私は理解しているかそうではないかはともかくこのジャンルにもっとも興味がある。

 紹介されている本はいずれも(読んでいないのは知らないが)最近出版されたものであるようだ。

 『生命40億年全史』(リチャード・フォーティ)草思社、既読、絶対おもしろい。三部作の中でも一番。
 『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイヤモンド)草思社、購入したが未読。
 『ヤモリの指』(ピーター・フォーブス)早川書房、既読、科学技術の先端が分かる。
 『フェルマーの定理』(サイモン・シン)新潮文庫、既読、引き込まれた。
 『原子爆弾の誕生』(リチャード・ローズ)紀伊國屋書店、未読。
 『飛び道具の人類史』(アルフレッド・W.クロスビー)紀伊国屋書店、未読。
 『寺田寅彦随筆集』(寺田寅彦)岩波文庫、全部は読んでないなあ。「青空文庫」でも読める。以前古本屋で10巻くらいのを見たが。
 『沈黙の春』(レイチェル・カーソン)新潮文庫、既読、ずいぶん前の話。
 『DNA』(ジェームス・D.ワトソン、アンドリュー・ベリー)講談社、未読。
 『生命の未来』(エドワード・D.ウィルソン)角川書店、他の本(『生命の多様性』)は読んだがこれは未読だと思う。
 『ワンダフル・ライフ』(スティーヴン・J.グールド)角川NF文庫、既読、おもしろいが内容に批判はあるようだ。
 『文明崩壊』(ジャレド・ダイヤモンド)草思社、既読、発見が多い。
 『「数」の日本史』(伊藤宗行)日経ビジネス文庫、未読、すぐ手に入りそうだ。
 『数の悪魔』(エンテェンスベルガー)晶文社、未読。
 『世界でもっとも美しい10の科学実験』(ロバート・P.クリース)日経BP社、未読?類似の本はいくつも持っているので、どこかに埋まっていそう。
 『人はなぜエセ科学に騙されるか』(カール・セーガン)新潮文庫、既読、ちょっと・・・?
 『ロバート・オッペンハイマー』(藤永茂)朝日選書、未読。
 『対称性』(レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル)白揚社、未読。
 『物理学はいかに創られたか』(アインシュタイン、インフェルト)岩波新書、既読、もうずいぶん昔のこと。
 『宇宙を織りなすもの』(ブライアン・グリーン)草思社、未読。

 すでに読んだの本はおよそ半分くらいか。フォーティ、シン、グールドらの本は分かりやすくおもしろいので発行されればすぐ手に入れている。私の読誦傾向に近くこれは参考になる。

 とりあえず次は『宇宙を織りなすもの』、『「数」の日本史』あたりを購入することにしようと思う。『「数」の日本史』は近くの本屋にあったように思うが。

 こういう類の私の生活に直接なんにも役立つことのない書籍に惹かれるのは人間のいまが感じ取れるからだ。多分この読書傾向はずっと続くだろう。

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 いやはや何ということだろう。わずか10ヶ月前、大騒ぎして選出した首相を引きずりおろし、新しい総裁で選挙をやるんだそうだ。そんなニュースが入ってきた。取っ替え引っ替え外見を変え、カメレオン政府と言ってもいい。横須賀市長選がとどめを刺したか。そんなことはないと思うが、党内が分裂して新しい総裁を選出しても首班指名で選ばれないかもしれないよ。3分の2もあったらそこまではしないと思うし、我が身第一だからまず保身に走るだろうけど。

 それにしても、人も見られない、世の動きも見られないでよくこの複雑な世の中で政治を進めてきたものだ。

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June 29, 2009

やっておきたいこと(1)

 人生残り少なくなってきて「棺桶」に入れて持っていけるわけでもないがこれ位はやっておくべきだと。折角この世に生をうけ、ここまで生き延びてきたのだから。そんな話。

 「行って実際この目で見ておきたいもの」「観ておきたい映画」「読んでおきたい本」「やっておきたいこと」などなどである。

 そういう時、連鎖的に芋づる式にAからB、BからCという風に進んでいくのがよくある手で、私もだいたいはそんなもので、本なども作者やテーマで続けていくのだが、そうするとやはり近くにおもしろいものがあっても見逃して通り過ぎてしまうことがある。

 そこで役に立つのがその道の専門家の紹介記事。旅で旅行雑誌を見て温泉地を探すようなものである。2,3日前「50」(プレジデント社)という雑誌を買ってきた。

 その特集は「ジャンル別 人生がもっと楽しくなる傑作・名著591冊」。そのジャンルは「歴史小説」「ノンフィクション」「企業・経済小説」「文豪・古典」「恋愛小説」「ミステリー」「エッセイ」「科学」「思想・哲学」「スポーツ」「マンガ」である。

 番外編には50年代以降のベストセラーや映画・クラッシック音楽・落語なども。

 さて今日は番外編の映画から。

 NHKBS2で連日出演中の山本晋也が担当している。題は「泣ける『名画DVD』図鑑」。洋画、邦画各十作が紹介されている。

 洋画は「ふたりの女」「ひまわり」「禁じられた遊び」「運動靴と赤い金魚」「ニュー・シネマ・パラダイス」「初恋の来た道」「素晴らしき哉、人生」「ライムライト」「エデンの東」「ライフ、イズ、ビューティフル」。監督と趣味が似ているのかほとんど鑑賞済み。でも「エデンの東」など高校生の頃だから今観たら全く違う感想を持つだろうな。「ニュー・シネマ・パラダイス」は探す意味がありそう。

 邦画は「東京物語」「火垂るの墓」「野菊の如き君なりき」「ぐるりのこと」「おくりびと」「サード」「にあんちゃん」「愛と死をみつめて」「二十四の瞳」「たそがれ清兵衛」。未鑑賞は三作。「ぐるりのこと」「おくりびと」「サード」。ブーム中はそれをしないというひねくれ者・天の邪鬼だから「おくりびと」はまだ観る気はない。「ぐるりのこと」は近日中には観る。「サード」は完全に見落としていた。こういうことがあるからこういう本の意味がある。

 邦画にしても洋画にしても私が一週間に何回も映画館に足を運び、心の一部分に映画関係の仕事に行きたいと思っていた時代に公開されていたものも多く、ずいぶん観ていると思う。その頃は「ハリウッド大作映画」から「B級映画」まであらゆるジャンルのものを「どれも映画である」というだけで観ていた。

 著者の紹介記事を読んで驚いた。山本監督は250本の映画を監督しているそうである。彼が監督業をしていた期間はそれほど長いものではない。それで250本である。多くは「あのジャンル」の映画だったはずだが、「監督」と呼ばれることもこれで納得した。

 次回は「科学」のジャンルについて。

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June 28, 2009

中央値を示せ!

 また夜型になったついでに「朝まで生テレビ」を観た。今回のテーマは「貧困」。

 NPO法人「反-貧困ネットワーク」事務局長の湯浅誠さんが出ていた。実際活動しているので話に説得力がある。中で二人(堀氏、金氏)の「評論家」の話は酷い。実態が全く分かっていない。こういう場所に出てくる人はすでに成功してひな壇に並んでいる人たちとはバックボーンが違うのだから意識をきちんとしていかないと見当外れの話になってしまう。

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 その湯浅さんが貧困層を「所得の中央値の半分以下」と規定していることが印象に残った。彼は「中央値」という言葉とりわけ強調して話していた。「平均値(アベレージ)」ではなく「中央値(メジアン)」である。

 ものの実態をより明確に表現するためには「中央値」の方が優れていることが多い。特に「所得」などの場合はそうである。「中央値」は極端な数値を排除できるからである。

 日本の世帯あたりの貯蓄額は平均1143万円(2007)ということらしいが、実際には平均以下が全世帯の3分の2を占めているらしい。おそらく中央値は700万位だろうか。こちらの方が実態により近い。

 何億、何十億という貯蓄がある人は数は少ないだろうが、平均で考えると数値を大きく引き上げる。だが隣にそんな人が住んでいても自分の家が豊かになることはないのであり、実際面での影響はないのである。

 ここの地区は平均貯蓄額や平均収入が高いから高級品の店を出して儲けようと思っても一軒だけ収入が極端に高い場合は買いに来る人ほとんどいないことになる。「中央値」の場合はそういう人の値は排除されるから実相がより確かなものになる。

