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March 2009

March 31, 2009

更新する

 パソコンを最初に手にしてからもう20年以上になる。

 OSを考えてもずいぶん変わってきた。最初はNECのN-Basic、MS-DOS、Windows95、Windows98,WindowsME、Windows2000、WindowsXP、WindowsVista。その都度パソコンを購入してきた。MEはさすがに買わなかったが。

 ハードの進歩との相乗効果でOSも進歩していくのだからある意味仕方がないことだが、初めからもっとまともなOSなりソフトなどができていればこんなにもお金をかける必要はないのにと思うこともある。

 また、ソフトの開発には大勢のスタッフが必要で、その人たちを確保していくためにも常に更新していく必要があるのだという話もきいた。派遣業種にプログラマーが入っていたと思うがうなずけることだ。

 それでも、パソコンはその都度使いやすく、機能も高まっていき、元は取れたかどうかは別として一応働いている。廃棄する時も「ご苦労さん」ということができる。

 カメラなどは30年以上前のものが使われ、中古ではもっと前のものだ使用目的で販売されている。車などもそれに似たところがあり、趣味で乗り回している人もいる。

 パソコンと似た年中更新し続けなければならないものに「兵器」がある。そしてそれを生産する人、使用する人を何十万も確保し続ける必要がある。ところがパソコンは使用することで償却されていくが「兵器」は使用しないことの方が望ましいときている。

 だから、どこかの大国のように常に戦争を求めて、時には何の根拠も立証されていないのにその存在と使用の意味を納得させるために走り続けるようなことになる。

 戦争には敵が必要である。敵が存在しなければ「兵器」は必要ないし、軍隊も必要ない。軍備を維持し、拡大して行くにはどうしても「仮想敵国」が必要なってくる。

 PAC3で迎撃するのだという。誰がこの日本を攻撃すると言っているのだろう。攻撃がないのに迎撃なんてあり得ないのに。要するに落下物体処理ということだろう。しかもPAC3の射程距離は十数kmだという。明らかに防御する対象が明白でそれを防御するものでしかない。

 それを、ロケット(ミサイル)打ち上げ(発射)に失敗してどこに行くか分からない物体を「迎撃」するのだという理由で緊急配備するというのだ。

 PAC3で日本全域を防衛するにはおそらく数百基が必要だろう。しかも確実性は低く、実際役に立つかどうか分からないという。

 もしかの国が自分の国と同じように軍事費を増大させ、国民生活を疲弊させていると同じことを日本にさせようとしているのなら、このところの日本の対応は思うつぼに填っているとしか言いようがない。特にマスコミは酷い状態だ。千載一遇のチャンスと考えている人たちもいると思うが。

 もしかの国が本気で戦争を日本に仕掛けたら、即座にかの国は崩壊する。成り行きで支持している二つの隣国は直ちに手を切ることは確実である。そうでなければ世界世論の中で立場を維持できないし、損得勘定もあわない。かの国は他国の援助で生きながらえているのが現実なのだから、国を維持できない。

 何百億、何千億、何兆もの税金を無駄に使わなくとも脅威を取り除く方法はいくつもあるはずだ。それをするのが政治や外交の仕事ではないか。

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March 30, 2009

ETC限定割引は差別

 ETC限定の高速料金割引はどう考えても納得出来ない。どう考えても差別である。

 夜間割引は人件費がかからないからという説明も成り立つように思うがそれでも数台のETC装着車が通過すれば人件費分はペイできる。

 計算が面倒であるというかもしれないが、ETC車の通過時コンピュータで処理して瞬時に表示されるのだから、ETCなしでもカードを入れさえすれば簡単にできるはずである。現在だって料金所の職員がソロバンでいちいち計算しているわけではなかろう。

 ようするにETC車だけ割引きにする理由は何もないのである。

 私はそうはいうがETCを付けている。それは私の理由である。高速を頻繁につぎはぎで利用しなければならない状況が生まれて何回も支払うことが面倒になったことと、その都度かなりの金額を用意しなければならなくなったことによる。折角だから夜間割引を利用できる状況の時は利用している。それもETC装着にかなり費用がかかっているからその分くらい回収したいからである。

 だからたまにしか高速を利用しない人にとってETC装着はかなりの無駄遣いともいえる。必要のない人も、必要のない車も相当あると思われる。

 そしてあわててETCを装着しても2年後には元に戻る。ETCの機器だけが残るのである。

 さらに、乗用車だけに適用される。ETC非装着車のドライバーは税金でその分を負担することになり、実質値上げである。休日に仕事をしている人は利用できない。理髪店は月曜休日であるし、サービス業の多くは日曜日はかき入れ時である。大都市近郊の利用者のさほど長距離でないドライブにはほとんど恩恵がない。不公平のオンパレードである。

 そうするとこの割引きで得をするのは誰かということになってくる。ETCの業務を一手に取り扱っているのは国土交通省の天下り団体「財団法人 道路システム高度化推進機構(ORSE)」である。

 上記団体はえびす顔である。そして多くの国民は税金で補填され、数年後には消費税率のアップとして返ってきて青息吐息となるのである。

 高速道路料金が高すぎることを隠蔽し、こういう小手先のことで国民を愚弄しているにすぎない。

 こういう差別的な施策への批判がマスコミからほとんど伝わってこない。ミサイル迎撃装置(PAC3)の大宣伝、ETCの大宣伝で国民を攪乱しているのはマスコミ自身である。ジャーナリズムとしての矜恃はないのか。

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March 29, 2009

よかったね、サッカー そして相撲の話

 アジア予選突破がほぼ確実になった、サッカー日本代表。よかったですね。

 それにしてもボール支配率は高くても、点は入りませんねえ。結局中村俊輔のフリーキックだけでしょう。いつになったら強力な点取り屋が出現するのでしょうか。最大に課題はまだ解決していないような試合でしたね。

 素人考えなのですが、きれいにまとめようとしすぎているんではないでしょうか。体力・体格的には世界の上を行くことはここしばらくは無理でしょうから、日本なりの攻め方を工夫する必要がありそうです。

 それから普段の生活では御免被りたいことなのですが、「オレが決めてやる」というような自己中心的なところがあってもいいような気がします。最後を逃げてしまうような感じがしてなりません。

 ワールドカップ出場がほぼ確実になり、今度は世界のトップクラスとの対戦を視野に入れなければならなくなりました。この前の大会は悲惨な結果でしたが、それを乗り切るためには、他ではやらないようなアイデアを生み出す必要がありますね。

 野球が「野球」を生み出したようなものです。

 いま、相撲観戦中です。こちらも日本は惨めなものです。ここのところ「大関」が精一杯。横綱を目指すような日本人が出てきません。日本人に輝いている人が見つかりません。琴光喜にちょっと期待していたんですが、このところ大関にとどまるのがせいぜいですし、魁皇、千代大海ももう限界です。千代大海はもう無理じゃあないですか。琴光喜・魁皇は八勝七敗ですし、千代大海に至っては二勝一三敗です。途中休場しないでよく頑張ったとはいえますがそろそろ引退を考えてもいいのでは。

