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October 2008

October 31, 2008

諸行無常

 朝日の夕刊に「諸行無常」についての話が載っていた。

 今日の私は昨日の私にあらず、といったところか。

 この10月、私たちの住むこの世界は経済的にも精神的にも恐慌状態に陥ってしまった。株価や円は激しく上がり下がりし、それにつられて人々は泣き笑いを繰り返す始末。

 もしかしたら、今頃は国政選挙の結果が出て、政界に大変化が起きるのではと予想されていたにもかかわらず、そちらはかげすら見えず、「給付金」などというふざけた名前の減税が実施されるという。

 西の方にある豪邸を売り払ったり、夜の豪遊を止めてたりして給付するのかと思いきや、強制的前借り(貸し)といった具合で結局はその欠損分は後々国民が払うことになる。将来的には消費税率のアップを頭に入れているのだろう。私だけ受け取らないと格好良く決めたいが私の信条である平等の原則に反するのでとりあえず頂いておいて将来の消費税アップに備え貯金しておこう。

 首相に教えてあげようっと、消費が進む方法。

 1年間、消費税をなくす。1年後に消費税率を再検討。1年後に消費税が上がるかもしれないとしたら今の内にとみんながんばってものを買うよ。その間に衆議院選挙が必ずあるから、消費税が争点の第一番だね。選挙がおもしろい。投票率も急上昇だ。


 
 と遊んでみたが、世の中の「諸行無常」に比べて私の「諸行無常」はささやかなものだ。

 体調がだいぶよくなってきたし、。気温も適切。出歩くことも多くなった。家の周りをふらふらしている。

 仕事をしている時はスーツとかジャケットばかり、それで済んでいたが、これからは寒くなるのに適当な服が少なくって今焦っている。何着ても似合わないのは分かっているが、少し服装でも拘ってみるか。

 11月には一つ新しいことに挑戦しようと思っている。たいしたことではないが今のところ秘密。自分一人のことで
はないしね。

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 ここまで書いて、夜を迎えたら首相が会見。

 消費税率、3年後にアップだって。衣の下に鎧が見えた。一世帯あたりに3,4万円と引き替えに消費税率引き上げだ。

 選挙目当ての全国的○○だと揶揄する人もいるが、あながちという気持ちがしてきた。国民は郵政選挙で懲りているよ。柳の下にどじょうはそうそういるものではない。

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October 30, 2008

もう冬  ですか?

 青森では積雪8cmだそうです。冬の便りですね。そう言えば、10月も残すところわずかです。こう月日の流れが速いということは残りが少なくなる速さも激しくなるということですからさびしい限りです。

 しかも不景気で私を含め多くの日本人の懐も寒いようで、今年の冬の寒さはますます厳しいものになりそうです。その青森ではこの冬の灯油代として前払いしたあったガソリンスタンドが倒産してしまったとか。ひどいものです。青森は雪かき費用でもいつも話題になります。大変な冬を迎えることになるんですね。

 一方北極では氷の厚さが年々薄くなってきているとかのニュースもありました。世界が狂っているようです。全体が掴みきれません。

 暦を見れば来週末には立冬を迎えるんですね。今年は11月7日のようです。ということは秋は残り一週間です。仕事を辞め、スケジュールに縛られることがなくなると、日時の感覚がなくなってしまいます。

 日本古来からの季節を肌で感じ取る感覚を若い頃から磨いておけばよかったのですが、仕事に追われてそんな余裕がほとんどなかったというのが現実。すぐには対応できません。返す返すも残念でなりません。

 夕方から寒い風が関東地方にも吹き始めました。寒さに負けずがんばろう。

 11月には京都に紅葉を撮りに行きたかったのですが、申し込みが遅れて紅葉盛りの頃はホテルが満室です。紅葉が終わった頃に行くことになりそうです。写真を撮るだけが目的ではないのでそれでもいいのですが。

 若い頃は行き当たりばったりで宿を取っていて、無ければ車中でと言うくらいの気持ちでいたのですが、この歳になるとそうはいきませんね。でも車中で夜をやり過ごしたことは一度もありませんけど。

 意外に旅館に空き部屋はあるものです。これは聞いた話で信頼できる情報とは言えないのですが、旅館はお得意様の急な宿泊のため満室といっても必ず幾部屋かは空けてあるとか。ホントかどうか確かめたことはありませんが、何軒かあたれば空室のある旅館は見つかりましたね。 

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 一戸あたり2,3万円の給付金が配られるらしいですね。ほとんど貯蓄に回されるでしょう。大部分の国民は不景気だと言ったって何とか生活できているんですから。ただ無駄遣いを控えているんです。経済効果なんてないと思いますよ。経験済みでしょう。今国民は財布の紐をしっかり締めて将来の家計不安に備えようとしているんですから。国民は生活の見通しがつかない内は無駄な金は遣いません。買いたいものを買おうとする人は何があっても買っていますよ。

 昔、封建大名が領民に「施し」をして名君などと言われたこともあったそうですが、そのもとになった米や金は元々は領民の財産。搾取したものです。元の持ち主に戻っただけです。「給付」なんてひどい言葉ですね。「施し」と同じじゃないですか。そして、結局はその分将来納税しなくちゃならないんですよ。こんなこと考えるのはどこの政党ですか(分かっていますけど、そういうことやる政党は)。もっとまじめな政治できないんですかね。「ふざけるな」と言いたいですよ。リストラに遭った人への対策とかとか緊急病院を整備するとかやることいっぱいあるでしょう。 

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October 29, 2008

ゆっくり生きたいものです

 高橋尚子さんの引退発表がありました。会見の時、とてもいい顔をしていましたね。燃焼し尽くしたのでしょう。

 最近、引退やら死亡告知やらがいやに目につきます。

 自分の仕事をやり終えて自分なりのケリのつけかたで静かに去っていくのでしょう。


 病院の受け入れ拒否(それ自体が原因かどうかは不明ですが)で亡くなった女性の夫が、内心悔しさ、悲しさや怒りでいっぱいでしょうが、静かにこれを機会に安心して子どもを産むことができる体制づくりを訴えていました。なんと強い訴えでしょうか。桝添さん、石原さん本気でがんばってください。

 世は喧噪の真っ直中。何百万損した(皮肉っぽく、そんなに損する金があるのかなんて考えたりもしましたが)とか、円高でドルに交換する人が列をつくっているとか、円高還元セールとか、そんな話ばかりです。

 先行き真っ暗な状態は続いていますが、これで人間が絶滅することはないでしょう。金、金、金で、儲けるためには人を不幸にしようが地球の自然が破壊されようとそんなことはお構いなしの考え方(金本位主義、カネホンイシュギと読みます)への反省が生まれれば決して高い授業料でないかも知れません。

 我が家と言えば別居中だった家内が帰ってきて、飯のことを心配しなくてよくなったことだけでも幸せです。

 アッハッハッ、親に顔を見せに里に行っていただけです。これは毎月のことです。

 どうせ私にこの先何十年もの時間があるわけではないですから、毎日をゆっくり生きていきたいものです。

 それにしても今日は1日すばらしい天気でしたね。透き通るような青空です。4,5km歩いてきましたが、汗でびっしょりになってしまいました。紅葉にはまだはやく雑木林は汚い色です。あと1ヶ月もしたら、クヌギ・コナラの紅葉(黄葉)が一面を覆うでしょう。その時にはカメラを担いでです。 

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 やはり「原Japan」と各局言っています。読売新聞社が主催し、読売の監督が監督じゃあ、オールジャパンのイメージが弱くなってしまいます。負けた時のこと考えたら(優勝する可能性は極めて低いですから)、本社としては原でない方がよかったんじゃないですか。大博打ですね。WBCはその程度のものと考えましょう。

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October 28, 2008

また秋葉原? ずれている・・・

 「黄昏流星群」の流れ星一つ、10月に流れて消える運命と予想されていたのだが、(彼には)千載一遇、思わぬ世界的規模の危機が発生し、それを口実に流れ星一つ流れ続けている。

 突然アキバに現れ、「島耕作」がどうなのこうなの、「コミック誌」を読む暇がないなどと言いながら、毎夜毎夜バーに通い続け、豪遊しながら、なにやら密談をしているらしい。

 何度も言ってきたように、今の国会の構成は「郵政民営化」のためであった。国民が決めたのだから、郵政民営化は受け入れよう。だがその他のことは何一つ争点になっていなかった。本来郵政が民営化された時点で再度解散し、その他の争点について、きちんと争うべきであった。

 ところが、与党が予想すらしなかった大量の議席を獲得し、争点にもなっていなかったことを次々と決めていってしまった。これには国民も驚いた。そんなことまで考えてなかったよ。ということで参議院選挙の結果になった。だ
が与党はこれ幸いと、次々と首相をたらい回しし、途中で投げ出す結果になった。国民との意識のずれが招いたことだ。

 そんな中、三度目のたらい回しの今回はいささかしぶとい。4回目にしてやっと手に入れた椅子。そうは簡単に手放してなるものかというわけである。相当の負けず嫌いらしいから、前の二人より短いのは我慢できないのかも知れない。

 任期は4年だから、満了まで続けるのも間違いではない。でもその時は「今は時期ではない」などとは言っていられない。アメリカ大統領も任期は4年だが、もう半年くらいに亘って「死に体」扱いされている。金融危機が今年の秋ででなかったら、対応はどうなっていたろうか。今の国会と政府は来年の夏には「死に体」になっている。

 世は株安、円高で大騒ぎをしているが、本当の危機はそんなところにあるのではない。円高で原材料が安くなるといわれているが、輸出ができないのだから買う金がなくなってくるし、輸出国は経済力を取り戻すためにこのままほっておくことはありえない。今の政府で気になることはきちんと経済についてレクチャーする人が見られないことだ。誰かのように一人に頼りすぎるのも問題だが、そういうものが見えてこないから、どんな議論も空回りしているように見える。

 日本は工業製品の輸出と引き替えに食糧の輸入をしてきた。その結果、食糧自給率が40%を割ってしまったのである。さらに、最近は食品の安全にほころびが見えてきた。衣食住の根幹の食が危ないのである。そこの担当部署は農水省である。そして、その農水省は各大臣の中で最も軽い位置にあって、埋め合わせみたいに選ばれ、次々交替していった。絶対的信頼できる人物をそこに置かなかったのである。農水行政を軽く見てきた現れである。このツケが今後どうなっていくか一番の不安要素である。

 漫画を読む時間があってもそんなことに使わないでほしいものである。漫画そのものを否定はしない(蔵書として歴史に残るようなものを何十冊も持っている。さすがコミック誌は買わないけど)が、60も半分過ぎた人間が自慢気に言うことでもあるまい。演説を聴いてもいかにも媚びを売り、迎合していることが見え見えで、一国民として恥ずかしくなってくる。

