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May 2009

May 31, 2009

国民1人あたり8万5千円

 今日は5月31日、であるが、この肌寒さ。しかも、土砂降りの雨。ちょっと考えられない気象である。写真展の最終日で出かけたのだが、車から降りることもできないほどの雨であった。

 さて、国民1人あたり8万5千円、これは与謝野財務大臣が言った言葉。「補正予算の国債発行は十兆円、国民1人あたり8万5千円でございます」から。

 なんだそんな程度かと考える人もいるかもしれない。確かに、現在までの国債、地方債の借金が国民1人あたり1000万円近くあることを考えると8万5千円など微々たるものかもしれない。でもそれは確実に加算され、将来の国民の手かせ足かせになっていくのである。

 それでも、この危急の時国民の将来の幸福のためになるというのならみな喜んでそれを受け入れよう。ところがその中身はかなりいい加減なのである。社民党の福島党首のエコポイント事務局についての質問に斉藤大臣がまともに答えられずしどろもどろになっている様子が中継されたが、実に適当な予算案なのである。

 そして、ある週刊誌はこの補正予算によって「7000人の天下りポスト」が生み出されるのだそうだ。一方で失業者がますます増えているいる時代、高級官僚は将来の天国が約束されるというわけだ。

 なにしろ最初に15兆円という枠があって、それに各省庁の要求をたいした検討もしないで投げ込んだだけの補正予算だからそうなるのも当たり前といえば当たり前だ。自分で何も考えていないから斉藤大臣のような答弁になる。

 なんとかこの無謀な予算執行を止めることはできないだろうか。

 

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May 30, 2009

借金を返す身になって考えたい

 補正予算が成立した。本予算成立直後に補正予算というのも奇異な感じがするのだが、衆議院優位ということで参議院で反対されたのにも関わらず成立してしまった。

 補正予算の中身はもともと「景気」をよくするため無駄遣いをするためのものであるらしい。「国立マンガ喫茶」と揶揄されるメディアセンター、道路整備などばらまき予算、選挙対策予算といわれてもいる。エコポイントなど予算が成立する前から実施されている「不思議な」現象もあった。

 そもそも「衆議院優位」の根拠はどこにあるのだろうか。それは議員の選出方法に由来する院の性格の違いによる。任期は6年、解散はないなどに見られるように直近の民意を反映することができにくく、より普遍的な視野に立った議論が期待されているのが参議院であり、衆議院は反対に解散があり、政策の方向に議論が分かれたとき「国民に直接決めてもらう」ことができるからである。これがわが国の民主主義を保証しているのである。

 だから、衆議院の選挙、総選挙というのは民主主義の根幹であり、4年の任期満了などというのは、4年の間政府、首相が一度も国民の意見を聞かなかった、サボタージュしていたということで、恥ずべきことなのである。

 先年行われた参議院選挙で国民は政府に異を唱えた、首相が3回も替わった、前回総選挙の争点であった「郵政民営化」に政府(その大臣)自身が疑問を出している(自民党から閉め出された人が大臣にまでなっている)など総選挙を実施しなければならない要件は揃っている。

 にもかかわらず、3分の2という議席に胡座をかいて、政府は民意を聞くことをしてこなかった。少なくとも前回の参議院選挙で敗退した時点で総選挙を行い、衆議院優位が正当なものであるという「お墨付き」を国民からもらう必要があった。

 いまの衆議院優位は明らかにごまかしであるといっていい。民主主義の形式は踏んでいるように見えても心を失った民主主義の仮面でしかない。誰が見ても現在の国民の意志と国会や政府の意志には看過できない乖離が存在する。

 そんな中で成立した補正予算はどうなるのだろう。少なくとも三ヶ月後までには衆議院議員の選挙がある。もし政権が交代すること、つまり補正予算に反対する側が優位に立った場合この予算はどうなるのだろう。

 細かい手続きは分からないがおそらく多くは執行は凍結、あるいは執行を取りやめるということになるだろう。そうでなくては選挙の意味がない。

 政府、麻生首相は「補正予算」の正当性を維持するためにも直ちに解散をすべきである。そうでなければ、現在の国民ばかりでなく、将来の国民に多大の負の遺産を同意無しに背負わせることになる。借金を返すのは首相ではない。国民なのである。経営者は十分貯め込んであるから平気か? 

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May 29, 2009

旧交を温める

 半年ぶりの都心へのお出かけである。

 小学校・中学校はほとんど同じメンバーで9年間。高校は一クラス56名で2、3年が同じメンバー。そんな生活を送ってきたが普段の営みの中ではその頃を語ることはほとんどない。大学時代のことはカミさんと誰がどうしたと時々話題にのぼるが高校時代までのことは全く共通するものがない。だから日常では高校時代までは欠落した時代なのである。

 そんな高校時代の友人が集まりを計画してくれるのでうれしくなって出かけることになる。いま考えるとその頃は失敗ばかりで思い出すと恥ずかしいことばかりだがこの歳になると何もかもが懐かしい思い出である。

 今日は富士登山をしたとき河口湖の花火がずっと下でかわいく開いて楽しかったという話が出た。5合目の山小屋に泊まったのだが、すし詰め状態でとても眠ることができず外に出ていたら見えた花火だが私以外にもそのことが思い出として残っていた人がいたことを知りうれしくなった。どこで見ていたのだろう。

 たわいのないことだが日常欠落している部分が一気に埋められる本当に楽しい時間である。

 実は、都内のある緑地を「散歩」する計画を何度か立てていただいたのだが、ことごとく雨になってしまっていた。そのこと自体は残念だが、こういう機会がうれしいのである。

 皆さん元気にあちこち飛び回っているようである。私も最近写真で出かける機会が増えた。ちょっと皆さんほどの体力・気力には欠けるがあんまり先にくたばらないようにしなくては思うひとときでもある。

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May 28, 2009

サッカー 日本、チリに圧勝

 キリン杯、日本が南米の強豪国に4-0で圧勝した。岡田監督率いるこの日本チームは初めのうちもたもたしたところがあって心配していたが、昨日はずいぶん違って見えた。

 振り返って見ると日本サッカーは飛躍的に強くなってきたように思う。世界各国のサッカーレベルを相撲の番付に例えてみると、日本は前頭の中位くらいだろう。同程度の地位にあるチームには勝つこともあるが、大関・横綱にはまるで歯が立たないといったところだ。ただ、ワールドカップに出場し、大関・横綱級と対戦する位の力量はあるといったところだ。

 私の子どもの頃は、少なくとも私の生まれ育った地方ではサッカーは極めてマイナーなスポーツでそんなスポーツの存在自体知らない人が多いくらいだった。サッカーらしい運動も中学の体育の授業で数回した程度である。

 でも、知らぬ間にサッカーはメジャーなスポーツになった。Jリーグの発足の頃から私もサッカーに関心を深めていった。この事情は前に書いたことがある。でもその当時のサッカーは今日のサッカーから見るとせいぜい幕下、よくて十両下位程度だったように思う。

 やはり、国際舞台で活躍する選手が増えたことが大きいだろう。世界への壁の厚さ、高さを選手もサポーターもしっかり認識し、それを打ち破ろうと必死になって闘っている。昨日の試合をテレビ観戦してそんな思いがした。山田のような新しい選手も出てきている。

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 麻生首相と鳩山党首の党首討論があった。

 麻生首相は時々「経営者として」「社長として」という発言をするが、「労働者から見ると」「社員として」という言葉を聞いたことがない。昨日もそうだった。彼の立つところがよく分かる。

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 作詞家の石本美由紀、逝去。「港町十三番地」をはじめとする美空ひばりの歌。「矢切の渡し」。この人の最初に知った歌は「あこがれのハワイ航路」か。そしてこれ、私の大好きな歌謡曲の一つ、「柿の木坂の家」。歳をとるに従って好きの度合いが増してくる。船村徹の曲もいい。(知らない人は検索してみてください。YOU TUBEにもあるし、カラオケもネット上にあります。)
 やることをやって逝った。大往生だ。

 でも中島梓は早すぎる。この人の本は読んでいないので分からないが、何かのクイズ番組によく出ていた頃があって、頭の回転が速く賢い人だと感心したものだ。ほんの一時だが「イルカ」と混同していたことがあった。本は私が全く興味がないジャンル。

 「明治は遠くなりにけり」という言葉があるが、「昭和は遠くなりにけり」と言われてしまうようになるのは何年後だろう。

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May 27, 2009

ヒトの幸せ

 以下、科学的なことを書こうとしているわけでない。

ホモ・サピエンス・サピエンス、つまり私たちは20万年から10万年くらい前の間に生まれたらしい。大きくヒトという種を考えた場合700万年前から400万年前というところか。それにしても他の生物に比べたらずいぶん短いものだ。