 千秋楽結びの一番は白鵬の完勝。朝青龍に覇気なし。内規に反してファッションショーに出たのだから、その責任は優勝でしか果たせないでしょう。行動や品格はともかく強いからと許されてきたのですから、強さのなくなった朝青龍に何の魅力もないでしょう。相撲協会はやくさんや内舘さんに言われる前に引退を勧告すべきでしょう。モンゴルに帰って政治家にでも大統領にでもなってください。

 でも白鵬は強いですね。白鵬の力を10とすれば大関の面々は5位の力しかありません。朝青龍はもう白鵬に勝てないでしょう。今日の相撲はそんな思いをさせます。 

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March 28, 2009

アナログ

 今日は午前中が冬で午後が春という天気であった。

 冷蔵庫に眠っていたポジフィルムの期限が残り少なくなってきたので、今日はF5を持って撮影に出かけた。

 久しぶりのフィルムの撮影は戸惑うことが多い。ISO50だからSSが15だとか30でしか切れない。三脚は使用しているがおそらく被写体ぶれ続出だろう。また、デジカメで背面の液晶に目をやる習慣がついているのでつい黒いカバーを見てしまい苦笑いばかりしていた。

 午前中の冬の気候の中だったので手袋を取ったりはめたりの繰り返しでもあった。

 さてどんな写真が撮れただろうか。

 ここ二三日の寒さでサクラは萎縮してしまい、咲きどころを迷っているかのようであった。でも急に暖かくなったので明日あたり一斉に咲くのではないだろうか。

 今日は高速1000円の最初の日である。どこも混んでいるらしい。ウミホタルは二週目だが駐車場は満車状態が続いているようだ。

 要するに今までの高速道路料金が高すぎたというわけだ。このところ高速利用が多い私だがもし昔のような渋滞が復活するとしたら反面えらい迷惑である。高速代が減った分時間の無駄と疲れと燃費が増えてしまう。国全体としては空気の汚染が進むだろう。痛し痒しである。

 今夜はサッカーのテレビ観戦である。

 朝青龍惨敗。ファッションショー出演が問題になるぞ。やくさん、内舘さん、何を語るか、楽しみだあ。相撲協会はどうすることもできないだろうね。
               (17:55)

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March 27, 2009

絵画と映画の話

 今日の朝日夕刊は旅行会社の宣伝と映画関連の話で埋め尽くされていたと言っていい様相。

 そんな中、1面「人・脈・記」は「原爆の図」の話。埼玉県東松山市の川べりの雑木林の中に「原爆の図 丸木美術館」がある。私も何度か行ったことがある。

 丸木位里・俊夫妻がその半生を捧げて描いた「原爆の図」の展示を目的とした美術館だ。私が行った日はいずれも入館者が少なく私と同行者だけの貸し切り状態だった。運営していけるのか心配にすらなってきた。ただこの美術館はそれくらいの方が観賞にはいい。なにしろ作品が大きい。全体を視野に入れてじっくり見るためにはたった一人で絵に向かい合った方がいい。

 戦争や原爆を知らない人たちが大部分を占めるようになった現在、きわめて意味のある作品群である。

 同じ東松山市の動物園のそばに「埼玉県平和資料館」というものがある。戦争に関する膨大な資料が集められている。戦時下の教室が再現さていて、空襲の疑似体験ができる。平和教育に重点をおいた施設で低料金でいろいろ学習できる。

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 さて映画の話。

 さてどれを見ようか。(すべて夕刊で見たもの)
 「フィッシュストーリー」(中村義洋監督・伊藤淳史主演)
 「おくりびと」(滝田洋二郎監督・本木雅弘主演)
 「花の生涯ー梅蘭芳」(チェン・カイコー監督・レオン・ライ主演 チャン・ツィイーも出ているよ)
 「マダガスカル2」(CGアニメ)
 「レッドクリフpartⅡ」(ジョン・ウー監督・トニーレオン主演)
 「ベッドタイム・ストーリー」(監督主演は字が小さすぎて読めない)
 「イエスマン」(ジム・キャリー主演) 
 「昴」(リー・チーガイ監督・黒木メイサ主演)
 「いとしい人」(ヘレン・ハント監督主演)
 「ザ・バンク」(クライウ・オーウェン主演)
 「トワイライト」
 「フロスト×ニクソン」
 「マーリー」(デビットフランケル監督・主演は犬?)
 「鑑識・米沢守の事件簿」(長谷部安春監督・六角精児主演)
 「ウォッチメン」
 「ジェネラル・ルージュの凱旋」(中村義洋監督・竹内結子主演)
 他に記事で
 「リリィ、はちみつ色の秘密」
 「遭難フリーター」
 が紹介されている。
 
 観る価値のありそうなのは「リリィ、はちみつ色の秘密」だろうが、足を運ぶのはおそらく「赤壁」と「凱旋」。
 がんがん引きつけてくれないとお尻が痛くなる。あとはいずれDVDを借りてきて寝転んで観ることになりそう。

 中村義洋監督の二本同時公開とはすごいね。どちらかの映画の公開が遅れたのだろうけど。 

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March 26, 2009

冬に逆戻り

 いやあ、寒い一日でしたね。せっかく花をつけ始めたサクラも躊躇してしまっているようだ。
 
 WBC狂騒曲も落ち着いてきて、本来注目すべきニュースが一部を除いて流れ始めた。一部というのはかの離婚問題である。まともなニュース番組は取り上げないが報道娯楽番組はこのニュースで明け暮れている。いい大人が自分で離婚届も提出しないで親任せなんてバカらしくてお話にもならない。こういうところで、もしかして還暦に近いんではないか思われる芸能記者がヒステリックな声を上げて追いかけている姿は滑稽そのものである。

 さて、民主党は秘書の起訴とそれに関連した代表の進退問題で混迷を深めている。あれこれいっても民主党は第二自民党として出発し、自民党と政権たらい回しを前提として存在している党だからあまり過度の期待を持つのは間違いだろう。今自民党がその活動資金の多くを企業献金で賄っているが、もし民主党が政権を取ったらその流れが変わることは間違いない。

 もし民主党がそうでないというなら、古い自民党的体質からの決別を宣言し、実行するしかない。そこまでできるかである。自民党にしても民主党にしても政権を取ることに夢中になっていて民意を把握していない。敵失だけに頼っている政治では政治不信だけが増大していくだけである。

 昔のように庶民は何も知らず政治家だけが勝手にやっていた時代はとうの昔に終わっている。国民は何もかも分かっている。選択の余地もない、選択するものがないこの状況を誰が打ち破っていくかその道筋を明らかにした党が今度の選挙の勝者である。そうでなければ、棄権だけが圧倒する選挙になるだろう。

 政治の世界も冬か!?