 このページだけ読んで誤解されるのもいやだから再度言うが、

 私は自民党の支持者でもなく、民主党の支持者でもない。でも、どちらの政党名にも民主という言葉が入っているのだから、その名に恥じないように真に国民を主人公とした政治、民主主義的な手続きに従った政治をやってもらいたいだけである。

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 WBCの日本チームの監督が原読売監督になるようだね。前回の優勝は運もずいぶん味方してくれた。今回は大変だよ。特に韓国が死にものぐるいで来るよ。WBCはメジャーリーグのスカウトのため、という考えもあるようだから、あまりムキになることもないだろうけど。

 でも、なんだかちぐはぐだね。もし、もしもですよ、日本シリーズで読売がボロ負けしたら、格好つかないでしょう。短期決戦の日本シリーズも勝ち抜けない監督で戦えるのかと。まあ日本球界にはコミッショナーより権力を持っている人がいるからね。

 今の状況では原しかいないのだから、シリーズ終了後に決めたらよかったのに。日本シリーズで勝っても負けても言い様はどうにでもなる。どうせ、シリーズが終了するまで準備なんてできないでしょう。

 いずれにしろ「原Japan」なんて言うのはやめよう。監督名を冠したチームが北京でことごとく惨めな結果に終わった教訓から学ぶべきだ。マスコミがこういうことを懲りないで使い続けている。試合は選手がしているのだ。チームや選手は監督の私物ではない。そんな考えだから、監督選びが複雑になるのである。 

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October 27, 2008

本との出会い

 「私の1冊、日本の100冊」という番組が始まるらしい。その先行スペシャル番組をやっていた。

 その中で関川夏央が夏目漱石の「坊ちゃん」を紹介していた。「坊ちゃん」は私が自前の本としてはじめて読んだものである。

 私の小学生の頃は専ら野山(今風に言えば里山)を駆け回るのが日課であった。それが5年生になって担任になったN先生の「本を読め」という教育方針に感化され、読書が私の生活に大きな割合を占めるようになった。

 そして、図書室通いが始まった。その図書室はほんの形だけのもの(理科室の一部、実験器具の後ろに本が並べてあって、読書は実験用机でした)で、蔵書も今の私のものより少ないと思うほどわずかなものであったが、子どもが5,6年の2年間に読むには十分すぎるものであった。

 一番夢中になったのは西洋騎士物語といったジャンルで「鉄仮面」とか「三銃士」、「アーサー王物語」、「アイバンホー」(混乱しているかもしれない)などを立て続けに読んでいた。そんな本を中心に毎週本を借りてきて読んでいた。

 当時は本はとても高価なもので、余程の金持ちか先生の子どもくらいしか自前の本で読むことなんてあり得ない時代であったから、図書室の本を借りてくるのは当たり前で、「本を買って」など言い出す発想すらなかったが、何を思ったか母親が町へ買い物に行ったついでにその「坊っちゃん」を買ってきたのである。
 
 だから、夏目漱石の「坊っちゃん」は私の蔵書第1号である。ただ漢字も難しく、楽しく一気に読めるものではなかった。読み終わるまでには随分時間がかかった。そして、読み終わってずいぶんさびしい納得できない話だなあという感想を持ったように記憶している。

 それ以後、「坊っちゃん」を読んだことはない。ただ、痛快な本として紹介されたり、「坊っちゃん○○」などと舞台になった町で話題になると妙な違和感を感じていた。そんな内容だったかなあという思いである。

 それが今日、関川夏央の話で氷解した。人の話で納得するなんて情けないことだが、私はいい読書家ではなくただ本を読んでいる時間が楽しいだけの人間だから仕方ない。それでも喉の奥の方に引っ掛かっていた小骨が取れたように感じた。

 いい読書家にはなれなかったが、近くに本が置いてないと不安でならない人間にしてくれたのは、N先生と母である。二人には感謝しなければならないが、おかげで家内には「本を片付けなさい」と叱られてばかりいる。 

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October 26, 2008

その時歴史が動いた「神々のうた 大地にふたたび~アイヌ少女・知里幸恵の闘い~」

こういう番組を見逃している。

 再放送、NHKその時歴史が動いた「神々のうた 大地にふたたび~アイヌ少女・知里幸恵の闘い~」を観た。

 中山前国交相は「日本は単一民族」の不見識差別発言で辞任に追い込まれたが、だからといって私がアイヌについて深い理解をしているわけではない。ごく一般的な範囲、切れっ端程度である。ほとんど関心のないことだった。

 アイヌに関して実際体験したこともほとんどない。小学生の頃、なぜだか分からないが、アイヌの数人、10人もいなかったと思う、が校庭でアイヌの衣服を着て踊ったのを見たこと(教師からほとんど説明がなくて校庭に出て行ったら踊り、その後の説明も全く理解できるようなものでなかった。ただ、アイヌを知った初めての機会だった)、北海道を旅行した時その集落らしいところに立ち寄ったこと位である。

 それ以外にはたまに事典などで必要項目を調べたり、アイヌ文化についての若干の本を読んだ程度。

 あとは専ら、アイヌ関連の話を受け身的に聞いていただけ、この「アイヌ神謡集」や「知里幸恵」の名称もおそらく聞いたり、見たりはしたことがあるはずだが、全く意識になかった。

 番組は15歳の彼女が金田一京助と出会い、アイヌの伝統文化(カムイユカラ)の価値を知り、祖母から日頃伝えきいてきたものを文字化し、出版して19歳で亡くなる短い一生辿るものであったが、まさに「アイヌ神謡集」の編集を終えたその日に持病であった心臓病で倒れるなど、知里幸恵がアイヌの伝統と人々を愛し、北海道の自然を愛し、そのために短い命を燃え尽くしたことが心臓が震えるほどに伝わってくるものであった。

 「アイヌ神謡集」は今年「アイヌ先住民決議」がアイヌ民族の闘いを経て国会で採択されるまでの長い道のりの出発点でもあった。

 調べたところ、
 「アイヌ神謡集」は岩波文庫で出版されている。
 関連書籍もずいぶん出版されている。
 
 私の守備範囲になかった種類の本。困ったなあ、読まなくちゃあならない本がどんどん増えていく。でも「アイヌ神謡集」だけでも読もう。

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 患者受け入れ拒否の問題は大きな波紋を広げている。

 うやむやに終わらせることなく、せめて20年先くらい先まで位の工程表をきちんと示してほしいものだ。医師不足をどのように解消させていくか、小児科・産科の医師をどう確保していくか、医師の偏在をどう解消していくか、中核病院と地域の医療機関との連携をどう進めていくか・・・・・、緊急に取り組んでいくべき課題は山積している。

 厚労大臣と都知事がけんか腰になって会見をしていた。いいことだ。折角国と都が表だって対決し、もう引けないという状況が生まれた。この機を逃さないでもらいたい。

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 ぐっと低次元の話。

 先週は還暦同窓会と重なってしまったが、「陽炎の辻」はやはりいい。おこんさんは26だった。江戸時代でいえばもう適齢期を遙か昔に過ぎている。筋は分かっているので、劇中のおこんさんの揺らぐ表情を私はニタニタと眺め愉しんでいる。「陽炎の辻」の中越典子は実にすてきだ。でもその楽しみが30分では少なすぎる。繰り返すが今の「陽炎の辻Ⅱ」は本を読んだ人向けのダイジェスト版だ。再度時間拡大を要求する。(こんなこと書いたってNHKの関係者がこれを読んでいるわけでなし、直接要望出すべきだな。セットはすばらしいし、これが30分だなんてもったいないよ。)
 

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October 25, 2008

残念! 雨でした 天気も そして 生活も

 残念な日になってしまいました。日光の中禅寺湖がちょうど紅葉の盛りということで写真を撮り行こうと思ったっていたのですが、あいにくの雨。午後からは土砂降りでした。

 明日、明後日は週末。おそらく紅葉ではなく、渋滞にはまりに行くだけでしょうから、今年の日光はもう終わりです。今度は秩父でしょうか。

 そんなわけでいくつかの用事を除いて家の中に引きこもっていました。

 それにしても、株価の下落はすごいですね。経済全体がお通夜のようです。さらに円高。輸出産業はガタガタのようです。猛烈な合理化の嵐が吹くのでしょうか。輸入品は安くなったなどとテレビで言っていますが、例に挙げられていたのがブランドのバックとかワインなど。明日がどうなるのか分からず不安で不安で仕方がない人にブランドバックや高級ワインは別の世界のこと。そんなのほしい人は普段も今も経済的な不安なんてない人です。

 例えば毎夜毎夜バーに通って豪遊している人、いますねえ。スポーツ紙の話題になっていました。記者に質問され「自分の金で飲んでいる」と返答。分かっていないなあ、それが庶民感覚とずれていることに。

 ホテルのバーで毎夜毎夜飲める人なんて国民の1%もいませんよ。あなたの周りの人を基準にしてはいけません。前の人は「自分を客観的に見られるんです。あなたとは違うんです。」と啖呵を切りましたが、もしかしてこのあなたって、あなたのこと? 

 いずれにしろ、ほんの一握りの投機家のため、地道にものを作り、それを売って生活のもとをつくっていっている人たちの生活を破壊していくこんな世界はもう終わりにしてもらいたいものです。

 また、就職氷河期がやってきているとニュースもやっていました。

 日本の、もしかして本家本元のアメリカの普通の人々の生活はもう崩壊しているのです。

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 子どもは大変です。教師や親がやってはいけないと言えば態々やりますし、やれと言えばやらない。そんなこと誰でも経験していますし、そうやって成長して大活躍している人は周りを見ればごろごろいます。そんなこと分かりきったことなのに・・・・・・。
 

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October 24, 2008

理想的な布陣

 埼玉西武ライオンズがパシフィック・リーグの完全優勝を果たした。

 西武が30年前所沢に来た時は人気・実力とも最低でその頃何度か見に行ったが、観客席はガラガラ、私設応援団は周りが乗ってこないので熱の入らない応援をしていた。寒々としていた球場であった。

 その後スター選手になる人材を獲得し、広岡・森の監督下黄金時代を築いていったが、ここ数年は不祥事なども重なり、パ・リーグの中でも精彩や話題の欠けるチームに落ちてしまっていた。

 ところが今年は全く違っていた。最初からトップを走り続け、そのまま最後まで行ってしまった。大変身である。

 若手が実力をつけてきたということもできるが、私はコーチ陣が理想的な形であったことが大きな要因のように思う。

 特に渡辺監督、大久保コーチ、黒江ヘッドコーチの体制が理想的なのである。

 渡辺監督は西武でスター選手として活躍しその後いくつかのチームの選手、コーチ監督して活躍し西武に戻ってきた。

 大久保コーチは西武では目立ったが、あくまでも二番手であった。その後、他のチームに移り、コーチ術も学んできた。

 黒江ヘッドコーチは言うまでもなく百戦錬磨の参謀格をずっと続けてきた人である。

 大久保が選手を引っ張り、黒江が助言を与え、渡辺が決断するという実に理想的な形ができている。

 大久保コーチの功績がよく言われる。今年の西武が打のチームであったことを考えるとそれは当然ともいえるが、私はどちらかというと渡辺監督、大久保コーチなど若いスタッフの中に、もう紅葉マークと言っていい黒江コーチがいたことが優勝への大きな要因だと思うのである。