 それヒトがこの地球に君臨しているのである。しかし、そのヒトが君主として振る舞うようになって経た時間はたった数千年である。

 どんなものだって急速にピークに達したものは、急激に滅んでいくようである。それは小はウイルスのようなものから大は星のようなものまでいえることであって、生物もその中に入る。

 ヒトは生物としてもうピークに達したかどうかは分からないが、地球という中にいる生態的位置としては十分達しているように思う。

 何十年後、何百年後、何千年後、何万年後、いずれヒトは滅びるであろう。ヒトは滅びずホモ何とかとして変異していくかもしれないが、このホモ・サピエンス・サピエンスは何十万年後には存在していないことは確かだ。

 その最後がその生物学的寿命であったとしたら幸せなことである。ところがおそらくそんな幸せはあり得ないという様々な情報が流れて来ている。

 地球温暖化もその一つであるし、新型インフルエンザなどの病原体もそうだ。多くの化学物質も危険を告げている。これらに対して我々はヒトの幸せを掴むために闘い続けなくてはならない。

 そんな中とても許せないのは戦争、とりわけ核戦争である。今一部の核兵器所有国(の指導者)によって我々地球住民(その国の国民を含めて)は人質に取られているのである。ヒトが生物学的寿命を迎えるという幸せが人質に取られているのである。

 あらゆる生物は自らの種を守るために生きている。ヒトは・・・・。 

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May 26, 2009

核兵器の廃絶を

 半島が騒がしい。今度は核実験を実施した。しかも今度は長崎の原爆級のものだという。こうやって戦争や核兵器を脅しに使い国際政治の中で自国を優位な地位の持っていこうとする行為がいつまで続くのだろう。

 もし核兵器をしようしたら当然その相手国やその同盟国は報復のための核兵器使用に踏み切ることは子どもでも分かることである。そしてそれは際限なく続いていく。だから冷戦時代米ソがあれほどの核兵器を持ちながら使用することができなかった。

 今度のオバマ大統領はその核兵器廃絶に一歩踏み出したように見える。もしそれが確かだったら喜ばしいことである。ピストルを持った人間がピストルを持とうとする人間にお前は持ってはいけないと言ったって承知しないであろう。

 広島・長崎の人たちを中心に多くの平和を望む人々の献身的な努力によって、核兵器の非人間性がわずかであるが世界の人々に染み渡ってきている。だがまだ兵器を信奉し続ける人の方が圧倒的に多いようだ。世界の動きに逆行しむしろ日本では増えているようにも見える。

 兵器を使用しなくても国際問題を解決する方法はあるはずだ。それを探るのがこの地球に生きる人間の義務ではないか。核兵器を生み出す能力を持った人間である。それに頼らない知恵だって持っているはずだ。戦争、とりわけ核兵器の保有と使用は人類全体の敗北である。

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May 25, 2009

政治と利権

 韓国の前大統領の自殺には驚いた。詳しい理由は知らないが大統領まで務めた人間がその職を離れてすぐに自殺するなんて信じられないことである。これが軍事的な混乱状態だったらそういうことも考えられないこともないといえるのだが。大韓民国は民主国家だし、大学進学率はほぼ100%という高学歴社会である(日本は50%強)。

 ところが報道によるとこれまでの韓国大統領は皆本人かその家族がその職を終えた後、利権問題などで何かしら追及されているのである。大統領職の周りに如何に多くの利権が渦巻いていることか。

 あのアメリカでは大統領が替わると政府機関の一定以上の職にあった者の総入れ替えが行われるそうである。これは利権とは直接関係があるというわけではないだろうが、公的機関にあぐらをかいて私的な面がハバをきかすことを防ぐ意味で有効であると思う。

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 ジュビロ磐田は暫定だけど9位に。つかの間喜びに終わらないように、この後2回くらい続けて勝ってほしい。次は鹿島か。きついなあ。Jリーグは若い人がどんどん出てきているね。

 さて日本はどうだろうか。政権が大転換したことは戦後ほとんどなかったから、もしかしたら韓国のようなことがあったとしてもほとんど表に出てきていないかもしれない。でも私は日本ではそんなことはないと思いたい。利権はともかく「役人天国」といわれて久しい。今度の選挙でその辺りはすっきりさせてもらいたいものだ。

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 梅雨の到来を思わせる雷が轟いた。梅雨と言ったって年中雨が降り続くわけでなく、5月下旬から6月上旬は夏以上に暑い日が続くことが多い(紫外線も一年で一番強いのこの頃である)。エアコンのお世話になる日が続くということでもある。

 地震で周りよりいつも震度が高いところがあるそうだが、雷にもそれがあり、「雷の通り道」というのがあるそうだ。私のところはどうもそこにあるらしく雷が頻繁に鳴り響き、落ちることもある。電子部品は雷に弱く、ずいぶん前に洗濯機がダメになったことがある。

 雷は光った時に落ちているわけで、雷鳴を聞いたときは「あなたは生きている」という証明書をもらったようなものだから本来は喜ぶべきことだが、やはり雷鳴の方が恐怖を覚える。私にとって雷光は鑑賞対象でよく窓から稲妻を観る。いつか写真にバッチシ撮りたいものだ。さすが外、しかも広いところに行く気はしないが。

 (地震・雷・火事・親父というのは予期せず突然来るものを言っているのだと私は思っている。親父は台風のことだという説もある。)

 昨日も近くで10数回鳴ったが、そのうちの一発はとりわけ大きく、一瞬震え上がってしまった。

 今日はいい天気になるだろう。

                   (00:10) 

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May 24, 2009

新型インフルエンザ、終息へ?

 新型インフルエンザは国内では死者が出ることもなく終息に向かっているような雰囲気である。少なくとも「新型インフルエンザ騒ぎ」は終息に向かっている。

 この中で分かったことがいくつかある。その一つがマスク。メキシコからのニュースで青いマスクが目立ち、花粉症からの習慣化、厚労相の発言などが相まって、かってのトイレットペーパー騒動の再燃となったが、予防にはほとんど、100%に限りなく近く役に立たないことが分かってきた。ただ、罹っている人が拡大を防ぐためには極めて有効らしい。

 かわいそうなのは中高校の修学旅行の中止や延期。仕方ないと言えば仕方ないことだが延期はいずれ実施されるだろうが中止は本当に何とかならないだろうか。私たちの時代と違って最近はクラブ活動などで日本中、あるいは海外まで遠征する時代だから旅行そのものの価値は低くなっているとはいえ、この修学旅行だけという子もいるだろうし、その行事そのものに特別の意味があると思う。中止は避けてほしいし、そのための手立てを自治体は取ってほしいものである。

 このまま死者が出ることなく完全に終息してほしいのだが、一方このことで多くの教訓があった。マスクなどはその典型である。当然、予想される強毒性の新型インフルエンザに対応するべき検討が行われると思うが、扇動されやすいこの国の国民に配慮し、政府、マスコミの広報の仕方を深めてほしいものである。

 最初メキシコの状況が報道されたときは私がとりわけこういう問題に関心が高いだけに本当に大変なことになったと思った。それでも私個人としてはそれほど多くの人と接するわけではないし、仕事として無差別に人の前に出ることもないわけでそんなに心配していたわけでもない。でも、家族の中にはそうはいかないものもいるわけだから仙人というわけでもなく、情報には耳を傾けていた。

 WHOの日本人学者も言っているが、本当に怖いのはウイルスの変異である。一説によると、現在のウイルスの致死率は0.2%だが、恐れているウイルスは40%以上だとか。寿命が尽きるまでおだやかな日々であってほしいものである。

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 「陽炎の辻3」はいい展開になってきた。何から何まで30分に詰め込まず、焦点が明確になってきた。昨夜はついに磐音が峰打ちを止めてしまった。ううーん、といったところ。NHKはあまり斬ることはしないんだが。
 
 全体に「いい絵」が多い。でも最後の方、他の予定が入っていて観られないんだよね。

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 「検察審査会」というもののあり方が「裁判員制度」の陰に隠れてしまっていたが21日から、大きく変わったようだ。市民が裁判に主体的に参加することができるという点で大きな意味があると思う。 

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May 23, 2009

阿修羅を観てきた

 念願、念願というほど強いものでもなかったが、ながい間気になっていたことをやることが出来た。阿修羅像をこの目で観ることである。

 今から50年ほど前、私が10歳前後の頃、友達の家のカレンダーの写真にこの仏像があった。三つの顔を持ち、手が6本もある見方によればずいぶん気持ちの悪いものである。でも私はそのすらっとした姿にとてもすがすがしいものを感じたのである。

 それが何という仏像かはその後次第に分かってきたのだが、興福寺が何であるかもよく分からなかった頃であり、直に観ることもないだろうと思っていた。

 その後大学に入り、社会人になり、奈良に行く機会も出来たがどうしたことか、興福寺の近くまで行っても時間が遅かったり同行者と意見が違ったりして観るというところまでいかなかった。