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March 25, 2009

冷静な目で

 WBCの優勝で今日も新聞、テレビは大騒ぎである。

 プロ野球を愛する一人として優勝そのものにケチをつける気持ちは毛頭ないし、喜ばしいことだと思っている。

 株も上昇して思わぬ効果を生み出している。まあいいことだと思う。

 ただ、新聞の隅の方に目立たない形で告げられていくつかのことに目を向けることも大切である。

 この大会はアメリカの野球組織がその客離れを防衛するためにその主催で行ったものであるということである。世界的な野球組織があってそこが主催したものではない。世界大会ではないということである。報道を見てもまともに取り組んでいたのは日本と韓国だけである。

 アメリカのプロ野球組織はいわゆる大リーグに属してしる選手を出身国別に分けて戦わせたらおもしろいだろうと興行をうったのである。だから、中米の各国はほとんど大リーグの選手だけで構成されている。投手の投球数数制限も主審がアメリカ人だけというのも全てそこに由来している。

 大リーグ所属選手のかなりが球団の意向で参加を制限されたという。もし各国の意向が最優先とされるサッカーのワールドカップのようだったら、日本代表選手のメンバーも少し変わったかもしれない。

 日本の戦った相手が9試合中5試合が韓国戦というのも異常である。運営の拙さの問題というより意図的な匂いを指摘するむきもある。

 アメリカプロ野球組織は手を抜いてもアメリカが優勝すると目論んでいただろうが、いわゆる大リーグに所属している選手が相対的に少ない日本と韓国がそれを粉砕したことはなんとも痛快なことである。

 さらに何度もいうように「侍」の連呼にも辟易する。はじめのうちは「SAMURAI」だったが最近は「侍」である。この「侍」的なものが日本の近代史、現代史の中でどのような役割を果たしてきたもう一度考えてみる必要がある。無批判に「侍」を連呼する報道関係は真にジャーナリズムとしての知見を持っているのか疑問に思わざるをえない。

 また、韓国の報道では日本の「サムライ」たちの行動への批判もあるという。美酒に酔うことに狂喜するだけでなく、勝者だからこそこういう批判に謙虚に耳を傾けることもスポーツマンとして必要ではないだろうか。「SAMURAI」を標榜するのだからなおさらである。

 そして、多くの文化人、知識人、芸術家がその「武士道」といわれるものの問題点を指摘してきたことを思い起こしてほしいものである。「侍」の連呼が日本の今後の歴史に好結果を生み出していくとはとても思えない。 

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March 24, 2009

カタクリ

 カタクリの撮影に栃木県佐野市まで行ってきた。カタクリの群生地は都内にも各所にあり、地域の人の努力で維持されている。これが結構大変なようであるが。

 佐野の「カタクリに里」のカタクリの群生は、全く見事なものであった。アマチュアカメラマンも多数来ていて、ロープサイドは彼ら(自分も入るのだが)が占領し、三脚が列をなしていた。

 ただカタクリの花は下向きに咲くし、茎も短いので撮影は難しい。皆さん、しゃがみ込むやら、膝をつくやら、中には寝転ぶやらで大変な苦労をして撮影していた。膝を痛めている私にはいい対象ではないのかもしれないが、がんばって200枚くらいは撮ってきた。

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 WBCで日本が優勝したようだ。上記の理由で詳しい経過は分からない。

 まずはおめでたいことだ。

 いよいよ高校野球、プロ野球に目が向けられるということだ。

 今日はもう一つ大事なことがあったはずだが、それはWBCでずいぶん弱い扱いである。どうなったかもいまだ知らない。WBCの日本優勝を一番喜んだ人かも知れない。あくまでも推測の範囲であるが。

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March 23, 2009

いよいよですな

 「愛国心」を強要されるのは断固拒否するが、もともと「愛国心」の塊のような人間だから、今日のWBCの対アメリカ戦は気持ちよかったですね。

 だいたい、メジャーリーグだとか、ワールドシリーズとかいうのをふざけていると思っていましたから、汚い言葉ですみませんが「ざまあ、みろっ!」といった気分ですね。

 さらに、アメリカが優位に立つように、優勝するように仕組まれた大会だから、なおさらである。

 明日はいよいよ韓国戦、大変なことになりました。これで負けてしまったら韓国の新聞、テレビは大騒ぎになってしまいますから、その意味では勝ってほしいですが、私の気持ちとしてはもう十分です。

 今年のWBCではベスト8に残らなかった国もずいぶん水準が上がったし、他にも強い国があります。アメリカの野球組織の興行ではなく、サッカーのワールドカップのようになることを望みます。

 開催国、審判なども各国平等に割り当てられるようになるといいですね。そうでなければオリンピックの正式種目として復活することはないでしょう。日本ーアメリカ戦でアメリカ人が審判なんて他のスポーツでの国別対抗戦であり得ないでしょう。

 今日は出かけることがあって、車中「ラジオ日本」で聞いていましたが、明日は撮影会があってリアルタイムで聞くことができません。残念。一人携帯ラジオで聞いているなんて申し訳ないもんね。ああ、ラジオ入らないか。

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 ただこれで、軍国日本の精神的バックボーンであった「サムライ精神」が大手を振って闊歩するとなるとゾッとしますね。原なんぞ「わが軍」はなどとノタマワッテいますし。軍隊かよ! 

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March 22, 2009

「世界観」

 最近テレビを観ていてよく聞く言葉に「世界観」がある。つい少し前まではほとんどマスコミでは聞くことのなかった言葉だ。どうも、アニメーションの世界で遣われるようになった来たように思われるのだが定かではない。

 アニメや映画の題名を挙げて「○○の世界観」とかといった遣われ方をするようだ。別に間違いとかいうのではないが急にあちこちで遣われるようになったような気がして耳に障って仕方がない。

 今まではそういう時は「○○の世界」といって「観」はつけないでいっていたような気がするし、それでも十分通用する言い方の時遣っているのである。

 それと共にこの言葉「世界観」というのは私の場合あまり遣うべきでないとように教えられていたと記憶しているのである。要するにちょっと安易すぎるのではないか、ということである。

 そこでいつものように調べてみることにした。

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 なるほど、そうだったのか。

 どうも私の思っていたのとは違う「世界観」があったようである。とても短文では表すことができそうもないしその能力もない。

 私が知っていた「世界観」は「世界の統一的な見方」といったもので、極めて哲学的なものである。確かに「たいした中身もないのに偉そうに『世界観』などと言うな」といった注意をされたのだった。ずいぶん昔のことだ。

 それに対して最近のものは「ドラクエの世界観」といったゲームの設定などに対してのものらしい。出発点はゲームらしいのである。それが、アニメやキャラクター小説に広がっていったようである。

 Webで検索していたら、私と同じように後者は誤用であるという意見も見つけることができた。言葉の意味は時代と共に変わるものだから仕方がないが、こういう基本的な概念を表す言葉は大事にしてもらわないと脳みそが錯乱状態になってしまう。