 テレビでしか、それもたまにしか見ていないので、確信を持って言っているわけではないが、渡辺監督が何か決断する時にその決断を冷静に見ている黒江コーチの存在がとてつもなく大きかったのではないだろうか。

 最近、テレビのニュースショウでもメインとなる司会者のそばに必ず老練ともいえるコメンテーターが付いている。これなども同じ理由である。

 オリンピックでの野球の敗北がまだ尾を引き、WBCの監督選出が混迷しているが、監督だけでなくコーチなどのスタッフもまとめて考えていく必要を西武の優勝が教えているのではないだろうか。

毎度のことだがこれも素人考えかも知れない。このブログ自体大論陣を張ろうなどさらさら持っていず、毎日の生活でふっと浮かんだことを書いているだけのものだからだ。

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 私のような素人が考えることは専門家はとっくにやっているね。

 周産期医療のネットワークシステムがちゃんとできていたようだ。ところが機能していなかった。一日一回チェックを入れるだけだったようだ。行政と医療機関の早急な対応が望まれる。医療を必要とする人は常にいるのだから、医師が十分に確保されるまで待っていられない。

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October 23, 2008

食・医療のニュースに接して

 小学6年生が給食のパンをのどに詰まらせて亡くなったというニュースがあった。なんということという思い。痛ましすぎる。

 食事の仕方、事故後の処置など問題になるだろうが、そのニュースを聞いて思い浮かんだことがある。事故のこととは直接的なつながりはないことだが。

 よくグルメ番組で牛肉が出ると必ず判で押したように言う言葉が「やわらかい」。それ以外の言葉を聞いたことがない。高級な牛肉などほとんど食したことがないのでよく分からないが、感想がそれだけとはコメント役として情けない。「やわらかい」というのはそんなに重要なことなのだろうか。

 最近の子どもは嚥下する能力が非常に低下している。かなり成長してからも口から食道に食べた物が流れていかず、口をいっぱいにして動かし続けている子がいる。

 おそらく小さい頃からスープ状の流動食みたいなものしか口にしてこなかったのではないかと思われる。少なくとも嚥下できない原因の一つには挙げられるだろう。

 もちろん歯が欠けるほど堅いものを食べる必要はないが、「やわらかい」を食の評価の一番にすること(意義)はないのではないか。ガリガリ、ムシャムシャ、ゴクリと食べることを大切にしたい。しっかり噛んで、唾液をいっぱい
出して、頃を見計らってのみくだすことの方がずっと食事としては意義がある。特に子どものうちは大事だ。

 素人考えだがやわらかいものより脳の発達のためにも絶対いい。

 私はドライブ中の眠気防止に以前は「ブラックブラック」を噛んでいたが、最近は厚めの「さきいか」を愛用している。長距離の単調な運転をする時には必ず買う。もちろん酒のつまみとしてではない。これがガム以上によく効く。あごを上下左右に動かすことで常に脳に刺激が与えられ、覚醒状態に置くことができる。それでもという時はもちろんPAで一休みということになるが。

 (ここまでは昨日分として書き、一旦アップしたが取り消し今日にまわしたもの)

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 脳内出血した妊婦が搬送先を断られ、死亡するというニュースがあった。病院に収容されまでに時間がかかったことと死亡との因果関係は分からないが、断った病院がいずれも名だたる大病院だったことに驚いた。どの病院も最後の砦ともいえる日本を代表する病院である。

 出産と脳外科手術を同時に行える病院は限りがあると思うが日本最大で医療施設が最も整備されていると思われる大都市東京がこの状態とすると日本の医療は本当に危機的状況と言える。

 しかも救急車から受け入れ先を探したのではなく、医院が患者の様子を伝えての上である。

 土曜日の夕方だったことも災いしたらしい。

 仕事をしているとき、仕事柄救急車を呼んだことが何度かあるが、それが夕方だったりすると、患者を救急車に乗せた後、搬送先を探すのにえらく時間がかかり、不安になったことがある。

 国立、公立の病院を除いて多くは私立の言い換えれば私企業の病院・医院がほとんどだから難しいことだと思うがもっと都などが中心となって総合的な医療管理などが行えないものだろうか。

 病院が(土曜日)、日曜日を一斉に休診にするのではなくずらすとか、いくつかの病院に医師を集中させ、どんな病状にも対応できるようにするとか、ネットがこれほど普及しているのだから、消防が病院を探すのではなく病院の医師や看護師などの状況が消防署のパネルにリアルタイムで表示されているとか、まだまだいろいろできるのではないだろうか。

 同じ命を扱う消防や警察に休みはない。日曜日だからといって救急車が来ないということはない。まさにそんな日こそ救急車が頼りなのである。でも救急車が来ても救急車の行き先がないとなるとこれはもう地獄である。

 現状のままでは子どもと妊婦は土曜日、日曜日は無事であることをひたすら願いつつ静かに過ごすことしか対応方法がない。

 根本的な問題は医師不足だという。でもどんな手を打ってもそれが解消するまでには最低10年、20年はかかるだろう。その手を打ちながらも現実の課題を解決するための方法を医療関係者は国民への義務として早急に検討してもらいたい。医療機関は私企業とはいえ極めて公的な社会的存在であり、病気にかかった者にとって医師は神様に等しい存在なんだから。

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October 22, 2008

「かんじき飛脚」

 「かんじき飛脚」(新潮文庫版・山本一力)

 山本一力の時代小説は文芸本のコーナーに平積みされていることが多く、気になる作家であったが、なんとなくさけていた。私の性分で気に入ると同じ作家の本をほとんど読みつぶすまではまってしまうからである。その気配があった。ただ今回は文庫本のコーナーで見つけ、時間つぶしに読み物が必要だったのでつい手にしてしまった。

 細部までしっかり書き込まれていて、読み応えがあった。

 加賀百万石の前田藩と寛政の改革の松平定信との抗争を加賀の飛脚と御庭番の戦いを通して描いたものである。とりたてて主人公らしいものは存在せず、8人一組の二組の16人の集団が主人公である。他に加賀藩土佐藩の用人、飛脚屋などが登場する。各藩の飛脚がどのようなものであったか、どのような経路を通って役目を果たしていたか、飛脚はどのように選ばれたか、秘密保持のための飛脚の重要性、飛脚の待遇などが克明に描かれていて勉強にもなった。

 北陸の大藩前田藩と江戸幕府の地理関係もよく分かった。豊臣政権の時代の大阪と金沢と違い、金沢は本当に遠隔地だ。親不知子不知や北国街道などの難所を抱え、外様の雄藩の配所として納得できる。その難所が物語りに重要な意味を持ってくる。

 登場する3人の女性にも好感が持てた。誰もが恥じらいを持っているし、献身的行動的である。凛としている。私の時代小説の女性像にきっちりはまっている。

 登場人物が丁寧に書かれているのでこれも伏線かと思い込んでいると、そうでなかったりでがっかりところもある。また、飛脚になるまでの経歴がそれぞれ生かされていて性格に反映されている点もエピソードにリアリティーを与えている。また、時代小説作家のおきまりで食事の内容が事細かに描かれている。

 題名が「かんじき飛脚」ということで、子どもを救ったお礼にもらったかんじきがもう少し意味を持っているかと思ったがそれほどではなかった。子どもを救う場面があれほど丁寧に書かれているんだから、もうちょっと重要な役割を持たせてよかったのではないだろうか。

 いくつかの素朴な疑問。

 内室の病気、不健康が藩の改易や取りつぶしにまで発展するほどの大事だろうか。江戸時代は病気であっさり死んでしまうことは当たり前で「篤姫」を見ているとそのことがよく分かる。

 8人一組が駅伝形式で飛脚するのだが、いちいち江戸と金沢に必ず集結するとなると、その方式自体がとても合理的とは思えない。ずいぶん無理のある筋立てだ。

 飛脚が皆6尺前後という大男。長距離を走破するには今の感覚では似合わないようにも思うが。

 松平定信が3人の御庭番の敗北であっさり手を引いてしまったが、仕掛けが少なすぎるし稚拙だ。ずいぶんあきらめがいいこと。

 といっても物語の運びはおもしろく後何冊かは山本一力の本を読みたくなった。全部読むぞというところまではいっていない。

 

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October 21, 2008

高校「還暦」同窓会

 極めて私的な内容です。


 団塊世代1期生の私たちの高校時代はちょうど東京オリンピックが開催された頃で世の中全体が浮かれているように見えた。一方、60年安保後一旦消えたかに見えた学生運動が東京の大学を中心に再燃し始めていた。フォークのブームはまだでビートルズの「抱きしめたい」などが流行始め、エレキギターが普及し始めていた。だが、田舎の私たちの高校はまだまだのんびりしたものだった。

 そんな中でも、将来どういう方向に自分は向かっていったらいいのか真剣に模索していた。否が応でも大学を選択する必要に迫られ、それはどういう職業に就くかをきめることでもあった。私にとってずいぶん不安定な気持ちでいた時代だったようにも思う。でも受験勉強といったところで塾があるわけでなく、せいぜい旺文社の参考書などで勉強する程度だからみんなそんなにあくせくせず日々を送っていた(ような気がした)。

 その時代の2年間をともに過ごしたホームルームの「還暦同窓会(クラス会)」が高校から20kmほど離れた街で開かれた。参加しやすいように駅の近くを決めてくれたのだろう。幹事の話によるとクラスメイトは沖縄から北海道まで散らばっているらしい。みんな元気でいると思っていたがひとり亡くなっていた。いずれ自分もとはいえ早すぎる。

 私などそれほど大きな特別な夢を持っていたわけでなく、ちょうど着いた列車に跳び乗ってその列車が走るにまかせ、自分でしたことといえばせいぜい列車の中でいくつかの車両を行き来していたような人生だったから、それぞれの話を聞くと「ああそんな生き方もあったのか」と自分の見るべきもの語るべきものない人生とつい比べてしまっていた。

 担任だった先生にもおいでいただいた。喜寿だそうだが私よりも元気そうだ。高校時代はあまりお話したことはなかったが私に「一本の道を進んできたね」とおっしゃってくれた。揺れ動く毎日、必要に迫られたことをただやってきただけだったから自分のここまで来た道には全く自信がないが、何となくうれしい言葉だった。

 卒業以来会っていない人が何人かいる。高校時代、私の生き方に一番影響を与えてくれ、本を貸してもらったり、薦められたり、時には相談に乗ってもらったりした友人とは年賀状のやりとりはあっても卒業後会ってはいない。もう先は短い。是非会いたいものだ。