 子どもの点数などもそうで点数が高い子や極端に低い子が転入したり、転出しただけで平均点の1,2点は簡単に変動する。一校や一学級の人数が少なくなった現在これはますます顕著に表れる。だからかつてあったような「明日は休んでいいよ」なんてことが起こる。

 日本には「平均神話」というようなものがあるらしい。「平均値」がダメだと言うつもりは全くない。だが「中央値」も同じかそれ以上に重要だということは知っておくべきだ。「平均」という言葉はほとんど全ての人が知っているだろうが「中央値」という言葉を知っている人は多分少数派だろう。

 外国のように近所に100億円の宝くじに当たった人が出ても自分の家の収入が増えるわけではないのである。中央値への影響はほとんどない。もっと「中央値」という言葉とその使用が拡大することを望む。「エクセル」でも簡単にでるし、並び替えをして下から(もちろん上からでも)数えるだけである。

 「平均」でものを考えないようにしよう、と言ったのは何度目だろう。でもこれは重要なことである。「平均値」の弱点を知らずに使用しているのなら「平均神話」の犠牲者でしかないが、それを知って利用している場合はその中に「詐欺的」意図が存在していると警戒して見た方がいい。

 「朝まで生テレビ」で「経済の発展なくして国民生活は向上しない」という当たり前のことを声高に主張していた二人、今の日本の現実をどう見る? 「経済力が伸びた結果、豊かな者はますます豊かに、貧しい者はますます貧しくなった」のが現実ではないか。

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 選挙が近付いて来ているが各党は「バラマキ」をしない方がいい。麻生首相の支持率が落ちたのは「定額給付金」という「バラマキ」をしたからだ、と考えた方がいい。国の借金は本当に必要なところだけでいいと考えている。細かい数字の取り扱いはともかく、今の日本人の政治感覚は職業政治家よりも進んでいる。もう撒き餌には近付かない。

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June 27, 2009

2年目に入る

 いよいよ再々開2年目である。あんまり張り切らずに続けていく。

 実は一昨日は朝4時に起床して夜9時帰宅するまで写真撮影に行ってきたのだ。自分一人ならこんなことはしないのだがそうでないので普段のいい加減な生活リズムを変更しなければならない。夜型の生活を50年近くしてきたのをこの歳になって変えるというのは大変なことあるが、こういうことをしないとますます夜型になっていってしまうのだ。

 だから一昨日までの三日間睡眠は合わせて数時間しか取っていない。夜も目が血走った状態で朝近くまで寝られず、その後爆睡に入った。また夜型になりそうだ。

 ところで政局はますます混沌としてきている。一寸先は闇という言葉が似合う状況である。そんな中ある知事が自民党を変えなくちゃあならないと叫んでいる。まさかまじめにそう思っているわけではあるまいが、もしそうだとしたら認識そのものがおかしい。変わるわけがないじゃないか。

 自民党がいま、いまの形で存在しているのはそういう形で存在してほしい力が働いているからである。じゃあ、なぜその力が今衰えてきているかというと化けの皮が剥がれたからである。その化けの皮とは最大の支持母体である大企業が儲かれば国民の生活は豊かになるという論理である。

 それが証拠にあの元首相はは自民党をぶっ壊すと言いながら自分の子をその自民党から立候補させようとしているではないか。存続を願っている明らかな証拠である。元首相がぶっ壊そうとしたのは自民党ではなく本来あるべき自民党から離れつつあった自民党であり、それを元に戻そうとしただけである。

 成長しつつあった日本ではそれも通用した。日本の外に利益を求めたからである。経済力そのものが増大していった時代はおこぼれも大きかったから国民生活も豊かになっていった。だがパイの大きさが変わらない時代になって、その論理は通用しないことがわかり、国民が離反し始めたのである。だが自民党がそれに合わせて変わったらその存在意義を失ってしまうのである。

 民主党は本質的には自民党と大差があるわけではないが、若干社会民主的な要素を加えて育って来たので国民的支持を増大させている。社民党が共闘志向にあるのもそのためである。だが中枢にある人たちは自民党分派である。そこが目立ち始めると結局は同じ道を歩き始める。

 それぞれの政党など国民にとって必ずしも必要とするものではない。必要が生まれた時存在するものである。必要がなくなったら消えればいいのである。

 6月中に何かが起こると予測していたがどうも3つに絞られてきた。①解散②首相退陣③内閣改造。私は月火のうちに①があるように思うがこれには私の希望的観測が強い。②は急に可能性が高くなった。③は何かが起こるというほどのことではないが大臣にサプライズがあれば「何か」と言ってもいいだろう。

 (何も起こらなかったら日本の政治はますます闇だ。政治どころか日本そのものが闇だ。)

 もし②だとしたら首相に元女性防衛大臣位を起用しなくてはかえって自民党には「たらい回し」という批判が高まってマイナス。だがこういう話は「政治評論家」だけが喜ぶだけで国民にとってはどうでもいいこと。「政治評論家」でなくて「政局評論家」ばかりだからだ。

 本当に国民の未来が明るいものになるには政治がどうならなければならないかを明確に示すことができる人は残念ながらテレビに出てこない。

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 マイケル・ジャクソン、ファラ・フォーセット死亡のニュースが入ってきた。情報番組はそのニュースばかりである。私には二人とも興味の対象外だったから特に感じることはないが、死はどんな栄耀栄華を極めた人にも等しく訪れるものだと改めて思った。

 諸行無常である。

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 毎年この頃になるBS2では美空ひばりの特集をやる。美空ひばりが生存中はさほど関心があったわけではなく、どちらかというとそのスキャンダルの方が目立っていて離れたところで見ていたが、没後有名演歌歌手が彼女の歌を歌うのを聞いてそのあまりの違いに驚きすごい歌手だと認識、隠れたファンになった。ある程度歳がいって演歌が好きになったこともある。歌唱力があるというの彼女みたいなことをいうんだとわかった。私が死ぬまでに彼女を超す歌手は現れまい。もちろんいまでもいい歌手はいっぱいいるが40年も50年もそして死んでからもトップに居続けるなんてことは並大抵どころの話ではない。

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June 26, 2009

前夜祭

 今日は前夜祭である。6月27日、この日はこのブログを再再開した日である。物理的に書けなかった日を除いてほぼ毎日続けて1年間書き続けてきたということである。故に今日は前夜祭。と言っても何か特別の行事やプレゼントがあるわけはないのであるが。

 最初何とか自分の考えを表現しようと始めたのが数年前、だがそんな時間がなくてすぐ中断。その内容はすでに削除して存在しない。その後安倍内閣が発足し、急激な右傾化が進められて黙っていることができなくて再開したが今度は仕事が猛烈に忙しくなり再度中断した。

 そして去年リタイアし環境の変化もあって体調を崩しだらだら日々を過ごしていたが、シャキッとしなくてはと少し周りの人に知らせて否が応でも続けなくちゃあならないように自分を追い込んで再々開したのが1年前。飽きっぽい私としてはよく頑張れたと思う。

 どのくらい書いたのか調べてみようと初期設定の「一太郎」のA4サイズにこのブログ全文を書き出してみたら400ページ強あった。いろいろなコードや空行などあるから実質の文章はその半分と見ても200ページ強である。原稿用紙では500枚位か。塵も積もれば山となる、である。

 一応は1年間というつもりだったから、今日をもって閉鎖ということにしてもいいわけだが、現在アクセス数が8000超、10000までというのもいいかなと考えたり、訪問者が数ページに亘ってアクセスしてもらっていることもあるということは単に迷って入ってきただけではないと考えたり、そしてこれが一番なのであるが、目標にしていた写真のアップができていないこと、こんなことでもう少し続けていこうとしている。

 ただ私はWeb検索やブログ書き込み、文書作成用のパソコンと写真処理用のパソコンを区別して使用している。でもこの二つのパソコンはLANなどで繋がれているわけでなく、USBメモリーでいちいちファイルを移動しなくてはならない状況であり少々面倒なのだ。

 こういう面倒くささが書くこと自体を妨げることになるかもしれないので無理して画像アップをしてこなかったのである。でも明日からは2年目、少しステップアップしていきたいと考えている。