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March 21, 2009

「球春」ですね

 選抜高校野球も始まり、球春たけなわといった感じです。

 WBCは何とか日本チームは決勝トーナメントに勝ち進み、一応の面目を保てる位置にきました。野球はピッチャー次第という思いがしますね。ドッカーンドッカーン、ホームランが飛び出すのもおもしろいですが、投手戦は別の意味で引き込まれます。日本のピッチャーはいいですね。

 次回はいよいよアメリカとの対決です。日本野球の真価が問われる一戦です。アメリカには負け続けですから、ここらあたりで一矢を報いてほしいものです。

 いつもだったらオープン戦の様子が逐一報道されて素人なりに予想を立てるのを楽しみにしているのですが今年は資料が全くありません。

 高校野球はまたNHKをジャックしています。高校野球に公共放送がここまで入れ込むことに疑問があるのですがそれだけ観る人も多いのでしょう。でも高校野球の持ち上げ方はやはり異常でしょう。教育の一環を強調するなら、もっと他のスポーツを取り上げないと公平性に欠けます。

 というのも私の高校時代硬式野球部というのがありませんでしたから、全く縁のないことでしたし、今でも高校生はそれほど重要視していないと思いますよ。

 一時はサッカーが野球を凌駕しそうな雰囲気でしたが、日本人はやはり野球が好きなようです。まず、報道機関が好きですね。一般新聞ですら数ページに亘って微に入り細に入り記事で埋め尽くしますから。

 でも最近の子どもの人気の一番はサッカーのようですね。次がバスケットボール、三番目が野球のようにも聞いています。私の子どもの頃はプロスポーツといえば一番が野球、二番が相撲でした。相撲の人気はすごかったですよ。先日「少年マガジン」と「少年サンデー」のことを書きましたが、それぞれの表紙が「長嶋」と「朝潮」ですから、きちんと時代を反映しています。最近の表紙はアイドルタレントらしいですね。

 私はただ一筋「ジュビロ磐田」の復活を祈るだけです。これからの半年余、これに悩まされ続けるのでしょうか。

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March 20, 2009

春分の日

 春はぼた餅、秋はおはぎ、同じものを季節によって言い分けるなんて不思議な国民です。というわけで今日はお彼岸。

 春の嵐が吹いて、明日あたりがソメイヨシノの開花日らしいです。久しぶりに休日に副都心の某所に出かけてきました。ここ一年休日の副都心詣では避けていたのですが、やはり失敗です。すごい人です。用を済ますとさっさと帰宅してしまいました。

 今日から東京湾アクアラインや本四架橋は先取り一律1000円だそうです。ETC必須で装着する人が急増、品切れだそうです。しかも補助金まで出るそうです。

 これはないでしょう。協力して以前から装備していた人はなんだか損したような気がします。装着するにあたってお金が動き、これを運用している法人に金が有り余っているらしく、それから補助金が出ているようなのです。つまり以前に装着した人が補助金を出しているのです。これは酷いです。あくまでもらしいの話です。

 もしそうだったら、昨年までに装着した人には還付してもらいたいものです。

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 民主党の小沢代表が企業・団体献金を全面廃止すると提案しています。大変結構なことです。自民党は「何を言う」とせせら笑っています。国民から何百億もの政党補助金を巻き上げて平気な顔で企業から献金も受ける、何という政治家たちでしょう。自分たちが公僕であることを分かっているのでしょうか。

 金田一春彦さんが書いた本の中にこんなことがありました。日本人はあめ玉一つでももらうと困ってしまうのだそうです。どうお返しをしたらいいかいろいろ考えざるをえなくなってしまうというのです。

 政党助成金を出している人の顔は見えません。だけど企業・団体献金をした人は政治資金規正法で名前を記録しなくてはなりませんから相手の顔が見えます。誰のために働くか自明のことでしょう。

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March 19, 2009

「さくら」

 「サクラ」じゃなくて「さくら」。寅さんシリーズの「さくら」さんである。

 「ラジオ深夜便」で倍賞千恵子の特集をしていた。倍賞千恵子は最近「ホノカアボーイ」という映画ができてそれに出演している。「母べい」では子どもが成長した後の姿を演じていた。『週刊朝日』の先週号ではインタビュー記事があった。小さなブームかもしれない。

 倍賞千恵子はSKD出身で歌って踊って演技ができる三拍子揃った女優だが、「さくら」を演じてからそのイメージが定着してしまった。大女優の一人といえるが、助演として光っているように思う。だから、倍賞千恵子の映画を観たという感じが弱い。

 でもちょっと調べてみたら、映画館やその他の方法をひっくるめてずいぶん彼女の映画を観ていることが分かった。山田洋次監督作品には欠かせない俳優の一人であり、「寅さん」シリーズはほぼ全作観ているはずだからそれだけでも大変な数である。他にも確かに観たという記憶のあるものだけでも、『下町の太陽』『霧の旗』『暖流』『家族』『あゝ声なき友』『故郷』『同胞』『幸福の黄色いハンカチ』『遙かなる山の呼び声』『駅 STATION』『刑事物語2 りんごの詩』『キネマの天地』『隠し剣 鬼の爪』などがある。その他にもあるかもしれない。

 いずれにしても「悪女」は全く似合わない女優で安心してみていられるという一面はあるが、それが逆に損をしているのかもしれない。彼女からは例え貧しくとも必死に生きることが何より大切なのだよというメッセージがいつも伝わってくる。

 最近は旦那さんとコンサートを精力的に行っているようだ。写真を見るとあの「下町の太陽」も白髪が交じった豊かな髪で落ち着いたおばあさんになっている。でも70才間近とはとても見えず若々しい。

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 ちょっとおもしろい話 朝日新聞3月18日朝刊

 文化欄で大学教授が新常用漢字表についてその問題点を書いている。そこで「その中には、『摯・羨・踪・聘・慄』など社会生活ではあまり目にしないものも含まれている」と述べている。アレッと思った。確かにそれ一字では使うことはない。ここに入力する時もなかなか候補に出ず、最後の手段、熟語で入れて不要な部分をデリートした。つまり熟語で使用しているのである。何と入力したかというと、それぞれ「真摯・羨望・失踪・招聘・戦慄」である。いずれもよく遣う言葉だ。事実、同じ新聞の6面には「自民と民主 真摯に政策競え」という見出しで他の大学准教授が書いている。この矛盾がおもしろかったというそれだけの話。

 他はともかく「真摯」くらいは今の世の中欠けているものの代表格だから歓迎したいものだ。私は新漢字表に政治臭さを感じたんだが。

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March 18, 2009

創刊50周年だそうです

 『少年マガジン』『少年サンデー』が創刊50周年だそうです。創刊は私が小学校高学年の頃ですね。多分、6年の時だったように思います。その後、枕の代用になりそうな厚さのマンガ雑誌になっていき、対象も青年向きになっていきましたが、初めは薄く、マンガの比率もそれほどでありませんでした。

 学生が『巨人の星』や『あしたのジョー』に夢中になったのも私たちの世代ですから、最初の読者がそのまま大きくなり、それに合わせて対象を上げていったとも言えます。遅れて『少年チャンピオン』というのも発刊されたと思いますがまだ続いているのでしょうか。