 お迎えが来て参加出来る人もだんだん減っていってしまうかもしれないからもっと頻繁にやろうよという話になった。おそらく次回は3年以内には開かれるだろう。私はこれまでこれが最後かもしれないと機会があれば参加してきた。次回も足腰立たなくなったら車椅子に乗ってでも出たいと思っている。

 A君、T(W)さん、H君、幹事お疲れ様。とてもいい会でした。
 最近涙腺が緩くなってしまい、校歌を歌った時には涙がこぼれそうになってしまいました。
 すばらしい時間をいただきました。ありがとう。

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October 17, 2008

コスモス満開

 立川の昭和記念公園にコスモスを撮りに行ってきました。ちょうど見頃でたくさんの人が観賞、撮影にきていました。平日に関わらず大変な人出です。ただ、園内の人の平均年齢は60を越えているように思えました。実際は保育園児、小学生、中学生が大挙遠足に来ていましたので、そんなことはないのですが、彼らは集団で一カ所に固まっていますので見た目はそんな感じでした。

 砂川口から入ったところのコスモスの丘はちょうど盛りでそれはそれは見事でした。他にも何カ所かありましたが、白を中心としたコスモス畑も違った印象でよかったです。色とりどりのコスモスがあるとかえって白が目立ちますね。黄色はまだ早かったです。来週あたりが見頃でしょう。花びらの変化したものはあまりありませんでした。

 それにしても、カメラ2台、レンズ4本、3脚(計5kg以上)を持ってあの広い園内を1周するのは大変でした。体力が落ちていることを痛感します。もう少し持ち運ぶ機材の選定を考えなくてはなりません。いろいろな場面を想定してしまいそのための万能のレンズがないのでつい多くなってしまいます。

 団塊の世代のカメラ(写真)ファンが多いのは分かっていますが、ずいぶん女性のアマチュアカメラマンがふえましたね。大きな三脚、大口径のレンズを付けたカメラを担いでスタスタ歩いているのには驚きました。女性の本格派は年ごとに急激に増加してます。
 
 昭和記念公園は基地跡地ですよね。昔激しい基地反対闘争(砂川闘争)があったところだと思います。玉川上水の周辺の開拓された農地が立川基地の拡張つぐ拡張で収用されてされていく中、さらなる拡張に反対したのが砂川闘争だったと記憶しています。私が小学校低学年の頃(1956年)ですからリアルなものではなく、裁判のニュースなどで知ったのだと思いますが、激しい闘争だったようです。公園そのものとは直接関係はないかも知れませんが、平和をこそと願う私としてはやはり考えてしまいます。

 ずいぶん昔のことですが、闘争の中、警官隊と対峙していた農民・学生の中から「赤とんぼ」が歌われ始め、全員の合唱になっていったという話を教えてくれた人がいました。涙を流さんばかりに感動的にその話をしましたので今でも鮮明に覚えています。その話を聞いた時点で、もう伝説化した話でしたから本当かどうか分かりませんが、様子が目に浮かびます。私にとって「赤とんぼ」は平和を求める歌です。

 書いていてこのことについて何にも知らないことに気づきました。新しい課題ができてしまいました。

 また株価は下がってしまい世界的な経済的な不安漂っていますが、夫婦、友人、恋人・・・が、雲一つない秋空の下、笑顔で語らったり、撮影に夢中になったりしている景色はなんとすばらしいことでしょう。そこが基地ではなく、平和な公園だからですね。(「立川平和祈念公園」だったらなおよかったのに) 

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 テレビ朝日で「小児救命」という医療ドラマが始まりました。主役が私にはあまり魅力のない俳優なので、見続ける大きな要素に欠けていますが、現在「小児医療」が大問題になっている時でもあり、興味は引きます。
 私自身が真夜中に子どもを車に乗せて1時間以上もかかる病院に運んだ経験もあり、このドラマが小児医療の問題を深め、問題をしっかり見つめる力になるといいなと思います。

 最近のドラマで俳優の髪が気になって仕方がありません。この女医もわずかの時間で長い髪を何回髪を結んだりほどいたりしていることか。結んでいた髪を次の場面では解いています。これだけ息つく暇もない現場でそんなことをしている時間があるとは思えません。役者根性があるんだったら思い切ってばっさり切ったらどうですか。本気で小児医療を考えたらあんな長い髪にはしないと思いますよ。じゃまでしょうがないでしょう。テーマがテーマだけに安易なトレンディドラマ、やっつけ仕事にしてほしくないですね。

 明日から数日パソコンなしの生活です。

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October 16, 2008

思いつくまま、いろいろと

 またまた食の安全に関わる事件が発生した。濃度から見てこれは明らかに事故ではなくて事件だろう。中国から輸入された冷凍インゲンに超高濃度のジクロルボスという農薬が含まれていたのだという。

 味見のため口に含んだだけで入院治療が必要だというのだから、大変な毒薬である。ジクロルボスは購入にも規制があるようだから、それだけでも危険度が分かる。

 どこでどのように混入されたかは今のところ全く分かっていないようだが、もう無差別殺人未遂と言ってよい。ほとんど100%の国民が自給自足でない生活を送っている現在、材料であれ、製品であれ第三者によって作られた食料を口にしているのだから、安全であるという事実と精神的な安心感を確実に保証してほしいものである。
 
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 一日中家に閉じこもっているわけではなく、人と接することもあるのだが、服装など身だしなみは仕事をしているときに比べて格段に無頓着になる。多少無精ひげにであろうと髪がボサボサであろうと気にしない日が続く。もともと床屋が好きではなく、我慢できるぎりぎりまで行くことはなかったが、今度はそれすらオーバーしてしまった。

 ということで、いつものところに散髪にいった。その床屋はもう還暦をとっくに過ぎたおばさんだがよくしゃべる。私は黙っているだけだが、近所のおじさんたちが散髪にではなく、おしゃべりにやってくる。その機関銃のようなおしゃべりを聞きながらの一時間、さっぱりして帰宅した。

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 「振り込め詐欺」防止のため、年金支給日の15日、後期高齢者医療の天引きの日でもある15日、警察官を大動員して、ATMに張り付けたそうである。

 ほんとうに便利になったものでATMがある場所は銀行の支店やATMだけ設置してあるところ、コンビニとすぐに10や20は数えられる。そこに警察官が全て配置されているのはある意味異様である。
 
 便利になるということはどこかが自動化されていくということである。コンピューターが生まれる前はものが壊れても自分で直すことができるものが多かった。今は全くお手上げで、多くのものが廃棄される。ATMも何種類かの数字を入力するだけでお金を出し入れできる。利用者は機械の指示に従っているだけで何も考えていない。慣れれば慣れるほど思考は停止し、指だけが動いていく。便利さは一方陥穽でもある。

 一旦動作を停止し、思考を再開するには警察官の張り付きは意義があったかも知れない。だが、この事件の検挙率は非常に低いと聞く。被害に遭うことを防ぐとともに是非とも検挙率あげて、割の合わない犯罪だということを知らしめてほしいものだ。

 老人を狙い撃ちにしていることが許せない。老人いじめだけがこのところ際だっている。

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 それにしても老人はいろいろ払わなくちゃあならないなあ。払い忘れているのがあるかも知れない。延滞料まで払わされたらたまらない。

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 ウズベキスタンとのサッカーワールドカップ最終予選はドロー。

 日本代表の試合を見ていていつも思うのだが、攻めが遅すぎる。小さいパスを繋いだり、横や後ろへのパスが多く、そのうちにディフェンスを固められてしまう。以前アジアカップのイラクだったか、ボールも人もひたすらゴールに向かって突き進んでいって得点に結びつけていたのには驚いた。日本のサッカーにないものである。

 サッカーの得点はちょっとした守りのずれに生じた隙間でしか生まれない。がっちり四つに組んだところからは得点は生まれない。対等に戦ったらディフェンス絶対有利なのがサッカーである。だから、90分もやって得点はせいぜい取れて1.2点である。3点以上の差ができた場合はもう実力差である。相手に隙を作らせる一番の手立ては攻めのスピードである。

 別の言い方をすれば、日本はいつも活路を探している。活路ができるのを待っている。活路は創り出すものである。常識的なパスは相手にとってこれほどうれしいものはない。

 以上、素人考えではありますが・・・・・。

 勝ち点3を取っておかなければならない試合であった。この2点の差は後に響きそうである。

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October 15, 2008

こういう野蛮がいつまで続くのだろう

 株価は予想以上でした。昨日は、後から言うのもなんですが、実は9500円越えと書こうとしていたんですが、それじゃああまりにも上がり過ぎと思い、9000円にしてしまいました。さすがに9500円には届きませんでしたが、9000円を遙かに超えて直前までいきましたね。

 これで株好きの皆さん安心かというとそうでもないようなんですね。もっと上がるんじゃないか、上がりすぎたから今度は下がるんじゃないかと。心配の種は尽きないようです。もう金融資本主義は末期症状なんですから、どんなことやっても先細りというのが真実なんではないんですか。濡れ手で粟のこんなは金儲け時代遅れと認識したほうがいいかもしれませんよ。あぶく銭はあぶく銭です。
 
 今度の金融危機はアメリカからですが、その引き金はサブプライムの破綻でした。日本にもゆとり返済なんてものがありましたが、無理だということで打ち切りになっているようです。そのサブプライムは貧困層に住宅を与え、払えなくなったら、今度は高く売りさばいて儲けようとしたんでしょう。ところが思惑通りにいかなかった。そういうわけでしょう。血の最後の一滴まで搾り取ろうという魂胆です。

 アメリカは日本とは比べものにならないくらい貧富の差が激しいといいます。よく「アメリカンドリーム」を絶賛する人がいますが、全く笑止千万です。貧困層を貧困層として留め置くための方便でしかありません。運がよければお前も富裕層にいけるかもしれないよ、ということでの息抜きです。士農工商の農が2番目にあるようなものです。富裕層に移れるのは何百、何千、何万の一でしかありません。みんな行けたら「ドリーム」でも何でもありません。

 ところが、破綻した「リーマン」を引き受けた日本の証券会社は元リーマン社員に今までの年収を維持して払うんだそうです。いくらだと思います? 4000万円だそうです(こんなことしていたから破綻したんでしょう)。今日本は年収300万時代ですよ。一般公務員の10倍、首相や事務次官と比べても遙か上です。こんなべらぼうなことやっていている人たち(公的資金を投入する対象は別でしょうけど)のお仲間に国が援助の手を差し伸べることに対して国民が怒るのは当然でしょう。アメリカやヨーロッパの国民は怒っていますよ。

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 ここからが本題。

 ところで、どうしてこういう私刑みたいなことが続くのでしょうか。確かに昔はこういうのよくあったように聞いています。特に高校や大学の体育系のクラブではよくあったようです。私が所属していたサークルなどは先輩・後輩という言葉すら忌み嫌って使わないところでしたから、こんなこと起こりえなかったですが、そういうことを是とする考え方が外から聞こえてきたことも事実です。