 中身はたいしたことは十分自覚している。あくまでも自分のためなのだ。そこをご理解いただき今後ともよろしくご愛顧いただきたい。

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June 25, 2009

歴史への目

 「週刊朝日」(7/3号)の記事にこんなのがあった。

 首相の性格を知る議員はこう話す。
 「都議選前の解散は、党内では、勝てる見込みがないのに突撃する『バンザイクリフ』と言われている。(以下略)」

 『バンザイクリフ』は言うまでもなくあの1万人が追い詰められて海に『天皇陛下万歳』と叫びながら飛び込んだというサイパン島の「バンザイ岬」を言うのであろう。それ以外に見つけられない。今は観光地化しているようだが、多くの慰霊碑も建立されているという。

 国民の疑念に背を向けて靖国神社に参拝することが党是となっているような政党において、あの第二次世界大戦、太平洋戦争の悲劇を身内ではこのように茶化しているとしか思えない発言がまかり通っていることに驚きを禁じ得ない。

 しかも『バンザイクリフ』の悲劇は「勝てる見込みがないのに突撃する」なんてものではなく、米軍に追い詰められた多くの民間人、女性や子どもが逃げ場を失って海に飛び込んだものである。長く海は真っ赤に染まり死体に埋まっていたという。沖縄戦でも同様に南に追い詰められて多くの島民が殺されたり集団自決させられている。

 (私が高校生のころだと思うがテレビで米軍が撮影したフィルムを中心に「太平洋戦争史」のようなものをやっていた。その中でこの場面を米軍飛行機などから撮影したものを延々と映していた。私はこの時はじめて戦争の本質が分かったような気がした。小学校の頃は軍艦や戦闘機の模型作りに夢中になっていた一種の軍国少年だった。)

 こういう発言をする国会議員も国会議員であるが、こういう発言を看過する記者も記者、編集者も編集者である。戦後生まれが社会の中枢を圧倒的に占める時代になって歴史への鋭い感覚、無頓着さに刺すとげがなくなって来ているようだ。

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 『臨場』が最終回。倉石は少し個性を出し過ぎと思うが、それを差し引いても1時間1話完結の連続ドラマとしては見応えがあった。原作では倉石がもっと引いているがこうドラマ化するのかと一面では納得する。テレビ朝日のこの水曜9時と木曜8時のドラマは大人が観て楽しめる連ドラ時間帯だ。渡瀬にしても橋爪にしても沢口にしてももうおなじみである。顔の区別のつかないアイドル主演ではそれだけでつまずいてしまう。

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June 24, 2009

不安が高まっています

 ある程度歳を取ってくるとこれから何年生きられるかとかその間にどれくらいのお金がかかるかとか考えるようになるわけです。仕事をしていて月に一定の収入があるうちはまあ考えないわけではないですがそれほど切実な問題ではないです。生きていく上で月あるいは年にいくらかかるか、年金収入はどれだけか、ちょっと大きな買い物をするときは現役のときと違った思考があるわけです。

 世の中が今の状態で行けば子どもに金銭的な世話にならずに行けそうですが、大変動すればそれどころじゃないことも確かです。年老いて少なくとも金銭的に負担はかけさせたくありません。おそらくリタイアした人たちの共通のおもいじゃあないでしょうか。

 明日どうやって食べて行こうかという状況ではのんびりこんなブログ書いていられません。

 家計は収入支出のバランスの中で維持されていきます。このバランスが崩れそうであったなら、それは不安で不安でならないでしょう。昨年度の自殺者がおよそ32000人だそうですが、その不安の結果の一側面です。交通事故の死亡者が6000人強であることを考えるとこれは大変な数です。

 人口12万人の都市、東京近郊の市の人口はこんなものです、では毎年32人が自殺しているわけです。死亡交通事故の場合は交番前に表示されますし報道もされますが、自殺の場合は事件がらみでない場合は報道されることもありません。でも5倍の数です。

 原因としては学業不振、恋愛問題、家庭不和など様々でしょうが、それでも伝わってくる情報をみてくると、最近は失業、経済困難、経営不振など上にあげた不安というものに入れることができるものだ増えてきているようです。

 ところで今の政治はどうでしょう。庶民のこういう不安を解消する方向ではなく、一層駆り立てるようなことばかりしているような気がしてなりません。一番の大問題は歳入歳出のバランスが完全に狂っているということです。確かに今緊急な支出をしなければならないものもあるでしょう。

 それが数年後にはおそらく大増税、12%消費税となって国民に押し寄せてくるのです。貯金を切り崩したり年金だけで生活している人にとっては恐怖と言っていいくらいなことです。12%ってすごいですよ。100万円買い物したら12万円です。定額給付金の10倍です。定額給付金の支出なんて1.2ヶ月で回収です。にたにた笑って自慢気にいう「オレのツラ」をしっかり見てやりましょう。さらにこの国の将来は大丈夫かという不安さえ生んでいます。

 与党の幹部が有名県知事に出馬要請に行って真実はどうか分かりませんがテレビで観る限り「おちょくられ」て帰って行きました。明らかに知事の方が上位といった景色でした。テレビではおもしろおかしく伝えていましたが、こういうことが報道されること自体「たが」が緩んでしまっていることであるし、与党議員が腹を立てる気持ちも十分分かります。まして同情されるようになったら政権政党として最悪の事態です。

 民主主義の日本ですから政治について語ることも主張することも国民の権利であり義務でもあります。でも国民は政治の専門家ではないのですから細かいことの一つ一つ完全に理解することは出来ません。まして未来のこととなるとますますです。そんなとき「未来は明るいな」と希望を持たせるだけの信頼感を国民に与えるのは政治を仕事として選択し国民に委託された政治家の義務ではないでしょうか。

 その自負と自信がない政治家は速やかに退場すべきです。 

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June 23, 2009

危険な自転車の歩道走行

 先日幅1mほどの歩道を歩いていた。ゆるい下り坂になっている。すると後ろから音もなく近付いてきた自転車が歩道の縁石から車道に猛スピード飛び出して走り去った。私が歩いていたからよけたのであろう。ただその時私の左手上腕部を彼の服がこすっていった。彼は車道に出たが明らかに右側走行である。

 私は車を運転するので年配者が車道で突然斜行を始める場面を何度も目撃している。だから年配者の自転車を見つけたときは後続車になんと言いわれようと徐行しようとしているが、この若い人たちのマナーの悪さも本当に怖い。

 歩行者と自転車の事故は想像以上に多いようである。多くは軽微な事故であろうが中には死亡事故になってしまうものもある。先日も老人が転倒して頭部を打ち死亡したというニュースがあった。

 子どもは突然左右に動くし、年配者は腰や膝を痛めている人も多くグラッとよろめくこともある。歩道はそういう人たちも含めた歩行者の安全を最優先にした施設なのである。

 車道を走る自転車運転者の安全のために歩道走行が認められたわけだが、それは加害者になる確率が増えたのだと自覚する必要がある。

 歩道の自転車走行が許されていると言っても歩行者優先の施設である。歩行者が主であり、自転車は従である。だからいくつかの制限も加えられている。車道側を走行すること、歩行を妨げないことなどである。あくまでも歩行者優先なのである。ベルを鳴らして歩行者を退かしたり、悪罵を投げつけたり、脇を猛スピードですり抜けたりすることは絶対あってはならないことなのである。出来る限り歩行者のリズムに合わせて走行するのが望ましいのである。 

 さらに不安なことは自動車のように強制や任意の保険がないことである。いやないわけではない。私もよく自転車に乗っていたときは保険に入っていた。でも、入らなければならないものでない。おそらく入っていない人の方が多いのではないだろうか。

 歩行者優先の場所で歩行者と自転車が事故を起こせば当然その損害のほとんどは自転車運転者が負わなければならない。加害者が少年であればそれは保護責任者である親が受け持たなければならないであろう。

 これからは高齢者の割合がどんどん大きくなってくる。そして、健康志向に伴い散歩、ウォーキングをする方も増えている。朝夕群れのように動いていく姿をよく見かける。その中を自転車が縫うように走っていくのだ。

 全体の交通死亡者は年々減ってきている。これは規制や罰則が厳しくなったり、道路環境の整備が進んで来たことの結果であろう。今後はもう少し自転車対策を考える必要があろう。(今度の道交法の改正で携帯の使用が規制された。)

