November 16, 2009

5兆円を生み出すためにがんばっているが(501)

 親の所得によって子どもの将来に大きな影響が出ているのが日本の現実である。ああだこうだ言ったとしてもいわゆる「学歴」が子どもの将来の仕事とりわけ就職に大きな意味をもっているのは事実である。まだまだ「学歴社会」なのである。まだまだというよりますますと言った方がいいかもしれない。

 最近起きている凶悪事件といわれるものの背景にこの学歴社会からスポイルされ、挫折していった姿が見えることからもそのことは言える。

 学歴の核となる著名大学に入学するために著名高校に進学することは重要な要件である。それはさらに中学、小学校、幼稚園に下がってくる。そこに膨大な教育費が関わってくる。さらにそれら幹となる体系以外に傍系をなす予備校、塾などが関わってくる。東京の区の中には公立学校に塾が直接入っている例もある。

 これら傍系の教育機関は就職の際の履歴書には記載されない。だが直系の教育機関の履歴を支えているのが現実なのである。そして、家庭での教育費はこちら傍系の方がより多いのである。

 日本の1世帯の平均収入は450万円だそうだ。子どもが一人が私立高校に通い、予備校にも通うとしたらおそらく100万を超し200万に近い資金が必要になるだろう。私立大学に通うともなればそれだけで200万弱だそうである。家庭での教育費の占める割合は200万~400万の収入の家庭では50%を超すそうである。

 子どもの将来は親の収入によって決定されるのである。この子どもには何の責任もない差別を「子ども手当」という方法で解消、あるいは縮小しようとする政策は一定の評価に値すると言える。小泉政権以来拡大してきた格差をこういう形で是正しなければならないのは喫緊の課題である。ただ本質的解決とはとても言えないことも事実である。

 ワーキングプアという言葉に象徴されるように、働いても働いても貧困から抜け出すことが出来ない社会構造を変えていかなければならない。そのためにどういう施策を考えているかを提示する必要がある。生活を安定させ不要な教育費を出費する必要がない教育行政の立て直しも重要である。教育のあらゆる場面に競争原理を持ち込んだ政策は失敗だった。一番被害を受けたのは国民そのものであった。

 「子ども手当」の5兆円の財源を生み出すために奮闘しているが、そういう形でしか平等化出来ない仕組みそのものを改革する方向を示して欲しいものである。

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ジュビロ磐田のゴンが戦力外通告を受けたという。ジュビロといえばゴン、ゴンといえばジュビロだっただけに残念でならない。それにしても42歳で現役というのはすごいものだ。最後までジュビロの顔であって欲しかったが彼は現役であり続けたいと他チームに移る意思のようだ。それもいいだろう。それがJ2であろうとも輝きは失せない。

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 先日、箱根の長安寺に行ってきた。五百羅漢は数々見たがここのものは実に個性的である。紅葉した木々の下に自由気ままという様子で置かれている。一体一体も全身で感情表現している。これなど全くのけぞっていた。

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November 15, 2009

とうとうというか、やっとというか、500号です

 ついに、ついに500号に達しました。

 別に500号を目的にしていたわけではないのですから、「ついに」も何もあったものではないのですが、演劇の公演回数が何百回とか、野球のヒットが何千本とかの意味が分かるような気がしますね。手慰みのような気持ちで始めたこのブログもこうなると「意地でも」続けることがなんだか目的化するような気持ちがしてきます。

 何度も言うように中身は全くありません。歳と共に進む脳の劣化を少しでも遅らせようとする涙ぐましい努力なのです。この「涙ぐましい」だってそうです。キーボードで入力していて、はてnamidagumas(h)iiでよかったかな、と停止するのです。知っているはずの言葉であってもしばらく遣っていなかったものは不安になってしまいます。