 それから40年、そのような風潮は全くなくなり、あったとしてもいわゆる特殊な世界のことだけだろうと思っていました。ところが最近大相撲の世界で相変わらず続いていることが発覚し、その後、大麻事件などその腐敗ぶりが明らかになってきています。

 そして今度は自衛隊でしょう。新聞報道で見る限り、あれは「訓練」でも「はなむけ」でもありません。私刑です。新聞を読んでいて昔読んだ野間宏の「真空地帯」を思い出してしまいました。被害者が亡くなられたので表面化したのであってこういうことは恒常的に行われていたのでしょう。

 暴力が支配する組織は規律が乱れ腐敗している組織です。そして、暴力が腐敗を拡大していくのです。こういう「文化」が日本の文化の底流をなしているとすると日本文化はおぞましい文化ですね。そうでないことを願いたいです。

 この事件は相撲部屋で起こったことと全く酷似しています。いや、同じです。きちんと処理しないといつまでたってもこういう事件はなくなりません。

 自衛隊で起こった暴行事件今までまともに処理されていないと「ニュース23」でやっていました。

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October 14, 2008

久しぶりにカメラネタ

 いくらカメラがよくってもいい写真がと撮れるわけではない。コンデジでもすごいなあと思う写真はいくらでもある。要するに車と同じでどんな高級車に乗っていても運転の下手な人はいる。そうなるとかえって見苦しい。でも、やはり乗り心地はいい。一度、日本の車でおそらく一番高い車に乗せてもらったことがあるが、その乗り心地ときたら私の車などとはまるで違うものであった。カメラもそんなものでいいものを持ちたいなあという気持ちには逆らえない。そういう意味では特別なものを除き、車の十分の一以下の金額で楽しめるし、燃費もわずかしかかからない。昔はフィルム代や現像代などで馬鹿にならなかったが、最初少し投資するだけで印刷も自分でできる、モニターで鑑賞するだけだったら印刷代もかからない。しかし、デジタルものだから進歩が激しい。ついどんなカメラが出ているか関心を持ってしまう。

 さてそんな中、いまハイアマチュア向けカメラで話題になっていることがいくつかある。一つは動画がとれるということ。本来デジタルカメラは動画から始まったらしいから先祖返りとも言える。私はビデオには全く関心がないのでこれはどうでもいい。二つ目は撮像素子が35mm判ということ。これについては写真雑誌が今一番注目しているところ。私もこの機種に関心がある。その三つについては前に書いた。私はNikonしか買わない、というよりレンズの関係で買えない、ので比べることは全く意味がないが、今後どんな方向に行くかを占う意味で興味がある。
 NikonのD700は高感度に特性があって、暗くても、動いているものでも、絞ったりシャッタースピードを上げたりできる。撮影の範囲が広がったのである。三つ目に撮像素子、センサーの画素数である。今度発売するSONYのα900というカメラはその画素数が2400万とD700の1200万の2倍もある。画素が多いといういうことは細かいところまで描写できるということで、きちんと腰を据えて写真を撮るには適しているといえる。ただ、それだけの画素で撮影したものをを印刷したりモニターでその画素数を生かしてそのまま出力することはほとんどないだろう。モニターで100%表示したら、その一部分しか表示できない。

 やっと私が言いたいところにきた。よく、画素数が2倍だから、解像力、分解能も2倍だという話をする人がいる。ちょっと違うんじゃないかと思う。解像力は線の太さをどんどん細く、その間隔をどんどん細くしていった時どこまでその数を数えられるかということだとすると、それは長方形の撮像素子がいくつあるかではなく、一辺にどれだけ並んで並んでいるかに影響されているのではと思う。だから、画素数が2倍になった時の解像力は約1.4倍である。他の要素もいっぱいあるから画素数だけを問題にすることは適切とは言えないが、仮にそれだけで考えるとD700を2倍の解像力にするには、4800万画素にしなければならない。私は4Gのメディアを使っているがこれでも200ショット位しか撮れない。パソコンでの処理や保存も大変である。

 Nikonが今後どういう方向に行くのかまだ不明だが、おそらく画素数を増やしていくことは確実であろう。ただ、やみくもに画素数を増やしていくことはしないでほしいものである。メリットよりもデメリットの方が多そうである。デジタルの世界は日進月歩だから何らかの解決策も同時に進行していくであろうが。今の環境ではせいぜい2000万が限度である。

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 欧州やアジアで株価が上昇しているようだ。
 (以下、寝言)
 素人の全く当てにならない大胆予想。
 今日の東証ダウ平均、9000円越え。今週中に10000円まで戻る。
 ありえないか・・・・。でももしそうなったら一息つく人多いんじゃないかな。
 信じちゃだめですよ。私、株のこと全然知りません。責任一切とりません。でも、当たったらおもしろいな。

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October 13, 2008

静かに休日が過ぎていく

 今日も休日なんですね。

 一度も家から出ず、テレビを見たり、本や新聞を読んだりして昨日一日が終わってしまいました。
 ウォール街も兜町(昔風に)もお休みみたいであの喧噪も一休みです。

 株で損をしたという話がテレビで流れていましたが、それが分かりません。売らなきゃいいのにと思いますが私のこの考えどこかおかしいのでしょうか。売ってなんぼ、買ってなんぼの世界でしょう。売らなきゃ株価も下がらないと思うのですが。会社が潰れたらそうは言っていられないとは思いますが、我々庶民は静観しかないようです。

 石油価格、下がっているようですね。ガソリンが安くなるのは大歓迎です。あの大騒ぎで大もうけしたのは誰でしょう。きっと、今頃飛行機やヨットを買ってバカンスしてるんでしょうね。そして、我々庶民が損をしたのは明白です。
 良かったことは空気が若干きれいになった、交通事故が減った、道路の傷みがわずかに減り、予算の支出がほんのわずか節約できた、などですか。あまりにガソリン代が高くて遠出しなくなり近場の遊戯施設が儲かった、読書量増えた、なんてこともありますか。でも、値上げははやいけど、値下げは遅いですね。

 今になって考えてみるとあの石油買いに狂奔したことが金融資本主義に引導を渡したようにも思います。

 来年から、高速道路の料金が値下げになるとか、あるいは、無料になるとかの話もあるようです。来年には運転もできなくなっているかも知れませんので、あんまり私個人としては得するとは思えません。でも、無料になったら、すごい渋滞が起こるでしょうね。燃費悪くなるなあ。あれ、これじゃあ・・・・・・・・。
 
 ロス疑惑、ありましたね。自殺だとか。結局何一つ分かりませんでした。疑惑は疑惑のままで迷宮に入ってしまいました。

 テロ支援国家指定解除。突然でした。何にでも口を出す私ですが、この国と中東の問題には触れないことにしています。私が手に入れることのできる情報はあまりに偏りすぎています。

 今日一日もいつものようにのんびりしようと思ってはいますが、ちょっと副都心にお出かけとなるかも知れません。長居するところではありませんので、用が済んだら即帰宅です。

 今度の週末は「別荘」で過ごす予定です。ETCはいいです。体には悪いですが、夜中に着くとべらぼうな割引です。要するに普段が高すぎるんです。若い人は得ですね、夜中だってがんばれるもの。

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October 12, 2008

いつまで「天下り」を続けるのか

 昨日の朝、TBSテレビで各党の討論が行われていた。その中で、出席者一人が東大法学部卒の人を優遇する旨の発言をしていた。その失言(本音)にコメンテーターや他の出席者から総反撃を受けていた。

 口では「天下り」を否定していながら、結局は擁護している。これでは天下りはなくなるまい。

 天下りは単に天下り(再就職)という事象にとどまらず、天下り先を保護優遇し、税金の不必要なところに不当に支出するから問題なのである。

 ある事務次官などは数年つとめるだけで一般公務員や民間企業に勤める人の生涯賃金・退職金に等しい額を懐に入れている。事務次官を退職した時点で公務員としては最高額を受け取っているから、上乗せである。しかもこれを繰り返すのである。まるで守銭奴である。こうまでして、金がほしいのか。

 公務員としての相応の賃金、退職金を受け取るのは労働者として正当であり、これについて何ら文句をいう筋合いはない。ただ、退職したら潔く感謝の気持ちをもって無給で働く位の気概があってもいいのではないか。すでに十分な収入を得ている。仕事をしている時、彼らの半分も三分の一も賃金をもらっていなかった人で退職後ボランティアで活動している元公務員はいっぱいいる。また嘱託として残っている人は現役時代の半分以下の賃金でほぼ同等の仕事をしている。

 一握りの高給取りの守銭奴公務員のためにまじめに生きている多くの公務員がごっちゃにされ攻撃や非難されるとすれば全くかわいそうというほかない。

 こういう守銭奴公務員のために用意される資金、直接税が使われることもあろうし、不必要な建築物を造ったり、不要なものを購入したり、不当に入札額が設定されたりする諸々の金額を合わせれば「後期高齢者医療」で必要な額を優に超えているという。

 即座に天下りとキャリア制度を廃止すべきである。この世から不当な不平等をなくすことこそ政治の急務である。それをしない限り、もう国民は納得しない。
 
 日本にはもうそんなくだらないことに使うお金はない(と認識、覚悟すべきだ)。また、多くの年金生活者は先行きの不安を抱えながら2品のおかずを1品にして倹約生活をしている。そういう人たちから血の最後一滴まで搾り取るというのか。

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 ノーベル賞の益川氏が教育についていい発言をしている。西の方の知事はこの意味が理解できるかな。公表を控えようとしている教育委員会は賢明だ。人を「クソ」などという人とは格が違う。しぶしぶ公表するしようとしているところも予算で脅しを受けているんだから同情するほかない。学テの意図したものがなんであったかはそれを実施した人(5日で大臣を辞める羽目になったあのお方)が白状しているではないか。もう学テそのものに意味がなくなっているんだよ。

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October 11, 2008

何が何だか分かりませんね

 この株価の大暴落というものは私たち株投資に全く縁のない人間にはどういう意味を持っているのかさっぱり分かりません。
 いや、誰一人縁のない人間などいないことは分かっています。積極的に関与はしていないにしても、年金基金の何割かは株運用しているわけですから、誰もが好き嫌いに関わらず運用しているわけです。
 ニュースなどでの報道によると、100年に一度の金融危機らしいのですが、昭和の初めの世界恐慌みたいな雰囲気(体験したわけではないので想像の域を脱しないのですが)は見あたらないし、石油パニックのように目が血走っているわけでないし、みなさんずいぶん落ち着いているんですよね。
 いつも株を運用している人はこういうことの理解が深くてこれからどんなことが起こるか予想できるでしょうが、全く関心がない人間には不安を煽られ続けられているだけのように感じます。
 もしかして肝心な何かが隠されているんじゃないかと勘ぐってしまいたくなります。