 創刊当時は40円だったそうですが、それでも子どもが買うには高いものでした。病気になって寝ている時退屈しのぎに買ってきてくれたのが初めて『少年マガジン』を自分のものとした経験です。母親がマンガ嫌いでしたから、それでも大サービスでした。私ははじめのうちは興味がありましたが小説の方に関心が移り、はやばや卒業してしまいました。

 そんなわけで、BSなどで大騒ぎするほど私はマンガやアニメを評価していません。マンガと今の世相の相関関係をきちんと評価する人が現れることを期待しています。

 とは言っても、病院の待合室で『ビッグコミックオリジナル』があると手を伸ばして見てしまいます。『黄昏流星群』と『釣りバカ日誌』が好きです。たまたま手にして知りました。自分では買いませんが。他のは全く知りませんね。

 でも創刊時興味を持った一読者として50周年を祝福します。

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March 17, 2009

春日の一日

 空の下の方は黄砂の影響でしょうか、霞んでいましたが、全くの春の日、ご近所を散歩してきました。

 驚いたのはケヤキの木、もう薄黄緑になり、葉が広がり始めていました。

 ウメ、モモの季節は急ぎ去っていき、サクラの季節の到来です。ソメイヨシノ、ヤエザクラのつぼみはもうパンパンにふくれていました。

 また、ハクモクレンも見事に白無垢の花片を広げていました。

 春ですね。ちょっと歩いただけで汗まで出てきてしまいました。これは運動不足のせいばかりではないですね。

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 朝日新聞の声欄に「竹中氏批判」が載っていました。最近よくテレビに出るようになりましたが、もしかしたら、世界で最悪の経済状態に陥れた原因は小泉・竹中路線にあったかもしれないという自己批判なしに相変わらず強弁を振るっていますね。同じ慶応大学教授の金子氏の方の予測の方が圧倒的に正しかったように思います。

 おそらく郵政民営化は誤った政策と歴史は評価すると思います。少なくとも、改革の方向は間違えていました。

 アメリカで政府の援助を求めている企業の幹部に多額のボーナスが支払われるということが問題になり、オバマ大統領の怒りの声が報道されていました。

 マルクスの予測の間違いは人間がこれほど欲深く、自己中心的で反省のない動物だということを見誤ったことにあるのかもしれません。

 よく近未来小説や映画で荒廃した街、牛耳るボス、うつろな表情の市民などが登場しますが、毎日のニュースを見ているともうそんな時代が来ているようにも思います。

 春になったのですから、私たちの毎日も晴れ晴れとしたものになってほしいものです。

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March 16, 2009

お久しぶりです

 私事で出かけることになり、休刊していました。3日間休んでいたことになります。テレビ・ラジオはありましたが、新聞は読めませんでした。やはり、細かいことは新聞でなくては分かりません。

 先週末、東京発ブルートレインが廃止されるということが話題になっていました。あの深みのある藍色の列車が消えていったのですね。残る寝台特急は上野発のあの有名な高料金のものぐらいのようです。

 私も何回か利用したことがあります。あれは米子から東京行きのものだと思いますが、名古屋からの途中乗車です。記憶は確かではありませんが、3段ベットのB寝台というのだと思います。乗車券・特急券・寝台券が必要だったと思います。もう30年以上も前のことですから定かではありません。もしかしたら、いわゆるブルーとトレインとは違うかも知れません。

 若い頃は寝相が悪かったですから、3段の一番上は落ちるのではないかと不安でしたね。カーテンで仕切られているとはいえ6人の無関係の男女が一室で一夜を過ごすなんて不思議な世界です。鉄道ミステリーが盛況なのも理解できます。

 今は西村京太郎ですが、初めは松本清張の『点と線』ですか。その前にもあったかもしれませんが、一般的になった、あるいは推理小説に1ジャンルとして確立させたのは『点と線』ですね。もう夢中になって読みました。カッパノベルスの清張を読みあさりました。

 それにしても最後の「ふじ」「はやぶさ」はイベントらしいものはありませんでしたね。デコレーションもありませんでしたしね。騒いでいたのは鉄ちゃんたちですか。最近こういうイベントへの盛り上がりは異常ですね。私は野次馬根性旺盛ですから興味がありますますが、こう人が集まってしまったら、マニアとしてのおもしろみはなくなってしまうと考えるのが普通だと思うのですが。

 マニアなんて人がやらないことをやる、人より先にやる、人と違った面を探すといったところに意義があるんであって、人と一緒にゾロゾロ動くなんておもしろくもなんともないと思うんですが。要するにJRだけがしらけているといった感じでした。ベストセラーになった本を読むんでなくて、ベストセラーになる前の本を読むのがおもしろいんですよ。カメラマニアにはそういう人多いようですね。あんまりやり過ぎると鼻につくのが難点であることも確かですが。

 でもあの世に旅立つ前に、「北斗星」か「カシオペア」の最後尾に乗って北海道に行ってみたいですね。世も進歩したことですから、三途の川の渡し船が青函トンネルみたいになっていて、「カシオペア」で渡っていくとかになっているかもしれません。こうなると宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の世界ですが。

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 わが「ジュビロ磐田」が最悪の出発です。このままではJ2降格は間違いないとスポーツ紙は言っています。昨年から立て直しが十分できていないようです。失点の仕方がひどすぎます。落ち着かない1年になりそうです。 

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March 12, 2009

来週月曜日までお休みします

 先週から予定していました用事で本日より日曜日まで休載します。

 月曜日に又お会いしましょう。合間に写真撮影をしてきます。

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March 11, 2009

『宇宙創成』(上・下)

 『宇宙創成』(上・下)を読んだ。著者はサイモン・シン(青木薫訳)、新潮文庫版である。

 サイモン・シンの著書はすでに『フェルマーの最終定理』『暗号解読』が翻訳され出版されている。順序は逆になったがいずれも読んだ。三冊目である。原題は『Big Banb』。前二作は数学(数論)に関するものだが、今作は天文学、宇宙物理学、もちろん数学もおおいに関係してくる。

 いずれの著作も感心するのは彼(訳者を含めて)の筆力である。最後まで飽きさせることなくぐんぐん読ませてしまう。ビッグバンには関心があり、何冊か読んだが、私の想像力がとても追いつけるものでなく、モヤっとした気分のままにあきらめてしまっていた。だがこの本を読み終わった今、理解したとはとても言い切れないが、ずいぶんすっきりしたように思う。

 この本は決して「ビッグバン」の解説書ではない。宇宙の有り様と宇宙の始まり(宇宙論)の解明に奮闘する科学者の歴史である。

 構成は次の通り

 第Ⅰ章 はじめに神は・・・・・・
 第Ⅱ章 宇宙の理論
 第Ⅲ章 大論争
 第Ⅳ章 宇宙論の一匹狼たち
 第Ⅴ章 パラダイム・シフト

 宇宙の始まりの神話からビッグバン論勝利に至るまでの壮大な科学史である。第Ⅲ章までは登場する面々はいずれも教科書に登場する有名な科学者だからなるほどなるほどと読んでいくことができる。
 
 ところが、第Ⅳ章からは原子物理学の領域に入ってくる。いつも立ち止まってしまうところだ。だが、著者は無理矢理深入りしていくことを避け、何を解明したら理論を証明できるかを先に立て、それへの科学者の追究の過程を科学者の生々しいエピソードを交えながら記録していく。

 要するに理論を説明するのではなく、科学者が用いる科学の方法を書いているのである。いかめしい科学者の顔写真とその人のエピソードを対比するだけでも楽しくなってくる。

 理系に進もうとする若い人にとってすばらしい「科学入門」書である。もちろん私のような科学とは無縁の生活を送っているものにとっても楽しい読み物である。

 サイモン・シンの次の著作は「医療」についてのものらしい。楽しみに待っていよう。

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March 10, 2009

A3プリントに挑戦!