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 沖縄慰霊の日である。

 「ひめゆり隊」など一般島民を巻き込んでの戦闘が終わった日である。100万に満たない島民のうち20万人の島民が死んだという。中には集団自決などの悲劇が多数あったと聞く。

 若い頃「沖縄返還運動」などを知る中でいくらかであるがその真実を学ぶことができた。だが「サイパン島のバンザイ岬」で飛び降りた多数は沖縄出身者であることを知ったのは今日である。まだまだ知らないことが多い。

 きな臭いにおいが漂い始めた今日私たちはもっと過去の歴史を学ばなければならない。

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June 22, 2009

『刑事一代』2

 昨日はこのドラマについてやや批判的に書いたので今日はその続編。

 「吉展ちゃん誘拐事件」。このドラマの中核になる事件だけにしっかりした作りになっていた。犯人の人間像も丁寧に見せていた。事件を起こした犯人を生んだ風土もテレビとしては十分すぎる描き方だ。

 アリバイ崩しでは以前ダメな刑事と優秀な刑事というにおいが残っているし、そのアリバイが決定的だとしたならちょっと雑な作りとしかいいようがない。犯人が簡単に崩れるアリバイを執拗に主張してきた意味が理解できない。

 主人公のの描き方にも深みが出来ていて思わず引き込まれてしまうこともあった。

 前編はまあ、という出来だったが後編、第2部はよく出来たドラマだ。若干の前説を入れればこちらだけで十分である。

 最後に指揮を執った「三億円事件」は未解決に終わった。彼のような捜査法が時代の変化の中で翻弄されていく様子も見せていた。でも週刊誌の中の記事の中に彼の名前を見ることもあり、偉大な捜査員であったことを物語る。

 渡辺謙は「ラストサムライ」「硫黄島からの手紙」やこれのように眉にしわ寄せるような役が多いし、いつも同じ顔をしている。萩原聖人はいつみてもいい役者だ。好演。原田美枝子はもう大女優。安心して見ていられる。柴田恭兵はどのドラマでも年齢不詳。相武紗季、注目中。立ち姿がいいなあと思っている。

 (昨日の記事で当初「吉展ちゃん」が「吉信ちゃん」になっていました。訂正しました。)

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June 21, 2009

『刑事一代』

 テレビ朝日が(社運をかけて・・・とまではいかないか)力を入れて作った単発ドラマ。

 平塚八兵衛という実在の刑事をモデルに構成されている。事件は四つ。「帝銀事件」「警備員殺人事件」「吉te展ちゃん事件」「三億円事件」。「帝銀事件」は後に知ったが発生時は赤ん坊だった。「警備員殺人事件」は知らなかった。「吉展ちゃん事件」毎日報道され日本中が成り行きを見守っていた。「三億円事件」は学生時代。それらに関わり解決に向けて大変な苦労をしていたことには頭が下がる。

 だが「帝銀事件」はいまだ謎が残っていて様々に議論されている事件であるし、「三億円事件」は未解決であると同時に捜査そのものに疑問が提起されている事件である。また、「吉展ちゃん事件」は犯人は捕まったものの捜査ミスで犯人を取り逃がし吉信ちゃんは殺害されている。

 前編が終わった段階でこれを書こうと思ったのは主演俳優が深夜の番組宣伝番組で「権利などのため捜査が進まなくなっている」かのような発言をしていたからである。(こういう点が彼を十大スターとして評価できないところかもしれない・・・以前の記事)

 主人公を英雄視することを中心においたドラマ作りのため、実際にあった事件に関わらず事件そのものの掘り下げは全く成されていず、捜査の様子は他の2時間ドラマと大差ない類型的なものである。前編を観た限りでは半生を描いているにもかかわらず主人公の人間的成長を見ることができない。

 足利事件という冤罪事件が明らかになった、また、裁判員制度が始まったいま、テレビ朝日が「50周年記念ドラマ」としてこのドラマをどう位置づけて製作し放映したのか疑問に思わざるを得ない。

 視聴者のある年齢以上の人たちはこれら事件を鮮明に記憶している。ドラマで描かれた以上のことを知っている方も多いだろう。俳優やセットなどは豪華で力を入れていることは十分理解できる。だが本当に力を入れなくてはならないのは別のことだろう。

 以上はあくまで前編を観た限りの感想である。後編でこれら疑念を払拭してくれることを祈る。私の中では「テレビ朝日」は評価が高い方にあるキー局なのだから是非そうなることを願う。

                            (02:30) 

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June 20, 2009

『レイテ戦記』を読み始める

 大岡昇平の『レイテ戦記』を読み始める。(文春文庫 上・中・下)

 先日NHKで大岡昇平がなぜ『レイテ戦記』を書き始めたかの特集番組をしていた。己の戦争体験・戦死した仲間の鎮魂のため史実を克明に表現したもののように感じ取れた。

 いわゆる戦争、特に第二次世界大戦に関わる文学はかなり読んでいるはずの私であるが『レイテ戦記』はなぜか読んでいなかった。もちろん知ってはいたがようするに取っつきにくかったのである。

 戦争文学を読むからといって私は戦争が好きなわけではない。全く逆である。私は戦後生まれだから戦争というものを直接体験していない。両親がどちらも海軍関係だったから戦争の話は小さい頃よく聞かされていた。ここではとても書けないような酷い話も聞いた。

 自ずと戦争とはいかなるものかという思いが湧いてくる。その一つの迫り方が戦争文学である。これからはもう無理であるとおもうが、これまでに書かれた多くの文学は作者の実体験が底流にありその体験を裏付ける形で書かれたものが多い。

 だから観念的でなく、戦争の実相がよく分かる。戦争の愚かさを知るための読書である。

 一気に読み終えるような体力・気力はもうないので時間がかかるがなんとか読み終えたいと思う。

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June 19, 2009

ゆり

 「ゆり」を撮りに所沢に行ってきた。昔「ユネスコ村」、少し前まで「恐竜博物館」があったところ。西武グループの経営のようだ。だから、西武電車沿線の方は最寄り駅でフリー切符を購入するといい。入園料、電車料金が割引になるし、西武球場前と西武園間が乗り降りフリーになり、もうシーズンも終わりに近いと思うが北山菖蒲園も一日で見ることもできる。さらにレストランも1割引きだ。・・・・・・・・・・西武の宣伝になってしまったかな。

 見学者が少ないうちにと出かけたが早すぎた。開門は8:45位、開園は9:00だ。開門までは西武球場駅前しかベンチもない。というわけで開園と同時に入園。撮影目的の人間はその時私ともう一人だけだった。

 案内によると「スカシユリ系」は今が見頃。ただところによっては時期を過ぎたものも多かった。「ハイブリッド系」はまだのようである。

 10時を過ぎるとどっと人が増えてくる。だから撮影はそれまでが勝負。

 どうした加減か通路そばの花はほとんど花畑の内側を向いている。反対側の通路に行ったら大丈夫かとも思ったがやはり内側を向いているのが多かった。不思議なことだ。

 それでもコースとしてはアスファルトのお気軽コースから入るのが正解。順路と書いてあるところから入るとお気軽コースに辿り着いたころは人がいっぱいで撮影に支障を来す。重い機材を持って歩くのにもその方が楽。

 縞状に植えてあるところは見事だが、木立などを取り合わせて撮影しようとすると樹下のユリがややさびしい気がする。まあ自然状態ではその何分の一だろうけど。

 途中知らない方だったがカメラ談義になり楽しかった。私の様に撮影であちこちまわっているそうだが経験も知識もはるか上にいる方だった。

 三脚や一眼レフを2台も持って歩いていると「プロの方ですか」などと聞かれてしまうことが何度もある。中には批評を求める人も。私の格好が少し様になってきたかな。でも答えはもちろん「まさか、ド素人ですよ」。

 あと1月くらいはユリを楽しめるそうだ。

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June 18, 2009

いよいよ末期?