 このブログに偶然いらした方にお願いがあります。中身はありませんが、他のページもちょっとでいいですからのぞいてみてください。少なくても時間つぶし、暇つぶしにはなります。精神衛生には効果がないかもしれませんし、逆にストレスがたまるかもしれません。でも、それについての責任を私は一切もちません。人の考えはそれぞれ違うものです。

 誓って言いますが、エログロは一切ありません。本ブログの大元「ココログ」以外の広告もありません。ご安心ください。タイトルに惹かれ、特別の期待を持っていらした方には「意に沿わなく申し訳ありません」というほかありません。時々写真が貼ってあり、クリックすると拡大表示されます。主として花の写真です。少し慣れましたのでこれからはたくさん貼っていく予定です。

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 予算の仕分け作業が話題になっています。我々には個々の事業について詳しい内容を知っているわけではないので、「仕分け人」に任せるしかありませんが、無駄というか、予算を付けることが目的となっているようなものはとっとと切り捨てていくことが大切でしょう。

 でもここで議論されている事業は全予算のほんの一部分でしかありませんし、もともと予算として計上すること自体がおかしいものばかりのようです。要するに出来レース、パフォーマンスでしかないとも言われています。俎上に上らなかったものや特別会計などはどうなるのでしょう。

 さらに逆説的に言えば、国家予算というものの中にはとりあえずの期間は「無駄」になるものもあっていいと思うのです。例えば「基礎科学」の研究費のようなものです。一般企業が財政的に余裕があるうちはそういうものにも投資していくでしょうが、現在のような状況になると真っ先に切り捨てられます。

 卑近で基礎科学とは離れた例かもしれませんが、トヨタやホンダがF1、三菱やスバルがラリーから撤退しました。宣伝のためもあったでしょうが日本の自動車産業、とりわけその技術へのフィードバックによる貢献は大きかったのではないでしょうか。自動車産業の景気衰退だけでなく、エコカーへその重点が移りつつ現状もあるでしょうが、F1やラリーなどの一種の無駄は決して無駄ではなかったと思います。日本の自動車への信頼度を高める効果もあったはずです。

 ノーベル賞が全てとは言いませんが、科学技術の分野で日本の受賞者は極めて少数です。日本の科学技術全体の水準から見ても少なすぎます。私は国家的に「基礎科学」の裾野を広げてこなかったことが一因と考えています。これは将来的に国力を弱めることにつながっていくでしょう。でもこういうことに資金を注ぐことは近視眼的に見れば「無駄」に見えるのです。

 今回スーパーコンピューターの開発費が削られるようですが、歴史的にみても日本のコンピューター産業は本来世界のトップを走っていたはずです。ところが「身売り」にも等しい政策を日本が採ったため、通信・情報産業は世界的に遅れる結果になっているようです。おそらくOSも基本ソフトもパテントはほとんど米国が握っていて、日本はどうしようもないはずです。

 日本の大学進学率は世界的に見て高いものではなく、とりわけ理系の充実度は低いものです。「基礎科学」はすぐに現金に変えられるものではないですから、企業の研究には馴染まないところがあります。こういう一見無駄に思えるところにどれだけお金をつぎ込むことが出来るかがそれこそ政府の見識でしょう。

 日本とアメリカは総人口比では数倍程度ですが、理系の研究費や研究者の数は数十倍になるのではないでしょうか。それが単に国家予算との問題だとは単純に思っているわけではありませんが。日本では最高学府と位置づけられる東大だって、世界的評価の中ではかなり低いところにあります。

 官僚の天下り先や本人に多額の税金が垂れ流しされていることは今や公然の事実となっています。「仕分け」がこれにメスを入れる役割を果たす面があることは確かでしょう。でもそれが「子ども手当」とか「高速道路無料化」だけのためだとしたら、少しさびしい感じがします。