 本気で写真に取り組もうとしてここ数ヶ月に撮ってきた写真が2000枚をはるかに超えてきた。写真マニアの中に一日に500枚、1000枚撮る人もいるそうだが私はそんなにもカメラにしがみついているわけではないので、一日に撮る枚数は多くても100枚くらいなものである。

 そのほとんどはつまらない写真や失敗写真だが中には気に入った写真も見つけることができるようになってきた。以前書いたようにA4染料プリンタからA3顔料プリンタにシステムアップしたのでコストはかかるがここ数日A3プリントにチャレンジしている。

 これが全然違うのである。なるほどみんなが大伸ばしするわけである。写真展などでも大きく引き伸ばされた写真に圧倒され、技術の高さに恐れ入ったと思ったいたのだが、どうもそればかりではなさそうだ。

 そんなわけで調子に乗って今度はその写真を家の中に飾りたくなってしまった。自己満足ということは重々分かっているから、人に見せて褒めてもらおうなんて大それた野望はないが、家の中くらいは許されよう。

 思い立ったが吉日、早速額を買ってきた。思ったより安かった。昔油絵をかじっていた時買った額縁とはえらい違いである。

 いま額装する写真を選んでいるところだ。でも、家族の評価が気になってきた。 

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March 09, 2009

勘違いですよ

 政党支持率や内閣支持率で政府自民党が復活している傾向を見せている。民主党が党代表を「法律の上で問題ない」と擁護している。この点、政府自民党についても同じであるが、大きな勘違いをしている。

 自民党にしろ民主党にしろ法律(政治資金規正法)上問題がなければといいと思っているのだろうが、それは支持する支持しないの一部分にしか過ぎない。

 鳩山大臣の強引とも言える手法に一定の支持があるのは、郵政改革と大企業の結びつきに大なたを振るおうとしていることを痛快に思っているからだ。これが本当は何を意味してるかはまだよく分からないが、国民が前々から疑問に感じていたところを暴いたことは確かだ。

 今度の民主党代表の問題もそこにある。法律上問題はないとしても、一ゼネコンから一政治家に永きにわたり何億もの金が流れているということへの怒りである。「お前もか」「やっぱり」ということである。首相も国会で企業献金を評価していたが野党もこれでは政権が入れ替わっても何にも変わらないではないか、ということである。

 私は民主党は自民党の代替え機関に過ぎないと思っている。そうでなければ大連合なんて発想は出てこない。党代表は元自民党幹事長だ。どうせ同じならこんな時代だから手慣れた人たちにやってもらった方がいいと国民は考えたのだろう。

 民主党が自民党に取って代わろうとするならば、どんな形であろうと「企業からの献金」を一切受け取らないとすることを明確にすべきだ。個人にしても政党としてもである。支部なんて支部長は議員であるからほとんど違いはない。それを含めてである。企業は鉛筆一本、トイレットペーパー一つの使い方にまでコストダウンを計っている。そういう企業が見返りを期待しないで献金するわけがない。

 前に提案したが、市役所などに政党ごとのカンパ箱をおいて、政党を応援したい人はそこに一円でも数億円でもカンパしていくようにしたらいい。一万以下は無記名。それを超える場合は肩書きと氏名を公表するといったことをやってもいい。1億円入れておいたと電話するかもしれないからね。これはくだらない提案だが、企業から手を切るためにそういうことをいろいろ考えていけばいい。

 もう一度繰り返す。法律上のことではなく、金まみれになっていることが公然となったということである。

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 64年前のこの夜、東京の下町の空は真っ赤に燃えた。その下で10万の人々が焼かれた。東京大空襲である。軍需工場や軍隊を対象としたのではなく、非戦闘員に対しての大殺戮である。日本も同様のことを朝鮮半島、中国大陸、東南アジアでやったが、だからといってこの行為は許されていい訳がない。

 東京・広島・長崎の無差別殺人を反省しないかの国はベトナムやイラクなどで同じ過ちを繰り返している。かの国には全く「反省」ということはない。日本はまがりなりにも「反省」を口にしたが、ドイツほど明確でない。「反省」しない国に問い詰めることなしについていって大丈夫か。

 

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March 08, 2009

目隠し

 本日未明NHK「ラジオ深夜便」は作詞家星野哲朗特集であった。その中に島倉千代子の歌う「思い出さん今日は」があった。昭和30年代初めの頃の歌だから、私の母親たちくらいの年代に大変な支持のあった歌手であり、曲であった。

 その歌詞の最初は「目隠しした手を 優しくつねり あたしの名前を 呼んだのね」である。この曲は彼との昔を切なく悲しく思い出している内容だが、その思い出の最初が「目隠し」というわけだ。ベンチに座っている彼の後ろから「誰だ?」と言いながら目隠ししたのだろう。そんなの誰かくらいは分かりきったことだが、戯れているのである。二人が親しくなって心を許した時、初めてできることであり、一番楽しい時である。それ以前でもそれ以後でもない微妙な時である。作詞の星野哲朗はいい場面を見つけたものである。

 そして、1番の最後を「あの指あの手 あの声」を悲しく思い出してたまらないと締めくくる。星野哲朗は生涯で4000曲の作詞をしたそうだが見事なものである。

 そんなことを考えていたら、他に「目隠し」を持ってきたものがあったな、と思い出した。

 それは、松本隆作詞、太田裕美が歌う「たんぽぽ」である。その中で目隠しは「いつかあなたに後ろから 目隠しされた公園よ 振り向いてもだれもいない風の音」と歌われる。今度目隠しするのは彼の方である。風の音で彼が近づいたように感じたのにそこには彼はいないという失恋の寂しさを風の音と重ねて心の中でつぶやいている。こういう歌詞を書く時の松本隆はすごい。

 そんな男女の心の揺れを描く時「目隠し」という戯れはおもしろい素材だと改めて認識した次第。

 そうだったら、「目隠し」は歌詞の中に相当使われているだろうと歌詞検索サイトで調べてみた。公称57,000曲の中157曲がヒットした。その中に「小さい秋見つけた」の「目隠し鬼さん・・・」のように使われることもあるので、上記の例ばかりではないが、それにしてもなるほど多いものである。