 党首討論を見た。麻生政権もいよいよ末期状態との印象を受けた。前福田首相が小沢代表との討論で泣き言を言った場面を思い出してしまった。

 鳩山代表の押しに土俵際まで追い詰められているようだった。「国営マンガ喫茶」が安倍首相時代からのものだという首相の発言に、「なぜ補正予算なのか」は見事な投げ、これで首相は混乱をきたし、時間切れが分かっているにも関わらず突然安全保障問題を言い出す始末。最後はおたおたしていた。

 昨日の討論は明らかに鳩山代表の勝点である。もちろんテレビだけで見る範囲でしかないが首相の表情には自信の欠片もなく、何をしたらいいか分からなくなっているように見える。

 6月の末までに何かが起こる(気配がする)。すでに各社世論調査での内閣支持率は18%前後である。不支持率に至っては70%弱。与党議席数とのあまりの差。この状態では何かすればするほど反感を持たせてしまうことに気づいていないのか。

 おまけに一つ。首相はクールビズだと思っているいるのかもしらないが、シャツのボタンを外すのは一つにしよう。二つも外して若ぶっているつもりか。

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 これは末期でなく、これからの話。

 ワールドカップ最終予選。1-2でオーストラリアに負ける。

 やはり最後の詰めの弱さということかな。きちんとしたシュートなんてさせてくれるわけないのだからどんな態勢からもシュートする力をつけなくちゃあ。それとゴールに向かうスピードがのろすぎる。トラップした途端流れが止まってしまう。その間にディフェンスが整えられ入り込むことが出来ない。体格では絶対的に不利な状況にあるのだからそこで競い合っても勝てるわけがない。ディフェンスの強い相手に有効な作戦が用意されていたとは思えない。

 岡田監督のこれからに期待しよう。少なくともどこかの宰相よりも数倍以上の期待度はある。

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June 17, 2009

写真のモチーフ

 「ゆり」のシーズンのようだ。仕事をしている時は休日は所用をこなしたり、ぐたっとしたりで観光スポットや公園や自然の中に出かけることはほとんどなかったが、リタイアしてからは暇だけは十分にあるので出かけることが多くなった。運動量は仕事をしている頃の方が比較にならないほど多いが、その運動不足を補うためにも出かけている。

 しかも一応作品作りを目的とした撮影という課題も出来たのでなおさらである。でも自分だけで考え行動するのにはあまりにも力不足。多くはベテランの皆さんのお世話になっている。

 そういう中ではたいていモチーフは「ネイチャー」である。ネイチャーといってもまた広いが私の場合「風景」か「花」である。

 そうやって出歩いていると結構アマチュアカメラマンに出会う。そんな中にはずいぶん対象を絞っている人が多い。私の場合、同じ場所になることもあっていわゆる「鳥屋さん」によく出会う。「鳥屋さん」の持っている機材はすごい。意外に若い人が多いが、そうだろう、あんなに重いもの高齢者にはとても運べない。

 線路の近くでは「鉄屋さん」を見かけることがある。「鳥屋さん」もそうだがじっと待ち続ける辛抱強さには敬服する。その他、ねこ、動物、工場、飛行機、レースなど様々である。どれもおもしろそうだが兵器だけは平和主義の私としては御免被りたい。

 さてはじめに書いたように「ゆり」のシーズンである。ネットで調べたところずいぶんあちこちにゆり園があるものだ。静岡県の可睡のゆりは相当のもののようだ。近くをよく通るのに全然知らなかった。折角の機会を逃してしまった。ここはもうシーズンを過ぎている。

 気になっていた富士見高原の「ゆりの里」のシーズンは7月中旬らしい。開園は9時だが幾日かは写真愛好家のために6時に開園するらしい。いい企画だ。だが申し込みをしなければならないので行き当たりばったりの私には無理。それに6時に着くためには夜中の2時頃出発しなければならない。

 今年は所沢と富士見に行ってみようと思っている。でも本当は人間のにおいのするものを撮ってみたいと思っている。と思ってはいても人間を撮るのはいろいろ難しいのだ。しかも私が人一倍恥ずかしがり屋ときている。だから人間を入れない人間のにおいのするものを探している。今の日本を表すものである。

 こういうことを思いながら、風景や花を撮っている。

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June 16, 2009

『山桜』

 体調回復のための休養中、暇ついでに『山桜』を鑑賞。もちろんDVD。

 公開当時忙しかったことと主演女優が藤沢文学とミスマッチのような気がしてそれほど積極的に観ようとは思えず、スルーしていたがTUTAYAで見つけ妙に気になって借りてきていた。

 原作:藤沢周平 「山桜」(新潮文庫『時雨みち』所収) 監督:篠原哲雄 出演:田中麗奈 : 東山紀之

 これが意外とよかった。不幸な結婚生活を送っていた野江(田中麗奈)がかって結婚を申し入れた武士手塚(東山紀之)の心を知ることにより、新たな生き方を自ら切り開いて行こうとするする姿を雪国の小藩の内紛と自然の静かな佇まいを背景に描いている。

 雪の風景がすばらしい。農村の姿の厳しさと静謐さがすばらしい。なにより山桜の控えめでありながらうちに秘めた意志の強さがすばらしい。野江という女性の生き方そのものであろう。

 脇役もとてもいい。最近パッとしたものが見られなかった篠田三郎、老けてきて貫禄が出てきた檀ふみ、そしてびっくりしたのが手塚の母親役の富司純子。昨日北政所で彼女を見たばかりだ。お龍の声の張りは未だ健在。

 この二人、野江と母親の交流がいい。野江の流す涙の中に新しい生き方を見つけ出していく女性の変化が見事に描き出されている。

 山桜を再び取ろうとする野江の様子もいい。とてもかわいらしく、まるで少女のようで生まれ変わる初々しさがある。

 ただ残念なことに着物姿での歩き方はいただけない。武士の内儀らしいきりりとした美しさがほしい。若い女優全てに通ずる課題である。

 ★★★★☆ 武士の妻の歩き方はやはり時代劇の基本。戦争映画の日本兵の長髪と共にここがしっかりしていないとどうしようもない。

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 カミさんが「ゆり園」に行ってきてその様子をデジカメで何枚か撮ってきた。北海道のあの畑のように色分けしているようだ。またそれほどびっしり植えられているわけでもないようだ。広角だとさびしい気がする。さてどうしようか。スカシユリ系が中心のようである。もう少し待つとしようか。

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June 15, 2009

裏磐梯で撮影

 土日の二日間、裏磐梯に写真を撮りに行ってきました。

 あいにく雨が降ったり止んだりの天気であったが、写真を撮るにはこういう時の方がピーカンより風景に思わぬ変化が見えて楽しいのです。とは言ってもこれはベテランの皆さんのことで、私のような超入門者は準備不足でさんざんでした。

 普段私は自分の車で出かけて天気次第、気分次第で撮影していますし、必要以上のものをトランクに放り入れていきますから、所有していないものはともかくものでこまることはないのですが、今回は荷物に雨に対する準備が十分でなく最終的ににはびしょ濡れになってしまいました。

 だいたいが私の発想には雨中の撮影なんてものは存在しなかったのです。いやはや参りました。今後に備え雨具一式とカメラ保護、雨中撮影用の用具も準備しなくてはなりません。

 でも腹立たしく言っているのではありませんよ。実におもしろかったです。おそらく写真の出来は酷いものでしょうけど課題みたいなものも出てきましたし、もう一度自分なりのペースで撮影に出かけてみようと思っています。ちょっと遠いですから頻繁にというわけにはいかないでしょうけど撮影に適したというか撮りたい自然とかネイチャー派には最適な撮影地ですね。

 二日間強行日程でしたので今日はぐたっとしています。明日か明後日、これも天気次第ですが「ゆり園」にもいってきたいです。富士見の「ゆりの里」もおもしろそうですね。本で発見したのですが、今はどんな様子か分かりません。これからネットで調べて見ようとしているところです。

 これからもう一休みです。 

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June 12, 2009

続 三脚を選ぶ

 このブログでアクセスの多いページの一つが「三脚を選ぶ」であった。三脚選びには皆さん大変苦労しているようだ。

 そのページを書いたときはいままで使っていたベルボンの三脚が大きく重く持ち歩くのに辟易していたときで細身でも全長があって軽くしかも耐荷重が大きくて丈夫なものを探していたのである。