 だって、株なんて売らなきゃ得も損もないんでしょ。一喜一憂することないんじゃないんですか。下がり続けてなくなってしまうんなんてあり得ないでしょう。全ての企業が破綻してしまったら、株暴落どころじゃないでしょうが。保険会社が破綻したりしても契約者にはかなりの程度補填されることは経験済みです。
 
 だから株暴落によって誰が困るんですか? 一般人にはどんな影響があるんですか? そういうことをきちんと報道してほしいものです。そうでなかったら、何が何だか分かりません。暴落暴落とのべつニュースが流されてはたまったものではありません。

 ということでよく分からないけどいろいろ調べた上での行き着いたとりあえずの結論。
 個人個人にはあまり関係ない。だから、
  ジタバタしない。
  右往左往しない。
  上へ下へと騒がない。

 政府も国民にきちんとアナウンスする必要があると思いますが、ないんですよね。   

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October 10, 2008

秋の味覚と言えば・・・

 私にとって秋の味覚と言えば「柿」である。この時期になると無性に食べたくなる。
 そして、カミさんに「柿頼む」と買い物の時お願いすることになる。
 ところがはじめのうちは完熟した柿ばかり買ってきて閉口した。食べ物には文句は言わない主義なので黙って食べていたが我慢できずについ言ってしまった。もっと堅いのがいい、と。
 私が食べたい柿はかじった時、ガリッと音がするような柿なのである。

 子どもの頃、庭の端に柿の木が10本くらいあった。商売にするわけではないので手入れはいい加減だったが、それでも食べきれないほどの柿が実った。
 柿の木は折れやすいから登るなと何度も注意されたが、それでも大人の目を盗んでは登って食べていた。木の上で景色を眺めながら、一番おいしそうな柿を選び、「肥後の守」(当時の子どもはポケットに「肥後の守」を忍ばせているのは当たり前のことだった)で皮をむいて丸ごとゆったりかじるひとときは最高の時間であった。(柿の皮むきは得意で目を瞑っていてもできる。途中で切れることもない。)
 だから私にとって柿とは「ガリッと」しなければならないのである。 

 そう言えば、子どもの頃、夏から秋にかけてずいぶんいろいろな木の実を食べた。栗などは木の下にごろごろ転がっていて山ほどとれたからおいしかったけどスリルはなかった。木に登って青いイガを「肥後の守」で割って、生でこっそり食べたことはあった。

 何の木だろう、私たちは「エノミ」と言っていたがエノキの実かな。直径数mmのオレンジ色の実であるが、この木は柿の木のようには簡単に登れず、採るのが大変だった。多くは長い竹ではたき落とした。
 河原の中洲(いつも遊んでいた川の本流で一里くらい歩いた)のようなところに茂っていたグミの実を採りに遠征したこともあった。
 桑の実は口の中が大変な状態になって、私は苦手だった。
 アケビもあった。
 夏の終わり、台風の風で落とされた庭のナツメの実はサクッとしていておいしかった。もちろん、竹の先を二つに割って枝を挟み捻り採ることは普通にやったが、私の脳内ではナツメの実と台風が一緒になっている。
 椎の実も煎って食べると香ばしい味がした。

 だいたいが今の基準からみたら、そんなにおいしいものではなかったが、おやつなどない時代、大人の目を盗んで、しかも若干の危険を伴うというスリルが絶妙な味付けになっていた。

 「腹をこわす」といつも親から怒られていたが、それで腹をこわしたことはなかった。

 この歳になって、他のところはガタガタだが、子ども時代にこうやって鍛えてきたことが幸いしてか、胃だけは丈夫である。風邪を引いて高熱で参っていても、食欲だけは健在で、カミさんはあきれている。

 ああ堅い次郎柿を丸かじりしたい。

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 下村氏「難しくても最後までやりなさい」(あきらめのいいのが私の取り柄なのできつい言葉です)

 昨日簡単に書いてしまいましたので正確に。下村氏は長崎医科大学付属薬学専門部(現長崎大学薬学部)の出身です。その後、名古屋大学に行きました。

 この前ノーベル賞を受賞した小柴さんと田中さんの自筆の言葉がコピーされて上野の国立科学博物館に置いてあったから今度もあるかも知れない。自由に持ってこれた。みなさんどんな言葉を書くかな。小柴さんは「夢を持ち続けなさい」だったように思う。

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October 09, 2008

ノーベル物理学賞に3氏 あれれ、そして化学賞もう1氏

 日本人学者、南部陽一郎さん、小林誠さん、益川敏英さんにノーベル物理学賞が授与されることになった。

 物理の素粒子論なんていう目でも顕微鏡でも見えないものがどうなっているかなどということについて私ごときに理解できるわけはないが、一般大衆に理解できないことを考えているから、ノーベル賞を貰えるんだろう。

 日本人の科学研究はその程度が受賞者の数以上のものがあり、もっと受賞者はあっていいという話を聞いたことがあるが、アジアの東の端にあり、英語圏でないため世界の科学者と交流が少なく、評価されにくいのだそうだ。

 確かに、科学啓蒙書を読んでいても取材対象、参考文献などに日本人の研究や研究者が出てくることはほとんどない。以前取り上げた「フェルマーの定理」など例外中の例外である。

 アメリカの有名大学(MITなど)では、石を投げるとノーベル賞受賞者にあたる、と言われるくらい受賞者がいるそうだが、そういう意味では日本はまだお寒いと言わざるをえない。

 資源の乏しい日本は表向きには科学技術立国でいこうとしているようだが、企業も含めて基礎研究への投資は極めて低いようである。子どもたちの理科嫌いが解消、減少したという話も聞こえてこない。もっと底辺を拡大しないと科学技術立国も口先だけのものになってしまうだろう。

 3氏のような「天才的なひらめき」は科学研究において重要だと思うが、それだけに頼っていていいのだろうか。

 私の好きな科学啓蒙書みたいなものを世界的視野に立ってきちんと書くことができる日本人ライターが増えることも大事だと思う。全くいないわけではないが、各国語に訳されて世界中で読まれるものはほとんどない。

 これをきっかけにして、どうやって幅広いしかも深い科学研究が日本で進めて行くかを議論してほしいと思う。

 3氏が3氏ともがつがつしていず、飄々としていていいね。
 
 3氏の名言集(朝日新聞8日夕刊)
 益川氏「知ったかぶりをすることが大切。そのうち分かるようになる」(けだし名言!)
 小林氏「大変重い賞をいただいた。重さの方を強く感じる」(まじめな性格だなあ!) 
 南部氏「私の仕事は未解決の問題を解くこと。死ぬまで続けたい」(科学者の神髄!)

 それにしても名古屋、京都は強い。

          と、9日分を8日の夕方書いていたら、

 ノーベル化学賞も日本人科学者だというニュースが入ってきた。詳細は現時点で不明。続きはいつもの時間に書くこととしよう。

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 いつもの時刻になりました。

 ノーベル化学賞は下村脩氏 なんだって? 「緑色蛍光蛋白質(GFP)」の発見。クラゲから取り出したそうだ。この研究も私にはよく分からないけど、素粒子より理解しやすそう。医学上革命的な発見のようだね。また名古屋大学か。

 でも、下村氏、南部氏はアメリカに頭脳流失しているんだよね。ここが大問題。
 
 ここ数年ノーベル賞には縁のなかった日本人だが、この快挙が日本の科学研究の転換点になるだろうか。

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 麻生さん、金儲けと金遣いと漫画のことばかり考えていては日本滅ぶよ。実は金儲けはへたくそで失敗ばかりだったということが週刊誌ネタになっていたけど。得意なことは金遣いと漫画かあ・・・・・・

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October 08, 2008

道徳教育批判の批判の批判

 中山元国交相・文科相の日教組批判を自民党の有力議員町村氏が援護している。

 最近の様々な事件の原因を日教組が道徳教育に反対して実施しないからという時代錯誤の発言への援護である。昔から「ウソも百遍言えばホントになる」と言われているが責任ある立場のものがウソ八百を上塗りするような言動をするのはいただけない。

 それだけ過ちを認めることなく繰り返すのならその論拠として犯罪を犯した者一人一人その生育過程を追跡調査し道徳教育が実際行われていたか否か、あるいはどのような道徳教育が行われていたか学問的(統計的)にも確かにそうだと言える調査を実施しその結果を示す必要があろう。できるわけがない。もともと根拠もなく偏見と妄想によって作られた、あるいは意識的に作ったものに過ぎないのだから。根拠にしようと企んだ「学力テスト」も相関関係なしとされたではないか。

 私は最近の様々な事件について多少なりとも関心があるのでそれがなぜどのような過程を経て起きたかに注意しているが、私の知る限り事件の原因として道徳教育の内容・有無が関係していると考えられるものは全く存在しない。

 日教組が道徳教育批判をしたのは戦前の教師たちが全てが望んだものとは言えないまでも結果として戦争遂行の一番の協力者であったことへの反省から「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンのもと活動を進めてきたからである。戦争協力の中核に置かれたのは「修身教育」である。道徳教育が「修身教育」の復活を意味していることは中山氏の発言からも推察できる。

 戦前の教育が国民より国家を上位におき、国民は国家の意思に無条件に従うことに置いた国家主義のもとに行われたことは最早誰にも異論のないことだろう。中山氏は日教組批判のほか「ごね得」発言と「単一民族」発言をした。辞職したのも大臣としてふさわしくないということだけで議員を辞職し責任を取ったわけではない。その見解は本音であることは確かであろう。心にもないことをわざわざ発言するわけはないし、聴衆受けを狙ったとしたら不見識の極みである。

 未開拓の荒れ地を命がけで開拓しやっと営農できるまでにこぎ着けた農地を国家の要請として強引に奪い取ろうとした過程(その土地は売った買ったではなく自ら切り開いた土地なのだ)を無視し、農民の気持ちを逆なでしたり、日本を「単一民族国家」としてアイヌの誇りを傷つけたりする考えこそ国家総動員を進めた戦前の教育の思想そのものではないか。現首相はかって「創氏改名」について重大な発言をしている。基本的に同じ立場に立つものと考えられる。詳しくは「創氏改名」「(現首相名)」で検索してほしい。詳しい解説や批判が数多く掲載されている。(原則として無許可でリンクをしないことにしているので、あしからず)
 そういう考えで進められる道徳教育がどんなものであるか明らかであろう。何の根拠もなく過去の妄想を持ち出して中傷するこのような「ためにする」理屈こそ教育に混乱と不安をもたらすものとして断罪されなくてはならない。

 現在の道徳教育は時代の要請もあって「人権」「福祉」「平等」「国際性」「自然保護」なども十分考慮された内容になっているようだが、元文科相のこういう発言を見ると彼と彼を擁護する人たちの期待する内容はそれら現代的な課題とどうも違うことにあるらしい。