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March 07, 2009

WBC 韓国に勝つ

 今日は写真のクラブの会があった。初めて自分の撮った写真を出して講師の先生に批評してもらった。初めてということもあって、励ましの批評であった。まあ、写真を撮るのがいやになるものでなくてよかった。

 そんなわけで、試合の序盤、中盤の様子は分からない。ラジオで耳にしたのは5回からである。驚いたねえ、11対2ではないか。韓国戦でこんなに差がついたのはここ数年では初めてではないか。いや、韓国にプロ野球ができて以来初めてのことだと思う。

 WBCが大リーグの興業だといえ、韓国は日本には絶対負けないという気持ちできているわけだし、オリンピックで結果もあるわけだから、これはよくやったと言える。

 これで第一ラウンドは通過したわけだが、1,2位決定戦が残されている。ここでどういう結果を残せるかである。さらに第二ラウンドでは、世界の8強が集まってくる。第二ラウンド進出は日本にとって当然のことであるから、本番は第二ラウンドに始まると言ってよい。

 大量得点で調子に乗ることなくいい試合をつくってほしいものである。

 今日は世の中と隔絶した世界にいたのでどんなことが起きたのか全く分からない。これからニュースを見て世界の動きに追いつくことをする。私が追いついたところで何も変化しないことは十分分かってはいるが。

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March 06, 2009

臨時休刊でした

 水曜日の午後から緊急に出かけることになり、ただいま戻ってきたところです。ドライブで疲れ切っています。来週も半分は出かけることになりそう。

 世の中、特に政治の世界はよどんでいた水が堰を切ったように流れ出す気配もなきにしもあらずといったところ。

 国民が権利を行使する機会が近づいたか、そうでないか。しっかり動きを見て行かなくては・・・・・・。

 もう遅いので、今日はおしまい。もう明日はすぐです。

                     (23:40)

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March 04, 2009

夕日を知らなかった 写真再開への道(1)

 なぜこの歳になって写真に取り組もうとしたか、写真にどういう思いを持っているかを少しずつ書いていこう。

 私の生まれたところは山の中だと何度も書いてきたが、深山幽谷といったところではない。1時間も歩けば山を離れて広々とした台地状の土地に出る。山間部最後の地域である。しかし、やはり山の中で周りは比高数十メートルの山で囲まれた盆地状になっている。真ん中を蛇行しながら川が流れ、その両側は田圃である。わずかな土地の一番価値があるところが稲作に使われるのは日本の歴史を考えれば当然のこと、だから人家は山に沿って並んでいる。

 私の家は西側の山の裾に建っていた。だからいわゆる日の出の時刻には少し遅れるが朝日を見ることは出来たが、夕日は日の入りの遙か以前に太陽が山に隠れてしまい、真っ赤に燃える夕日というものを15の歳まで見たことはなかった。

 でも、それが生まれた時からのことだから、不思議なことでも普通でないことでもなかった。そういうものだと思っていた。青春映画で「夕陽に向かって走ろう」などという言葉に霧中になっていたら、「走れないよ」なんてこともあったかもしれないがそういうものはなかった。

 その後、町に出て、都会に出て、旅をして、夕日というものにふれきれいだなあと思うことは何度もあったが、だからといって夕日に心底感動したわけではなかった。夕日というより夕焼けの方に美しさを感じていたとも言える。

 ところが、何年か前のことだ。ある休日に妻をドライブに引っ張り出した。無性に「ウミホタル」にいってみたくなったのだ。用事があるわけではないのに高い料金を払ってわざわざ行くほどの所ではないと敬遠していたが、何しろ衝動的な行動である。午後からなので帰りが心配だったが、思い切って出発した。

 その時の「ウミホタル」から見た夕日のなんと美しかったこと。夕日をじっと眺め続けたなんてことは生まれて初めての経験である。妻は美しさに感動するなんて神経は持ち合わせていないから、「遅くなるから早く」とせかされてしまったし、夕日の美しさもそれほど長続きするものではない。その時はそれで立ち去ることになるのだが、そのとき「ああ、カメラを持ってくればよかった」と思ったのである。

 それからはいつもカメラを持ち歩くようになったのだが、なかなかシャッターチャンスには恵まれてはいないが、次第にカメラへの熱が高まって来てしまった。今は病膏肓に入る状態である。ちょうどカメラ購入の資金が多少融通が利く時と重なりどっぷり浸かっている。

 ただし、私の性分としてモノ(道具)から入る方なのでカメラやその周辺道具は揃ってきても、腕はちっとも進歩していない。

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 docomoのあの「池と沼」の違いのCMのラジオバージョンには祖父から電話がかかってきて、「カッパは川だった」というオチがついていることをつい最近知った。報告まで。

               (03:00)

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 みのもんた の政治感覚のなさ を露呈。

 朝、TBSを見ることが多いが、みのもんたが個人献金も含めた献金を一切止め政党助成金一本にしろと強弁し、コメンテーターらにあきれられていた。みのもんたはもともと政治についての知識はほとんどなきに等しく、政治ネタを論評する能力はないのだが、自分は国民の代表のような言動をとりたがる。錯覚も甚だしい。

 自分が支持しない政党に強制的に献金を強いられている今の政党助成金こそが問題であるという認識こそが本来の見方である。これは「思想信条の自由」に反するかもしれない制度である。政党にも議員にも献金は個人に限る。これが国民の認識である。

 個人献金すらなくなったら新しい政党を立ち上げることすら困難だということも理解できないのか。政党助成金は議員になってはじめて手にすることができるものである。結局大金持ちしか立候補できないことになる。彼も大金持ちなんだろう。

 彼が弱者に見せる態度に白々しさを感じることが幾たびかあったが、この発言で彼の本質が完全に露呈してしまった。テレビにばかり出ていないでもう少し勉強をした方がいい。

            (06:20)

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March 03, 2009

WBC騒動 その他

 本当は「WBC」についてあまり書くつもりはないのだが、マスコミ批評もこのブログの一構成部分なのでやはり書かざるを得ない。

 日本のマスコミのスポーツ番組はこのWBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)中心に動いている。確かに日本のプロ野球はいまだ日本のプロスポーツでは最大の人気を誇っていて、そのトップレベルの選手が多数参加するのであるからマスコミが追いかけるのは仕方がない。ただ、日本だけが異常に燃え上がっている。

 だがそのWBCがどんな大会なのかを報道すことはほとんどない。とうのアメリカ本国では極めて関心が低いのだそうだ。プロ野球人気を高めるための興業であって、決してサッカーの「ワールドカップ」というほどのものではないのだ。それは1回目での審判の判定を思い起こせば分かる。東京の大会の主催者は「読売新聞社」だ。アメリカや中米のチームは昨日から練習を始めたばかりだ。