 最近は数人で車に相乗りし、撮影場所の近くまで行くことが多く、太さと軽さはあまり考慮する必要がなくなってきた。おかしなことだが重いカメラを背負っていくことで体力も少し回復してきた。自分一人で車で行くときにはトランクに大中小の3本載せていくので目的地で適当なものを選ぶ。電車バス移動の時はほとんど中である。大中小と言っても全長は176.5cmの私が屈まなくていい高さがあるからパイプの太さを意味している。そしてそれは重さでもある。ようするに最近はその時より一ランク太い三脚を常用しているのである。

 そんな私がさらにいまほしいものはジッツォのGT2531というものである。いろいろ買って使ってみて目がそこに辿り着いた。資金的に今は買えないでいるがこれはお薦めである。ただし対象者は女性、アラカン以上の方である。若く体力のある方は3シリーズがお薦め。さらに体育会系や助手がいる方はハスキー3段などをどうぞ。私にはハスキーの3本のうち1本でもダメである。ハスキーを持ち歩くと聞いただけでその方を尊敬してしまう。

 雲台は自由雲台を使用する人が多いようであるが、私とは相性が悪いようである。風景主体では時間はあるので3方向をゆっくり決められる種類がいいようである。ジッツォの脚は評判がいいようだし、見た目も品があるという感じがするが、雲台の評判はそれほどでもない。2531にふさわしい雲台が見つかったら両方を手に入れようと密かに考えている。(最近写真にかける費用が多く還暦離婚が心配になってきている)

 何しろジッツォの三脚は20年、30年楽に使えるほど頑丈にできている(そうだ)が、近くお呼びがかかるかもしれない天国のように足下が雲だったら三脚は使えないから一踏ん張りしようかとも考えている。どうであっても生きているうちがハナ。

 ということで還暦過ぎたかなり長身の人に限定した三脚選びの話でした。

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 明日、明後日は撮影旅行で休刊の予定。先週は『天地人』『陽炎の辻3』とも見損なった。今週もダメみたい。この2本だけは見逃さないようにしているんだが。 

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June 11, 2009

対カタール

 結果は引き分けであったが内容的には貧弱であった。本大会出場が決まった後であったり、出られない選手が多くいたり、監督がいなかったりなどあるかもしれないが、こういうときだからこそアピールがよりできるのにそんなどん欲さが少しも感じられない試合であった。

 岡田監督は「スタート」の試合だと位置づけていたがこれは最悪のスタートといえる。カタールの詰めの弱さが幸いしてPKの1点で済んだがもう2.3点は入れられていた試合だ。日本の1点だって相手のオウンゴールだ。

 日本は短いパスで繋いでいくのが得意だといっていたが、パスにスピードがないので数回繰り返すうちにカットされてしまう。繋いだとしても次第に押し返されてしまっていた。昔ドゥンガがいたころの磐田の方がずっとうまかったように思えた。

 カタールはこの前オーストラリア、昨日日本と共に引き分けである。グループの1.2位と同等の力がありながら本大会に出場できないのだから、運命の女神のいたずらとしかいいようがない。カタールのサポーターはそう思っているだろう。

 日本は折角運命の女神が味方してくれたんだから、今日の最悪のスタートを教訓として本大会への準備をしていってほしいものである。

 持久力はともかく瞬間的な運動能力については日本はとても優れているとはいえない。これを1年で克服することはとてもできない。要は戦術的にどう上回れるかである。日本の活路はそこにしかない。昨日の試合のような消極的な試合運びではベスト4など絵に描いた餅にもならない。そして選手一人一人の想像力、創造力。

 東京オリンピックでなぜ女子バレーは優勝できたか・・・。

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 日本の官庁の一つだった郵政省、その後総務省の郵便事業は利益を上げるためにやっていたわけではないだろう? だから多少だらだらしていたりしていても郵便局は信用されていたわけだ。まさか利用者を騙したりはしないだろうと。たった一日で日本中に年賀状を配りきるなんて拍手を送りたいくらいだ。

 簡保で利益が出ればそれを公共の建物の建築にもつかって利益を出さないようにしていたようだ。それを民営化して利潤追求を第一義にしたら利益は2倍くらい出すだろう。そうでなかったら経営者は本当の愚か者(実は禁止用語を使いたい)だ。絶賛するようなことかな、ねえ、元大臣?

 死刑のハンコを次から次へ押した現総務大臣は好きではないが、かんぽの宿の投げ売りはどう考えたって裏があるとしか考えられない。国民はみなそう思ったんじゃないかな。10000円で宿一つが買えるんだったら誰だって手を出したくなる。犬小屋だってもっと高い。でも公的には資産価値はないとなるのかな。不思議な話だ。大臣が問題にしなかったら、あるプロ球団のオーナーは丸儲けしていたわけだ。

 くたくたの国民の頭をすっきりさせてください!

 自民党が民主党になったってそんなに変わるものじゃないだろう。元々は同じ釜の飯を食っていたんだし、幹部には軍国化を進めようとがんばっている人もいる。でも政権交代はいいものだ。韓国はちょっと極端だが、少なくても政治を不正に利用して自己の利益追求を目論んでいる人、すでに儲けている人を国民の前にさらけ出すことがちょっとはできるだろう。  

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June 10, 2009

花菖蒲(北山菖蒲まつり)

 最近主として観光集客のためだろうと思うが各地で特定の種類の花を大量に栽培することが多くなった。私の記憶では最初のころはコスモス、ひまわりなどが多かったが、最近は花菖蒲の話を聞くことも多くなった。昨日の朝日新聞にも葛飾区の写真が載っていた。

 『13階段』のおかげで生活リズムが狂った状態だったがそれを修正する意味も込めて昨日は早朝から東村山市の「北山菖蒲まつり」に出かけてみた。

 北山公園はあの『となりのトトロ』の舞台のモデルといわれる「八国山」(『トトロ』ではお母さんが入院していた病院があったところ)のすぐ南に位置する。

 西武新宿線の「東村山」から徒歩20分といったところ。東村山駅にはそこまで道順を表した略図が置いてあるが「北山菖蒲まつり」の幟に従って行けば確実に辿り着く。駐車場はないと聞いていたが少しの台数なら駐車できる民間経営らしい臨時の駐車場はあった。ただそこまでの道は狭くすれ違いは大変そう。

 私は写真が目的だから人が押しかける前にということで7時前についたが、すでに10数名のアマチュアカメラマンが熱心に撮影していた。もちろん平日だから「接頭語」的に「老」を付けた方が的確である。私もそうである。最近はどこに行っても一眼レフだらけである。フィルム派や中判派も多い。こういう花のところはかなり歳のいった女性もまた多い。タフに撮影しているのに感心する。

 花菖蒲は水辺の植物だから木道部分はともかく、土のところは湿っている。菖蒲は一段低いところにあるので膝をつくためにビニルの風呂敷様なものがあったらよかった。アングルファインダーも必須である。

 休憩所の周りの花菖蒲には「名札」があって各種類が分かるようになっている。興味のある人はまずそこに行ったらいいと思う。花菖蒲を概観できる。

 私は9時半には帰路についたが帰り道は数名から十数名の団体と次から次へとすれ違うことにあいなった。ゆっくり撮影できるのは9時までである。

 係の方に聞いたところでは花の最盛期は今度の土日らしい。平日でも相当の人出だから、土日の昼ころはもう撮影は無理であろう。人を撮るのが目的なら話は別だが。いつも10時頃から混むそうだ。

 来週は西武球場横の「ゆり園」に行く予定。こんな花ばかり撮っていてもしょうがないと思うがまあ勉強だと考えている。

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June 09, 2009

『13階段』

 裁判は裁判官、検事、弁護士によって行われる。この3者は正三角形の頂点に位置しているように思われているが実際は裁判官と検事の辺は極めて短く、99.8%の有罪率がそれをしめしている。つまり起訴された段階でほぼ有罪は確定されていると言っていい。だから弁護士の仕事は量刑を如何に減じるかに集中される。

 裁判官はその有罪率によって有罪か無罪かの判断に関心が薄くなっているらしく有罪を前提に裁判は進められているように憶測される。だから足利事件のようにDNA鑑定がその証拠能力が極めて低いことに疑問を持つことなく裁判が進められていく。地方、高等、最高の3段階の裁判所がその極めて低い証拠能力の「証拠」を全く信じ切って判決を下していることに驚いてしまう。