 民主党は日本が10年後、20年後、さらにその先どういう国になっていくのか、そのため予算をどのように組んでいくのかの長期の青写真を国民に示す必要があるでしょう。

 さらに仕分け人なる人々の政治的位置が不透明な気がしますがいかがでしょうか。

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November 14, 2009

499号

 実はこの記事は499番目の記事である。記念すべき500号の前夜祭である。めでたい号なので嬉しかった話を書こうと思う。

 一昨日、昨日と40年ぶりに大学時代のサークルの方たちと再会した。同じ学年の人たちとは会う機会もあったが、数学年が一堂に会すことは40年間なかったのである。

 私が大学に入学してサークルに入会した時の4年生、3年生、2年生の方たちである。男の人たちには夜下宿に押しかけたりしてずいぶんたくさんのことを教えてもらった。皆さんそれぞれに個性的で独特の雰囲気を持っていて私の人生に多くのものを与えてくれた。何とかここまで生きてこれたのもこの人たちのおかげである。

 40年というのはとてつもなく長い時間である。今年を終戦の年1945年に置き換えたとすれば40年前というのは1905年ということになる。明治40年頃になってしまう。

 そんな長い時間なのに不思議なのである。近況報告や雑談の様子は話す内容はもちろん違うが話し方や論法、手つきや表情は当時の部会や雑談の様子と全く同じなのだ。40年という時の経過など全くないかのようである。数刻の後には当時のように私の1年に対して4年、3年、2年になってしまった。ある意味、とても心地よいものである。その後、卒業と入学が何回かあって私も4年になり、卒業して行くのだがこの皆さんとの1年が何より楽しかった。ただただ夢中になっていればいい1年だったからかもしれないが。

 中でも私を心地よくさせてくれたのが、2年生の女性たちである。よく知っているのは6名。そのうち3名が顔を見せてくれていた。元気がよく、時に理屈っぽく、ツッコミはとりわけ厳しく、皆さん笑い顔がすてきで、私が落ち込んでいると容赦のない優しさの欠片ものない言葉が飛んできた、そんな皆さんである。この皆さんの言うことには一も二もなく喜んで従っていた。

 その中にあと一人、どうしてもお会いしたい方がいたのだが残念ながら外国旅行中ということで欠席であった。私のそのサークル入部を決定づけた人である。それだけが残念であった。

 時間は長かったが気分として短いあっという間の語らいの後、再会を約して散会となった。生きる楽しみが一つ増えた。

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November 13, 2009

もう歴史なのだ

 『ゼロの焦点』が松本清張生誕100年を記念して制作・公開されるようだ。すでに一度映画化されているし、テレビドラマとして放映もされている。松本清張のミステリーとしても代表作の一つである。観ていないので別の視点からの話になる。

 先年、「三丁目の夕日」が映画化されてそのセットやCGが話題になったが、この映画も昭和30年代を再現するため大変苦労したらしい。一時期いわゆる名作と言われる原作を映画化する時、時代をずらして作品化することが多かったが、この頃は映画美術の進歩や内容にある事柄がどんなことをしても誤魔化せなくなってきたのだろう、その時代として作られるようになってきたようである。

 この『ゼロの焦点』の背景はもう歴史なのである。どんなにがんばっても現代に置き換えることは出来ない。この原作は1959年から1960年にかけてである。丁度50年前だ。小説に書かれていることはもっと前の時代のことだ。私の青年時代の50年前は大正時代である。私にとっての大正時代は父母の生まれた時代という位の認識しかない。自分にとってそれ以外の関係を見つけることは出来ない。

 「日本は戦争したことがあるの?」という若者が多くいるようだが、昭和30年代の最後にオリンピックが東京であったということも知らない若者もいるそうである。私たちの年代が大正時代を考えると同じだとすればさもありなんといったところである。

 映画が始まった頃の時代劇の制作を担当した人の中には実際町中でちょんまげ姿を見た人もいたかもしれないが、今そんな人はいないだろう。だから、最近の時代劇映画は「考証」としてはデタラメなものが多い。私のような戦後生まれでもおかしいと思うことが次から次へと出てくる。