 ぜひ報道においてもそのような態度で伝えてほしいものである。韓国はオリンピックでは「兵役免除」などのご褒美を用意して国家的規模できたが、今回はもちろんそんなことはない。韓国にとっての位置づけはオリンピックよりも明らかに下なのである。でも、1回目で悔しい思いをしているので別の意味で手強い相手だ。

 強化試合での成績を単純に比べてみると、韓国>埼玉西武>全日本=読売 ということになる。大会そのものの意味はともかくとして、おそらく日本のプロ野球はその質・量において(中米のことはよく分からないが)世界第2位にあるだろう。それにふさわしい試合を見せてほしいものである。

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 ついに民主党小沢代表のところに検察の手が伸びた。西松建設の献金についてである。週刊誌などの記事で噂されてきたことだが、ついに来たかという感じがする。真偽については全く興味がない。

 利潤追求を第一義とする企業が何の見返りもなしに政党や議員に献金をするなんてことはあり得ないと思っているから、手続きをどんなにしようと企業献金そのものに問題があるのである。社長が個人としてある政党や議員を支持し、応援するのだったら肩書きなしの個人名で献金すればいいのである。会社名を見せたらもう見返りを期待していると考えざるを得ない。

 政治家が官僚を批判することは結構だし、おおいにやってほしいが、その前に企業からの献金は一切受け取らないという潔癖さ自らに課すことを先にやってほしいものである。政党助成金を国民から強制的に徴収しているのだから当然のことである。

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 「定額給付金」が国会で通るようだ。自民党や公明党は「みんなが待っている」と言うが、これでは景気対策にはなるまい。12000円では自動車や電器製品は買えまい。生活に困窮している人が生活必需品で足りないものを買うのがせいぜいだ。だけど苦しい生活に慣れて今後の不安が大きいので使わないで済まそうとするだろう。 

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March 02, 2009

笑ってしまった

 しばらく前のことだが、サンデープロジェクトにある女性評論家が出て「憲法には国民の義務ばかり書いてあって、義務は三つしか書いてない」と口角泡を飛ばしてしゃべりまくっていて私は大笑いしてしまった。この人は重箱の隅をつつくようなことばかり言って、全体の流れを観ることができない人だが、自身それに気づいていない。いやそうやって憲法を否定しようと躍起になっているのである。

 だいたい憲法の意味が分かっていない。憲法や法律は国民に何も求めていないのである。国家・国民というところの国家の有り様を書いてあるのが憲法なのである。権利についてなぜあれほど、実はまだ足らないのであるが、きちんと列挙しているのは国家がそれらについて確実に保証していると宣言しているからなのである。

 納税・教育・勤労の三つの義務があるのは、それを国民にしてもらわないと国が成り立たないからだ。だからその義務に対しては様々な国のとるべき対応が憲法や法律で述べられている。

 納められた税金は住民・国民の代表において予算化させ、決算を報告しなければならない。これが封建領主の年貢と全く違うところである。教育へは教育費の負担、校舎を造ったり、教科書を配布したり、教員給与を支出したりなどが公の仕事としてある。勤労についても労働三権の保証やハローワークなどがそれにあたるだろう。こうやって国の果たすべきことはやるからと国民に義務を求めているのである。

 ただ国民に義務を求めるようなことは封建領主と五十歩百歩である。女史の考えなどその程度である。

 「人を殺してはいけない」などということは法律のどこにも書いてないそうである。確かに国のあり方やその仕事についてそんなことを書いてあっては大変である。一般道徳・倫理としてはそういうことはあるが、法律にはそういうことは書かない。個人に道徳、倫理に関わることに国は口を出してはいけないのである。少なくとも他に影響を及ぼさない限りは。

 法律にはそれを行った者への処罰規定だけがある。道徳や倫理について書いてあるわけではない。殺人を全面的に否定したら、国家が行う戦争や死刑も否定しなければならなくなってくる。国家の了解のもとに行われる場合は許されるのである。道徳・倫理の問題ではないのである。もしそうであるならば、当然自衛隊(田母神流に言えば軍隊)も死刑台も即座に廃棄しなければならない。正当防衛も許されない。だから、端的に言えば一般人が国家の許可なく行った殺人についての処罰規定だけがあるのである。他に与えた損害への対価が刑罰なのである。

 靖国神社に合祀されている親族がそこから除いてほしいと訴えていた裁判は靖国神社の信教の自由を理由に訴えを退けた。訴えた側の信教の自由はどう保証されるのであろうか。また、信教の自由は不信教の自由もあるはずである。除くことで誰が不利益を被るというのか。

 私は法学者でないから言葉は適切でないかもしれないが言わんとすることは分かると思う。

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 前財務・金融大臣は議員辞職はしないようである。後援会が支持しているからだそうだ。日本国民はあのような議員・大臣を選ぶ国民なのだと全世界から揶揄されているのだよ。実経済ではどうかはともかく、感情的には日本の信用をずいぶん落としたと思えるのだが。大臣を辞職したということは不行跡を認めたことであろう。大臣を辞めた程度で済む(ケリがついた)問題とでも思っているのだろうか。

 かって日本の経済は一流、政治は3流と言われたことがあったが、どちらも級外になってしまったようだ。

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March 01, 2009

大丈夫か オールジャパン

 昨日、途中までWBCの強化試合、埼玉西武戦を観た。中継が途中までだったので結果はニュースで観たが、2-7で負けたとか。

 西武は主力3選手(中島・片岡;涌井)が抜けているわけだから、初めからハンデがあるわけである。当然オールジャパンは大差で勝たなければならない状況である。それを大敗を喫したと言っていい負け方である。

 投手の側から見てみよう。ジャパンの投手から見れば日常の試合と同じである。西武の投手から見ればクリーンナップ級が連続するわけであるから気を抜く場面がない。これだけでも西武に不利である。打撃は1流投手とはいえ1対1の勝負であるから日常とは変わらない。

 ジャパン側にハンデがあるとすれば球数制限があるということである。完投はあり得ないということである。実力があるといえ、先発投手を並べたのは正しい選択だったろうか。

 ジャパンと西武の選手の年俸総額を比べたらどれくらい差があるだろうか。10倍以上はあるのではないだろうか。観ていて闘争心の違いを感じた。監督の采配の差もあったが、気力に素人でも分かる差があって、それが勝敗を分けた。

 今年も西武は強そうだ。

 5日から大会が始まるわけで最早本番モードに入っている段階であると言ってよい。今日は巨人戦だそうだが、巨人にも負けるようだと全くの赤信号である。

 オールジャパンは再構築しなければなるまい。

 観客諸君! フラッシュは止めよう。フラッシュの光がどこまで届き、撮影に効果があるかちょっと調べたら分かるだろう。アナウンサーや解説者はそのことをしっかり伝えるべきだ。外野席からホームまで100m、そんな距離まで届く光を発光したら打撃妨害だ。打つことすらできない。まぶしくないということは光が届いていないのである。ただ、チラチラする光は煩わしいだろう。球場で発光禁止にしてもいいのではないだろうか。 

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