 それが、今度東京の国立博物館に来るというのである。しかも全方位から観ることができるというではないか。この機会を逃すわけにはいかないとカミさんと時間調整をしてきた。そして、昨日やっと実現したわけである。

 いやあ、すごい人であった。平日の午後が空いていると聞いたのでそこを狙ったのだが、入場まで約1時間。1000人くらいが並んでいた。もっとかも知れない。そして中もすし詰め状態。阿修羅像の周りは押しくらまんじゅうをしているようであった。(この時勢になんたること)

 それでも私なりにじっくり観てきた。やはり実際観ることができてよかった。いい顔をしている。私はあまり宗教的な面では興味がない人間だが、ぐっと迫ってくるものがある。

 他に十大弟子とか八部衆なども展示してあったが、顔に共通性があるようだ。阿修羅もその八部衆の一人だから当然といえば当然だが。ではなぜ阿修羅だけが特別注目されるのかな。展示してあるところが違うので高さの比較はできなかったが、阿修羅だけ大きいような気が・・・。錯覚かな。

 四天王像は堂々としていていい。数ある四天王像の中でもとりわけすばらしいものの一つだと思う。躍動的である。鎌倉的だな(ちょっとえらそうに言って違っていたら恥ずかしい。後で調べることにする)。

 (以下、苦情)ただ展示場全体が暗すぎるような気がした。炎天下で1時間も待って突然真っ暗闇に放り込まれ、人を分けて歩き回らなければならないというのは年寄りには酷である。さらに、説明や像の名が暗くて読み取れない。折角の機会だけに残念だ。(苦情、終)

 それでも。是非しておきたいことの一つがかなって満足の一日であった。

 でもまだ見てみたいものがあるんだよね。今年の秋は奈良だ。もっとゆっくり仏像鑑賞をしたくなった。明日香はずいぶん行ったから、今度は市内中心に絞るのも悪くない。

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 平日に上野公園に行ったのは初めてかな。科学博物館に通ったことがあるのでその時は平日だったけど、上野駅から西洋美術館の前を通るだけだったから、噴水の辺りに行くことなかった。

 平日だというのにすごい人だ。修学旅行らしい中学生の多いのにも驚いた。新型インフルエンザでもニュースになっていたので今がシーズンなのかもしれない。博物館までの700mの行き来で少なくと3校いた。昨日はディズニーで今日は動物園? 中学生だから動物園はないか。どこに行くんだろう?
 
 科学博物館は「恐竜展」。恐竜も好きだからこれにも興味がある。科学博物館は外から見ても相当改修したようだ。内容はともかく展示の仕方は「地球博物館」に負けていたもの。あちらは県立、こちら国立、メンツが立たない。

 今日は西洋美術館のルーブルも観る予定だったがこちらも入場まで1時間。熱射病で倒れそうだったのであきらめた。

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May 22, 2009

「酸模の咲く頃」

 突然思い出した歌がある。とても調子のいい歌で学校帰りに大声で歌ったものだ。そこに描かれた景色がとても身近だったからでもある。

 ところが一番は思い出すのだが2番を全く思い出せない。題も思い出せない。早速調べてみた。こういうのを調べるのにインターネットはとてもいい。2番はないのかもしれない。音楽教科書にあった歌である。

 歌はこういうものだ。

 土手のすかんぼ ジャワ更紗
 昼は螢が ねんねする
 僕ら小学6年生
 今日も通って またもどる
 すかんぽ すかんぽ 川のふち
 夏が来た来た ドレミファソ

 これが教科書に載っていた歌で私が覚えていたもの

 ところが、この原詩は次のようなものであった。

 土手のすかんぼ ジャワ更紗
 昼は螢が ねんねする
 僕ら小学尋常科
 今朝も通って またもどる
 すかんぽ すかんぽ 川のふち
 夏が来た来た ドレミファソ

 題は「酸模の咲く頃」 北原白秋作詞  山田耕筰作曲 の唱歌である。

 でも題は「酸模の咲く頃」じゃあなかったよなあ。こんな宝塚みたいなシャレた題ではなかったように思う。

 スカンポはスイバのこと。「ジャワ更紗」というものが何なのか、説明はあったと思うのだがどうもイメージができないのは理解困難でずっと謎であった。でもその響きの心地よいこと。

 今の小学生は全く知らないだろうな。 

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 国会論議、最後に立った元郵政族のA氏。野党の批判に終始。困った人だ。政府にしか反論権がない国会論議で野党を批判するなど常識の欠片もない。

 わけの分からない建物を建て、その埋め合わせを消費税でしようとしているのが今回の補正予算。その本質さえ見えない国会議員である。今の衆議院は民意を反映していない。

 有権者はもっと賢くなる必要がある。

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 「マスク」はウイルスの防御にあまり有効ではないそうだ。ただ、感染した人が着用してウイルスの飛散を防ぐのにはかなり有効だということである。でも私は人混みの中に行く時は着用する。米国人はしないようだね。でもアメリカ帰りの人から次々感染者が出ているのをみるとなんだか発表されている以上に出ているような気もする。

 ウイルスは服や髪の毛にも付いて2~8時間生存するらしい。その間に髪や服に手をやり、さらにその手で口や鼻に触ると感染する。ようするに、感染を防ぐために一番有効なことは「手洗い」ということだ。それに「うがい」。

 あの「トイレットペーパー騒動」が形を変えて再発しているみたいだ。日本人はホントに扇動されやすい国民だ。

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 4年前扇動されて投票した結果が、今の政治だ。その時、争点にもならなかったことが次々決定されていっている。正直そちらの方が怖い。

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May 21, 2009

いよいよ首都圏へ

 「新型インフルエンザ」に感染した人がついに首都圏にも現れた。私の警戒警報もレベル2に格上げである。

 今のところ増加の傾向は著しいがだからといって日本の人口に対しての割合はさほど高いものではない。あんまり臆病になる必要もないであろう。ただ注意するにこしたことはない。手洗い、うがいはしっかりやろう。

 今週は月曜から今日まで外に出なければならない用事はなかったのでちょっと外出する以外は閉じこもりも可能だったが、明日からはそうもいかない。明日あたりから東京でもマスク着用が増えるだろうね。

 ニュースなどを見ていると神戸や大阪では繁華街でも人が閑散としているようだ。確かに映像ではそのように見える。タクシーや電車の売り上げもすごい減収らしい。

 現在のところ「新型インフルエンザ」の怖さは「季節性のインフルエンザ」と比較しても高いものではない。毎年インフルエンザによる死者は交通事故による死者より多いそうだ。

 ただこの「新型インフルエンザ」の怖さは弱毒性から強毒性に変異する可能性が高いというところだ。関係者はその見極めのためにがんばってほしいと心からお願いする。

 この度の対応で分かったことだが医療関係の準備がまだ十分でないということである。兵庫県ではすでにベッドが足りなくなっているらしい。再検討を期待したい。

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 今日から「裁判員制度」が開始される。朝日ではこの1ヶ月そのことの連載をしていたがやはり問題は多いようだ。

 その意見で多いのは「死刑」の判決にかかわることの畏れである。なんでそんなところから導入したのだろう。

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 交流戦2日目 第一節(?)のパ対セの成績はパの7勝4敗1分 いい出だしだ。パシフィック応援団としてはこの調子でいってほしいと願っている。それにしても日ハムは強い。もう優勝が見えてきた感じだ。

 「新型インフルエンザ」の影響でメキシコのサッカーみたいに観客無しの試合にならなければいいんだがと心配している。

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May 20, 2009

滝平二郎さん逝去

 切り絵作家の滝平二郎さんが亡くなったそうだ。

 私が学生時代、間接的にその分野と関係するサークルに属していたこともあり、彼の絵本に接した時、その斬新さ、人間への限りない愛情に惹かれ、読みふけったものだ。

 「花さき山」「八郎」「三コ」「モチモチの木」など今も生き続けている名作揃いである。児童文学作家の斉藤隆介さんの貧しき人々への愛と励ましの文学が滝平さんの研ぎ澄まされた切り絵の鋭さと淡い色遣いによるあたたかさによって一層高められていたように感じた。すばらしいコンビネーションであった。

 題材によるのかもしれないが私はそれだけではないが「東北」というものイメージする一つがを彼の絵だったように思う。「東北」という言葉で思い描くイメージは彼の切り絵の様々な場面なのである。「東北のにおいを感じる。

 私の若い頃少なからず影響を与えてくれた人々が亡くなっていく。さびしいものである。 

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 「新型インフルエンザ」の広がりは脅威である。それだけこの日本という国がチョウミツな構造な国ということだろう。いまのところ「弱毒性」ということで季節性のインフルエンザ程度ということだが、これがもし心配されている「強毒性」の「新型インフルエンザ」だとしたら想像しただけでも恐ろしいことである。