 私はこの映画で描かれるはずの時代の一端は知っている。雰囲気・においも少しは感じ取れる。登場人物の秘密の過去の職業の人も知っているし、会話したこともある。だから私にとってはこの映画の時代は私の時代とつながるものが全くないわけではない。

 しかし、今の青年たちにとっては彼らの時代と全く絡み合っていない。つまり歴史なのである。私たちが明治・大正時代を見るように、見るんだろうなと一種感慨をもって連日流される『ゼロの焦点』の宣伝をながめている。

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November 11, 2009

楽しさの中の寂しさ

 歳をとってくると突然ふっと昔のことを思い出したり、懐かしくなったりする。しかもリタイアして以来時間だけはたっぷりあるから余計にそういうことが増えてしまう。

 田舎の高校を出て大学に入って、サークル活動に参加し始めるとそこで話されていることに正直カルチャーショックを受けたものである。高校の時は女の子と話すことも少なかったし、男同士で話すことといえば女の子のこととか車のこととか映画の話とか読んだ小説のこととかで、政治とか思想とか労働運動とかは別世界のことであった。

 大学に入ったとたんそんなものがどっと大波となって押し寄せてきた。今と違って学生運動真っ盛りの時代である。話の内容を理解するだけでヘトヘトになってしまった。特に上の学年の女性たちには驚いた。歳は1つ2つしか違わないのに、まるでやること言うことが親と子くらい違うように感じられた。まぶしいばかりの輝きを放っていたのである。

 10月のある日、そんな中のある女性のことを何の脈絡もなく突然思いだした。もういいおばあちゃんになっているだろうな、なんてその姿を想像し、そしてもう決して会うことはないだろうと軽いため息をついたのである。

 すると、その翌日葉書が届いた。そのサークルの数学年一緒に同窓会をやるというのだ。およそ40年ぶりの集まりである。ああいうのが「虫の知らせ」というのだろうか。遣い方を間違えている(普通、いいことにはあまり遣わないだろうから)かも知らないが、そんな感覚である。(私は自身予知能力があると思い込んでいるきらいはあるが)

 還暦を過ぎるとこういう会が増えてくる。嬉しく楽しいのであるが、わずかに出席を躊躇する感情があることも確かである。そういう会が終わった後がなんとも寂しいのである。会いたいという気持ちに比べればその感情が占める度合いは小さなものだが、出席することで「会えるのはこれが最後」を自ら決定づけるような気がして寂しくなってしまうのである。

 我が連れ合いも同じサークルだったが年度が違い年下なので誘いは来なかった。幹事役は私が1年の時4年だった方だから仕方がない。私の学年がその中のもっとも下のようだ。さんざん迷惑をかけた人たちである。はじめから終わりまで頭を下げっぱなしになりそうだ。ちょっと躊躇していたら、連れ合いに「最後かもしれないよ」と言われてしまった。そうなんだよ・・・・・。

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 ということで明日・明後日旧交ををあたためてきます。 

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November 10, 2009

どう出るか

 オバマ大統領は中国を訪問するついでに日本に一日だけ立ち寄るそうだ。日本がアメリカを思うほどにはアメリカは日本を思っていないようだ。東西冷戦時代はとっくに終わっているし、中国は危機に瀕しているアメリカ経済を国債を大量に買うということで支えている。かの国だってアメリカの承認と援助が欲しいのでいろいろ画策しているのである。

 もう米軍基地の必要性はほとんどないのだ。そんな中、なぜ居続けるかといえば、居心地がいいからである。至れり尽くせりのおもてなしをする政府がいたからである。民主党は未だ切れ味はよくないが、居候は居候らしくしろと言おうとしているように見られる。

 さて民主党はどう出るか、ちょっと期待している。

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 TBSの夕方のニュースを観ていたところ、次々にニュース速報が入ってきた。

 一つは、千葉のイギリス人女性殺害容疑者、身柄拘束のニュースである。警察のミスで犯人を取り逃がしたという経緯もあり、懸賞金もかけて追ってきていた。まずはよかったと言える。