 困ったことにそのDNA鑑定の証拠で数百の判決が下され、中には死刑が執行されてしまったものがあるのだそうだ。「本当にこれは確かなことだろうか」という素朴な疑問が存在し得ないところが裁判所のようなのである。

 この状態にメスを入れるのが「裁判員制度」なのだという。その趣旨が生かされる裁判が育っていくことを願ってやまない。

 『13階段』(髙野和明、講談社文庫)はこの時期、読んで損しない小説である。主人公は刑務官、昔風に言えば看守。もう一人過失致死で服役し仮釈放された青年。二人が死刑執行が間近に迫った死刑囚の冤罪を暴いていく。

 日本ではそう作られていないそうであるが13階段というと一般的に死刑台を意味している。さらにこの小説では別の意味をかけて作られている。死刑執行に至るまでには13段階の手続きが必要なのだそうだ。ようするにそれだけのハンコが必要だということだ。最後はもちろん法務大臣である。執行命令書が次第に法務大臣に近付いていくサスペンスが底流に流れて物語は語られていく。

 主人公の一人、刑務官は過去に2度死刑執行に携わっている。この小説で改めて考えさせらことがこの「死刑は人によって行われる」ということである。このことに戦慄を覚えた。トム・ハンクスの映画でも扱われていたが、ニュースで「死刑が執行された」と短く流される背景にこのことがあるのである。固定的ではないようだが死刑執行人と言ってもいい普通の公務員である人間が存在するのだ。

 小説ではその過程が丁寧に書かれていて背筋が寒くなってくる。「死刑」を声高に叫ぶ人がいるが、それを執行するのは普通の人間であることにも思考を広げてほしい気持ちがしてきた。

 刑務官はその贖罪の意味もあって行動を起こしていく。読み始めて「あれ?」という既視感に似たものがあった。テレビの2時間ドラマで見たような気がしたのである。解説によると映画化はされたようであるがその時期映画はほとんど観ていないし、題名にも覚えがないので既視感のもとは映画ではない。何だったんだろう。テレビでもドラマかされたのであろうか。

  そんなことはあったとしてもこの小説はおもしろい。読んでいる間は疲れや眠気など吹っ飛んでしまう。おかげで正常化しつつあった生活リズムがまた狂ってしまった。後が大変である。金曜日は予定があるし、土曜日には朝一番のバスで出かけなければならない。困った。一回どこかで睡眠を抜いて辻褄合わせをしなくてはならなくなった。

 因みに『13階段』は第47回江戸川乱歩賞を受賞している。受賞のいきさつを宮部みゆきが解説でふれている。

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June 08, 2009

おめでとう ニッポン!

 祝 ワールドカップ出場!!

 一昨日から昨日にかけてのワールドカップ予選はドライブ中で全く経過を知ることが出来なかった。結果が分かったのは朝1時のNHK第一のラジオのニュース。詳しい経過を知りたくて朝コンビニに新聞を買いに行ったが田舎故サッカーのサの字もない。一局くらいラジオでやってもいいだろうが。

 昨日遅く帰宅してテレビのサッカー関連番組でやっと分かった。結構ヒヤヒヤものの勝利だったんだ。でもそういう中で勝利だから価値がある。勝利をもぎ取っていくような闘い方ができることが大切なのだと思う。

 岡崎はこのところ大活躍である。彼のゴールへの執念はすばらしい。ジュビロの中山ゴンのようにちょっと不器用のようなところはあってもひたすらゴールに向かっていく凄まじいばかりの集中心が彼の中にあるように思う。

 岡田監督はベスト4を目指しているようだ。かなり困難な課題ではあるが決勝トーナメント出場などという低い課題ではそれなりの結果しか残せないだろうからいいことだと思う。

 最近日本代表チームの雰囲気が変わってきたように思われる。それもいい方に。岡田監督はジーコのような海外組を特別扱いせず、普段のゲームで代表にふさわしい仕事をすれば誰もが代表入りできるようなチーム作りをしているのがいい。

 点を入れること、点を入れさせないことがサッカーの基本。そこにがむしゃらに執着する選手が育ってきている。

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 東名高速は今日も渋滞。事故渋滞だ。重大事故は少ないようだが、事故が起きると連鎖的に追突事故が起こる。今日は目の前で追突していた。追突はほとんど追い越し車線。無理な運転が非常に多い。休日割引き後事故が増えたように思う。経験的に渋滞したら走行車線走行がベター。追い越し車線は自信過剰か、帰りを急ぐドライバーが多い。追い越し車線は明らかにスポーツタイプの車が多い。またぎりぎりまで詰めていくことも多い。

 事故渋滞で35kmの渋滞。この処理が終わって解消し始めたらその後ろの方で20kmの渋滞。そんな様子だった。正確には分からないが目盛りの減り具合で判断して、渋滞によるガソリン消費量は5リットル増えたように見えた。ずいぶん無駄なことをしている。

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June 06, 2009

足利事件 臓器移植

 その後の報道を見ていて感じたことはこの前も書いたことだが、裁判所は有罪無罪についてはほとんど検察の考えに従っているようである。起訴されればもう有罪なのである。

 この足利事件についてもそうでDNAの証拠価値についてもう少し見識があったら、再検定を支持することもできただろうし、再審の請求に対しても門前払いをすることもなかっただろうと考えられる。

 裁判官が判決文以外に被告に対して宗教者のような道徳的な諭す発言が報道され話題になることがあるが、いつも不思議に思っていた。今度のことで少し分かったような気がする。結局、関心は量刑にあるのである。テレビの裁判などと違って、有罪無罪は規定なのである。罪を認め反省がないため量刑が重くなるなど一般的に言われては困るのである。

 もちろん、逃れるために否認することが多いだろうが、今度の事件はそうでないこともあると証明したし、裁判所は正義を実行するところという信頼があるから否認するのである。裁判所はしっかり反省しなければならない。見方を変えれば、裁判所は何の罪もない一国民を17年半という長きにわたって監禁状態に置いていたとも言えるのだから。

 御殿場の婦女暴行事件も多くの明確な「アリバイ」「してないという証拠」がありながら有罪という判決は覆られなかった。報道ではそうである。当然検察側の言い分があるだろうから、私は冤罪事件かどうか断定するつもりはない。ただ報道を見ている限り冷静に科学的(精緻)な判断をしているように思えないのである。

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 「臓器移植」の報道を聞いていて不思議な思いがした。疑問である。

 もともと私はもう内臓はガタガタだから、提供なんてあり得ないと思っていたし、受けることもないと思っていた。また国によっては臓器を売買しているという暗黒面もあるということも聞いたことがある。もちろん必要のある人もいるわけだからこれを話題にすることはしなかったし、そのことに意見をいう気持ちもない。

 だけど今度の国会審議の争点の一つに「臓器移植の時に限って脳死を人の死とする」というのがあることを知り、驚いた。おそらく普通は脈がなくなる、心臓が停止することが死なんだろうが、人の死が二通り存在するのである。なんだか「死」というものは曖昧なものだなあと思ってしまった。

 新聞に提供をした親族の話が載っていたが複雑な思いに駆られるだろうことは確かである。

 明日は休刊日です。 

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June 05, 2009

物欲

 6月になってもう5日である。ラジオやテレビで初夏、初夏と叫んでいるのにちょっと違和感を感じながら聞いている。「あれ? 初夏って6月?」 体感的には6月だろうがどうも暦からはずれてしまいそうだ。

 でもやっと天気も夏らしくなってきた。これからしばらくは鬱陶しい梅雨か。

 一年ほど前までは全く関心のなかった写真展だが最近は足を運ぶことも多くなったし、雑誌などの写真もよく見るようになった。一年前まではどちらかというと「カメラ」それ自体に興味があった。

 いまその会社は存在しないが「ブロニカ」の6×6判などは持っているだけで楽しくなる。江戸時代のからくり人形の伝統を継承しているようなおもしろさがある。「プアーマンズ・ハッセル」と揶揄されているようだが、人によるとハッセルブラッドより写りはいいということだ。まさに「写真機」である。

 昔、集合写真を撮る必要があって手に入れたが、なにしろ大きいので滅多に持ち出すこともなく、集合写真を撮る必要もなくなって、稼働率は極めて低かった。だから、状態は中古で出せば美品とは行かないだろうが良上品くらいの扱いを受けるかもしれない。