 本当に現在想定している対応で十分なのだろうかと心配になってくる。

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 プロ野球の交流戦が始まった。現在パ・セの首位を走り、日本シリーズでも相まみえる可能性の一番高い日本ハムと読売は日本ハムの圧勝であった。贔屓チームを離れパ・セの対抗となると絶対的にパを応援する私だから、これはいい結果だ。

 Jリーグのジュビロが下位に低迷して陰々滅々たる状況にある私はしばらくこちらで気分転換しよう。

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 昨日は「閉じこもり」。GT-X970でポジフィルムのデジタル化にチャレンジしていた。

 24×3カットしたことになる。最初デフォルトの設定でやっていたのだが横はほとんどカバーするのに縦がどうしても狭くなってしまう。こんなものかなあ、とあきらめかけたが折角趣味でやり始めたこととことん楽しまなくちゃあとマニュアル、ネットの解説など探し、調べ始めた。(この探し回るのも趣味の一つ。ただ、全ての場合に適用されるわけではない)

 原稿サイズというところの問題だということは初めから分かっていたのだがその数値を変更できないのである。そしてやっと見つけることができた。最後の24カットはかなり満足できるものになった。「環境設定」という所にその解決法があった。一度は見ていたのだが、数値を変更するようにはなっていなかったので見逃していた。

 ポジフィルム24カットを最高画質(35mmフィルムを48bit・6400dpiでスキャンすると約2000万画素級になるようだ)でスキャンするのに約2時間かかる。スキャナーとパソコンが故障しない限り、あるいは停電にならない限り全自動で最後まできちんとやってくれる。私は時々動いているかどうかちらっと見て確かめるだけである。聞いていたほどにはうるさくもない。

 パソコンを始めてから4台目のスキャナーだがその進歩に驚いている。必要な部分を探してスキャンするんだもの。最初の頃の周辺機器の設定は大変でまともに動くようになっただけで祝杯ものだった。

 昔モノクロ写真の暗室作業をやったこともあるが、方法は全く違うとしても、それを明るいところ、さらにカラーで出来るんだから楽しい。しかもA3ノビまでの引き伸ばしができる。  

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May 19, 2009

大変なことになってきました

 「新型インフルエンザ」は大変なことになってきました。中高校生を中心に罹患しているようですが必ずしもそう限定されたものでないようで、現時点では5歳から60歳の範囲にあるようです。そのあたりのことについての信頼できる説明はまだなくウイルスの解明が十分されていないのだといえます。

 学校が休校になれば喜ぶ子どももいるでしょうけど、県単位で実施しているので周りの目は厳しいでしょう。出歩いていると目立ってしまいますね。

 修学旅行が中止になったという話も伝わってきました。修学旅行は行事の中でも一番楽しみにしているものです。何日もかけて準備もしてきたことでしょう。おそらく日を変えて実施されるでしょうけど、その日程を決めるのは大変でしょうね。他の行事も決められているでしょうし、旅館・ホテルの予約は1年前からしているでしょうから。それにキャンセル料は誰が支払うんでしょう? 県でしょうね。しょうもないこと心配してしまいます。

 こんな中でも塾はやっているでしょうか。一番危険なところだと思いますが、大丈夫でしょうかね。いろんな学校の子が来ていますから、爆弾を抱えるようなものでしょう。

 橋下知事が厚労省に乗り込んでいきましたが、本当に都市機能が麻痺してしまいますね。銀行の一支店の閉鎖くらいは代替がききますが、交通や市場、消防などは閉鎖するわけにいきません。

 折角出歩くようになって体調もよくなってきたのに、閉じこもりに逆戻りです。

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May 18, 2009

小沢氏の大博打か?

 私はクシャミが出始めると鼻が弱いのか何回か続けざまに出るので、みんなに「またあ」というように苦笑されるのですが、昨日バスに乗ったときそれが出てしまったのです。拙いなあと思ったのですがやっぱりでした。いちいち説明する必要もないと思ったのですが、前の席に座っていた女性にあからさまないやな態度を取られてしまいました。滅多のないことですが時々出てしまうのでこれからは要注意です。もちろんハンカチで鼻・口はがっちり押さえていましたが、インフルエンザのことがありますからね。

 「鼻が悪いんですよ」とでも言っておけばよかったかなあ。その人バスを降りたら手や顔ごしごし洗うかなあ。これまでは「たいへんですね」というような様子なのに「近寄らないで」って感じですからね。

 私のクシャミは少なくとも今日までは「新型インフルエンザ」ではないです。その後は一回も出ていません。熱もありませんし、食欲もあります。あの時の女性の方安心してください。

 でも関西は大変です。もう90人です。お祭りが中止になるなど社会的影響も出始めています。いつ関東に来るでしょうか。早々に小中高校くらいは休校にした方がいいですね。見逃すと一気に広がり手がつけられない状況になります。特に塾に無理して行くと狭いところですから関東中に瞬時に拡大です。

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 鳩山民主党が動き始めましたね。報道などを見ているとどうも小沢氏が打った大博打のようです。さて、丁が出るか半が出るかですね。

 民主党が政権奪取をするかどうか微妙なところです。天のみぞ知るといったところでしょうか。

 岡田民主党になった場合、勢いで政権交代の可能性はより高いと思いますが、その後政権運営が難しくなりそうな気がします。もしかしたら細川内閣のように瓦解してしまう可能性もまた高いように思います。

 さあどう転ぶでしょうか。政権交代したら初めにやることは現政権の後始末ですね。どうするんでしょうね。補正予算はそのままですか。道路作るんですか。科学なんとかは47作るんですか。高速道路の無料化の補てんは何をもってするんですか。

 鳩山内閣の場合はその逆のような気がしますが、国民から何も変わらないじゃないかと失望も生まれるような気もします。

 さあどう転ぶでしょうか。政権交代したら初めにやることは現政権の後始末ですね。どうするんでしょうね。補正予算はそのままですか。道路作るんですか。科学なんとかは47作るんですか。高速道路の無料化の補てんは何をもってするんですか。

 国民はもう何も知らない国民ではないです。

 私は経済や生活も重要ですが、平和の問題についてもっと国民に提示してほしいと思っています。ほんのちょっと前まで自衛隊が海外出ることは大問題だったのに、「海賊対策」の名の下に海上ばかりでなく航空も陸上もどんどん派遣されようとしています。論議なしでです。

 日本だって彼の国のミサイルに核武装しろと公人が大声をあげる、それと同じことが起こらないと誰がいえるでしょう。独裁者を倒してあげたのに大統領は靴を投げつけられました。戦争での解決とはそういうものです。

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May 17, 2009

侵入していた「新型インフルエンザ」

 新型インフルエンザがついに新段階を迎えたようだ。

 暑くなってきたので一旦終息(正しくは休息状態)に向かっているのかと思っていたが、そんなにあまいものではなかったようだ。

 感染した人が日本に入る段階で防ぐのが「水際作戦」だったわけだが、心配していた通り漏れがあったようだ。兵庫県で国内で感染したとみられる感染者が見つかり、それも一人だけでなく数人に及んでいる。

 潜伏期間が1週間くらいあるそうだから、調査時に発症していなかったら見逃されるのは当然だ。もし完璧を期すとしたら、帰国あるいは来日した人を全て1週間程度空港や港で完全に隔離しておく必要があり、それは明らかに無理なことだ。昔外国ではそういう対応をしたこともあったそうだが、これだけ大量の人の行き来がある状況ではありえない。

 それでも水際作戦は単にウイルスの侵入を防ぐだけでなく、ことの重大さを知らせる意味で一定の意義はあったといえる。

 でも今は新段階に入った。新型インフルエンザのウイルスが日本のどこかではどういう形か分からないが生きていることがはっきりしたのである。

 江戸大坂間の往来に何日もかかった江戸時代ならいざ知らず現代では神戸など東京からみたら隣組である。一日に大阪東京間を移動している人は万単位である。すでに東京にも侵入していると考えた方がいい。

 マスクは必需品だし、電車などでも柱や吊り輪には極力触らない方がいいだろう。来週には「阿修羅展」に行こうとカミさんとやっと時間調整ができたのだが考え物の状態になってしまった。

 1週間分の食糧と小説とDVDと・・・・・を準備しなければならないのかな。

 もしかしたら日本中が大変なことになるかもしれない。くわばら、くわばら。

 補正予算でくだらない建物をたくさん建てるようだが、その中のほんの一部でワクチンを製造する工場くらい造れるだろう。あるいは不景気で使われなくなった工場を転用できるかもしれない。無駄に終わっても補正予算の無駄とは比較にならないほどわずかな無駄だ。急遽その態勢に入るべきだ。