 もう一つは森重久弥さん逝去のニュース。彼の映画もずいぶん観たが、私が一番好きだったのは、ラジオで加藤道子とやっていた『日曜名作座』。じっくりと日本語を楽しめた。最近は全く見る機会はなくなっていたが日本を代表する役者であったことは確かである。

 島根の女子大生の事件はその異常さに驚いている。

 日本は安全な国などともう思わない方がいい。男も女も周りを危険が渦巻いている。

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November 09, 2009

沖縄の基地

 予想より早く帰宅したので書くことにします。

 私は飛行機が苦手なので沖縄も外国も行ったことがありません。一度沖縄の基地の実情をこの目で確かめて見たいのですがそういうわけで出来ていません。

 沖縄では米軍の直接の出撃基地である嘉手納基地が有名ですが、普天間基地は事件事故が相次ぎ次第にクローズアップされてきました。

 そこで普天間基地の移転問題が現実的な課題となってきているのですが、実態を知る方法はないかと思案していて、google-mapに気づきました。

 沖縄に焦点を当て、航空写真に切り替えて、沖縄本島を南西から北東に視点を移していきます。大きな飛行場が三つ確認出来ます。一番はじめは那覇空港です。民間機が発着できる唯一の空港ですが純粋に民間空港ではありません。自衛隊と共用です。すぐ脇に自衛隊基地があります。

 次に宜野湾市にある普天間の飛行場です。米海兵隊の基地です。滑走路の規模は那覇空港と同じくらいでしょうか。海兵隊関連と思われる施設が滑走路の周辺に見られます。基地の周りには宜野湾の市街がぎっしり凝縮したように取り巻いています。飛行場には輸送機やヘリコプターが点在しています。

 そこから北の方角に嘉手納町があり、その大部分を占めるように米空軍の嘉手納基地があります。戦闘機らしい姿の航空機が何機か確認出来ます。広さは普天間や那覇の2倍以上はあるでしょう。

 これらを見ると「基地の中に沖縄がある」という言葉が実感できます。那覇・嘉手納はそれでも海に面したところに位置しています。ところが普天間は街のど真ん中です。沖縄県民、宜野湾市民の願いがこれだけでも納得出来ます。

 実はもう沖縄に基地など必要ないのですが、それでも一気に0にすることは難しいのかもしれません。そんな意味で岡田外相の嘉手納に吸収する案は過渡的な方向として考える価値があると思います。少なくとも普天間をなくすことが出来ます。

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November 08, 2009

三角乗り

 朝方のラジオ番組「ラジオ深夜便」の最後のコーナー「こころの時代」に月一回五木寛之が出演して、自身の歴史と歌の歴史を重ね合わせながら語っている。そして、11月からは1回目からの再放送が始まった。このラジオ深夜便は年配者のファンが多く、そういう人たちと話しているとよく話題になる。ただ、前日の深夜11時から朝5時までの長時間番組で1時間ごとにその内容が変わるので聴いているところは微妙に違っている。私もなかなか寝付けない時、あるいは早く目が覚めた時などその時々聴くことになるので内容はバラバラである。

 今朝はその第一回目の再放送で、五木寛之が生まれた昭和7年の頃のこと、父親のこと、生まれてすぐ渡った朝鮮半島での子ども時代のことなどを語っていた。「アリラン」とか「トラジ」などの朝鮮民謡も流れた。そういえば私の母親が歌うのを聴いたことがあるなと思い出した。母は五木寛之より10歳ほど年上ということになるはずだがこの頃の人たちはみんな知っていたらしい。

 そんなことなど考えていたら、思考は私の子ども時代に飛んでいった。そう言ったかどうか定かではないが私たちの子ども時代、子ども用の自転車など存在しなかったから(あったかもしれないが見たことはない)、乗るのは専ら大人用の自転車である。その時の乗り方を「三角乗り」と言った。