 さて風景写真や花の写真をよく撮るようになった現在、写真展などで中判・大判のカメラで撮った写真を見るとその描写のすばらしさを再認識し、私の「ほしいほしい病」が発症してしまったのである。一種の病膏肓に陥ってしまっている。

 もちろん私のオールドブロニカは出動可能なのだが、オートフォーカスばかりか露出計すら内蔵していない。しかも重く、交換レンズを一本加えてフィルムパックなどの付随するものを持っていくと軽く3kgを超えてしまう。しかも三脚も私の持っている一番大きいものが必要である。そして一番の理由は「カッコ悪い」。「カッコいい」と言えるまでの悟りの境地にまだ私は至っていないのである。

 そこで中判カメラを物色し始めた。私のNikonFマウントのレンズを使うことができるカメラがあれば即買いなのだが、そういうものは全くない。システム全体を揃えなければならないのである。とても無理である。

 いま私は中古の出物をネットで探し続けている。

 以前もう退職が近い方から、「色欲、食欲、物欲」のうち二つがなくなったら寿命だと言われたことがある。残っているのは1.5ほどである。ただし「物欲」はまるまる残っているようである。 

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June 04, 2009

足利事件の菅家さん釈放される

 足利事件の菅家さんが突然釈放された。再審裁判が行われるだろうと思っていたが、この時点で刑の執行が停止され釈放されたということは、検察・裁判所が冤罪であることを認めたのである。異例のことだと思う。

 菅家さんは現在62歳だそうだ。45歳からの18年間を無実の罪で拘束され続けてきたのである。62歳といえば私とほぼ同年齢である。45歳からの自分の人生を思い出してみると、国家権力の名の下に個人の権利を奪ってきた罪は大きい。

 これはあくまで想像の域を出ないものであるが、まだ十分証拠能力が証明されていないDNA鑑定を絶対視し警察検察がそれに合わせて自白を強要し、裁判所もそれを鵜呑みにしてしまったというようなのである。

 様々なところで報告されているが、裁判官と検察官の交流が盛んに行われて、検察の言い分を裁判所を取り上げる傾向が強いのだそうだ。裁判所の中立性が保たれているのか疑問になってくる。

 つい最近報道された御殿場の事件もどうも疑問に思うものであった。裁判が本当にきちんと行われているのか信用できない思いがしてきた。三審制が機能しているのかという気もする。

 裁判員制が始まったが、重大事件にとどまらず、被告が裁判に疑問を持ったとき裁判員裁判を要求することができるような制度も必要ではないだろうか。

 もう一つ、無実が確定すれば国家賠償についての裁判も始まるだろう。これを高額にすることも一つ冤罪を防ぐ手かもしれない。ただ再審がますます開始されないという逆効果を生み出しそうな気もするが。

 裁判官は本当に大変な仕事をしているのだと思う。でもそれは国家権力を背景にしているのではなく、国民の信頼を根拠に成り立っている仕事である。だから、国民は決着をそこに委ねるのである。一切の曇りのない正義を実行してほしいと願う。

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June 03, 2009

10大スター

本屋で見つけた「文藝春秋」季刊夏号。特集は『映画が人生を教えてくれた』である。こういう雑誌を時々買う。見落としている映画を探すためである。

 この号では邦画、洋画の「心に残る映画スター・ベストテン」を男優・女優別行っている。どういう方法で選んだか定かではないがおおむね納得出来る。ただ、私が少し主観を入れて選出したら幾人かは入れ替わる。

 洋画の鑑賞は相当偏っているので邦画だけにするが、ただ、カトリーヌ・ドゥヌーブは入れてほしかった。

 まず女優。文藝春秋の順位は以下の通り。

 ①吉永小百合②原節子③高峰秀子④夏目雅子⑤岸恵子⑥岩下志麻⑦宮沢りえ⑧若尾文子⑨松たか子⑩松坂慶子

 ベスト3は戦後の映画を概観すればこの3人は納得出来る。私より年齢が高い方では順位が入れ替わるかもしれないがこれ以外にはベスト3は考えられない。夏目、松は評価が分かれる。私は夏目はもう少し下位、松は外れる。松坂は微妙。ここで私の私感が入るが、緋牡丹お竜の藤純子とさくらの倍賞千恵子を入れたい。

 あの「たんか」を聞くためだけに通ったともいえる「藤純子」と、けなげに一生懸命生きている「倍賞千恵子」は私の映画史からは外すことができない。

さて男優であるが、

 ①三船敏郎②高倉健③渥美清④市川雷蔵⑤渡辺謙⑥緒方拳⑦仲代達矢⑧石原裕次郎⑨佐藤浩市⑩森雅之

 森は私には古すぎる。渡辺謙、佐藤浩市はまだ大とは言えまい。ここにふさわしいスターは他に中村(萬屋)錦之介、長谷川一夫、佐田啓二など。

 この雑誌では「松本清張」の映画か全作品が載っている。ほとんど観ている。私のベスト3。「点と線」「張り込み」「砂の器」。

 おかげで観ていない作品をたくさん見つけることができた。TUTAYAに行かなくちゃあ。

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June 02, 2009

太陽黒点の減少

 太陽の活動の活発さの指標である黒点が去年辺りからほとんど見られなくなっているらしい。太陽活動が弱くなっているわけであるのだから当然地球は冷えてくる。紫外線も通常より6%くらい減っているのだそうだ。5月、6月は紫外線が最も多い時期だから、日焼けやそれによる皮膚がんの心配が減るという好ましい面があるかもしれないがことはそう簡単なことではないらしい。

 この前の黒点消滅の時はロンドンのテムズ川が凍り付いたそうだ。地球温暖化が言われて久しいが、プラスマイナスでちょうどいいと思ったが、NASAなどの発表によると温暖化の勢いの方が強いらしい。

 地球は自転していて、それに伴い気流、海流が一定の動きをしている。そして、地球の温暖化や寒冷化は平均的に起こるのではなくばらつきを持っている。こういう地球の気候に変化をもたらす要素が発生すると、気流、海流に変化をもたらし、一番はじめに地球住民の食糧生産に影響を与える。気候が食糧生産を大きく決定づけているからである。

 地球温暖化と寒冷化がある部分により強く働くとあるところでは氷河が発達したり、あるところでは衰退する現象が現れりだろうし、一方で洪水が起きるかと思えばもう一方では砂漠化が進んだりするだろう。こういう極端な気候の変化の兆候はすでに現れている。

 地球だって常に変化していることは分かっているが、その変化は少しずつであってほしいものだ。人間はそれほど適応力があるとは思えない。 

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June 01, 2009

キリンカップ

 昨日は他に用事があって中継を全て観ることはできなかったが、チリ戦を含め日本チームに大きな変化が生まれているように思えた。結果4-0でベルギーに勝利である。

 ベルギーはランキングが62位であり、前回日本を前頭中位とした例えを踏襲すれば、十両か幕下上位といったところで勝って当然の相手だが、この程度の相手に対してもなかなか点を取れないのが日本チームであった。

 以前アジアカップの時、優勝したイラクチームがゴールへゴールへと点を取る執念を見せ、日本チーム欠けていると指摘したことがあったが、そのゴールへの執着心がこの2試合で見ることができたように思う。

 どんなにパスが上手でもシュートしてゴールまで行かなければ試合には勝てないのである。これまでの攻撃ではペナルティエリア付近までボールを運んでも無駄なパスを繰り返し「何でシュートしないんだよ!」というシーンが多く見られた。その間に相手チームは防御を固められてしまうのである。互譲の精神などヨーロッパ発生のスポーツでは役に立たない。もしかしたらサッカーの基礎的部分の養成が「高校」のクラブ活動にあることが原因しているのではないかとも考えた。個人名をあげて申し訳ないが平山のように高校では大活躍してもプロで今一つ精彩を欠いているなどがその例である。

 それがクラブのジュニアなど様々な場所で育つようになり、小さいうちからプロ意識をもった選手が出てくるようになり、日本で功名を成した人が外国に行くのではなく、若いうちから外国で育つ選手が増えてきて点を奪い取る意味を身につけた選手が増えてきた。

 この2試合を観て日本サッカーに少し光明が見えてきた気がする。 

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