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 昨日テレビで『ダ・ヴィンチ・コード』を放映していた。映画としてはこちらの方が丁寧に作ってあるし、映像的にも出来がいいように思う。好みはいろいろあるだろうが少なくとも『天使と悪魔』が宣伝しているようには上回る作品とはいえない。原作本の方はそうでもなかったが。

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 民主党の新代表に鳩山氏がなった。政権交代のためには岡田氏の方が有利のように思っていたが小沢氏の隠然たる力が成したことだろう。

 それにしても日本の政治家は演説が下手である。でも最近では小泉氏の扇動的な演説に日本中がコロッと騙されたことを考えるとそれも良し悪しということか。

 民主党さん、10行ほど前のこと提案したら・・・・・。

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 新型インフルエンザの感染者やその疑いがある人が急速に増大しているらしい。今日は日曜日か。あす月曜日の学校は大騒ぎだろう。東京の区で緊急の対応をするところも出てきている。会社や工場はどうだろうか。PC・DEPOでは入り口で店員が消毒液を持って入店者に消毒させていたがそういうところ増えるだろうな。客に対面する接客の店員などはみんなマスクだな。

      (00:10)

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May 16, 2009

『天使と悪魔』

 『天使と悪魔』を観てきた。公開日に観るなんて何十年ぶりだろう。お客さんの入りはまあまあといったところ。2回目を観たのだが空いていた。ただ3回目に並んでいた人は多かった。

 『天使と悪魔』はダン・ブラウンの原作、トム・ハンクス主演の映画である。原作は日本では2003年に出版されている。プロローグ、エピローグ以外はローマ、バチカンのたった数時間の話。ローマ中をトム・ハンクス扮するハーバード大学教授宗教象徴学のロバート・ラングドンが走り回る。

 原作はハードカバー上下二冊でこれでもかこれでもかと書き込まれ、私などローマに行ったことのないものは地図と首っ引きでラングドンの後を追いかけたのだが、映画ではたった2時間。そのテンポの速いこと速いこと、あっという間に場面が変わっていく。

 さすがローマは歴史がある。すばらしい建築物、美術品の片鱗があちこちで垣間見えるが、数秒で消えていくのでそれを楽しむ余裕はない。

 ただ、原作では枢機卿殺害場面がここまで書くかというほど微に入り細に入り残虐に描写されていたが、映画ではテンポが速いせいもあり、それほどでもなかった。それでもかなりのものだが。

 新教皇を選ぶ会議のことを「コンクラーベ」というんだね。「根比べ」か、なるほどね。原作を読んだときにはそんなこと気づかなかったな。

 スリルとサスペンスをたっぷり楽しめる映画。そういうタイプの映画としては★★★★★。バチカンでロケをしたのだろうか。でも反物質の説明がないこと、あのスピードはきついなどを考えると出来は★四つかな。

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 今日のお出かけの主目的は「レンズの受け取り」。どういう訳か鏡筒が歪んでいた。どこかにぶつけたなどの記憶はないのだが。ポイントがあったので負担は少しで済みホッとする。もともと軽くて携行にいいだろうと手に入れた安レンズだがそれなりに検討して手に入れたもの。ない期間は本当に不自由であった。

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 民主党の話題で「新型インフルエンザ」のニュースが少なくなった。暑くなると休止状態になるそうだが南半球はこれからが冬。旅行からの帰国は1年中続く。

 北海道では雪が降ったとか霜が降りたとかのニュースが流れていた。つい先日確か北海道で真夏日になったということ聞いたはずだが。やはりおかしい。「地球崩壊」の映画の予告があったな。ニコラス・ケイジ主演だ。

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 「飲酒運転」で20年の判決がでた。が、その後もあちこちで「飲酒運転」の事故は続いている。アルコールに蝕まれた人はもう止められないのである。運転が正常に出来ない人に車に乗る乗らないの判断を求めるのは無理である。出来るわけがない。「飲酒運転」の事故はほとんど深夜である。深夜には「飲酒運転」の車が必ずいると考えた方がいい。「君子危うきに近寄らず」である。早めに帰って自宅とか自宅近くの「ファストレストラン」などで食事をとるようにしたいものだ。私は飲めない、酒を飲みたいと思わない体質なのでこの種の違反だけは絶対しないと思うが、注意だけはしていこう。人間そう正しいことばかりしている生きているわけではない。そうそう『天使と悪魔』の中でもそんなセリフがあった。

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May 15, 2009

GT-X970

 EPSONのGT-X970というスキャナーを手に入れた。カメラはデジタルの方向に向かっているし、プロの皆さんは特定の目的以外はほとんどデジタルらしい。カメラ仲間の皆さんも徐々にデジタル化している。

 だがまだフィルムでがんばっている人も多い。そしてその人たちの作品は思いの外味わいがあるのだ。

 その理由はまず永くやっている人が多く、愛着が強い。次に対象にじっくり向かっている。それからフィルムの特性。そんなことが挙げられるだろう。

 私ももう古いカメラだが一応用をなすフィルムカメラを何台か持っているし、どうせアマチュア、失敗しても誰に文句を言われる訳ではない。

 そこでちょっとフィルムの方に重点を移動することにした。もちろんデジタルの便利さは捨てがたいのでちょっとだけである。

 ただその処理である。撮ったものを全て写真屋でプリントしてもらうのではハイアマチュアを目指している(パソコンの世界ではここで「笑」の字を入れるらしいが、私はそれが嫌いなので)???!!!!・・・私としては次のように計画した。

 ①ポジで撮影する。
 ②スキャンしてデジタル化する。フィルムも残す。
 ③デジタル化したものの中で気に入ったものを保存したり自宅でプリントしたりする。
 ④その中でも特に気に入ったものは写真屋でポジから大伸ばしして作品化する。

 デジタル化したものの方が再生不能になったり、破損したりする可能性が今のところ高い。私はパソコンに一旦一時的に保存し、外部HDDとDVDにコピー、その後パソコン内の余分なものは削除という方法をとっているが、どれも危なっかしい。

 フィルムはその点かなりもつ。問題はフィルムとプリントするところが無くなること、無くならないにしても高額になることである。まあその時はその時、所詮趣味の世界。

 そんな考えでスキャナーを手に入れた。ちょっと古い機種だがかなり高性能の機種、EPSONのGT-X970というものである。

 ところが想像していた以上に面倒くさい。慣れればそれほどのことはないだろうが、この歳で全く初めてのことをやるのには時間がかかる。

 しばらくは撮りためていたポジのデジタル化に楽しく悪戦苦闘する日々が続く。24枚で1時間かかるという話も聞いた。


 飽きっぽい性格は重々自覚しているが、その前に財布の中身が底をつきそうである。今日は修理に出したレンズの受け取りに行き、ついでに空いていたら『天使と悪魔』を観てくるつもりだ。本は翻訳が出た時に読んだ。ずいぶん前のことで内容はほとんど忘れてしまった。特に覚えておく必要のないものだ。ただ読んでいる瞬間を楽しむ本だ。ちょっと気持ち悪い部分が多いが、その点ではよく出来た本だと思う。今は午前2時。これから睡眠。寒いね。

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May 14, 2009

官房副長官が辞任・・・・・・・・・

 いやはやでである。

 健康上の理由だそうだが、国民は誰もそうだと思っていない。

 名字を見ると昔の「財閥」の関係者かなと思ってしまうが定かではない。それはともかく「青年会議所」の会頭という経歴の持ち主だ。財界と関連があることは確かである。そしてそこで現首相と知り合ったらしい。

 この人は1月にも議員宿舎に家族でない「女性」を入れたということが報道されたが、軽い処分で済んだ。「お友達」だからと噂された。今回はもうそれで済ますことは出来なかったようだ。国会議員の特権(JRパス)の不当使用がそれだ。しかも「新型インフルエンザ」の対応に政府があたふたしていたときだ。

 官房副長官といえば官邸の№3である。そういえば、3人いる副長官のもう一人も話題になったなあ。

 でも私はくだらないことだがもう一つ問題を感じるのである。政治家の資質として、あるいは全ての指導者の資質として歴史に学ぶ、経験に学ぶということができる、ということが挙げられると思う。

 あのとき失敗したから気をつけようということである。あるいは失敗から学ぶことが出来るということである。結局彼の行動のもとになっているのは単なる個人的な私的な欲求だけなのである。

 政治家の失敗は私のような市井の目立たない個人の失敗と違って万単位の人に迷惑をかけることになる。そういう責任を持って生きていかなければならないのである。

 そういう人が政府の要職にいる、要職に採用した人がいる、そのことが問題なのである。1月の処分は執行猶予みたいなものだから辞職ではなく罷免すべきである。任命者を裏切ったのですよ。任命者は国民の信託を受けて執務しているのだから国民を裏切ったことになる。

 私は戦争と平和の「平和」が国の政治の根幹にあるべきだと思っている。先の戦争で多くの国民が死んだ。その死が私たちに教えてくれたものは「戦争」が何の解決にもならないことである。戦争という方法以外で解決していかなければならないということを教えているのである。その後の中東やアジア、アフリカなどの戦争がそれが真理であることを検証した。

 同じ過ちを繰り返す指導者がこういう国民の全てを不幸にする過ちは繰り返さないといえるだろうか。

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May 13, 2009

民主党の次期代表は誰になる?