 小学校高学年になれば大人用自転車のペダルに足が届くようになるが、それまではサドルに腰掛けたのではペダルを踏むことは出来ない。どうするかというと、腰掛けないでフレームを跨いで漕ぐのである。座ることはなく立ち続けである。それも出来ない時はどうするかというと、三角のフレームに片足を通してペダルを踏むのである。

 こんな乗り方でみんな自転車を楽しんでいたのである。今思い出すと当時の子どもたちはみんな器用だったなあと思う。舗装もしてない凸凹の農道みたいな道を列を組んで走り回っていたのだ。こんなことを思い出すと昔の映画を観ているような感覚を覚える。

 「三角」と言えば「三角ベースボール」というのもよくやった。これは今でもやられているようだが、「三角乗り」は最近見ることはない。

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 明日は富士山周辺へちょっとお出かけ。休刊の予定。 

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November 07, 2009

どうしてこんな世の中になったのか

 と、タイトルでうたっても私にその原因が分かるわけではない。それにしてもひどい時代になったものである。昨日からニュース、情報系の番組をテレビで見ていると、「35歳の女」というフレーズがよく聞かれた。いつ「34歳の女」が「35歳の女」になったのかと思っている聞いていると、違う事件だった。

 その他にも、「逃走中の容疑者の整形」とか「女子大生の行方不明」とか「横浜市街地での発砲」とかおぞましい事件のニュースで埋め尽くされている。テレビがセンセーショナルに報道しすぎる面もあるが、それにしてもひどい時代である。

 それでも殺人などの凶悪事件の絶対数は戦後減り続けているらしい。戦後のしばらくの間東京は相当恐ろしいところだったようだ。私の子どもの頃悪いことをしたり、親の言うことを聞かないと叱られたのだが、それにはいくつかのパターンがあった。

 説教されるくらいは序の口で、「飯抜きにする」、「物置に閉じ込められる」、「仏壇の前でご先祖様に謝る」等々がどこの家でもやられていたことだった。中でも一番恐怖に思えたのは「東京にやる(放り出す)」というものであった。これを言われるとそんなことはあり得ないと分かっていても実に怖い思いがしたものである。きっと東京では怖いことがいっぱいあったのだろう。

 それにしても最近の事件を見るとあまりにも命が軽いように思える。以前にも「永山事件」とか「大久保事件」とかの忌まわしい事件もあったが、これらに倍することが次から次へと起こっているのである。そして、あまりにも多いので次の事件が起こるとマスコミも大衆も忘れていってしまう。

 こういう風潮をなくしていく、変えていくにはどうしたらいいかは私は分からない。でも決してこのままでいいわけはない。

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 石破さんは沖縄の米軍基地は必要だと力説していた。そんなに必要で大切なものだったら是非石破さんの選挙区に誘致したら如何だろうか。「太田総理」の番組を観てそんなことを思った。彼の選挙区は幸いにもかの国に極めて近い。選挙区で石破さんは絶対の支持を受けているのだから、石破さんの提案は楽々受け入れられるだろう。

 それからこんなことも言った。軍備はバランスが大切、そして自分の方が少し強いのが丁度いいバランスだと。この人は平和主義を一つの柱とする日本の政府の大臣を何度も勤めた人だ。これこそが軍拡の論理であることが少しも分かっていない。こんなこと小学生だって分かっている。喧嘩する時、棒や石を使うとすれば必ず相手より強い攻撃力のあるものを選ぶだろう。お互いにだ。戦争をする時相手より弱い武器しかないのに、弱い部分を精神主義で補えると錯覚して戦争に突入したのはどこの国だ。そして負けたことは歴史が証明している。

 アメリカと中国が今敵対関係にあると言えるかは分からない。何しろアメリカの債権を一手に引き受けている国が中国なんだから。今日のアメリカ経済は中国に支えられているのである。日本もアメリカも最大の貿易国は中国だ。今度上海にそれこそアメリカと言える「ディズニーランド」だって出来るという。