 何度も言うが私は日教組関係の人間ではないし、むしろそれに批判的である。
 ただ、日教組という名前を出すことによって、問題の本質を覆い隠し、あらゆる問題の責任を教師に押しつけ、教育を政争の具にしようとする考えが許せないのである。
 端的に言えば政治家は教育の内容に関して口を出すべきでないということである。政治の方向は常に揺れ動く。今の政権が永遠に続くわけではない。それが民主主義というものだ。教育を決定づける価値観は時代とともに変わるが政治(政治家)によって変わるものであってはならない。政治家が時代の価値観を決めるのではなく、時代の価値観が政治家を選択するのである。

 昨日、予算委員会でなぜ汚染米を着色しなかったかという議論がされていたが、「経費がかかる」ということがその理由らしい。国民の命は二の次なのである。それによって国民や良心的な業者がどれだけ迷惑し、損害を被ったか。根は同じである。

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 緒形拳が亡くなった。
 大河ドラマ「太閤記」の秀吉、「義経」の弁慶、映画「楢山節考」「復讐するは我にあり」などとてもすばらしい演技であった。「復讐するは我にあり」になど怖いくらいだった。そうだ「砂の器」では警官役だった。「蝉しぐれ(映画版)」では父親役をやっていた。最近はドキュメンタリーの案内役で見ることが多くなった。他の俳優が代わることのできない存在感があった。うまい、器用な役者ではなく、人を心底引きつけてやまない役者であった。そう役者だった。71歳か・・・・。
 

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October 07, 2008

実は・・・・・・

 カミングアウト と言うわけではないのですが、

 実は私、隠れJリーグファンでして、水曜日・土曜日・日曜日は試合の結果が気になって気になって仕方ないのです。飛び跳ねたり、叫んだりする体力はないので、直接見に行くことはないのですが、BSで贔屓のチームの中継があれば必ず見ますし、そうでない時でも試合経過には注意しています。
 Jリーグの中で二つのチームに関心がありまして、おかしな話ですがその2チームがそこそこ活躍してくれて(できたら優勝争いをしてくれて)、そのうちの1チームが優勝してくれたらいいな、という程度のファンですから、熱狂的なサポーターから見たらお笑いぐさといわれるのが関の山でしょうが。
 その2チームには違った意味で思い入れがあってどちらも外すことはできないのです。

 その2チームは昨年まではいつも優勝に手が届く位置(悪くても中位)にいたので安心して見ていたのですが、今年はどうしたことかどちらも下位に低迷していて2チームとも降格してしまうのではないかと不安で不安で仕方ありませんでした。でも1チームは夏頃からなんとか勝ちが続いて降格の危機は去ったように思いますが、もう1チームはまだ危険領域にとどまっています。

 そんな中、この前の土日は久しぶりに気持ちがスカッとしました。どちらも完璧な勝利です。こういう日がこれからも続いてほしいものです。

 あの降格制度というのはゲームを常に緊張感の中で行わせる意味ではいい制度だと思いますが、気になるチームが降格の危機にあると本当にいやなものです。精神に異常を来しそうです。

 今年のJリーグは混戦状態でちょっと連勝すれば順位はググッと上がります。

 □□よくやった!
 ○○○○□□がんばれ!

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 大変だよ、株価暴落。金融危機は一段落したと思ったのに、そんなに甘いものではなかった。要するに堅実に物を作って、それを売る、といった基本的なことで経済が成り立っているのではなく、人間の処理能力を超えた天文学的金額のマネーだけ(最早お金ではなく数字でしかないのだろう)を右へ左へ動かすことで経済を動かすことが第一義となった経済活動の破綻なのだろう。株には縁のない私だけどどう影響してくるんだろう。分からないだけに不安が大きくなる。
 それをやってきた人たちは破綻しても贅沢な生活を続けていくことができる抜け道を作ってあるだろうけど、それによって日々の生活に打撃を受ける一般民衆は抜け道なんかないのだから、どうしようもない。
 その人たちが全財産を放出して弁償したなんて話聞いたことないもんな。

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 グリーンランドの巨大氷河が100年後に消滅するという予測のニュースがあった。これは大変なことだ。何度も言ってきたように100年後というのは最終局面なのだ。影響は5年後、10年後に現れてくるのだ。一つの氷河が消滅する時には他に大小の何十もの氷河が消滅するのだ。陸に固体として留め置かれていた水が消滅するということは気体・液体に変わる。気体の水蒸気は雨となって液体の水になり、結局は海面上昇になる。海進は低地の農業地帯、人口密集地帯を襲う。食糧生産が減少し、多くの避難民を生む。地獄絵図だ。

 バラ色の老後を期待していたのだが夢だけに終わりそうな気配が日々色濃く漂ってくる。

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October 06, 2008

のんびり日曜日

 夜には雨になってしまったが、ここ二三日は秋日和でのんびりした日々を送った。

 いつも通勤途上に誰かが育てているのか秋になるとコスモスが咲いて楽しみにしていたところがあって、久しぶりにカメラと三脚を持って出かけてみた。まだ、十分咲ききっていなかったが、やはりコスモスはいい。腕力が減退し、視力も落ちてきているので、AFに関わらずしっかりピントを合わせられない。鍛えなくては。折角の三脚は道端ということもあり立てるのに憚られた。

 よくよく考えてみると日本の秋を彩る花は菊だったはずだ。今でも少し古い城下町などを中心に「菊祭り」が開催されているようだし、どこの町だったか、ずいぶん昔彼女(カミさん)と菊人形を見に行ったこともあったな、なんてことも思い出した。また、普通の民家の庭先にもよく自慢げに大輪の菊が置いてあり、自分も歳を取ったらこんなことに夢中になるのかなあなどとも考えたものだ。
 そういう菊を最近は見ることが少なくなってきた。

 最近の庭先には「庭いじり」「花作り」が「ガーディニング」とその名前が変化したように名前も分からない花が並んでいる。どちらかというと色がけばけばしいものが多く、透き通るような感じのものが少ないように思うが私の周りだけのことだろうか。パステルカラー風のものなどあってびっくりする。
 その意味でもコスモスのすっきりとした色はすばらしい。白、ピンク、深紅、そして最近広がりはじめた薄い黄色(キバナコスモスではない)。あの黄色は慎ましい色で好もしい。

 
 アメリカ発金融危機は法案通過で先行き不明ではあるが一応一段落し(大博打うちは損しても援助があるが小博打うちはスッテンテンになって放り出されるという世の習いがここにもある。アメリカ国民が反対するのも分かる。大博打はひと様の金をかき集めてうっているので貧乏人は博打嫌いでも博打を打っていることになってしまう。何とも理不尽だ。)、麻生首相は座ったら思いの外総理大臣の椅子の座り心地がいいのに気づき離れたくなくなったようで解散は遠のいたし、どこかの知事は2年でその仕事にも飽き転職をめざすことを考えているようだ。

 まあ、いろいろニュースは流れてくるが、年寄りにはこの二三日のおだやかな天気のようにゆったりとできる日々が続くことを願うことしかできない。

  

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October 05, 2008

「限界集落」

 「限界集落」という言葉を最近よく聞く。

 私が子どもの頃は田んぼ、庭、校庭、道ばたなどに子どもがうようよしていた。塾などもない時代だし、親は農作業で忙しいから子どもは子どもだけで遊び回っていた。当時は子どもも労働力の一部を当然のように担っていたから、田植え、稲刈りの農繁期は農家の子どもは仕事をしたし、農家でない子は気を遣って引きこもっていたから静かであった。それも一つの景色であった。

 ところがしばらくすると、そういうところに子どもの姿が見えなくなった。子どもはいるのだが子どもの姿が見えなくなった。家の中から出なくなった。テレビ、ゲーム、塾などが子どもの世界の中心に位置するようになったのだろう。農作業をする子どもなど全くいなくなった。

 最近、いなかに帰ると見える人間は年寄りばかりである。日曜日には校庭で大人の声ばかり響く野球の練習をする子どもの姿を見ることができるから子どもがいなくなったわけではないだろうが、遊んでいる子どもの姿を見ることはできない。登下校の時刻にはランドセルを背負った子どもの姿を見ることはできるが、ゾロゾロ列を作って歩いているわけではない。子どもがいなかでは急激に減少している。

 私のいなかの集落が年寄りばかりになるのも時間の問題だろう。
 こういう年寄りばかりの集落を「限界集落」というのだそうだ。
 年寄りという言葉が気になるかも知れないが私自身がそうなので自虐的に使っているわけでご容赦。

 カミさんにいなかに住みたいと言ったら、「病院はどうするの!」「買い物はどうするの!」と猛反撃に遭ってしまった。確かに車がなくては、生活が成り立たない。今はまだいいけど、車を運転できなくなったらお手上げである。
「限界集落」には常にこの二つの問題がつきまとう。

 さて「限界集落」の定義だが、
 人口比で65歳以上の老齢者が50%以上占めていたら「限界集落」といい、それが55歳以上の場合を「準限界集落」というのだそうだ。詳しく知りたかったら、それらについてふれた「Webページ」はいくらでもあるからそちらを見たらいい。日本に約2000集落あるそうだ。
 ここでは集落が本来もっている機能を失い、消滅していくようだ。
 
 我々が普通に想像する(日本を象徴するような林があって家が点在するような)景色はほとんど全てが人工的なものである。武蔵野と言われるクヌギ・コナラの雑木林も人の手で維持されてきたものである。森林も段々畑、千枚田なども人の手で持続的に手入れをしなければあっという間に荒廃していく。漁業者が漁業を維持するために森林の手入れをするという話も聞いた。林業の問題は漁業の問題でもあるのだ。そして、日本の自然そのものが崩壊していくのである。

 私の育った田舎も土地の広さはそのままであるにもかかわらず、田として使われているのは50年前の数分の1.あるいは1,2割に過ぎない。一時牧草地として使われていたが、今は雑草が生い茂っている。

 老齢者の比率が取り上げられるのは、それが典型的に現れているからである。集落が崩壊していく要因は他にも考えられる。都市といなかが相互に補完しあっていくことが大事なのである。
 郵政とか自治体病院とかとの関わりも大きい。産業の変化も影響する。

 日本のどこかが機能不全に陥ればそれは他の部位にも波及していく。今では集落が自治体にまで広がっているらしい。「限界自治体」と言うらしい。今後、県にまで広がらないと誰が言えよう。「限界都道府県」なんてものが密かに生じているかも知れない、と恐ろしい想像をしている。

 閉鎖目前の自治体病院の多さに驚き、これからの研究(大げさな!)対象にしていきたい。

  

 

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October 04, 2008

国会代表質問・八百長裁判・放火事件(昨日のニュースから)