 小沢代表の退陣に伴い、16日に新代表が決まるのだそうだ。支持、不支持に関わらずもしかしたら、重ねてもしかしたら次期首相になるかもしれないのだから関心を持たざるを得ない。

 ただ取りざたされている人は記憶に間違いがなければ皆代表経験者ばかりのようだ。やや新鮮さに欠けるといっていい。

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 この辞任に関して、「結局、政局のためにしか動いていないのでは」という意見もあるようだが、民主党が野党でいる限り当然である。

 国民の政治を何とかしてほしいという願いのもと先の参議院選挙で野党が多数を取ったが、参議院で否決しても衆議院の3分の2で可決されてしまっている。

 衆議院で多数を獲得し与党にならない限りどんなすばらしい政策であっても実を結ばないのが今の日本の政治である。さらに、現与党は修正すら受け入れないのが事実である。

 先の国会での「定額給付金」を見ればそのことは理解できるであろう。他の法案(多くの国民が期待し野党も賛成するだろう法案)と抱き合わせにして強引に通してしまった。

 与党の一翼を担っている政党が与党であることにしがみついているのもそこにある。与党であり続けるために「平和政党」という看板をすら投げ捨ている。連立与党になってからのこの十年近く日本の軍国化がどれほど進んだことか。

 野党は政局が第一である。政策はそのためにある。小沢はその点で非凡な才能を持っている。だが彼は首相の柄ではない。彼の指揮下民主党が伸びたのは事実である。参議院で民主党が多数になったことで初めて民主党の政策が日の目を見たのである。

 彼は黒幕とか参謀とか軍師とかのタイプである。あの演説の下手さ加減は限度を超えている。トップに立つ者が泥にまみれてはいけないのである。(与党の幹事長の言葉の汚さなど相当なものだ。)

 辞め時が遅いという人もいるようだが、彼は法律違反を認めていないのである。秘書が逮捕された時点で辞職したら、認めたことになってしまう。

 ただ自民党の金権体質を批判する立場の民主党の代表が金権体質では話にならない。金権体質にまみれて生きてきた彼がその汚れをきれいにしようとがんばっても染みついた汚れは落ちなかった。国民はもっと潔癖だったのである。彼はそこを見誤ったのである。今辞めたのはもしかしたら絶妙なタイミングだったかもしれない。

 今度の代表選出で民主党が「野党は政権を取ることが第一の仕事」であることを忘れたら、今度の選挙で逆転はないであろう。政権を取るためには国民に何を見せるかである。

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 今日と明日は当番です。 ????? 

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May 12, 2009

役不足?

 またまた同じような話で「年寄りの話はくどい」と言われかねないこはと自覚してはいるが・・・・・。

 自分が言葉(日本語)について詳しいわけでわけではないことは分かっているし、まして言語学者、国語学者やそれに近い仕事をしていたわけでもない。だが話していたり、本を読んでいたりしてどうしてもイライラしてきてしまうことがある。

 先日書いた「世界観」についてもそうだ。この言葉の最近の異常な使用には違和感を感じる。作者と作品があって、作品から直接知覚できることが出来るのは「世界」であり、その「世界」を創っている作者の「思想」が「世界観」である。私はそう区別しているのだが、直接関連しているので文の中でどちらを使おうとたいした問題ではないかもしれない。

 他に「全然おいしいです」という使い方。これも気になる。テレビなどを観ていると最近はほとんどこういう使い方をしている。私が受けた教育では「否定」を前ぶれする副詞としての「全然」が強調されていたので、肯定的に使われると腰砕け状態に陥ってしまう。

 それと最近よく目にするのが「役不足」。

 この言葉は芝居をするにあたって、役者と役の関係を表したものらしい。役者の持っている格や能力に対して与えられた役がそれにふさわしくない軽い役、格の低いものである時のものだ。仕事として考えれば、能力のある人が誰にでも出来るような簡単な仕事をする時に使う。

 だがこの「役不足」が全く逆の場面で現れて来るので脳みそが錯乱状態になってしまう。

 最近読んだ写真関係の本でもそれがあった。三脚の使用法に関してだが、通常の使用法を解説した後で「その三脚で役不足の場面では・・・」というように続いて、より高度で特殊な場面での解説になっていくのである。人間とその仕事の場合は一応その内容というものをある程度理解しているので、「誤用」だなと分かった上で聞いているのだが、こういう道具の使用法などの場合、その格や能力、仕事の難易度が分からない(分からないから読んでいる)ので、非常に困った状態になってしまう。

 「役不足」の対義語はおそらく「力不足」「力量不足」などであろうが、ぜひしっかり使い分けてほしいものである。

 とは言っても、「使う」「遣う」の使い分けが私はよく分かっていない。ただし「役不足」と違って意味が逆転するわけではないので「まあいいか」と思っている。

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 「役」といえば、森光子の『放浪記』が2000回の上演回数になったという。同じ芝居で同じ役を2000回は驚愕に値する。同じ仕事を長く続けるだけだったら世の中もっと長期間やっている人は山ほどいるだろうが、芸能の興行というものをそれだけ続けられたというのがすごい。歌を考えたって数年経てば「懐メロ」である。

 それもすごいと思ったがそれ以上に驚くのが「89歳」という年齢である。75歳で「後期高齢者」扱い、自動車の運転ではワッペンを貼らなければならない時代である。それを一まわり以上も上回っているのである。還暦を過ぎてあちこちに体の不調をきたしている私からすればもう「超人」と言うしかない。

 私は「商業演劇」派というより「新劇」派なので、帝国劇場とか明治座とかに自分の意志でいくことはないが、ここ何年もそれすら観に行っていないように思う。

 その新劇にもすごい人がいる。『夕鶴』の山本安英である。最後まで澄んだ美しい日本語で表現していた。公演回数は1000回を超える。また宇野重吉が最晩年トラックの仮眠室で横になりながら地方公演を続けるNHKのドキュメンタリーを観てその演劇への執念にカブトを脱いだこともある。

 新劇は地方公演が多く、サポートも弱い。その中で移動と公演を繰り返して行くのだから大変である。

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 三木たかしが亡くなった。熱烈なファンではないが嫌いではない。心の奥底まで入り込んできて内側から揺さぶりをかけてくるメロディーを作ってきた。私もCDを何枚か持っている。

 64歳か。1945年終戦の年生まれということになる。早い死である。

 戦後の何もないときに産まれたり、赤ちゃん時代を送った人たちだ。私は2歳下。この世代より前の人たちは少年時代、青年時代をこの時迎えていて、たくましく生き残ってきた人たちだから精神的にも肉体的にもしぶといが、どうも私たちの世代は何かが欠けているような気がしてならない。この部分は私自身への自戒の文である。羨望でも蔑みでもない。最近アラカン(言葉をなるべく省略しないで遣おうと思っているが、この「アラカン」は気に入っている。鞍馬天狗のことではもちろんない)の死亡記事がえらく目立つのだ。気をつけよう。

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May 11, 2009

小沢 代表辞任

 民主党の小沢代表が辞任。国民はこれをどう評価するかということだろう。

 政権交代は必要だが政治の中身はさほど変わらないだろう。木が竹に変わるというのではなく杉が檜に変わる程度である。だが政権交代によって緊張感が生まれるのはいいことだ。補正予算のデタラメさも一層明確になってくるだろうし、政官の関係にも新しいもの出てくることを期待したい。

 18:00

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返せるのか?