 アメリカで過去に「キューバ危機」というのがあった。当時のソ連がアメリカの庭とも言えるカリブ海の島国キューバにミサイルを持ち込もうとしたのを核使用も辞さない体制で防いだのだ。アメリカの恐怖は如何ばかりだったか。敵対関係にあることを前提と考えれば国名に見られるように『中華人民共和国』にとっては東シナ海は自分の庭なのである。沖縄は丁度キューバみたいなものだ。恐怖を感じるのはアメリカだろうか、中国だろうか。台湾の動きに過剰に反応する中国の様子を見れば簡単に想像できるはずだ。

 日本の政治家は世界の動きについて行けないでいるのではないか。ここ十年ほど読み違いばかりしているように思うのだが。「国連」の「常任理事国」のことだってそうだろう。 

 米軍基地で働いている人の雇用のことが話題になるが、あれだけの好立地と広さがあるのだから産業を起こせば何倍もの雇用が生まれることも考えた方がいい。

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 凶悪事件の報道ももちろん大事だが、今は国会開会中、国民にとって極めて大事なことが議論されている。新型インフルエンザも大変なことになりつつある。国民の多数の命が奪われている。防げるはずのものが防げなかったらこれは人災である。

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November 06, 2009

本当に変わるのか

 自民党からの分離集団である民主党では国政の根本的改革はやはり無理のようだ。支持団体が雪崩を打って民主党に流れているということを先日書いたが乗り換えが簡単にできるということはたいして違わないからである。

 あれほど官僚支配からの脱却を叫びながら、日本郵便株式会社も人事院も事務次官経験者がトップになるということらしい。猛烈な出世競争の中官僚の最高位まで行った人たちだから「力」があることは確かだろう。だがその「力」の中身は定かでない。

 これで「天下り」や「わたり」は公認されたといっていい。この人事は「天下り」でないと国会での追及に対して民主党は抗弁しているが、納得出来る説明になっていない。これから「天下り」が起こっても、そうでない、と言い逃れしていく道筋を付けてしまったのである。

 民主党は「マニフェスト」に誓ってこういう曖昧なことをしてはいけなかったのである。変わったなあと国民がすっきり感じる政策こそが大切だったのである。まあ、これを追求する側が50年間官僚組織に「おんぶにだっこ」の状態で来、「天下り」批判の高まりの中転けてしまった自民党では迫力に欠けるのであるが。

 だいじなことは「マニフェスト」に違反しているかどうかではなくて、「天下り」や「わたり」が日本の国家財政を危機に追い込んでいる元凶の一つであることを明確にしていくことである。残念ながら自民党にはそれが出来ない。

 冗談のように言うが、もし高級官僚が定年後あるいは退職後新たな国や地方公共団体、あるいは公的な団体に再就職する時は是非無給で働いてもらいたい。それまで働いている間に十分な給与を得ているはずである。老後の生活は大丈夫である。かっこういいではないか。国への恩返しである。

 もし、賃金を少しでもというなら一般公務員が嘱託で働く時の水準にしようではないか。大卒の新採より低いよ。

 民主党は天下り」や「わたり」について展望や方針を一つも示していない。なし崩し的に旧来の形に戻しつつある。

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 沖縄(やその他の日本国内)の米軍基地は「アメリカ」のためのものである。もし日本のためのものだったら、雇い主の日本の言うことを聞くはずである。日本は土地を貸して「あげて」いるのである。とりあえずは「岡田外相」を応援する。岡田さんや菅さんが中心にいたら日本の政治はもっと変わったかもしれない。

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 松井がMVPだそうだ。私はワールドシリーズもニューヨーク・ヤンキースも松井もファンではないし、応援しているわけでもないが、たいしたものである。怪我などいろいろあったし、シーズン中には放出の噂も流れてきた。そういう中の活躍である。もう一度、「たいしたものだ」。耐えて耐えて獲得した栄誉である。 

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