 代表質問なんてものをテレビで視聴するなんてことは今までほとんどなかったことだ。夜、ダイジェスト版をニュースで見ることはあったが中継はずいぶんおもしろかった。
 自民党・公明党は身内への質問だからなあなあであることは言うまでもない。一点「中福祉・中負担」という答弁を引き出していたが、国民の感覚は「低福祉・高負担」ではないだろうか。
 田中康夫(日)の質問は時代がかっている弁舌で楽しく聞けた。福島瑞穂(社)の話し方は大変明瞭で分かりやすかった。どちらへの回答も素っ気ないものであったが。市田忠義(共)の質問をも含めて国民の本音は彼らに近いと思われる。日本は今大変なところにきてしまったんだと深刻にならざるを得ない。
 麻生さんももう3,4代前の首相だったらよかったのに思っているに違いない。国会で質問を聞いている顔は悲痛である。二人が投げ出した首相の椅子は今のところ座り心地がいいように(いつ解散するのか)も見えるが。

 大相撲八百長事件裁判の話題でテレビのニュースショーはちょっとした盛り上がりを見せていた。例え八百長があったとしてもそれを証明することは難しいだろう。ニュースで見る限り、あったことを明確に証拠立てるものはないようだ。
 ああいう一対一の対決、しかも相撲協会のもと部屋制度の存在や横綱から序の口までさらに行司・呼び出しまで完全に序列化した組織内で行われている状況において八百長を議論すること自体が見当外れである。大相撲はスポーツではなく行事や儀式といった類のものである。昔は同門同士の対決すらなかったことを考えればその性格は理解できるであろう。
 それをスポーツや競技と勘違いして外国から体格や体力が桁違いに抜きんでているものを呼んでくるから、相撲美が失われていくのである。自分の娘を「神聖」(身にまとっているのはしめ縄だろう)で公的な土俵入りに肩車して入場して有頂天になっている横綱を生むのである。神聖はともかくとしても少なくとも横綱の品格を構成する一つであろう「慎み深さ」・自制心に欠けているのである。そして、八百長疑惑を取りざたされてしまう。
 
 個室ビデオ店の火事は事故ではなく事件であった。土浦、秋葉原、福岡の事件もそうだがもう常人の感覚では理解できないことが多すぎる。
 ネットカフェやこういう店はいわゆる風俗の一端をしめるものだと思っていたが、もちろんそういう面もあるだろうが実質は簡易宿泊施設であったようだ。緊急避難所と言ってもよい。被害にあった人の年齢や職業・経歴が明らかになっていくに従い空しさと憤りがわいてくる。
 元大臣の中山氏だったらこれらの事件の原因を全て日教組のせいにするだろうが、それではこういう事件をなくすことはできない。真の原因(すでに明らかだとも思うのだが)が何かを考えていくことも今我々に突きつけられたる緊急の課題である。

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 など、書いていたら中山元国交相が引退するそうだ。後釜はあの東国原宮崎県知事という噂が飛び交っているという。こういう軍国調の例えは戒めているのだが、一軍の将が一兵卒になってしまうよ。

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 私のこのブログの記事は、多くの場合、記事の日付の前日夜9時頃から12時頃の間に書き、0時を過ぎた頃に公開している。だから午前1時前にはすでに更新されている。別の言い方をすれば、前日までのニュースについて書いているということ。 
 この時刻は、ココログにアクセスする人が多いのか、アップロードにとてつもなく時間がかかる。

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October 03, 2008

公立病院が閉鎖されていく

 しばらく前までTBSで「Tomorrow」というドラマが放映されていた。市立病院の閉鎖をなんとかやめさせ存続させていくことをテーマとしていた。施設の割にスタッフの数が貧弱だったり、病院関係者が次から次へと怪我、病気になっていったりしてドラマ自体はやや現実離れした筋立てだったが、扱っているテーマは極めて今日的であった。

 そういえば、最近医療をあつかったドラマが多い。医療そのものが今日的テーマなんだろう。

 9月30日銚子市立総合病院が閉鎖された。医師不足、赤字経営が原因だという。500床もある病院を市が経営していくのは困難な時代になったということと想像される。
 「ある経営コンサルタントのブログ」を見ると閉鎖されそうな公立病院が分かる。200余あるようだ。(これはドラマではない)

 また、産婦人科、小児科の医師がすごい勢いで減少しているということも聞いた。子どもを産めない、子どもが病気になっても行く病院・医院がないのだそうだ。

 医療に伴う問題は医療費、保険、医師不足、経営、医師育成、国民の老齢化・少子化など多岐にわたった問題が複雑に絡み合っていて即効薬など私の能力ではとても考え出すことができないが、極めて重要な問題であることは確かである。

 一つ例えを挙げると、地方自治体の予算不足による公立病院の縮小廃止によって、地方から人が流出し、村落が消えていっていく現象が起きている。これによって、田畑・山林の荒廃、自然災害の増加にも波及していっている。いうならば、自然を含めた日本が崩壊しているのである。

 構造改革政策の結果(破綻)がここにも現れているとも言える。

 民主党は小沢代表がその「所信表明」で医師を50%増やすというようなことを言ってたように思うが、その人たちが大都市に集中したのではどうしようもない。

 今後老人医療の拡大と相まって医療制度の充実の必要がましているにもかかわらず、現状は悲惨とも言える。もっと総合的な医療政策を打ち立てないと大変なことになると危惧される。

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October 02, 2008

虚々実々

 こういうのを虚々実々というんだろう。

 昨日の民主党の代表質問は結構おもしろかった。

 今までの代表質問は蟷螂の斧で言葉は元気だが軽くあしらわれるだけの形式的なものだった。今回は麻生首相が異例の所信表明で民主党に質問を浴びせかけたのを、民主党の小沢代表が逆手にとって肩すかしをくらわせ、じゃあ私が所信表明をしますと延々と公約を披瀝し続けた。首相は本当は嫌いなはずの小泉元首相の真似をしてサプライズを狙ったのだろうが、力量不足で滑ってしまった。

 強面の小沢代表が放ったこういうユーモアは好きである。軽くあしらってしまった。麻生首相が一本取られたというところだろう。昨日に限れば小沢代表の方が麻生首相より上手である。民主党に財源を明らかにせよと迫りながら、切り替えされると年末までにとお茶を濁しているなど中身のなさを露呈している。

 今、国民は本当に不安な思いで生活している。10月になってまたまた食品の値上がりが一斉に行われているし、ライフラインのガス電気なども値上げだそうだ。石油の異常な価格は収まったがまだ高止まり状態である。レギュラーガソリンの価格表示が160円台で書いてあるのを見ると、安くなったなあと一瞬思うが、半年前はこれより40円も安かった。アメリカ発の金融不安は庶民の我々にはどう影響してくるか予想も付かないのでいっそう不安である。年金はどうなるのか、医療はどうなるのか、賃金は確保できるのか、職は大丈夫か、安心できるものは一つとしてない。

 本来、麻生首相は国民に向けてそれらの不安を払拭し、希望を持てるような具体的な施策を提案すべきであった。少なくとも今自民党は公明党とともに衆議院の三分の二の議席を保有し、フリーハンドに近い権力を持っているのである。ちゃんとした政策を持っているのならそれを表明すればいいだけである。あれでは何一つ持っていないことを白状したようなものである。国民が十分納得できるものを提示すれば、もし民主党が参議院の多数でもって反対しても、批判は民主党に向けてのものになるだろう。それだけのものを出せばいいのである。国民の願いに反するものを出し続けるから「ねじれ」現象が起こるのである。

 自民党でも民主党でもどちらでもいい、国民生活の向上、不安解消にとって有効な政治をやってくれるのかである。それが民主政治である。

 麻生首相は政治で遊んでいるように見えてしまうが、そう見えてしまうのは私だけだろうか。
 どんなことが起こってもきっと生活に困ることはないのだろう、あの人は。 

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 清原が引退した。話題の多い人だった。
 清原本人とは全く関係ないが清原がバットをピッチャーに投げつけた時、びっくりして大失敗したことを思い出した。恥ずかしくてここには書けない。

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October 01, 2008

なんとなく違和感?

 10月です。こうやっていちいち確認していかないと分からなくなってしまう。

 最近テレビでは雑学クイズブームで毎日のように何らかの形で放送されている。中身は芸能人のお遊びだが安い制作費で一定の視聴率が稼いでいるようなので放送局はえびす顔だろう。

 そうであっても私は私で老化の進行具合を知るためにこれらの番組を利用させてもらっている。分かっているはずなのに言葉や名前が出てこないとがっかりしてしまうこともあるが、かなりいい加減な番組作りをしているようで、その答えは変だなあ、言葉の使い方が間違えているんじゃないかななどとなんとなく違和感を感じることがある。(古い人間だから「なにげに違和感」などという言葉は面子にかけて使わない。)

 (つまらない間違いもよくするし、数十年誤った思い込みをしていたことを最近になって気づいたりしている私だからあまり他人のことは言えないのではあるが・・・・・。)

 例えば、Yes, I know a numberは何を表しているか、という問題で、答えは円周率だが、Yes, I know は字数がそれぞれ3と.と1と4で3.14、円周率を表していて、 a numberは数であることを表していると解説していた。そうなのかなあ、と首をかしげてしまった。小学校では円周率を3として扱ってよいということになって物議をかもしたが、この番組制作者は円周率は3.14で終わりと思っているように勘ぐってしまった。クイズに 3 1 4 1 5 と並べて次の数は何だ、というものがある。知能テストでは当然 1 だが、クイズの場合の正解は 9。円周率は3.14159・・・・・と永遠に続いていく。3.14で計算すればほとんど円に関係した技術では誤差が生じないそうだし、3.14159・・・の小数第5位を四捨五入した3.1416で計算すればほぼ完璧らしい。Yes, I know a numberの a numberはその 1 6 を表しているんだろう。実際、英語圏の人に確かめたわけではないので本当かどうかは分からないが私の方が正しいように思う。もしかして円周率は3でよいとしたことの悪影響がもう出ているのかとすら思った。

 また、人物当ての問題で「この偉人はだれ?」といった訊き方をすることにも何となく違和感を感じてしまう。やはり「偉人」というのは我々の生活にプラスの役割を果たした人に対して使うべき言葉ではないかというのが私の認識である。何がプラスかは人によって違うだろうから難しいが全てとは言わないまでも圧倒的多数が納得できるような人にだけ「偉人」という言葉は使ってほしいものだ。誰もが知っていていいような人(例えば徳川の将軍などは偉人とは言わないだろう)のことは「偉人」も含めて「歴史上の人物」でいいのではないか。「偉人」という言葉にはどうしても価値観が伴っているように思う。この人を「偉人」と呼んでほしくないな、と思うことも多い。

 こういう例はかなりある。

 制作費が安くすむといっても、中身まで薄いものにしてしまっていいとは言えまい。


 追記

 利殖に興味はないし、株にも興味はないが、(アメリカ式)自由主義経済、資本主義経済の終焉かもしれない。金融不安、株暴落の話である。私に興味がなくても回り回って私の生活を圧迫してくる。もう少し経済を勉強しなくてはいけないな。勉強してもどうにもならないということも分かっているし、その上あれこれする資本すらないのだから意味はなさそうだが。

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