 まず昨日の続きから、

 昨年「後期高齢者医療制度」というものが大問題になったが、これなども「平均」が背景になっているといえる。

 高齢者は金融資産を2000万円以上持っているし、先も短い。だから取れるだけとっても大丈夫だ。そういう感覚があるのである。国会議員の多く(特に自民党)は世襲で親の財産をたっぷり受け継いでいるし、また子に受け継がせるだけの余裕を持っている者が多い。そういう人は自分たちが極めて少数派で特異な存在であるという認識に欠けているといえる。多くの高齢者はかつかつの生活をしているのである。

 平均でものを考えるとこういうことが見えてこないのである。

 さて、今度の補正予算であるが、次第にそのめちゃくちゃさが見えてきた。ハコモノの復活、天下り先への資金流入、新たな天下り先の創設、不急不要の公共事業、基金という名の役所の自由決済などなど相当酷いものである。某幹事長などは「参院で早く否決してくれ、すぐ衆院の3分の2で再可決してやる」などと喚いている。

 だが私たちが最も気になるのはその金がどこから出てくるのかといことである。

 最近消費者金融というか、サラ金というか、いわゆる個人向けの金融業の広告が盛んに「返すときのことを考えて借りよう」と言っているが、政府は国民にそのことをチャンと伝えているだろうか。国家予算もそれに充てる税金も国債という借金も全て国民の財産であり、国会議員や大臣や官僚の個人資産(ポケットマネー)ではないのだ。

 すでに日本は千兆円近い借金を抱えているのである。昨日話題にした「個人の金融資産」は1400兆円だそうだが、それを充てればまだ余るとでも考えているのか。

 補正予算に遣われるお金をどこから持ってくるのかまずそれを国民に明らかにすべきである。

 明日が明るいことが確信できたら、今の暗さは我慢できる。

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 話題を変えて

 ジュビロ磐田が調子いい。J2に落ちる心配がずいぶん薄れた。神様仏様「イ・グノ」様である。全くの救世主である。

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 ついに「新型インフルエンザ」が日本に上陸した。アラカン以上はずいぶん前に流行ったインフルエンザで免疫が出来ていて罹りにくいという話だそうだ。ただ全く安全というわけでなく持病があったりすると拙いらしい。アラカン以上は持病がある割合が高いから、結局は危険性は同じとみた方がいいだろう。

 それにしても感染者はうなぎ登りに増えている。とりあえず私は変異しないことを願っている。

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May 10, 2009

平均で物言う愚かしさ

 文科省の学力調査で「平均点」を公開する、公開しないでバカ騒ぎをしているのを「情けない」ことだと思っている私である。それは「平均」なるものはほとんど現実を反映するものでないと思っているからである。逆に本質を覆い隠すものとして機能することが多い。

 学校でやるテストは0から100の範囲の散らばりだから多少の意味を持つかもしれないが、実際現場にいるものにとって大して意味がないと考えるに違わない。また、そういう感覚をもてないとしたら、長い受験勉強で病んでいるのだ。

 一学年が100人に満たない学校や学校はたくさんある。50人以下だって現在当たり前のように存在する。そんなところでは子どものわずかの移動(転校、欠席など)で平均点は5点くらい簡単に変動する。また学年によって変動することも多い。そんな時、1点や2点の差は全く意味をなさない。

 そういうことが分かっているからかっての学力テストで児童を「欠席させる」ことが起こったのだ。


 さて、きのうNHKで再放送だが「高齢者の金融資産」を景気回復に役立てようというディベートが行われていた。金融資産とは現金、預貯金、株、債権、年金などを指している。

 その中で高齢者がどれくらい「金融資産」を持っているかという数字が出ていた。「平均2,000万から2,500万円」らしい。その数字をもとに討論が行われていたが全くかみ合わないで時間だけが過ぎていっていた。なぜかみ合わないか、それは「平均」が全く意味をなさないからである。

 金融資産は学校のテストと違い散らばりの範囲がやたらと広い。借金はマイナスの金融資産だから長者番付のトップのような特別の人は除いて常識的なところで考えても、その範囲はおそらく-数百万から+数億の散らばりを示すであろう。

 もっと分かりやすく言えば、5人の高齢者がいたとして、次のような場合いずれも平均を2,000万円となる。

 ①5人の資産がいずれも2000万円
 ②それぞれが0円、1000万円、2000万円、3000万円、4000万円
 ③4人が1000万円、1人が6000万円
 ④3人が1000万円、1人が2000万円、1人が5000万円
 ⑤4人が0円、1人が1億円

 もちろん無数に存在するが典型的な例として挙げたのである。

 いずれも平均2000万円である。おそらく現実が①だと思う人は1人もいないだろう。だけども「平均」でものを考えると①での議論になってしまうのである。だから現実的な話になると議論が全く通用しなくなってしまう。

 ただ北欧の国などは結果的に①に近づけるような政策をとっている。誰にも必要な教育費、医療費などを個々人の資産で格差が出ないようにしているのである。

 ①から⑤の中で実際はどれに近いと国民は考えるだろう。また、現実はどうだろう。それを出して議論しなければ「全く話にならない」のである。方策はそれぞれによって全く違ったものになるといえる。そうでなければ単なる空理空論でしかない。

 学力調査も金融資産ももう平均で話をするのは止めようではないか。 

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May 09, 2009

足利事件DNA再鑑定

 足利事件のDNA再鑑定で検察側、弁護側双方の鑑定者が「同一人物でない」との鑑定結果を提出した。双方がこれほど一致した結論を出すこと自体珍しいことではないだろうか。検察側の鑑定が検察の言い分をはっきり否定しているのである。

 「疑わしきは罰せず」ということが裁判の原則だと言われているが、この裁判はそうでなかったらしい。証拠とされたものが証拠といえるものでなかったということであり、裁判官はそのあやふやさを見抜けなかったということである。

 この前の痴漢冤罪事件にしろこの足利事件にしろ裁判がずいぶんいい加減に行われているように思う。痴漢冤罪事件は最後の最後で無罪が確定して何とか救われたが被告とされた人のその人生や名誉は多く失われてしまったと思う。

 ましてこの事件は確定してしまい、再審までの道のりもまだまだ遠い。そして事件そのものはすでに時効が成立し、真犯人追及もできなくなっているそうだ。これでは被害者やその家族の思いも放置されたことになる。もし犯人とされた者が犯人でないとしたら、この事件の被害者をさらに増やしてしまったことになる。

 有罪の主要な根拠が失われたのだから東京高裁は直ちに再審を開始すべきである。もし今回のDNA鑑定を新証拠として認めないとしたらDNA鑑定そのものの否定に繋がり、何千何万と行われているDNAを証拠とする裁判や判決の否定になる。

 彼は犯人から被害者に180度転換したのである。直ちに救済の道を開かなければ国民の裁判制度への信頼を失うことになる。

 いま、裁判所は多く検事側に近い判決をすると思われているようだ。裁判員制度が開始される今年、証拠がいささかの疑問を挟み得ない時のみ採用するような姿勢を徹底してほしいものである。

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May 08, 2009

映画ブーム?

 最近の様子を見ていると、ずいぶん次々と映画の新作が生み出され一種の映画ブームのように思う。

 私たちの子どもの頃、まだテレビがそれほど普及していないときには、正月ともなると立ち見どころか舞台ソデ(映画だけでなくちょっとした芝居ができるようになっていた)まで人があふれて観ていたが、昨今はそんな体験はない。入れ替え制や消防法など関係しているだろうが、チケットが手に入らないといこともない。前評判ほど人は入っているわけではない。それでも一種の映画ブームという感じがする。

 最近の邦画はほとんどテレビ局が制作に関わっていて、テレビ局が一日中宣伝し続けていることも多い。それが映画ブームを思わせているが、実際よく映画を観に行くという人も増えているようだ。

 これからが言いたいことだが、映画にしてもテレビドラマにしても主演している若い俳優、特に男優の区別がほとんどできなくなってきている。SMAPとか妻夫木とかのあたりが限界でそれより若い人はもうダメである。そういう人ばかり出るようになった映画ばかりになったらもう映画館に足を運ぶことはなくなるだろう。

 ところで今度白土三平の「カムイ外伝」が映画になるそうである。先年「カムイ伝」は復刻版が出て全部買って読み直したが、映画はおそらく原作とは全く別物であろう。そうであっても観てみたいものである。カムイは松山なにがしがするそうだがその俳優について全く知らない。

 邦画は大きな変化の時期に来ているのだろうと思わせるこの頃である。

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May 07, 2009

ポピー

 昨日からは天気が回復して晴天になるという天気予報だったので、連休が終わり関越も空くだろうと今日は撮影に出かけようと考えていた。

 ところがこの天気、全く予定が狂い腹が立つ。

 それにしても連休中の高速は異常だった。特に慣れない高速走行が災いしてか追突事故がやたらに多かった。


 さてその撮影目的は「ポピー」である。あの淡いカラーと花弁の透き通る様子をなんとか写真に残すことはできないかということであった。調べて見るとどうも「武蔵丘陵森林公園」に広いポピー園があり、ちょうど見頃のようだ。駐車場にも近い。去年昭和記念公園にコスモスを摂りに行ったとき、駐車場選び失敗して大変な思いをした。

 明日明後日は都合が悪いし、日曜日は混むだろう。今年は断念かな。

 もう一つ撮りたい対象がある。それは「ハス」。横浜八景園だったか、見事な蓮池があった。でもそこはちょっと遠すぎる。他にもシーズンを外れた蓮池はいくつも見たが仕事の関係でいい時に行くことはできないでいた、おそらくこれからハスのシーズン。じっくり時間をかけて撮影したいものだ。


 「新型インフルエンザ」はアラカンには感染しないという、あんまり根拠のない情報が流れている。ようするに状況証拠だけだ。でも本当にそうだったら万歳だ。心置きなく「阿修羅展」にも「剣岳」にも行ける。

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May 06, 2009

『せいくらべ』

 昨日は「子どもの日」であった。渋滞を避けようと早めに出て、東名を東京を目指して走っていた。交通情報が欲しいのでラジオを聞いていた。その中で童謡の『せいくらべ』を何度も聞くことになった。

 TBSでは毒蝮三太夫がなぜ「一昨年」なのかということを話していた。彼の説では七五調にするためだということだ。「そんなバカな、字数を揃えるためにわざわざこんな言葉を言うわけがない。何か背景があるに違いない」と調べてみたくなり、帰宅後早速ネットを開いてみた。実は以前から何となく不思議なっていたことでもあったし、その訳を聞いたことがあったような気もしていたのである。

 (実は兄は死んで、それを思い出していると解釈していたのである。)

 せいくらべ
海野 厚

 柱のきずは おととしの
 五月五日の 背くらべ
 ちまき喰べ喰べ 兄さんが
 はかってくれた 背のたけ
 昨日くらべりゃ 何のこと
 やっと羽織の ひものたけ

 柱にもたれりゃ すぐ見える
 遠いお山も 背くらべ
 雲の上まで 顔だして
 てんでに背のび していても
 雪の帽子を ぬいでさえ
 一はやっぱり 富士の山

 これが『せいくらべ』の詩である。

 「おととし」については諸説あるようだが、少なくともこの詩は兄弟があって、毎年せいくらべをしていたが去年は何らかの理由でそれができなかった、ということは確かである。その理由とはどうも兄、つまり海野厚が病気になり帰省できなかったということらしい。ただ、時系列に整合性がないこともあり、そのまま詩が事実を表していると考える必要もないともいえる。

 海野厚は静岡県の人である。2番の富士山が出てくることでもそれが分かる。静岡県で作られたこの種の詩に富士山は欠かせない。今度問題を山ほど抱えながら開港する空港名も「富士山静岡空港」というらしい。

 (因みに高速で東京方面に上って行くと天竜川をわたる橋あたりで左前方に富士山が見える。余程空気が澄んで晴れ渡っている日に限るが。富士山は西では紀伊半島からも見えるそうである。2番の詩の通りである。)

 おぼろげな話ではあるが調べていくうちに思い出したことがある。彼は静岡市の「西豊田小学校」の出身である。私の母の母校である。そういえば小さい頃、「この詩を書いた人は・・・・」という話を母から聞いたことがあるように思うのである。母は海野が28才で亡くなる2年前に生まれている。西豊田小学校では何らかの顕彰が行われたのかもしれない。現在の西豊田小学校のHPにも海野のことが書かれている。(友人やいとこ、勿論叔父叔母にも西豊田出身者がいるので母からではないかもしれない)

 思わぬところで母を思い出すことになった。 

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May 05, 2009

『終着駅』

  忌野清志郎が亡くなった。忌野清志郎が歌い始めた頃はあまり好きになれず、私とは別の世界の人だと考えていたのだが、その詩を味わったり、生き方を知ったりするうちにだいぶ近付いて距離が短くなっていっていたので早すぎる死は残念でならない。


 さて今日は『終着駅』(白川道、新潮文庫版)

 これを読もうと買ったものではなく、小さな本屋で偶然手に取ったものであるが、もう夢中になって最後まで一気に読み終えてしまった。

 こういうシチュエーションの話ではハッピーエンドで終わるわけはないのであるが、こればかりはなんとかうまくいってほしいと願いながら最後が気になって気になって仕方なく途中で終えることはできなかった。

 こういう小説のジャンルは何というのか知らないが、一種のハードボイルドであろう。でも中身は「大人の純愛物語」である。

 主人公は東京に本拠をおく広域暴力団の幹部、小さいながら一家をなす。若い頃、父と恋人を死なせたという自棄の念からやくざに身を落とす。生きることに執着せずいつ死んでもいいという生き方をしていて「死に神」と渾名されている。50間近、かっての恋人に似た盲目の女性と知り合い、やくざの足を洗い生きていこうとする。

 その女性のひたむきさ、清らかさが何とも心を引く。だが、その失明の原因と両親死、かっての友達であり恋人の弟の妻と娘の命を奪ったのが彼の所属している組織と関係があったりで物語は複雑に展開していく。

 惹かれた要素の一つに小説の中に出てくる八木重吉の詩。彼の詩には私が若い頃の一時期夢中になったものだ。その詩が実に効果的に配置されている。

 いつ死んでもいいと思っているうちは死ぬことができず、生への望みができた時・・・・・・。悲しい結末であった。でも小説ではこうならないと感動は半減してしまうし・・・・・ね。

 私は絶賛する。 

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May 02, 2009

GW後半

 GWも後半に突入。私にはあまり関係のないことですが。

 ETCの割引きのせいもあり高速道路は軒並み渋滞のようです。そして追突事故も発生しています。追突事故に遭わない方策の一つは追い越し車線を走行しないことです。渋滞の発生しそうな状況では追い越し車線を走行する車が数量的に明らかに多いそうです。しかもスピードを出したがる車が多いのです。今日テレビで放映された事故も追い越し車線でした。私が最近見たいくつかの追突事故も全て追い越し車線でした。余程めちゃくちゃなスピードを出さない限り、到着時刻はたいして変わらないのです。

 海外旅行も新型ウイルスの発生に関わらずすごいですね。景気が悪いといっても全体的にはそれほどでもないようです。結局一部の弱者により強くしわ寄せがいっているのでしょう。政府の施策はその点不十分です。

 海外旅行に出かけた人たちが6日あたりに帰国するとすると、帰国の時に例え感染していても発症していないということが考えられます。7日に通勤通学が再開し、この時発症するとしたら大変なことになりますね。しかも今日のような時にも質問用紙の回収漏れがあったのですからそれよりはるかに多くの帰国者がいる5、6日の国際空港は大変なことになるでしょう。見落としが起こる可能性大です。

 そう考えると本当に怖いのはGW後の1週間くらいと言えます。その時には私は「こもる」ことにします。

 さて私も明日渋滞がなくなる頃出かけます。義務的なことですから仕方ありません。遊びになんかでこんな時出かけるわけがありません。自由な時間はいっぱいあるのですから。私は渋滞をあまり苦にしませんので渋滞があってもどうということはありませんが。

 ということで数日間このブログもお休みです。

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May 01, 2009

陰で

 現在18:00だが帰国して空港で発熱していた女性も横浜の高校生も「新型インフルエンザ」ではなかったようだ。

 昨日、いや今朝になるが深夜の1時、舛添大臣がちょっと興奮状態で会見していたのでなにごとかと思ったがその結果がこれだった。横浜市長は厚労大臣の興奮ぶりをたしなめることになったが。この厚労大臣はよく準備しないで先走る傾向がある。

 これでまだ国内には新型インフルエンザが入っていない(公式にはという但し書き付きだが)ことになるわけで一安心といえるだろう。

 だがマスコミなどがこれ一点に大騒ぎしている時が本当はとっても怖いわけで知らぬ間に法律ができていってしまうことが多い。

 今だって自衛隊の海外派兵、武器使用を恒久化する法案が提出されているが報道は全くない。さらに補正予算の問題がある。景気浮揚策ということで様々なばらまきが行われているが、今回のは金持ち優遇という傾向が強いようだ。

 現在もバラ色、未来もバラ色ならこんな結構なことはないが、数年後には大増税が確実にあるのである。おそらく企業を保護するために法人税などの増税はないだろうから、ターゲットは消費税である。なにしろ今年だけで何十兆もの国債発行、つまり、借金をするのである。国全体で見れば800兆円の借金があるのである。

 国民一人あたり600万円から700万円の借金を返済するために将来にわたって国民が税金という形で苦しむのである。

 大雑把な見通しだが2、3年後には消費税が10%、10年後には15%になるだろう。

 未来がバラ色であることが確実なら、今の苦しみは我慢できるだろう。だが、小泉のように痛みを伴うが我慢してほしい、といいながら詰まるところ瀕死の状態に陥ってしまう結果になったのを目の当たりに見ているのだからもう誤魔化されてはいけない。


 食後の19:00。どうも米軍基地に着いた赤ん坊に「新型インフルエンザ」の疑いがあるらしい。そういうニュースが流れた。

 ・・・・・・・・・・・・・・

 追記

 「木枯し紋次郎」が復活。

 昔の中村敦夫の紋次郎の雰囲気をそのまま踏襲だ。江口洋介は格好良すぎかな。原作には近いかもしれないけど。中村敦夫の時は私の方が若かったから相対的なものとも言えるけど。それでも歩き方にもう少し風格がほしいなあ。

 若村麻由美の悪女ぶりは相変わらずいい。出てきただけで何かあるなの思ってしまう。

 一回だけか。残念。

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